最強(仮)の奴
世界が揺れている。グラグラと。
まるで煮え立つように頭の中がアツイ。
けど、身体は氷の上に横たわっているように冷えて痛い。
世界は逆さまだ。何か声がするけど反響していてうまく聞き取れない。
これも、
ニンゲンじゃないとこうゆうことも起こるのか、とミコは薄目を開けながらふと思う。
が、違う。なんだ?
――担がれている?
お腹の部分に人の肩らしきものが食い込んでいる。
ブラブラと揺れる自分の腕が目に入った。
「はいぃぃ〜〜!?」
我ながら変な声が出たと思うミコ。
「にゃ?」
男の声がして揺れが止まる。
すぐさま道端に降ろされた。
街の風景はさっきまで見ていたものと大差ない。
ってことはヘブンにいる。
過去のものじゃない。
さっきまで見ていた街のものだ。日は暮れているけど。
腰を下ろしているミコを見下ろす男。ニコニコ顔。
どこかで見た顔。
ザックザクの長めのグレイの髪を頭頂部より少し後ろで結んでいる細マッチョ系なイケメン。
うん、鼻筋の通った顔立ちで二重の目にチカラがある。
――んーーこのニコニコ顔。グレイの髪。なんだっけ? どこで会ったんだっけ? と記憶の中を必死で掘り起こしていくミコ。でも出てこない。
「なんだ~目覚めたのか~」
そう言ってタバコに火をつける男。
なぜかちょっと残念そうなテンション。
「にゃはは。倒れっからさー。しかも今から声かけようかって時に。
まさかそのまま拉致してほしーのかなーとか思っちゃったよ」
「ら、らち?」
「うん。拉致されんの好きなのかなーって。アレでしょ? いま、拉致られたい女子ナンバーワンの……」
「な、なんですかそれ!」
「ん? 違う? なんかそう聞いてたから。めっちゃ拉致られてる女がいるって」
「だ、誰がそんなことを!」
ミコは心底戦慄。
「え? ヒコちんが言ってた」
男の口から急にヒコの名前。まさか知り合いなのか?
どこかで見たのはそのためか?
「気をつけた方がいいよー。可愛いんだからすぐ連れ去られるよー」
男はニコニコしたままタバコのケムリを吐き出した。
――ん? かわいい?
よくわからないけど悪い奴じゃあないのか。
いや、そもそもこの街に悪くない奴なんているのか。
「可愛いって私?」
途端にちょっと頬が緩む。単純明快、シンプルな思考回路をしているミコ。
まああまりそんな風に褒められたことがないっていうのもあるが。
照れ照れ。
「ミコ様。何をその気になっているのですか?」
突然のカットイン。カノンだ。いつにも増して冷たい目をしている。
むしろ突き刺さるような。
しかも氷柱で刺してくるような。
急に恥ずかしくなって耳が赤らむミコ。
「おお~~カノンちゃ〜ん。そんな怖い顔しないのー。可哀想じゃないさー、ねえ?」
ニコニコ顔の男がそう言ってその笑顔をミコに向けた。
この男は、
「アレックス様」
「あれっく……す……あああ! アレックス!!」
目を見開いて叫ぶミコ。
暗闇の中に落ちていった後に見た男。
グリッスルと戦っていた。
【血の水曜日】にいた男。
その男、
アレックス・リン・チェイン
中華系ニッポン人。
最強とか言われていた男はまだニコニコしていた。
一体いまなにが起きてるんだろう、とミコは思う。
どうして自分が気を失ったのか。
その時、なぜ話で聞いただけの【血の水曜日】と呼ばれる事件の時の光景を見たのか。
しかも会ったこともない目の前の男、アレックスまで出てくるような。
不思議過ぎて頭が痛い。なんだか手足も痺れる。
ドキドキしてるのか動悸もあるしなんだか力も入らない。
それほどの衝撃だったのか、とミコは改めてアレックスをまじまじと見る。
「やだなー。そんなに俺のこと見て~。デートするぅ? にゃはは」
そう言ってウインクするアレックスに苦笑いしか返せないミコ。
そこに、
「アレックス様はお兄様の幼馴染にして、セディショナリーズ最高幹部のお一人、さらに言えばセディショナリーズ創始者のお一人です!」
と、淡々と説明。
なるほど、街賊。そうとしか言えない危険な香りがプンプンだ。
というかそんなことより、
「カノン。ドレス着てたー。よかったー。なんかボーイッシュだったから。男の子みたいだったよ」
口をついて出た言葉。言ってからハッとするミコ。
そうだ。アレは暗闇に落ちていった後に見たただの幻想だ。
何をいきなり言ってるんだと。もうおかしな奴にしか見えなくなる。
「ああー、そりゃそうだよ、カノン男の子だもん」
アレックスがカノンを指さしながらウインク。
チャラい。
四方八方チャラい。
「あ~なんだー、そっか。よかったー、男の子だった……の……ええええええ!?」
ミコ、またも絶叫。
うっそ!? え? カノンって男?
