第7話『ノーマ』と『エクセル』
「それにしてもねえ。いまさらあたしが言うようなことでもないんだろうけど、何もあんた自ら学院に潜入することは、なかったんじゃあないかい、シホ?」
エバンス王国王立魔導学院学長、ユベール・バイヨとの面談から数時間後。こちらもユベール学長の執務室に負けない広さと、華美ではないがはっきりと感じさせる高級感を持った部屋の中で、フィッフスが言う。言いながら、フィッフスの視線が、ちらり、と部屋の隅の方に向けられ、そこに立つ二人の男に同意を求めたようだった。
「魔女殿の仰る通り。おれはイオでもいいかと思ったんですがね?」
「……イオリアでは学術研究の授業に付いていけない。あれは読めても、書くことが苦手だ。それに」
浅黒い肌に無精髭を生やした雄々しい男と、双眸を閉ざした偉丈夫が、それぞれフィッフスに答える。
「シホ様の希望だ。何かあれば、わたしたちがいる。その為のわたしたちだ」
「……と、言うことだそうですよ、魔女殿」
「……まあ、確かに、学生の身分を偽るには、シホ以上に適任な人間もいなそうだねえ」
肩を竦める仕草をした男に答えたフィッフスは、今度はシホに向かって同意を求めるような視線を送ってくる。そのやり取りに、シホはつい笑ってしまう。
エオリアがいれば、シホは自ら潜入するようなことはしなかったと思う。彼女はあらゆる場所に潜入し、情報を得る能力に長けているし、そういう訓練もしている。だが、今回の計画は、そのエオリアを救い出すことが目的であり、この場で彼女の力を借りることはできなかった。
エバンス王国の王立魔導学院の内情を探りたい。フィッフスに会いに出向いたシホは、『母』に事情を説明した後、協力を依頼した。
エバンス王国はフィッフスの出身国であり、フィッフスの生家イフス家は、過去からいま現在も、エバンス王国を支える元老院に一席を持つ有力商人である。学術・学園国家であると同時に、商業国家でもあるエバンスは、王の助言役として政を司る元老院議員 のほとんどを大商人が勤めている。そのイフス家の後ろ楯を得て、シホは身分を偽り、魔導学院に潜入。エオリアの消息を探る計画を立てた。但し、公務に穴を空けすぎる訳には行かず、活動可能な日にちは、十日間に限られた。
十日間で旧遺跡、旧王国時代の基礎知識を学べればいい。後はあたしが教え込むよ、とユベール学長に説明したのはフィッフスで、ユベールはそれを飲んだ。晴れてシホはエバンス王国王立魔導学院の生徒として、十日間、潜入調査を行うことができるようになったのである。
「とりあえず、あんたは『ノーマ』で十日間過ごす。『ノーマ』でもその間は学院内のほぼ全ての施設に出入りできるよ」
「ノーマ?」
「シホ様の年齢相当に於ける組分けで、一般的な能力を有している人間たちの組と聞いております」
シホがフィッフスに聞き返した言葉に応えたのはクラウスだった。
「とはいっても、そんなにたくさん組があるわけじゃあないんですがね。学院内で、特に卓越した能力を有するものが所属する『エクセル』とそれ以外、ってところなんですが、まあ、その『それ以外』が『ノーマ』っていうらしいですね」
「特に卓越した能力……ですか」
クラウスの言葉を引き取ったのはルディだった。魔導学院内の組分けについては確認していなかったシホは『卓越した能力』という部分に引っ掛かりを覚える。
つまり、魔導学院に於ける『卓越した能力』とは、何を指すのか。
「特に学術研究に秀でた人たち、ということでしょうか?」
「確かにそれもありますが……」
「学院の『エクセル』は、それだけじゃあないよ」
シホが視線を送ると、フィッフスが杖を手にしていた。肘から先の長さほどの、短い杖で、シホはそれがフィッフスの愛用品であることを知っていた。
「これを上手く使いこなせることも条件としてあるんだよ、『エクセル』には」
「『
『媒体』
旧王国時代の遺跡から掘り出されたもので、現在も活用可能な道具がそう呼ばれている。それらには特定の魔法が込められていて、その力を上手く使いこなすことができれば、魔法の力が当たり前に存在した旧王国時代の『魔法使い』『魔導師』と呼ばれた人々と同じように見えるだろう。例えばフィッフスが手にしている杖には、衝撃波を放つことができる魔法が込められていて、護身用として使われている。フィッフスのような研究者たちが『魔女』『魔人』と呼ばれる由縁は、総じて研究者たちはこの『媒体』を使いこなすことができるところにある。
「『エクセル』にいる生徒たちは学術研究に秀でているから、総じて『媒体』の仕組みもよくわかってるんだよ。向き不向きはあっても、ほとんどの生徒が『媒体使い』だねぇ」
「……それって……」
「おれも思ったんですよ。それって、ってね。だから調べておきました。もしかしたら、『
ルディが手にしていた紙束をシホに差し出す。
そこには三人の人物の詳細な情報が記されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます