第6話 ラザールの研究

 硝子でできた円柱は、上部と下部にちょうど蓋のように重々しい鉄塊が取り付けてある。内部は色のついた液体で満たされていて、青や緑の濃淡のものが多いが、中には血のように赤いものもある。

 そんな円柱がずらりと居並ぶ中を、クラウスは走っていた。それはあの旧講堂で見たのと同じ光景であり、やはりここでも同じ研究が行われていたことの証であった。

 人でも魔剣でもないものの気配に導かれて、クラウスは円柱が作る回廊の奥へ奥へと踏み込んでいった。いま感じているこの気配がエオリアでないことを祈りながら。

 あの旧講堂の地下で見たもの。そしていまクラウスが想定している『敵』の姿が本当に想定通りだとすれば、ラザールが行っていた研究は……


炎の拳ポワン・ドゥ・フラム!」


 唐突に響いた声に驚き、クラウスは直進していた回廊から飛び退き、円柱を蹴って、その上に上がった。ほぼ同時に壁が砕ける重い音と何本かの円柱が割れて内容液が飛び散る水音が研究室内を支配した。


「止まりなさい、ミホ・ナカハワ! あなたには問い質したいことがいくつもごさいますわ!」


 大穴が開き、粉塵と、僅かな火の粉が見て取れる研究室の壁の向こうから、高飛車な女性の叫びが流れて来る。その声そのものよりも、クラウスは声が読んだ人の名を聞き逃さなかった。

 シホが、何者かに襲われている。

 助けねば、と無条件に判断し、すぐさまそちらに向かって跳躍しようとして、クラウスは動きを止めた。それは刹那の間で、考えるよりも速く、今度はその場から飛び降りて身を躱していた。

 ほんの僅かな間を置いて、クラウスの立っていた円柱が弾けて砕ける。先程と同じく、内容液がどっと流れ出る重たい音と共に、クラウスの鼻を異臭が突く。

 腐った肉のような臭いと、血の鉄臭。クラウスが立っていた円柱は内容液が紅く濁り、中身が見透せない状態のものだった。

 クラウスは流れ出た溶液と、一緒に転がった肉塊を確認し、理解を確信に変えた。


人造人間ホムンクルス……!」


 本当にそんなものが存在するのか、いや、そもそも存在を作り出すことができるのか、クラウスは旧文明の技術として理解しながらも、確信を得ていなかった。

 旧講堂の地下で同じものを見た後、フィッフスの館に戻り、状況を報告すると、旧文明の研究者であるフィッフスはすぐにそれが何なのかを答えた。人造人間。魔法によって動く、人の姿をした疑似人間。旧文明でも生命を弄ぶ行為として禁忌に分類されていた研究だとフィッフスは言った。

 居並ぶ円柱の中に浮かんでいた人の形をした肉の塊。目も鼻も口もあり、髪も耳も人そっくりに作られていながら、死体のように血の気がなく、人でありながら人とどこかで、言葉では説明が付かない『どこか』で一線を画する肉塊。これが人と同じく生命を得て動き出すとはどうしても思えなかった。それが喩え、旧文明の超常能力『魔法』によるものであったとしても。

 無数の金属が擦り合わせれる音が近づき、クラウスは床に転がった原型の崩れかけた肉塊から顔を上げた。このモノが収まっていた円柱を破壊した敵がクラウスの前に歩み寄った。

 ふと、クラウスはフィッフスの言葉を思い出した。

 人体を模して肉の塊を作り、それを動かすことは人造人間研究の中でも至上のもの、最も忌むべき研究なのだという。フィッフスの知る限り、それを可能にした人間はひとりしかおらず、それに用いられた手段もひとつしかないのだという。

 至上の研究に至る道程で得られた別の研究もある。無機物に魔法を宿し、生物の如く動かす方法がそれだ。『岩人形ゴーレム』の技術がその代表だが、クラウスはそれ以外にも、同じように無機物に魔法を宿して使役する技術を目の当たりにしていたし、そのものと戦いもした。

 いま、クラウスの前に、半年前の戦場で見たものと全く同じ敵の姿があった。

 それは、見るからに金属とわかる材質をしていた。銀色の剣の刃を幾重にも折り重ねることで、人の姿に見せているような存在。鎧のように人が着こんでいるにしては細すぎる輪郭は、明らかに人でないものであることを伝えていた。

 頭と想像される部分にある、赤い光を強く輝かせた。それがこちらを認識した合図だとクラウスは本能的に理解する。その瞬間、腕に相当する部分が音を立てて尖る。それまでかろうじて腕に見えていた金属片の集合体は形を整え、疑いようもなくはっきりと刃に姿を変えた。


「……やはりか」


 それは半年前の『オード侵攻』時、城塞都市マイカに詰め寄せた軍団。人の姿をした金属が動き、自らの腕を刃とし、宿された魔法を破壊の力として放ちながら迫った異形の兵団と全く同じものだった。おそらく、今回も何らかの百魔剣がその元素材とされているらしく、数十はいるであろう金属人形から発する気配は百魔剣と同じである。

 そんな技術が多数あるはずはない。出所はここか、とクラウスは理解する。

 ということは、ラザールが『円卓の騎士ナイツオブラウンド』だ。


「……エオリアは、返してもらう」


 小さくつぶやいたクラウスは、手にしていた抜き身のカタナを腰の鞘に戻し、腰を落とした。低く、力を蓄える発条ばねのごとく低く構え、柄に右手を添える。

 その構え通り、クラウスには力が蓄えられていく。カタナ……百魔剣『雷切』から流れ込む魔力は青く発光し、クラウスの周囲に放電する青い球体がひとつ、ふたつと浮かぶ。


「……推して参る」


 この研究室に飛び込んだ時に放った『イアイ』の速度を優に超える速さで、つまりは目視できる限界に迫る速さ、稲妻のごとき速さで、クラウスは円柱の回廊を埋めた金属人形の群れに飛び込んでいく。

 金属人形の軍団が、人さながらに動揺する様子が見て取れた。

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