第2話 魔女を頼りに
半年前、神聖王国カレリアと西側で国境を接する王国、オードが、突如国境を侵し、領内へと雪崩れ込んだ。
東方の国境で大国ファラとの主力戦線を維持するカレリアにとっては、背面を突かれた形となった侵攻だったが、聖王都から緊急に派兵されたエルロン侯ジョルジュ・ヴェルヌイユが指揮官を務めた神聖騎士団の活躍により防戦。オード戦士団を国境まで押し返すとそのまま同王国へ侵攻し、平定するという紛争があった。
その紛争の影で、百魔剣の超常の魔力が蠢いていた。シホと彼女が創設した対百魔剣騎士団『
彼らは
「『ラウンド』の目的は、いまもって不明ですが、奴らも百魔剣を収集し、使用している限り、その力の解析を行っていることは考えられます」
「その意味では、エバンス王国とその王立学院の知識は、奴らも使いたいところだとは思いますがねえ。問題は、オード紛争時の捕虜たちを、敵味方問わず極秘裏に連れ去った奴らが、その捕虜を使って何をやろうとしているのか、ですが……」
「救出された方々は、特にご存知ではありませんでしたか?」
シホの問い掛けに、ルディが肩を上げで首を振る。
「特には。ただ、興味深かったのは、移送されずにあの砦に残っていた連中は、何も知らないことですね」
「……と、言うと?」
「皆、口々に、移送された人たちはあの砦の中でも毎日何処かへ連れていかれたり、別に部屋を設けられたりしていた、という話です。奴らは何かを元に、自分たちに必要な人材だけを、選り分けたのではないですかねぇ」
オード紛争の終結後、多数の行方不明者が出ていたことが判明した。負傷者や捕虜等が、移送中に姿を消していたのだ。
その中にはシホの、『聖女近衛騎士隊』の一員もいた。シホが姉と慕う女性で、シホ直属の密偵を務めていたイオリア・カロランの姉、エオリア・カロランだ。先の『明けの明星作戦』で急襲したのは、調査の結果『ラウンド』の隠れ家と判明した場所で、そこにエオリアはいるはずだった。
「選り分けた、ですか……」
シホは考える。『ラウンド』が必要とする人材を選り分けたのだとして、移送先が旧王国時代の遺物研究が進んだエバンス王国だとしたら。その選り分けられた人材の中に、エオリアがいる意味は。
「百魔剣……」
「でしょうね、やはり」
ルディが片方の口角を上げる。目は、笑っていない。
「奴らの百魔剣に対する行動と、エバンス王国の知識は、何処かで結び付くように思います」
「エバンス王国ですか……」
シホはふと、あることを思い出す。彼の王国に詳しい人物がいることを思い出したのだ。
「ルディ、クラウス、フィッフスさんに連絡を取って貰えますか?」
「『魔女』殿……ですか?」
クラウスがまた眉間に皺を寄せる。
フィッフスは、シホのよき理解者であり、本当の親を知らない戦災孤児としての過去を持つシホにとっては、母親のように慕う人物である。それ自体は、クラウスも問題視してはいない。寧ろクラウス自身も、フィッフスとは良好な関係を築いている。
ただ、問題なのは、フィッフスが『魔女』と呼ばれていることにある。フィッフスは大陸中を旅して旧王国時代の遺物研究を行う研究者であり、そうした人々を総称して、天空神教会の一部では『魔女』と呼んで危険視している派閥が存在する。先ほどのルディの言葉にもある、教会内部勢力で神殿騎士団とは別の兵力を有する異端審問局がその筆頭である。
シホが最高司祭の立場にあることと、フィッフスが『魔女』であること。その二人が良好な関係を築いていることは、それだけで異端審問の対象にされかねない醜聞となりうるのだ。
「……難しいことは、わたしも理解しているつもりです。でも今回はフィッフスさんの知識と人脈に頼るべきです」
「『魔女』殿の、人脈?」
クラウスの問い掛けに、シホは深く頷く。
「フィッフスさんは、エバンス王国の出身です。若い頃は学舎にいたこともあったと聞いたことがあります」
「彼の国が無宗教国家で、内部情報に乏しい以上、我々教会としては、そうした情報元が確かに必要でしょうねえ」
「……畏まりました。ルディ」
「はいはい。異端審問局には、上手いことやっときますよ。連絡、付けてみます」
片腕を上げ、手を振りながら踵を返したルディは、執務室を出ていく。いつもながらの身の軽さで、シホもそれに期待しているが、休んで下さい、と言っておきながら、また頼ってしまったことに、シホは罪悪感を感じる。
「お気になさるな。あの男は本当に、上手く仕事をします」
盲目である分、また教会に来てからずっと一緒にいる分、そうした気持ちの変化は、言葉にしなくても、すぐクラウスには伝わってしまう。シホは少し困ったような顔で笑みを作り、
「ええ。頼りにしています」
とだけ返した。
「では、シホ様。そろそろお時間です」
「あ、そうでした。今日は公務でしたね」
クラウスに言われなければ、忘れていた。表情豊かなシホは、驚いた顔と、失念を誤魔化すような笑顔を見せて、執務机の席から立ち上がった。
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