最強(仮)の奴はチャラい
「なんとか言えコラ! 俺のオンナにも手出しただろ!」
最初に怒鳴った男の隣の奴も喚き出す。
アレックスは不思議そうにそれに目をやり首を傾げてミコを見た。
「なーんか呼んでるよ? お友達?」
と、ミコを見たままアレックスが言う。
「いやいやどう見ても私じゃないです! トモダチって雰囲気でもないでしょ!」
素で言ってるならかなりの天然キャラ。
素じゃないなら……ただの挑発だ。
怒鳴り散らす男達はアレックスに近づいてくる。
これはもう一触即発どころかやる気満々。
挑発だと捉えたんだろう。
「いいよいいよ。ほっとこう。いこいこ、どこいくー? 美味しいカエル料理の店行く?」
「その時点で美味しくても嫌です」
「え? カエル嫌い? そっかーじゃあイタリアンにする?」
そう言いながらミコに手を伸ばすアレックスだが、いきなり殴りかかられる。
「聞いてんのかテメエ!」
怒鳴り声をさらりと受け流すようにゆっくりと振り返るアレックス。
まだニコニコしてるし。
「うにゅー、困った。どのオンナのこと言ってんのかわかんねえし。まさかこの子?」
で、出た言葉がこれ。ミコを指差しながら。
「いやいや3日前だ! そんなクソガキじゃねえよ!」
「3日前? にゃっはーー! んなもん覚えてるわけけないっしょー。そんな昔のことー。まったくー君は馬鹿だな~、俺の記憶は昨日の出来事までだよーほんと馬鹿だな~」
「ば、馬鹿だと! 舐めてんのか!」てか記憶力ないお前が馬鹿だろ!」
男の怒声を聞きながらごもっともな怒りだ。と密かに頷くミコ。クソガキと言われたことはこの際ほっとく。
ちょっとムッとしたけど。
「にゃは。馬鹿とは失礼だね~。ねえ?」
と、またミコの方を見るアレックス。もう巻き込まないでもらいたいと全身で訴えてるけどどうやらそんなミコの想いは届いてないらしい。
しかしこのアレックス。自由にやりたいようにやっているようだが、どうやら自由にやり過ぎのようだ。
カノンは呆れているのか少し遠巻きに見ているだけ。
そうこうしてるうちに男達は暴れ出す。
しかしーーどんな攻撃もアレックスには効かない。
効かないどころか当たらない。
アクビ混じりにアレックスがめんどくさそうに髪をかく。
「あ〜あ、もうめんどっちぃな~。じゃあ反撃するよー。んーそこのお前」
と言われ指をさされる屈強そうな男。
少しばかり顔が引きつっている。
そりゃそうか。舐められたもんだもん。
でも、今からアレックスが最強だとか言われる由縁のほんの欠片を垣間見ることになるとは……。
アレックスを最強だと呼んだ
カノンはまだ遠巻きに生還している。
アレックスはまだニコニコしながら屈強な男に説明を始めた。
「いい? 今からお前の頭を掴んで顔面に膝蹴りを入れるよーん。んで鼻を折る。だもんでよろしく」
何を言ってるんだという空気。
実際このアレックスは本当に馬鹿なのか? そんなこと言って。
と、誰もが思い鼻で笑おうとした瞬間、もう言葉通りに顔面に膝が入っていた。
スローモーションのように倒れていく男。
あまりにも速くて誰もが何が起こったのかわからなかった。
速い。たしかにそうだ。
それにプラスしてあえて今からどういったことをするか事前に言ったことで相手の身体が緊張状態になり警戒した。簡単に言えば強張った。
そうなれば動きは固まる。それが例え幾分かの微々たる変化でも構わない。
そして無意識に対処しようとする。
顔面と言われれば顔面を守ろうともするし膝蹴りと言われれば相手の膝に意識がいく。
そしてその意識からズレたところから一気に、瞬時に攻撃するというある種の高等テクニック。
まあそんなことそこに居合わせた者達は誰一人としてわからないけど。
だいたいそれをやるにもそもそもの身体能力が高くないと無理だし決めるという度胸や自信もいる。
ただの馬鹿じゃあないんだろう、アレックス。
その無駄のない動きは美しさすらある。
「で? お前らのオンナがどうしたんよ? てかさ~ぁ、ここは
で俺は街賊。
