第8話 サムライvs騎士

 クラウスは深く、低く、踏み込んだ一太刀で三体の金属人形を斬った。青い光の帯を引く魔剣『雷切』の太刀筋は速く、瞬く間に次の二体が崩れて落ちる。

 クラウスを取り囲むように集まった金属人形たちは、当然、背後からも襲い掛かる。が、背後を取った人形たちは、総じて青い雷撃を受けてその身の形を崩し、盛大な音を立てて床に転がり動かなくなる。

 クラウスの周囲に浮いている青い球体から放たれる魔法の雷撃は、クラウスに攻撃しようと接近する敵を自動的に迎撃する。魔剣『雷切』が力を解放し、周囲の空間にまで干渉する姿。この状態になったクラウスに隙はない。

 時間が惜しい。強引が通る相手だ、と認識したクラウスは、円柱構造物の通路を突き進むとに決めて、ただ立ち塞がる人形だけを斬り、その他は魔法による迎撃に任せるままにした。

 が、殆んど進むことなく、敵が不思議な動きを取った。

 クラウスは前に前に進む足を止めた。


「……お前は……?」


 人形が道を開けたのだ。

 円柱構造物の前に整列する人形たち。障害物のいなくなった廊下は奥までが見通せるようになり、そこに男が立っていた。

 一目見て、騎士だ、とクラウスが断じたのは男が全身鎧フルプレートに身を包んでいたからで、その全身鎧がカレリア神聖騎士団のものとすぐにわかったからだ。それ故に、疑念が後になった。ここはエバンスであり、カレリアではない。さらに言えば、学院内の施設である。なぜこんなところにカレリアの騎士が。そういう疑念がクラウスの眉間に深い皺を刻ませた時だ。全身鎧の騎士が腰の後ろから剣を引き抜き、それを床に突き立てた。

 兜は付けていない男の、真ん中で分けた、肩まで流れる真っ直ぐな銀髪が揺れた。


「アルっ……!」


 その動きが、性別を超えて美しさを感じる銀の髪が舞い上がる様が、クラウスに男が誰であるかを刹那の間に思い出させた。稲妻の如き素早さで訪れた理解を口にしようとしたが、叶わなかった。男の突き立てた剣先……床に起こった変化に、クラウスは反射的にその場を退いた。

 突き立てられた剣の切っ先から、クラウスに向かって真っ直ぐに、床面が一瞬にして凍り付いた。

 水気はどこにもなかった。何よりこの気配。

 男が手にしているのは、これと言った特徴はない、ごく一般的な騎士剣で、両手持ちトゥハンドでもない、本来であれば盾と一緒に使われる片手剣であると見えた。その剣から放たれる気配は、明らかに魔力を孕んでいた。

 百魔剣。クラウスは自身の知識の中から対象に該当しそうな百魔剣を探したが、その答えが導かれる前に、銀髪の男が

 クラウスまで伸びた氷の道に足を踏み出すと、その上を踊るかのように滑り、瞬く間にクラウスとの間合いを詰めた。

 クラウスは雷切を振るって応戦する。これを男は下から上に向かって振り上げた剣で弾く。それだけでは止まらず、空中で身体ごと回転しながら剣を下から上に振り上げ続け、クラウスに迫る。

 重たい全身鎧を身に纏っている人間の動きではない。それにこの剣舞のような騎士剣技は、やはり……


「『銀の騎士』!」


 返し刃で再度応戦したクラウスのカタナを再び払い退け、男はさらに迫る。男が一歩踏み出すごとに、その足元が凍り付く。その氷床を巧みに利用して、一歩一歩、貴族の舞踏会のような華やかささえ感じさせる脚運びで滑走しながら、男は騎士剣を繰り出し続ける。

 こんな剣が使える男を、クラウスはひとりしか知らない。

 『銀の騎士』アルスミット・アイヒマン。神聖王国カレリアの西方を護る勇、『沈黙を告げる騎士団サイレント・ナイツ』の一員であり、同騎士団の長にして領主でもある公爵家、パーシバルの公子ラインハルトの指南役でもあった男。半年前に起こった隣国オードによる侵攻とその防衛戦争の最中、負傷し、後送され、その後行方不明となっていた。その経過は、クラウスたちが探している仲間、エオリア・カロランと同じであった。

『銀の騎士』がここにいる、ということは、即ちエオリアがここにいる可能性が高まったことを示していた。だが、こうして剣を交える敵として存在していることは想定していない。


「アルスミット殿、どうされた!」


 刃の速さではクラウスも負けはしない。始めこそ出遅れたが、三撃目からは完璧に刃を合わせている。刃と刃が交錯し、火花が散る。クラウスはアルスミットに呼び掛けるが、応じる気配はなかった。目は開かれており、間違いなくこちらを認識している様子があるが、そこに意志の光は見出だせず、アルスミットはただ魔剣を振るう狂戦士バーサーカーであるかのごとく戦い続ける。

 魔剣を握った直後、魔剣から流れ込む魔力の大きさのあまり、手にした人間の理性が保たれず、暴れまわることがある。かつて百魔剣の最高位『領主』の一振と対峙した経験から、クラウスはその事を知っていた。『暴走』と呼ばれる状態だが、いまのアルスミットにそれは当てはまらないように思えた。冷静で、一糸乱れぬ剣さばき、脚運びは、『暴走』している状態には程遠い。

 では、なぜ戦うのか。神聖王国カレリアの全騎士の中でも強者に名を連ねる、手加減はできない相手にクラウスはそこで思考を止めた。

 止めてから考える。

 止めてから訊く。

 そう決断して、何度目かに打ち合わされた刃を引いて腰の鞘に戻した。その場で腰を落とし、鞘に納めた雷切に右手を掛けたまま、低く構える。

 追撃に迫るアルスミットの足を、自動迎撃する雷球から放たれる稲妻が止める。閃光を避けて距離を追いた一瞬を、クラウスは見逃さなかった。

 低く、構えた姿勢から、一気に飛び出す。

 腰だめから放たれたクラウスの『イアイ』が、アルスミットを捉えた。

 

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