第二章
旧講堂の死神
第1話 生徒会室にて
「……それで、如何でしたの、シャイロー、マドレー」
学術都市国家エバンス王国、王立魔導学院の巨大な施設内に、無数に存在する数々の部屋の中でも、特に広く、特に豪奢である一室の中で、居並ぶ高級調度品に負けない華やかさを持った少女は、毛量豊富な金色の巻き髪に自身の指を絡ませながら言った。
「どちらも調べは済んでいます」
「どちらからご報告致しますか、ベルナデッタ御姉様」
そっくりな容姿で、同じ濃紺の制服を身に付けた二人の少女が、ベルナデッタの座る重厚な執務机越しに応えた。明るい水色の髪をしたシャイローと、落ち着いた茶色の髪をしたマドレーは、各々にベルナデッタから頼まれていた調査の結果を記した書類を取り出す。
「では、あの
泣き黒子のある目は力強い意思に濡れている。その輝きでシャイローを見たベルナデッタに、シャイローは小さく頷いて一歩、歩み出る。
「暴れた岩人形は、動力体研究部で調整中の一体でした。研究目的で動力を強めたところ、あのように手がつけられなくなった、とのことでした」
「以前から研究熱心な部で、『エクセル』の戦闘教練にも、仮想敵を提供してくださることは認識しておりますわ。しかし、些か軽率な行動ではありませんこと?」
「限界点を見極めようとした、とのことではありますが」
「安全に、全ての生徒を危険に晒すことなく見極める能力があって、初めて許されることですわ。それに我が生徒会にも、危険が伴う実験に対する許可申請を出していらっしゃらない」
「はい。その点は問題かと」
「部として減点ですわね。罰則を検討しておきます。通知なさい」
畏まりました、と頭を垂れたシャイローは、たっぷり時間をかけて姿勢を戻すと、そこで手にしていた書類をベルナデッタの机の上に置いた。
「なにかしら」
「御姉様が気にされていた、もうひとつの調査です」
ベルナデッタは書類を取り上げ、目を落とす。集中している時の癖で、指を当てた唇は、紅を引いていないのに紅く、ぷっくりと厚い。
「あの『ノーマ』の留学生ね」
「ミホ・ナカハワ。十日間だけの限定入学ということがわかりました。後見人はイフス家です」
「イフス……我がイグニス家と並ぶ元老院議員の家柄ね。それにあの『伝説の魔女』を輩出した名家でもあるわ」
大陸を巡り、新しい視点からの研究を進める『魔女』フィッフス・イフスの名は、旧王国時代の遺跡・遺物研究にその身を置くものにとっては、偉大な名前のひとつであり、彼女の出身地であるこの国では『王立魔導学院を主席卒業したにも関わらず、教授職を捨てた唯一の人物』として有名である。
「どうやら、後見人はそのフィッフス女史のようです」
「あの『偉大な魔女』自らが?」
ベルナデッタは目を閉じ、昨日の昼休みに起こった岩人形暴走騒動を思い出した。実はあの騒動の最後、ベルナデッタが炎の拳で岩人形を打ち砕いた直後、ちょっとした出来事があった。その出来事が、ベルナデッタにミホなる学生を強烈に印象付けていた。
「ミホ自身の経歴については調べきれていません。入学書類には戦災孤児をイフス家で引き取った、という経歴になっていました」
「なぜフィッフス女史が彼女を入学させたのか、なぜ十日間限定なのか、どこの土地の戦災孤児なのか、ね。引き続き調べなさい。あの子は何かあるわ。あなたたち二人も、あれを見てそう思ったのではなくって?」
シャイローとマドレーが同時に頷く。それを潮に、シャイローが一歩、身を引くと、代わりに今度はマドレーが一歩、歩み出た。
「『旧講堂の死神』についてですが」
「何かわかりましたの!?」
ベルナデッタは手にしていたミホ・ナカハワの書類を脇に置き、机に両手を突いて、前のめりに上半身を乗り出した。
「い、いえ、相変わらず詳細はわかりませんが、また新たに目撃者がありました」
「そう……」
心底落胆した様子で、半ば立ち上がった身を高価な革張り椅子に深く落としたベルナデッタは、そのまま足を組み、膝の上で両手を組み合わせる姿勢を取った。
「黒い衣を身に纏い、長い黒髪を翻し、紅い刃を手にしていた。今回の目撃証言も、前回の証言と合致します。やはりそういう存在が本当にいるとしか、考えられません」
「……相手が神であれ人であれ、『旧講堂の死神』は、わたくしが生徒会長に就任してから起きた、忌むべき失踪事件の容疑者です。必ず、必ず生きたまま捕らえます。よろしくって?」
「……更に情報を集め、生徒会の人員で旧講堂を昼夜見張ることに致します」
「ええ。わたくしも見張りに立ちます。その時は遠慮なく言いなさい」
畏まりました、と言いながらマドレーが一歩身を引いた。ベルナデッタは椅子を回して、座ったまま側近の二人に背を向けると、正面に見据えた大きな両開きの窓から外の景色を眺めた。白い窓枠に区切られた硝子の向こうに見えるのは、王立魔導学院の中庭であった。学生の出入りは自由になっている生徒会棟前の中庭では、いまも幾人かの生徒が談笑する姿が見える。行き届いた剪定が為された緑と、よく手間が掛けられ、美しく咲き誇る花々とが、昼の高い陽射しの下、輝いて見える。そこに見出だされるのは平和という言葉であり、暴走や失踪という、不穏な言葉ではない。
「この学院の生徒はわたくしが守ります。それが生徒会長としてのわたくしの使命です……覚悟しておきなさい、『死神』」
ベルナデッタは形のいい唇を不敵に歪め、笑みを作った。
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