第11話 岩人形
轟音。そして、衝撃。
硝子張りの食堂が、びりびりと音を立てて揺れる。
轟音の正体が、何かの大きな爆発、その爆音と爆風だとシホはすぐに気付いた。
「なにっ!? 何なの!?」
シホの正面に座ったアズサが叫びを上げる。隣を見れば声こそ上げてはいないが、ユカも動揺に顔をしかめ、反射的に身を屈めていた。
爆発だ、と誰かが叫び、訓練用魔道具棟だ、と誰かが続けた。訓練用魔道具棟、とシホは頭の中に魔導学院の広大な施設配置図を思い起こす。食堂から見ての方角が分かると、シホはその方角に視線を送り、硝子越しの外の様子を見た。
確かに、その方向から煙が上がっていた。食堂は学院の中央広場に面していて、それを挟んで反対側にあるのが第一講堂と体育棟。煙はその奥から立ち上っている。爆発の大きさや被害はわからないが、小さなものではなさそうだった。第一講堂の奥へと進む煉瓦敷きの通路から、何人もの生徒が中央広場に飛び出して来る。おそらく、爆発現場から逃げて来たのだろう。
それを見たシホは、反射的に椅子を蹴って立ち上がった。アズサとユカが何か言葉を掛けて来たが、それを聞き遂げることなく、シホは走り出していた。
爆発の現場から逃げる。恐慌状態であることを考えたとき、それは一見自然な行動に見える。だが、とシホは考えた。彼らはいまも逃げている。仕切りに後ろを気にして走る仕草を一様にしていた彼らの挙動は、シホの目にそう映った。火事や爆発は、本能的に安全圏がわかる。だからある程度遠ざかれば、それ以上、必死に逃げる必要はないのだ。
何かある。いや、何かいる。百魔剣と数々の戦いを繰り広げてきたシホの本能が告げていた。そして中央広場に飛び出したシホは、自分の考えが正しかったと知る。
中央広場は、中心に大きな噴水があり、その噴水の中には学院の紋章が掲げられている。シホはその噴水越しに、逃げて来る人々と、その後ろから現れたそれを見た。
人の倍はあるだろうか。石を積み上げて人型にした巨大な石像だった。但し、旧王国時代の遺跡で見かけるような精巧な作りの人型ではなく、子どもが積み木遊びで組み上げような、角張った輪郭をしている。その無骨な石像が歩いている。ゆっくりとした歩みだが、確実に進んで来る。巨像が一歩、足を踏み出す度に、中央広場の大地が大きく揺れる。人で言うところの顔に相当する部分では、青白い炎のような光が灯り、それがまるで目のように見えた。
「『
シホはそのものの名を知っていた。旧王国時代には守護者として各都市の入口等に置かれ、門番のような役割を果たしていた、と記録されている、動く人形。その動力は魔法で、意思はなく、ただその動力としての魔法を注入した創造主の命令に従う。
だが、とシホは思う。岩人形は旧王国時代の遺物である。こうして動いている姿を現代で見ることは、まず叶わない。シホも教会内に残された資料の中で、その存在を知っただけである。そんな存在が、動いているのだ。動いて、そして……
シホがその先を想像しようとした瞬間、岩人形の『目』が光った。次の瞬間、その光は収縮し、ある一点に向かう。向かった先は中央広場の地面の上だが、光に照らし出されたその場所が、一拍遅れて盛り上がり、膨れ上がって、爆発した。土煙と煉瓦片が轟音と共に舞い上がり、奪われた視界の向こうで無数の悲鳴が周囲の建物に木霊した。
シホは息を飲んだ。あの岩人形は、完全な形で現在に存在している。伝承や資料に残された通りの光。それは破壊の魔法を込められた岩人形の特徴的な攻撃方法に違いない。
なんであんなものが、と思いはしたが、考えている余裕はない。こうしている間にも岩人形は歩を進め、周囲を破壊する。それに巻き込まれる生徒がどれほど出るのか。
「躊躇っている暇はありませんね……」
シホは制服の上着の下に、密かに忍ばせた短剣を意識する。シホの愛刀にして位階『騎士』の百魔剣、魔剣ルミエルの力と、シホの戦闘能力をもってすれば、一人でも岩人形を鎮めることはできるだろう。だが、そうなった場合、シホの正体が『
シホはその手を濃紺の上着の中に差し込んだ。魔剣ルミエルの柄を掴み、覚悟を決めて、それを引き抜こうとした。
「オーッホッホッホ! よろしくって、シャイロー、マドレー!」
「「はい、お姉さま!」」
シホの手が止まる。それは三つの気配を立ち込める土煙の向こうに察知したからだ。
特徴的な女性の口調に応えたのは、二人の女性の声だ。応えた瞬間に、二つの気配が動き、岩人形に向かって行く。
いけない、とシホが思った時、不思議な、だが、シホがよく知る空気が流れ始める。まさか、と思い、しかしそれ以外にない、と理解したとき、シホが想像した通りの変化が起きた。
周囲の空気が突然冷え、氷の列が岩人形に向かって煉瓦敷きの地面を走った。氷の柱が屹立したその反動で巻き起こった冷風が、周囲に立ち込めた土煙を吹き散らす。明瞭になった視界に、氷が岩人形の足を凍結させ、足止めしている様子が露になった。
「……魔法!」
おそらくは『
シホは氷の列を、下半身の凍り付いた岩人形から遡り、その発生源に目を移す。
そこにあったのは、三人の女子生徒の姿だった。
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