第13話 生徒会長の『媒体』
「ベルナデッタ? あのイグニス家の一人娘かい?」
学院で騒ぎがあった日の夕方。シホは十日間の宿として厄介になっているイフス家に戻り、その日の顛末をフィッフスに話して聞かせた。
シホとクラウス、ルディを始めとした『
シホとフィッフスが話しているのは、その食堂の間だ。フィッフスが腕を振るったという夕食を運び込み、長い机に人数分、配膳する。シホ、フィッフス、そしてクラウスとルディの夕食。配膳を手伝いながら、シホは話し続け、フィッフスはそれに応じた。
生徒会長ベルナデッタ・イグニスの名は、この国を離れて久しいフィッフスも知っていた。
「あれはもっと小さい頃から、なかなかの跳ねっ返り娘でね。でも、とにかく才能には恵まれていて、頭もいいし、武術もできる。さらに長じて来て、容姿もいいもんだから、まあ、もう、手の施しようがないねえ」
「……悪い人なんでしょうか」
「良い悪いじゃあないね。あれを慕う人もいるし、実際、あれは本人の実力や、時には親の力も使って、自身が守りたいと思う人のことは守っている。だからこそ、学院の生徒会長にもなってるのさ。ただ、その実力をひけらかしたいところがある、まあ、自信家ってやつだね。そういう意味では、敵も作りやすい」
ベルナデッタなら
「学院に、なぜ、あのような魔法動力体がいたのでしょう?」
「そりゃあ研究か、もしくは戦闘訓練授業の相手として調整したやつだろうねえ」
「戦闘訓練……授業ですか?」
「『エクセル』にはあるんだよ。主に『
フィッフスはさらに続けて話していたが、その言葉はほとんどシホの耳には入って来なかった。
学術都市国家・エバンスについて、その評価を改めなければならない。シホはそう思った。
神聖王国カレリアの内部、そして天空神教会の中にも、エバンスを危険視する声はある。しかしその多くはエバンスが無宗教国家であることに基因している。だが今日、シホが目にした『研究』と称して現代の人の手で調整された岩人形や、強力な媒体、そしてそれを振るって戦うことのできる媒体使いを育成していることの三点だけでも、十分に他国への脅威となりかねない。いまはいずれの国家にも加担しない立場を取っているが、戦乱が常態化しているアヴァロニア大陸にあって、その日和みの姿勢がいつまで保たれるのか。そして、どこかに加担したとすれば、その戦力で、必ずいまの大陸情勢に大きな動きをもたらすはずだ。現代において、旧王国時代の遺物と魔法は、そういう力になりうる。それを証明してしまっているのがシホ自身であり、シホが組織した『聖女近衛騎士隊』である。
「……で、ベルナデッタはどんな媒体を使ってたんだい? やっぱり杖型かい?」
フィッフスの言葉が、突然耳の中に戻ってきた。シホが気にかかっていた、その最たるものに関する言葉であったので、シホは思考をすぐに切り替え、反応した。元々、シホはその話をするために、フィッフスに今日の出来事を伝えたのだった。
「そのことなんですが……」
「やはりシホ様の仰る通りでしたよ、……って、何をされているんです、シホ様?」
ちょうどそこへ、ルディが姿を現した。ルディには、シホがいままさに話し出そうとしていたことの裏付けを取るため、情報収集を依頼していた。ルディの下ではイオリアが動き、二人かそれ以上の人員で、案件に対応したに違いない。そうとわかる結果の速さだった。
「何って?」
「いえ、夕食の配膳等でしたら、わたしや、そもそもこの家の給仕にでも……」
「いまのわたしは、一介の学生です。家に帰れば『親』の手伝いをするものではありませんか?」
そう言ってシホはフィッフスを見た。顔を見合せ互いに微笑むと、視界の端でルディは少し困ったような表情を見せた。が、それだけだった。
「……ベルナデッタ・イグニスの使う媒体に関してですが」
「やはり、わたしの感じた通りだった、ということですか?」
入室してきた時のルディの言葉を拾い上げたシホは、確認の意味を込めてそれを繰り返した。ルディが首を縦に振る。
「ええ。まず間違いないと思います」
「やはり、『奇剣』」
「『奇剣』? 『奇剣』って、まさか……」
その言葉の意味を知るフィッフスが、夕食を皿に盛り付ける手を止めた。
シホもそうだった。ベルナデッタが『力ある言葉』を紡いだ時、いまのフィッフスと同じように驚き、身動きを止めてベルナデッタの姿、そして彼女が腕に身につけた、灼熱し、赤よりも強い、白の光を放った籠手に、視線を釘付けにされた。
「はい。そうです」
シホはフィッフスに向き直る。
「生徒会長さんが使っていた媒体。あれは、百魔剣です」
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