第三章
『生命の魔剣』
第1話 一堂に会する
「……外側からは侵入路がありませんでした。あれはいったい、どういう建物なんでしょう。まるで要塞です」
深夜。
誰もが寝静まる夜更けにあって、イフス家敷地内の別宅はこの夜、明かりを灯し続けていた。各々が見聞きした情報が、ほんの数時間前、一斉に集められたからだ。
シホ、フィッフスがそれらを出迎え、集まったルディ、イオリア、クラウス、そしてリディアが一堂に会する。
「あれは、かつて王族を幽閉していた後ろ暗い歴史のある建物なんだよ。このエバンスの前にあった王国の遺産だねえ」
「そうか……」
イオリアに応じたフィッフスの言葉に、それで納得した、と言った合いの手を打ったのはリディアだ。おそらく彼も潜入を試みたのだろう。その上で手が足りないとここへ来た。
それが今夜の、深い夜への扉を開けた。
潜入に長けたイオリアを学院の教職員住居兼研究施設『東の尖塔』へ向かわせて欲しいといったリディア。彼の目的は学院教授ラザール・シュバリエの研究室であった。そこに百魔剣の使い手が……『旧講堂の死神』と噂された生徒、ルネ・デュランがいるはずだと言う。
ラザールとルネ……百魔剣とその使い手が、シホが追う、友を拐った組織、
その点で言えば、同じく百魔剣、それも歴史上特に希少とされる『奇剣』に類する百魔剣を所持していたエバンス王立魔導学院の生徒会長、ベルナデッタ・イグニスに関しても、円卓の騎士との関係性、シホの友、エオリア・カロランの情報を握っていることも否定はできなかった。
だが、次にこの館にもたらされた情報が、事態を大きく動かした。
リディアが口火を切った後、シホはイオリアの所在を確かめようとした。その結果、イオリアは数時間前に多くを告げずに館を出たクラウスと同道していたことがわかった。連絡の取りようがなく、手を打ちあぐねていたところに、クラウスとイオリアが戻った。
その二人からもたらされたのは、崩壊した旧講堂の地下に隠されていた研究施設の様子だった。
「中に入るには、すべての教職員の方と同じく、あの大扉しかないのでしょうか?」
シホはフィッフスに問う。その声は、感情が走りすぎないよう抑えたつもりであった。だが、やはりどこか、語気の強いものとなってしまったのは、クラウスが言った、隠された研究施設の様子の為に他ならない。
「正門に当たるあの扉だけだね。だからこそ王族を幽閉できた。そういう建物なのさ」
「ですが……!」
急がなければならない。
ただひたすらに、悪い予感が、胸騒ぎが、シホを駆り立てていた。
もちろん、これまでも急がなかったわけではない。半年前のオード侵攻。それを防衛する形で勃発したカレリア・オード紛争。その最中で負傷し、後送されたはずが行方知れずとなったエオリア・カロラン。彼女の捜索はずっと、最優先事項として続けてきた。
それでも、クラウスたちが見てきたものは、あまりにも恐ろしく、異様な気配を孕んでシホを駆り立てた。
「なら、正面から入るしかない」
「……そうだな」
「いやいや、騎士長も死神殿も。お二人が結果を急ぐと大事になりますから」
広い食堂室の中心から、全く正反対の位置に立ち、滅多にない同意の言葉を口にした二人の強者に、おどけるような調子で割って入ったのはルディだ。
「大事になればシホ様が潜入されていた事実が公になる。それは避けたいところでしょう」
「それは……そうですが……」
ルディの言わんとすることは正論だった。エオリアのために最高司祭という身を偽り、学院の一生徒として潜入した事実が公になれば、シホの立場が立場であるだけに、国家間の問題になりかねない。大陸の二大大国が衝突する大きな戦争下にあるいま、周辺諸国もまた、無関係ではいられないのだ。このエバンスも、大国カレリアの宗教的長のひとりであるシホが無断で出入りしていたとなれば、何もなかったでは済まされなくなる。
それはわかる。わかるが、いまはシホもリディアとクラウスに賛成だった。何とか反論する言葉を探そうとする。
と、その反論相手であるルディがにやりと笑って人差し指を立てて見せた。
「要は入り込めればいいんです。やり様はありますよ」
それはいたずらを思い付いた少年の顔で、この場には不釣り合いでありながら、何故か頼りにしてしまう、そんな輝きのある笑顔だった。
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