めっちゃ綺麗で、美人なお姉さんて感じで、ドレスも似合うし、ええええええ!? と驚きを隠せないミコ。
「えええええ!? え? ええええええ!?」
「え? 知らなかったの? てか驚きすぎーーっ」
と笑うアレックス。
「嘘だと言って~! カノン、女子だよね!? 私より綺麗ってそりゃないよ~!」
もう後半は半泣き。カノンにしがみついて訴える。
「私はお兄様の永遠の妹です」
答えになってるのかなってないのかわからない。
けど、カノンは表情ひとつ変えない。
ある意味ブレない。凛とした強さは本物。
「てかさーその前にね、カノンちゃーん。勝手にセディショナリーズに入れないでくれりゅ~う!? 」
ヘラヘラと笑いながらも目の奥は笑っていないアレックス。やはりなんだか言い知れぬ深い恐怖を持っている。
ミコにとってカノンが男か女ということより、このアレックスの方が何者なのか得体が知れないわけで気にするべきはそっちだったと取り乱した自分を反省。
「何をおっしゃるのですか、アレックス様。貴方はお兄様と……キリ……様と3人でセディショナリーズを、いえ、もはや
カノンはより一層声を張り表情をさらに凛とさせて自信たっぷりに言う。
「ま、ヒコちんは大好きだし言った通りオサナだけどさ、俺は俺だから~。ってかキリの名前出すなよまったく……」
どうやらヒコの友達であり幼馴染というのは本当。
だけどセディショナリーズのメンバーではないと主張。
あとキリという名前に引っかかったらしいアレックス。それはそれで気になるミコ。
誰だろう。まあどうせヒコやこのアレックスのように1本2本ネジが飛んだような奴なんだろう。
このアレックス。
自由を愛する男。
すべてにおいて自由。
もちろんフリーセックス。暴力も略奪もなんだって気の向くままに。
――縛られたくないだけさ、と彼は言う。
実際縛ることなんてできない。
なんせ
「この界隈、南部エリア……いえ、この
というのがカノンのアレックス評。
最強だという位置づけ。
見た目や雰囲気、言動なんかからは最強というよりただのチャラい系男子だけど。
だいたい掴みどころのない空気を放っているのも確かだ。
「にゃははっ。最強か~。そっかなー、そぉ? いやーどうだろ? ねえ? どう思う?」
照れてるのかなんだかわからないテンションのまま話をミコに振るアレックス。
――知らんがな、と。
いま会ったばかりだし。何をもって強いのかもわかんないしそもそも街賊がどうとか興味ないんですけドぉーーーっ!、と無言で訴えるミコ。
「しかしセディショナリーズと関係ないと仰るのであれば宿泊代を払って頂かないといけませんね、アレックス様」
つまり、このアレックスもミコのようにホテル・ヘブンの住人というわけだ。
ひとつ屋根の下に住んでるのか、こんな危なそうな人と思いますます距離を置きたいミコは実際に一歩下がってみたりもする。
「それを言われると痛いな~。超痛いっ。ま、出世払いにしといてよ~」
街賊の出世ってなんだっていうツッコミを入れたいとこだが関わりは避けておこうとさらに一歩下がるミコ。
だいたいツッコミどころはさっきからずっと満載だ。きりがない。
それでもアレックスはニコニコしている。
きっとこの笑顔に騙される人もいるんだろう。
だいたい悪人という奴はまずは柔らかく入ってくるもんだ。
と、そこで
「おいテメエ! 人のオンナに手出したのテメエか!」
突然怒鳴り声が通りに響く。
道路を挟んだ向かい側の居酒屋の前からアレックスに向かって喚いている。
なかなか屈強そうな男が5人程。その周りにもイカつい目をした仲間らしき奴らが数人睨んでいる。
どの街の道端でもある光景のはじまりだ。
一瞬、ほんとに刹那。
アレックスがニヤリと不敵な笑みを見せたのをミコは見逃さなかった。
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