第2話 闇と稲妻

 長身の男は、樹木に背を預けて腕を組んだ姿勢のまま、閉ざされたままの双眸を空に向けた。そこに確かな気配を感じたからだろう。


「来ましたね」


 ルディ・ハヴィオはその隣に並び立ち、男と同じく、明け始めた空を木々の切れ間から

見上げた。そして想像していた通り、その空に輝く、明けの明星を見つけた。隣に立つ男には見えないはずだが、それでも誰よりも先にその気配を察知したのだ。あの光とこの男には、そうしたことが可能になるだけの繋がりがある。


「我らのエトワルが」

「ルディ、支度を」

「心得てます」


 浅黒い肌に短い顎髭、口髭を生やした、およそ騎士らしくない容姿を問題視されることも多い自分に、言えた義理ではないが、とルディは男の姿を見た。地肌に身につけた濃紺の装束に、白を基調にした僧衣を、袖には手を通さずにその上から羽織るという長身の男の出で立ちは、ルディたち天空神教会神殿騎士団の中だけでなく、この大陸中央部では殆んど見かけない姿だ。濃紺の装束は大陸東方に浮かぶ島々の民族衣装で、ドウギというそうだ。その上に羽織る僧衣こそが神殿騎士団の象徴となりうるが、この男の場合は一員ということを示す必要があるから身に付けているだけのことだ。


「入口に見張りは二人だったな」


 そんな絵に描いたような無頼漢の言葉に従っているのは、ルディがこの男のことをよく知っているからである。よく知っていて、尊敬すらしているからである。史上最年少で神殿騎士団長となった男であり、盲目となったことでその地位を辞した。しかし『我らの星』のために戦うことは止めず、寧ろ騎士であったときよりも強くなった男。

 クラウス・タジティ。

 それが盲目の男の名だった。


「ええ。おれが煙に巻きますよ」


 そういうと、腰に吊るした刺突剣の椀鍔を鳴らして、目の見えないクラウスに示した。ルディが持つ黒塗りの刺突剣には、言葉の通り相手を『煙に巻く』そんな力がある。かつて広大なこの大陸を統一した王国が残した遺産。そのひと振り。ルディはクラウスの前に踏み出して、周囲に立ち並ぶ木々の間から彼らの『目標』を見据え、腰の刺突剣を抜こうとした。


「いや。いい」


 短く、強く、言ったクラウスの声にルディが振り返ると、羽織っていた僧衣が宙に舞っていた。当のクラウスは、腰に佩いた刃の柄に右手を添え、既に低い姿勢に構えを取っている。クラウスが持つのは、緩い曲線を描く片刃の長剣。その剣もまた、ルディの刺突剣と同じく、旧王国の遺産であり、特殊な力を宿している。


「わたしがやる。見張りを斬り、門を破る」

「騎士長……!」


 尊敬の念が、ついつい呼び慣れた呼称を口にさせる。ちょっと待ってくれ、と言おうとしたが、その時にはもう遅かった。クラウスの握る長剣の鞘から、青い稲妻が迸り、クラウスの姿がその場からかき消えた。ルディのすぐ真横を、何かが駆け抜けた衝撃があり、その衝撃に弾かれて『目標』に目を向ける。そこに古い石造りの砦があり、クラウスから噴き出した青い閃光は、その正面の門に一直線に伸びる。見れば見張りに立つ二つの人影も、異常に気付いた様子だったが、何か事を起こす前に、その影を青い稲妻が飲み込んだ。鞘からの抜き打ちで振るわれた片刃の長剣は、稲妻そのもののような速さでひとりを斬り、返し刃でもうひとりを斬った。その二人が倒れる前にもう一度、横薙ぎに一閃が走ると、人の身の丈の三倍以上もある大きな両開きの木製門が砕け散った。


「あーあ。やっちゃったよ……」


 ルディは片手で後頭部を掻いて苦笑しながら、青い稲妻が打ち破った門の中へと突き進んで行くのを見た。にわかに砦内部が騒がしくなる。

 恐らくクラウスは、砦内部にいる敵を、可能な限り多く自分に引き付けるつもりだ。『星』が立案した作戦にはなく、ルディとクラウスはあくまでも陽動要員であったはずだが、確かにそうすることで『星』への負担は減る。


「仕方ない……」


 ルディは改めて刺突剣を抜いた。その剣から、黒い煙が噴き出す。煙はすぐさま濃密な闇の霧となって、ルディが身を潜めていた森の中を暗闇に変えた。さらに外へ、『目標』が待つ砦への道を染め上げて行く。


「同意しますよ、騎士長。やりましょう。おれたちの『星』のために」


 ルディは、にやり、と笑って、自らが生み出した闇へ飛び込んでいく。一歩目を踏み出すその瞬間、ルディはちらりと明け空に輝く明星を見上げた。

 最初に見つけた時よりも、明星の位置は低く、近くなり、輝きも増して、はっきりと人の形を取り始めていた。

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