誰の夢だと思う?

あるとき夢を見た。




白い部屋。目の前には白衣を着た男性。

僕はその男性に言う。

「一緒に死んで」

女性の声だった。

男性は困ったように笑う。

僕はもう一度言う。

「一緒に、死んで」

男性の首に細い指が絡まる。

ああ、あたしがこの人の首を締めてイルノネ。

不意に胃から何かが込み上げてきた。

げほ

口の中に血の味が広がる。

ああ、ダメよ。こんなんじゃ彼の首をキツくキツく締めてあげられないじゃない。

僕はもう立っていられなくなって、倒れた。

最期に女性の高い声はこう言った。


「ねえ、一緒に、死んでよ」


その女性が最期に望んだのは、愛する男性との心中だった。








白い部屋。目の前には口から血を吐き倒れている看護婦。

僕は彼女に近づき、首に指を当てる。

「君は、死んでもキレイだね」


何を言っているんだろう?


僕じゃない男性の声はうっとりしたように続ける。

「ボクをあげる代わりに、ボクの一番のお気に入りを頂戴」

僕は机からカッターを取り出した。

そして、倒れている彼女の指輪がはめられたキレイナユビヲ


やめて!


切り落とし、

「ああ、やっぱり君はキレイだ」

僕はそれに頬擦りして、そう言った。


再び机に向かうと、置かれている万年筆の横にあたかもそれが自然であるかの様に置いた。

この男性は、狂っている。

そう思っても夢は止まらない。

「約束だからね」

そう言うと、今度は自分の首に刃が当てられる。

血と熱が流れ落ちる感覚が


僕じゃない!


ゆっくりと倒れる中で狂った男性がこう呟いた。


「これが、ボクの愛の形なんだよ」


それは看護婦への言葉だったのか、自分自身への言葉だったのかわからない。

でも、コレガキットタダシイんだろう。







暗い部屋。電気もつけずに布団にくるまる。

こわいこわいこわいこわいこわいこわい

どこからか軽い音が聞こえる。

これは、手紙がポストに入れられる音?

かたん

かたんかたん

かたんかたんかたん

かたんかたんかたんかたん

かたんかたんかたんかたんかたん

かたんかたんかたんかたんかたんかたん


え、なにこれ。

何でこんなに


「あたしが何したっていうのよぉ」

震える女性の声が僕の口から出た。布団を握り締める指は震えている。


僕が何をしたっていうんだ


かたん(ざっ)

かたんかたん(ざっざっ)

手紙の投函音に人の足音が混ざりだす。


逃げて


逃げられない


逃げて!


逃げられない!


指先が白くなるほどきつく布団を掴む。

ふと

音が止んだ。


「…たす」

「キレイなお嬢さん。ボクの万年筆を返してイタダキタイ」


耳の、すぐ横から声が響いた。


ニゲラレナイヨ


僕は悲鳴をあげることさえできずに


違う!


ザクザクと体を


こんな、終わりなんて


切られ、持っていかれ

自分の髪に、指に、脚に、そして腹に何かわからない刃が沈むのを見ながら、女性はこう口を動かした。


『こんなはずじゃなかったのに』


声にはならなかった最期の言葉は、誰にも届かなかった。







ある時、夢を見た。

誰かの最期の夢。


誰かが最期に見た、ある病院に繋がる夢。


君には分かるだろうか。


これが何処の病院のことなのか。

これが誰のことなのか。




僕はただのエキストラだから、詳しくは知らないんだけどね。

ただ、知ってるのは。


この病院、もうないらしいよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの廃病院、えきすとらっ! 犬屋小烏本部 @inuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