第4話 風を纏いて

 雷切の魔力を推進力にして前進、鞘に納まった刃を抜き打ちに放つ『イアイ』は、雷切の名の通り、雷すら切り裂く鋭さと速さで放たれる。魔力の青い光の帯を引き、雷切の刃がの気配を寸分違わず捉えたが、クラウスが感じたのは手応えではなく、何か固いものが抗う反動だった。

 しかし身体に満ちた雷切の魔力によって一時的に回復した視界には何も映っていない。感じたのは逆巻くように吹き付ける空気の流れだけだった。

 雷切が刃に纏った魔力を青い火花のように飛び散らせる。何もない空間で、何かと斬り結んでいる感覚だけが手元に強く伝わる。クラウスはその正体を見極めようと雷切を握る手に力を込めた。


「クラウス!」


 背後から聞こえた死神の声は、何かの危険を伝える声音だった。そう理解する前に動いたクラウスは、雷切を立て、それを軸として斬り結ぶ目に見えぬ何かの脇を駆け抜けるようにしてその場から離れた。

 直後、寸前までクラウスがいた場所に何かが降り注ぎ、塔の分厚い床石を叩き割る大きな音と衝撃が響いた。


「……やはりお前か」


 リディアの声が緊張の色を強める。クラウスは振り返りながら、リディアが話しかけた相手……たったいま床石を抉った存在を視界に捉えた。

 シホが着ているものと同じ、王立魔導学院『ノーマ』教室の指定制服と同じ、濃紺の制服を身に纏った少女がそこにいた。色こそ同じだが仕立てが違うようで、彼女のそれには外套と一体となった帽子があり、耳の長い獣のような、一対の膨らみが伸びている。丈も長く、濃紺の色は制服と同じだが、仕立ても違うようで、踝まで隠れるほど長い。

 いま、その帽子は背中に落ち掛けていて、彼女の長い錫色すずいろの髪が研究室内に淡く灯された『媒体ミディアム』による魔力の明かりに照らされ、艶やかに輝いている。クラウスとリディアのちょうど狭間に、半身を向ける形で立ち塞がった少女の横顔に表情はなく、それは陶器のように白く、美しい肌の色と相まって、作りものめいた冷たさをクラウスに感じさせた。


「ルネ・デュラン、か?」


 クラウスはその姿に、これまで耳にした情報と合致する人物の名を確かめた。相手は反応らしい反応を示すことはなかった。ただ、冬の凍り付いた湖のように冷たく透き通った青い瞳が動き、クラウスを一瞥したのみだった。


「……ここはおれがもらう」


 そう言ったのはリディアだった。声に導かれて死神に視線を転じると、その手には既に血のように紅い刀身を持つ剣が握られていた。無尽蔵の、そして未知の力を秘めた彼の愛剣。そう呼ばれることを、彼は望まないだろうが。


「……お前は行け、クラウス」


 言われて、クラウスがすぐに踵を返したのは、言葉少なに告げるリディアの真意と同じものを、自身も感じていたからだ。

 即ち、リディアと手分けしなければならない、ということだ。

 

 背後でリディアから強烈な魔力が発せられる。紅い剣が眠りから目覚めようとしていた。それに応じるように沸き起こったのは強い風で、暴風と呼んでいい強さの衝撃がクラウスの背中を撃った。

 ルネの使う魔力は風か。それも『騎士』かそれ以上の百魔剣。

 その理解を得てもクラウスが振り返らなかった理由は二つ。

 一つは目的のため。

 もう一つは死神への信頼だ。

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