第9話 三人の対象者

「ルネ・デュラン。ノーマの生徒です。今年入学しています」

「……この方が、なぜ怪しい、と?」


 自分と同じ年齢が記された書類を、机から取り上げる。ルディが差し出した書類は三種類で、それはつまり三人の人物の情報だった。


「優秀すぎるらしいです。特に『媒体』の扱いが。今年入ったばかりの生徒ですが、来年にはエクセルに転籍するのではないか、と言われています。ですから、この子の場合は怪しい、というより……」

「『円卓の騎士ナイツオブラウンド』が接触してきそうな生徒、ということですね」

「ええ、そうなります」


 シホは頷き、ルネ・デュランなる少女の経歴を確認する。が、それは一瞬で終わってしまう。


「経歴が、ほぼありませんね……」

「申し訳ありません。おれの力不足……なんだろうと思います。そのルネって子は、不思議なほど学院に来るまでの経歴が出てこないんですよ。身元の保証人はイフス家と同じ、元老院に席を持つ大商人カナル家なんですが、それ以前を調べ切れていません。もしかしたら……」

「ミホ・ナカハワの経歴と同じく、戦災孤児である可能性もありますね」


 シホは自分が装う偽名に、自分と同じ経歴を付けていた。フィッフスの家が身元を保証する上に、孤児であれば、それ以上詮索されることはない、と踏んだからだが、このルネ・デュランは果たしてどうか。同じく偽証である可能性もあるが、本当に孤児を大商人が引き取り、育てているのかも知れない。


「で、こちらが……」


 シホは次の書類に目を通す。名前、年齢、経歴の初めを読んで、それが生徒ではないことに気付いた。


「ラザール・シュバリエ。エクセルを受け持つ教師の一人です。彼は若いですが、教授の位にあるなど、ルネと同じく、とにかく優秀です。生徒に限らないということで、彼についても確認しておいた方がよろしいかと」

「三十五歳、ですか」

「三十五で学院の教授で、エクセルの教師かい。それは特別優秀だねえ」


 横で見ていたフィッフスが、驚きのあまり、と言った体で口を開いた。


「あのユベールが教授に上がったのと同じ歳だねえ。そのラザールってのも、将来学長になるんじゃあないのかい?」

「それは……大変優秀な方なんですね」

「その上、顔もいい。人柄もいいんで、女子生徒からも人気があります。非の打ち所がない、とは、この事でしょうね」

「へえ。まあ、学院で教授になろうと思えば、研究だけ出来ればいいってわけじゃあないからねえ。あれは研究の結果云々よりも、社交性、交渉能力の方が必要になる世界だからねえ」


 フィッフスの言葉を、そういうものなのか、と聞きながら、シホは紙束を捲る。最後の一人の書類に目を落とす。今度は生徒だ。年齢からそれが分かる。女性の名前。これは……


「この方……」

「ええ。能力的には、彼女が一番、円卓の連中が寄ってきそうな気がします。もしくは、もう通じているか」


 シホは経歴に目を通す。エバンス王立魔導学院の生徒会長。年齢はシホのひとつ上。両親はエバンスの大商人にして貴族。元老院の一員でもある。成績優秀、運動万能。もちろんエクセルに属する。


「とにかく『媒体ミディアム』の扱いに優れているそうです。特に炎の力を宿す『媒体』に。高い戦闘能力を有していて、戦闘訓練での成績がずば抜けて優れています」

「戦闘……訓練、ですか?」

「エクセルにはあるんだよ。必修の体育運動学の授業の一環でねえ」


 フィッフスの言葉を聞きながら、シホはエバンス王立魔導学院に対する評価を改める。どの程度の戦闘訓練かはわからないが、『媒体』という魔法道具を使う訓練である以上、現代の常識を超越する戦闘になることはわかる。それを指導する、ということは、学院は、そして都市国家エバンスは、相応以上の戦力を有していることになる。


「あまりにも強いので、彼女であれば使、と囁かれているそうですよ、シホ様」

「百魔剣でも……」


 シホは最後の一人の名前を読む。その名は……

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