第10話 楽しい昼食
エオリアを含む数人が、『
「わたし、お魚の煮付けの日替わり定食にしよー。ミホちゃんは?」
「あ、ああ、はい。わたしも同じものを……」
「ユカタンは?」
「焼き肉の日替わり。……というか、そのユカタン、まだ止めないの?」
昼前の講義を終えた後、シホはアズサに誘われて、学院内にある食堂に来ていた。途中、黒髪が美しい色白の女子生徒が合流していた。長身細身で落ち着いた雰囲気から年上かと思ったが、彼女がユカ・ドゥアンと手短に自己紹介をする前に、アズサがユカタンと連呼したのを聞いてシホは納得した。彼女が、アズサが話していたユカというノーマ同級生の少女だった。確かに、帝政イツキ国出身者らしい顔立ち……つまり、どことなくアズサや自分と似ている、とシホは思う。
「え? なんで? かわいいのに?」
「十七にもなって、かわいいとか……まあ、いいけど」
心底のため息をつくユカに対して、どこ吹く風のアズサというやり取りだが、ユカの方を見ると、その顔には微笑が浮かんでいて、この二人はこの距離感でいいのだ、とシホは理解する。そうすると、なんだか二人のやり取りが可笑しくて、つい吹き出してしまった。
「あ、ミホちゃん、やっと笑ってくれた! なんか、ずっと緊張してるみたいで、どうしたんだろう、って思ってたんだよね!」
「あのね……初めての場所で、初めての人に話しかけられて、緊張しないのはあなたくらいなのよ……」
浅く平たい容器に乗せられた日替わり定食の品々を、調理場から長机越しに受け取り、シホはやはり笑顔でアズサの背に続く。
食堂は、外に向かった壁と天井が硝子張りになっている作りで、真昼のいまは晴れ渡った青空から降り注ぐ陽光のおかげで、非常に明るい。その下に並んだ無数の白い円机と椅子から、ひとつの場所を選んだアズサがまず座り、後からシホとユカが席に付いた。
それから、あれこれ教えてくれるアズサの話を聞きながら、昼食の時間を過ごした。教えてくれる、というよりも、教えたくて仕方がない、という印象ではあったが、それが不思議と不快ではなく、時折指し挟まるユカの指摘も面白可笑しかった。教会内での昼食は、政治的な会食であるか、簡易的に済ませるかのどちらかで、楽しいものとは言い難かった。定食に出された大陸南方の海洋で獲れた魚は美味しく、その味の感想を言い合ったり、講義をしてくれる教師の話をしたり、生徒の間で流行り始めている新しいお菓子店の話をしたり。こういう昼食の時間はなかなか経験がなく、シホは心から楽しんでいた。だが、楽しんでばかりもいられない。シホは思い直して、二人の会話の隙間を縫って、問い掛ける言葉を用意した。
「あ、そうそう、ミホちゃん、あの噂、もう聞いた?」
「あ、え……」
だが、またアズサに話の切り出しの先を越されてしまった。こういう会話の糸口を掴むのは、経験がない分、難しい。
「旧講堂に出る『死神』の噂!」
「……『死神』?」
シホの脳裏に、ある人物の姿が過った。背中まである艶やかな黒髪に、踝まである丈の長い漆黒の外套を身に纏った、優男。生きる伝説とまで呼ばれている、傭兵。
「ああ、あの噂。信じてる人多いみたいね」
「うっそ、ユカタン信じてないの?」
「信じる信じない以前の話だと思うけど? 大体何よ、『死神』って。誰が言い出したのよ。まだ『幽霊』とかの方が信じられるわ」
「え、でも、生徒会長たちが本気で調べ始めてるって……」
「ベルナデッタ会長たちが? 好きだね、あの人たちも……」
意識していなかったが、シホはびくり、と身体が動くのを抑えられなかった。いままさに、二人に訊いてみようと思っていた名前が、ユカの口から飛び出したからだ。生徒会長ベルナデッタ。エバンス元老院議員のひとり、大商人イグニス家の一人娘。ベルナデッタ・イグニス!
「あ、あの……」
アズサとユカの会話に入り込もうとした瞬間だった。
突然、轟音が発した。
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