第3話 尖塔の戦い

 黒煙は尖塔の中までも黒く塗り潰していた。尖塔の一階入口付近から吹き出しているのであるから、むしろ内部の煙の量の方が多いほどである。


「ちょっとやりすぎましたかね?」

「いいえ、これでもきっと僅かな時間しかありません」

「……と、言われると?」


 その尖塔の一階入口に立ち、椀型の柄を持つ刺突剣を顔の前に掲げたルディ・ハヴィオに、シホは思ったままの懸念を口にした。

 ルディの持つ刺突剣からは、いまも黒い煙が吹き出している。それは正確には黒い霧で、位階『兵士』の百魔剣、魔剣ソンブルの、それを使役するルディの力だった。


「火災の報を受けて、生徒会が集まっていました。指揮をしていたのは当然……」

「シホ様、ルディさん」


 生徒会長ベルナデッタは、この火災騒ぎに火元がないことに気付く。それもおそらくさほど時間はかからずに気付くだろうとシホは思っていた。彼女は有能だ。それは百魔剣を使えるから、ということだけではない。


「ラザール・シュバリエが避難しているのを確認しました」

「では、いまは……」

「彼の自室兼研究室はもぬけの殻、と思いたいですな」


 避難した尖塔の住民の確認に向かっていたのはイオリアで、シホはいよいよか、と気を引き締めた。不敵な様子でニヤリ、と笑ったルディの言う通り、室内はもぬけの殻と思いたいところだが、もしラザールが本当に『円卓の騎士ナイツオブラウンド』に通じている人間であるならば、予期せぬ方法で侵入者に対する措置を残している可能性はある。


「お前も行ってこい、イオリア」

「えっ、でもこの後……」

「姉貴が気になるんだろ? そんなヤツは足手まといだ。おれはこの後、誰にも見つからないようにここからいなくならなけりゃならねえんだからな」


 そう言って、ルディはシホに目で合図をした。その瞳の色は、シホには謝罪のように見えて、この男の人の良さを伝えた。


「では参ります。イオリア」

「えっ、は、はい!」

「騎士長と死神殿は先行されましたよ。あの二人なら、もう踏み込んでいるかもしれませんな」


 シホはルディに背を向けて、上階へ向かう。その背にかけられた言葉も、どこか斜に構えた、不敵な笑み混じりで、それはなぜかシホにとっては安心する声音だった。




 一方、『東の尖塔』の五階部分に当たる一室を前にして、クラウス・タジティは微細な違和感と対峙していた。


「……いるな」


 その感覚を、隣にいる『紅い死神』……リディア・クレイは敏感に感じ取った様子だった。盲目であるクラウスには見ることはできないが、おそらく表情はおろか顔色すら変えることはなく、こちらに言葉だけを投げ掛けていることだろう。


「……お前も感じたか」

「ああ。いる」


 どうやらリディアも同じものを感じ取っていたらしい。さすがに魔剣と長く生命を共にしているだけはある、と言ったところだろうか。本人は決して喜びはしないだろうが。

 二人が目の前にしているのは巨大な両開きの鉄の扉で、その奥は目的のラザール・シュバリエの研究室だった。五階にはルディの力は及ばず、煙にも闇にも紛れることなく、その扉は異様とも言える大きさを晒していることだろう。クラウスにもその質量の大きさを感じ取ることができた。

 一室、といっても、一般的な部屋のそれとは異なる、尖塔の五階部分ほぼ全てをその範囲とするラザールの研究室は広い。居住空間も兼ねているとはいえ、あまりにも広い。これだけ広大であれば、中でどんな研究を行っても支障はでないのではないか。

 例えば、崩落したあの旧講堂の地下で見たような研究であっても。

 クラウスはあの光景を思い出し、この中に同じものがあることを予想して、奥歯を噛み締めた。


「……

「……いくぞ」


 死神のいう通り、クラウスもまた、感じたものを率直に言葉にすれば、そう言うことになる。、或いは。そういう存在を扉の奥から感じるのだ。

 異常な気配だが、クラウスはこの気配に似たものを知っていた。あれは半年前のことで、あれと同じか、それに準ずる何かがいることが想像された。ということは、やはりシュバリエが本命である可能性が高い。

 並び立ったリディアが歩を進め、鉄扉に手を掛ける気配を感じた。クラウスは動かず、腰に佩いた魔剣『雷切』に力の解放を促す。『雷切』はすぐに応じ、青い輝きの心象をもたらす魔力がクラウスの身体に満ちていく。次第にクラウスの瞳に視力が戻り始めた。


「いいか?」


 死神はそれを待っていたように、一声掛けた後に扉を押し開けた。

 部屋の中の気配が動く。

 クラウスは沈み込む様に低く構える。

 扉がちょうどクラウス一人が通ることのできる広さに開いた。

 その瞬間。

『イアイ』の構えを取ったクラウスが、『雷切』の力を纏い、爆発的な速力の踏み込みで研究室に飛び込んだ。

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