第4話 闇の中へ

 闇に沈んだ旧講堂は、それだけで不気味な雰囲気を醸し出していた。シホはその全景を納められる位置に立ち、半ば瓦礫と化した建築物の物陰に身を潜めて待っていた。


「……お待たせしました、シホ様」

「ありがとう、イオリア」

「やはりいますね、旧講堂を見張っている生徒。生徒会の人間でしょうが、まあ、素人ですね」

「ルディもありがとう。それで、見付からずに中に入れそうですか?」


 シホが身を潜める物陰に、二人の男性が腰を落として近づいた。シホの密偵であるイオリアと、シホの近衛騎士隊の戦隊長ルディである。


「まあ、出来ますね。しかし、本当に『死神』殿が旧講堂の中に?」

「わたしたちが見張りの生徒に見付からずに中に入れるのであれば、あの人にはもっと容易いことでしょう。きっと今夜も……もういらっしゃるのかも」


 昼、アズサから『死神』の話を聞いたシホは、その夜、さっそく行動を起こした。イオリアとルディには偵察を頼み、可能な限り自分がここに来た痕跡は残さずに、旧講堂を調査しようと決めたのだった。

『死神』が何をしていたのか。彼の目的と自分の目的……友人を救うという目的は、同じ、とまでは言わないものの、繋がりがあるものなのか。とにかく調べ、『死神』と邂逅を果たさないことには、わからない。


「では、参ります」

「先導します。こちらへ」


 ルディが先に立ち、シホはその背に続く。イオリアが背後で気配を消したので、周囲警戒に回ってくれるのであろうことがわかった。

 ルディは目の前にある建物に対して直進はせず、物陰に潜むように迂回をして近付いていく。それが彼が偵察の結果得た、監視の目を潜り抜けて通る道なのだろう。シホはただただ、その背に着いていく。ルディの任務遂行能力に疑いはない。

 崩れた壁の隙間から、旧講堂の中に入った。中は、事前に聞いていた通り、講堂のみの純粋な作りだった。シホが身を潜めてすり抜けた壁の亀裂は、正面玄関から二股に分かれて伸びる通路の一画で、すぐ目の前に大きな扉があった。両開きのそれは、木戸を綿や布で被って装飾を施していたのだろうことがわかる。殆んど闇に落ちているが、月明かりの青白い光に照らし出されて、傷んだ布の濃く美しい紫色が見て取れた。が、扉としての機能はほぼ失われていて、砕け、割れ、壊れていた。

 シホはその崩れた扉の向こうに、講堂内部の様子を捉えた。扇状に曲線を描いて並んだ長机と椅子の列が、講堂の高い位置にある採光用の窓から差し込む月明かりに浮かび上がる。机の間には中心に向かって伸びる通路があり、緩やかな坂になっている。だが、それ以外になにかがあるわけではない。

 いったい、あの人はここで、なにを。

 シホは考え、講堂に入る足を止めた。だが、それで答えが出るわけではない。シホと同じく、中の様子を壁に身を潜めながら伺うルディが一瞬視線を送ってくる。ここで足を止めていても、意味はない。


「わたしが踏み込みます。ルディは援護と……」

「退路を確保します」


 小声でやり取りを交わし、シホはすぐさま講堂内に飛び込んだ。身を低く屈め、並ぶ机の陰に隠れながら進む。ノーマの学生服しか備えがなかったので日中と同じ格好で来たが、丈の短いスカートも、重い黒縁眼鏡も、潜入には向かない、と今更に思うが仕方がない。蒼白い夜の光の中を、『死神』が現れた、という講壇に向かって進んでいった。

 静かだった。あまりにも、耳が痛くなるほどの静寂。本当にここに誰かが……あの『死神』がいるのかも、何かがあるのかも、疑いたくなるような、世界から隔絶されていることを強く感じる静けさ。身を潜めていながら、その必要性を疑う気持ちが沸き上がる。それでも、とシホは最後まで丁寧に這い進み、講壇に至った。

 授業に使われていたであろう『魔石板』は、講堂の広さに見合う大きさで、講壇の背後の壁を覆い尽くしていたが、それも近付けば朽ちて、使い物にはならないことがわかる。木製の講壇も同じく、そこにどうにか型を留めているというだけの状態だった。こんなところで、何かを探そうにも探す宛はない。


「いったい……」


 シホは潜めていた身を起こし、立ち上がると、それら朽ちたかつての学舎まなびや残滓ざんしに触れる。いったいここに、何があるというのか。『死神』が……あのリディア・クレイが、わざわざ足を運ぶだけの何かがあるようには、とても……


「ミホさん」


 薄闇の中から響いた声。あまりにも唐突なそれに、シホは飛び上がりそうになる身を抑え、腰を落として振り返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る