第10話 楽しい昼食

 エオリアを含む数人が、『円卓の騎士ナイツオブラウンド』によってこのエバンスのどこかに移された、というのであれば、ある程度の大きさの施設を管理できる立場にある人間が関わっている可能性が高い。学院内であれば教師の管轄下にある施設であるだろうし、学院外であれば有力貴族や商人であろう。ルディが上げた三人を考えたとき、学院内ではラサール・シュバリエ教授が、そして学院外では大商人の娘にして生徒会長である女性が、何らかの形で関わっている可能性がある。彼女の場合は彼女自身が、というよりも、彼女の両親が関わり、その影響を受けているゆえに『媒体ミディアム』の扱いに特化している。そんな構図がシホの中に見えてくる。では、一般生徒であり、経歴不詳な部分の多いルネ・デュランはどうなのか。


「わたし、お魚の煮付けの日替わり定食にしよー。ミホちゃんは?」

「あ、ああ、はい。わたしも同じものを……」

「ユカタンは?」

「焼き肉の日替わり。……というか、そのユカタン、まだ止めないの?」


 昼前の講義を終えた後、シホはアズサに誘われて、学院内にある食堂に来ていた。途中、黒髪が美しい色白の女子生徒が合流していた。長身細身で落ち着いた雰囲気から年上かと思ったが、彼女がユカ・ドゥアンと手短に自己紹介をする前に、アズサがユカタンと連呼したのを聞いてシホは納得した。彼女が、アズサが話していたユカというノーマ同級生の少女だった。確かに、帝政イツキ国出身者らしい顔立ち……つまり、どことなくアズサや自分と似ている、とシホは思う。


「え? なんで? かわいいのに?」

「十七にもなって、かわいいとか……まあ、いいけど」


 心底のため息をつくユカに対して、どこ吹く風のアズサというやり取りだが、ユカの方を見ると、その顔には微笑が浮かんでいて、この二人はこの距離感でいいのだ、とシホは理解する。そうすると、なんだか二人のやり取りが可笑しくて、つい吹き出してしまった。


「あ、ミホちゃん、やっと笑ってくれた! なんか、ずっと緊張してるみたいで、どうしたんだろう、って思ってたんだよね!」

「あのね……初めての場所で、初めての人に話しかけられて、緊張しないのはあなたくらいなのよ……」


 浅く平たい容器に乗せられた日替わり定食の品々を、調理場から長机越しに受け取り、シホはやはり笑顔でアズサの背に続く。

 食堂は、外に向かった壁と天井が硝子張りになっている作りで、真昼のいまは晴れ渡った青空から降り注ぐ陽光のおかげで、非常に明るい。その下に並んだ無数の白い円机と椅子から、ひとつの場所を選んだアズサがまず座り、後からシホとユカが席に付いた。

 それから、あれこれ教えてくれるアズサの話を聞きながら、昼食の時間を過ごした。教えてくれる、というよりも、教えたくて仕方がない、という印象ではあったが、それが不思議と不快ではなく、時折指し挟まるユカの指摘も面白可笑しかった。教会内での昼食は、政治的な会食であるか、簡易的に済ませるかのどちらかで、楽しいものとは言い難かった。定食に出された大陸南方の海洋で獲れた魚は美味しく、その味の感想を言い合ったり、講義をしてくれる教師の話をしたり、生徒の間で流行り始めている新しいお菓子店の話をしたり。こういう昼食の時間はなかなか経験がなく、シホは心から楽しんでいた。だが、楽しんでばかりもいられない。シホは思い直して、二人の会話の隙間を縫って、問い掛ける言葉を用意した。


「あ、そうそう、ミホちゃん、あの噂、もう聞いた?」

「あ、え……」


 だが、またアズサに話の切り出しの先を越されてしまった。こういう会話の糸口を掴むのは、経験がない分、難しい。


「旧講堂に出る『死神』の噂!」

「……『死神』?」


 シホの脳裏に、ある人物の姿が過った。背中まである艶やかな黒髪に、踝まである丈の長い漆黒の外套を身に纏った、優男。生きる伝説とまで呼ばれている、傭兵。


「ああ、あの噂。信じてる人多いみたいね」

「うっそ、ユカタン信じてないの?」

「信じる信じない以前の話だと思うけど? 大体何よ、『死神』って。誰が言い出したのよ。まだ『幽霊』とかの方が信じられるわ」

「え、でも、生徒会長たちが本気で調べ始めてるって……」

「ベルナデッタ会長たちが? 好きだね、あの人たちも……」


 意識していなかったが、シホはびくり、と身体が動くのを抑えられなかった。いままさに、二人に訊いてみようと思っていた名前が、ユカの口から飛び出したからだ。生徒会長ベルナデッタ。エバンス元老院議員のひとり、大商人イグニス家の一人娘。ベルナデッタ・イグニス!


「あ、あの……」


 アズサとユカの会話に入り込もうとした瞬間だった。

 突然、轟音が発した。

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