奪いたいもん奪って何か問題あんの?」
アレックスの物言い。それはもう暴論。
「ひょっとしてテメエ……街賊……」
「にゃはは、だからそう言ってんじゃーん。やっぱ馬鹿なの? 10秒前までの記憶しかないの?」
めんどくさそうに、でもニコニコと答えながらも視線は道行くギャル二人組を追っているアレックス。
ナンパしようと狙いを定めてるのか。ミコ的にはとっととそっちに行ってくれた方が有り難いが。
「アレックス様。なにをされてるのですか?」
声がカットイン。
ここでやっとカノンが入ってくる。
「ああーん?……カノンちゃん。もう終わるからいいよー。あそこでたい焼きでも食べてなよー」
と返すアレックス。
「ヤベェ……セディショナリーズのカノンだ。い、いこうぜ」
そんな小声が聞こえてくる。
セディショナリーズのお膝元の街、ヘブン。しかもその中心地であるヘブンズエンド。
カノンの姿を見ることだってあるだろう。
ある者からは羨望の眼差しを向けられるカノンだが、ある者からは恐怖の対象でしかない。
「やれやれ……私のことはわかってアレックス様のことはわからずケンカを売るとは愚の骨頂ですね」
そう言って辺りを睨みわますカノンの表情は冷たい。
「そんぐらいの方が楽しいからいいんだよ~」
アレックスはぶっきらぼうに答えミコにまた手を伸ばす。その間に絡んできた男達はそそくさと立ち去った。
「しかし、いくらアレックス様でもお兄様の妹君に手出しは許されませんよ」
「えええ? だめなのー?」
「ええ。そのミコ様は偉大なる我がお兄様の妹ですから」
「んーと……ってことはお前の妹?」
「それは違います」
「……あっ……そう」
「ですが私はお兄様の優秀かつ絶対的な妹なのでそうゆう意味では私の妹ともなりますが……」
「にゃは。ややこしいからもういいよ。まあちょっと似てるよね? 目とか、ってことは……あれだね? なんだっけ?
ま、マルチーズ?」
「マルチヴァースです。
「おおーそれそれーにゃははー」
アレックスは楽しそうだ。
そしてそんなアレックスはミコが何者かわかっているらしい。
ということは、ヒコのことだってわかってる。
つまり、
アレックスは知っている側、ということだ。
マルチヴァース、多元界の存在。
ミコが暗闇の中、幻想のように見た光景がフラッシュバックする。
グリッスルと対峙していたアレックス。
やはりあれは記憶。実際に起こったこと。
それでもアレックスはたいして気にも止めていない様子。
実際のところアレックスにとってはどうでもいいことだ。
多元界の存在も、異世界とどれだけ繋がろうが今日も元気にオンナをナンパして好きなように暴れて欲しいモノを盗る。そんなふうに街を行く。ただそれだけ。フリーダム。
「ま、別にそれはどうでもいいやー。
ヒコちんの妹でも俺気にいっちゃったしちょっと俺とデートしてよー」
そう言うと同時にミコに手を伸ばすが、届かない。
ミコの身体がゆっくりと倒れていく。
アスファルトに頭を打ちそうなところでアレックスが留めた。
薄れゆく意識の中で誰かが自分を呼んでいる声をただぼんやりと聞くミコ。
やがてその声も遠のいていく。
また気を失った。ってことだ。
「なんだよ? またー?」
アレックスが呆れ顔。
「続けて2度も……」
「ん? ああ、そだねー。顔色もよくないしー」
「とにかくホテルに運びましょう。アレックス様、お願いします」
「はっ? ホテル? ヤッていいんだな? カノンちゃんも割と寛大に」
楽しげにミコを担ぎ上げるアレックスをじっとりとした目で見るカノン。
「違います。ホテルヘブンです。当たり前でしょう。事態はかなり深刻かもしれませんので」
カノンの真剣な表情に押されてしかめっ面を作りつつもアレックスはミコを運んでいく。
街の喧騒が少しだけ止んだ気がして、一瞬足を止めるアレックス。だけどそれはただの気のせい。
ゆこう。
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