第2話 尖塔炎上
エバンス王国王立魔導学院教職員住居兼研究施設、通称『東の尖塔』で火災が起こったのは、明け方のことだった。
尖塔はたちまち黒い煙に覆われ、消火活動に多くの人々が集められた。大半は尖塔を利用していない教職員たちだったが、彼らよりも素早く、統制された動きで活動していたのは若者たち……王国王立魔導学院の生徒会員たちであり、それを従えた生徒会長、ベルナデッタ・イグニスであった。
「なんたることなの……この学院内で火災なんて……!」
ベルナデッタは金色の巻き髪を揺らし、歯噛みしながらも、効率的に生徒会員たちに指示を出した。尖塔内から脱出してくる教職員の救助。火元の確認と、消火。それらを分担し、無駄のない配置として動かす手腕は、もはや大人のそれを超えていた。
「御姉様!」
黒い煙は朝日に照らされて未だ濃く立ち込めていて、消火が思うように進んでいないことを示していた。にも拘らず、その消火活動に向かったはずの自身の右腕が戻ってきたことに、ベルナデッタは自らが扱う烈火の如く怒りを露にした。
「どういうつもりですの、シャイロー、マドレー! 消火を急ぎなさいと……」
「御姉様、違います!」
ベルナデッタの右腕、双子のシャイローとマドレーが駆け寄りながら声を上げた。耳が隠れる程度の長さにまとめた明るい水色の髪を振り乱すシャイローの姿は、動じやすい彼女にはありがちな様子ではあったが、同じ長さの、落ち着いた茶色の髪のマドレーまでが慌てているのにはベルナデッタも驚いた。これはさすがに何かあると、感情を抑えたベルナデッタは、近くに寄った二人に言葉を聞く構えがあることを瞳で伝えた。
「火が、火元がありません、御姉様。これは火災ではありません!」
「どういうことですの?」
「わかりません。わかりませんが、どこからかこの黒い煙だけが発していて、尖塔を覆っているのです」
どうにか動揺を律したマドレーの説明に、ベルナデッタは尖塔を仰ぎ見た。エバンスよりも前に存在したある王国の遺跡でもある巨大な石造りの尖塔は、いまも発し続ける黒い煙に覆われている。それはどう見ても塔下部のどこかの部屋から発した火災の煙のように見え……そこでベルナデッタはふと、我に返った。それと同時にある人物の姿が脳裏を過った。
あの時。
数日前、暴走した
ベルナデッタは手にした百魔剣の力を解き放ち、放った炎『
だが一点、ベルナデッタの想像よりも強く炎が広がった範囲があった。周囲には逃げ惑う生徒の姿があり、それを察してベルナデッタは必要最小限の、その中での最大火力を出したつもりだった。
舌打ちをした時には遅く、炎がそこにいた生徒に及ぼうとした。
だが、その生徒が炎に焼かれることはなかったのだ。
そこに立っていたのは緩やかに波打つ金色の髪に、顔に不釣り合いな大きさの黒縁眼鏡をかけた転入生だった。
あの直後はベルナデッタも、単に運がよかったのだ、と思った。偶々彼女の手前で炎が勢いを失ったのだ、と。
だが、後になって思い返し、シャイローとマドレーにあの転入生を調べさせた時には、ベルナデッタは偶然を否定していた。
あの瞬間、ベルナデッタの炎は、明らかに何かに防がれたように弾けた。そう見えたのだ。
「ミホ・ナカハワ……」
思えばあの生徒が来てから、この学院は騒がしくなった。元々あった『旧講堂の死神』事件も、旧講堂の崩落という、信じられない展開で有耶無耶になった。あの日、岩人形が暴走した件にしても、追って調べてみればいったい誰が限界点を見極めようと魔力を上げたのかはっきりしない。そしてこの黒い煙……
「あの生徒が来てから、何かが動き始めている……!」
ベルナデッタは赤いドレスの裾を割って一歩、強く大地を踏みつけた。
「シャイロー、マドレー、『
「えっ?」
「この煙、魔法かもしれないですわ! ミホよ、あの生徒を探しなさい!」
そう言うが早いか、ベルナデッタは自らの腕を伸ばして徒手空拳の構えを取った。
「あの生徒には何かある。この騒ぎにも必ず関わっているはず! わたくしがこの百魔剣を使う限り、この学院の平和は犯させはしませんわ!
『力ある言葉』によって、彼女の両腕に銀色の籠手が具現化する。
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