第5話 母と娘
着陸可能な草原を見つけ、『鉄の
だが、なかなか彼女は現れず、シホはいてもたってもいられず、艦橋を出て、船の昇降口に向かった。
「なるほど。確かに理論上ではそうだね。でも、よくこれを実現させたね、あんた。やっぱり天才だよ」
「え、ええぇ……そんなことありません……これもフィッフスさんの知識があってのことで……なんかすいません」
その途中、『魔女』がこの船の艦長と共に『鉄の処女』の動力室に向かった、と乗組員から聞いたシホはいま、その動力室の前に立っていた。普段は重たい鉄の扉が閉ざされ、奥の動力室内部は見ることができない構造になっていたが、いまはその扉が開かれたままになっており、その奥で立ち話をする二人の女性が見えた。ひとりはこの船の艦長である。船員の制服に身を包んだ、短く癖の強い赤毛に、鼻の上の
そんな彼女にフィッフス、と呼ばれたもうひとりは、恰幅のいい五十絡みの女性だ。ゆったりと上下繋がった紫色の衣服を纏い、白髪混じりの太い髪を、一本に結い上げている。その肌つやの良さは、彼女の年齢を知っているシホでも疑いたくなるほどだが、それがいま、この船の動力部を前にして、好奇心に満ちた子どものように輝く瞳のせいで、更に年齢を若く見せている。シホが現れたことにも気付かずに、動力系の構造について、矢継ぎ早に質問を投げる女性を前に、女艦長がおどおどと応じている。
この二人がいなければ、この飛行船艦『鉄の処女』は完成しなかった。どちらも、ある種の天才で、シホは天地が逆転しても、彼女たちには敵わないと思っている。
「フィッフスさん!」
あまりにもこちらに気付かないので、ついにシホは声をかけた。驚いた顔をしてこちらを向いたのは、二人同時だった。
「おおぉ! シホ!」
フィッフスがこちらを認識したので、シホはその大きな胸に向かって飛び込んだ。『母』との久方振りの再開だ。『聖女』『最高司祭』という肩書きを背負っていても、自分を含めて三人しかいないこの場でなら、これくらいは許されるだろう。
「悪いねえ、どうしてもここが見たくなっちまってねえ」
「いいえ、いいんです。フィッフスさんならたぶん、そうするだろうと思ってましたから!」
「確かに理論は組んだけど、この短期間でそれを実現するとは、思ってなかったからねえ。やっぱりノエルは天才だよ、って話していたところさ。ねえ?」
「い、いいいいえ! そ、そんなことは……すいません……」
相変わらずの様子の『鉄の処女』艦長、ノエル・ポネは、白い頬を真っ赤に染めて俯いてしまう。元々は『母』……フィッフス・イフスが各地の研究をして回っている時に知り合った、フィッフスと同じ様に旧王国時代の遺物を研究している女性で、フィッフスの推挙を受けて、シホ直属の親衛騎士団『
「百魔剣の魔力を動力にする……確かに理論上は不可能ではないけど」
「し、シホ様がいなければ、不可能です。わたしの組んだ構造云々ではなくて、シホ様がですね」
「まあ、そりゃそうだろうけれどもね、それでも大したもんだよ、こりゃあ」
シホはフィッフスに抱き止められた姿勢のまま、動力室の中を見回した。鉄に囲まれた部屋の中にあるのは、複数の台座である。黒い石で作られた台座の上には、小さな箱があり、そこにはそれぞれ、少しずつ形状の異なる金属が置かれている。金属からは目に見える光の粒子が立ち上ぼり、箱のすぐ上にある管の中に吸い込まれている。張り巡らされた管は、全て室内の突き当たりある壁に向かっており、その向こうにはこの船に浮力を与えているからくりが存在している。
台座の上にある金属は、全てこれまでにシホが封印を施した百魔剣である。さすがに力の強い位階『領主』の百魔剣を、この形になるまで封じることはできないので、神聖王国カレリアの天空神教会大聖堂の地下に封印してあるが、『騎士』までであれば、できる。シホにはそういう力があった。
「ところで、シホ。ずいぶん急に来たもんだね。色黒のイイ男から連絡はもらっていたから、こっちから行こうと思ってたんだけどねえ」
「どうしても会いたくなって。お邪魔でしたよね……」
「そんなことないよ。それにあんたの方が忙しい身だろうに。で、そんなに急いで、どんな用事だい?」
「実は、フィッフスさんにお願いしたいことがあって……」
シホはフィッフスに、いまの状況を伝えた。
友だちを救うために、手を貸して欲しい、と。
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