暗闇の中で

暗闇に落ちる。落ちる。まだ落ちていく。

手足に何か細い糸が絡みついてそれがどんどん増えていくような感覚。その中でまだまだ落ちる。



どこを見渡しても闇だ。真っ黒。

一筋の光もない。自分の身体さえも見えない。



やがてこれは落ちているのか、どこまでも浮かんでいるのかわからなくなり感覚が迷走していくのを感じで抗うのをやめた。


理解できない、理解に苦しむことばかり最近起きる。

これもそのひとつ。もう考えるのも馬鹿馬鹿しい。

だから身を任せてしまえばいい。

という結論に達して、目を閉じるミコ。

割と切り替えはすぐできる方だ。



さっきまで何かを飲んでいたような、誰かといたような……。頭の中でぼんやりとシャボン玉のようにフワフワと漂う記憶。



チョウ・チャイという名の中華マフィア……

サーファー……若い頃は……


……! って、カフェのオーナーの言葉ばっかりやないか!! と思い出して目を開けるミコ。







道端に倒れていた。

どこ? ここ?



ミコはゆっくりと立ち上がる。身体が重たい。

すぐ後ろに気配を感じて振り返る。

グリッスル。あの忌まわしきイケメン。

金髪の髪をかきあげて薄ら笑い。





――髪が伸びた? 背中の真ん中辺りまである。サラサラでツヤツヤ、羨ましい。

それにしても……。

目の前にいるのにまるでミコのことが眼中にない様子。

どこを見ているのか? 眼中にないというか気づいてない?

まさか? と思いながらも辺りを見渡すと、10人程倒れている。血まみれで。


「ひゃっ!」と思わず上擦った声をあげるミコ。


それでもグリッスルは見向きもしないでミコを通り過ぎ歩いていく。



なんだ? おかしいな?

というかこれはどうゆう状況? カフェにいたはずなのに。一緒にいたはずのカノンもいない。




「まったく……何度も何度もそうやって僕に刃向かっている気になっているのかも知れないけど……。

僕は全然ダメージ受けていないからね」

口元に笑みを浮かべながら歩いていくグリッスルが軽やかなトーンで言った。

で、言いながらそろらへんに倒れている人達を躊躇なく踏んでいく。

それも見えてないのか? と疑問に思うが一応足を上げてから踏み込んでいる動作を見るとわざとやってるんだろう。



グリッスルが歩いていく方向を見ると華奢な男の子が鼻血を出して立っている。

その後ろに、全身から血を流す男。

よく見ると……ヒコだ。髪の色は赤いけどヒコだ。

不敵な笑みも浮かべている。



「お兄様……。ここは私が……」

と、華奢な男の子が身構えながら言った。


え? ということは、これがカノン?

さっきまでドレス姿で髪の毛アップにして纏めてたよね?

なんでパーカーにスウェットのパンツなんていうラフな格好に? だいたい髪も短くなってる。

とミコは思うがなぜか声が出ない。

自分の喉を指で摘んで咳払い。

だけどグリッスルも、ヒコも、カノンもミコには気づいていない。

ひょっとしてやっぱり見えてないのか?



というか、カノン。いつの間に少年然としたんだ?

ボーイッシュスタイルに路線変更?



「コイツはとことんカスだが、しかし。自分の同胞がどれだけヤラれようがそれを踏んでいくか? 悪党ぅ~~」


「ふっ……。ヒコ。勘違いしちゃいけないよ。同胞? これはただの駒だよ。使えなくなった駒なんてなんの役にも立たないじゃないか」


ヒコとグリッスルのやり取りを見つめているミコ。

これは……、ひょっとして……、過去の出来事を目にしているのでは? とふと思う。

さっきカノンが言ってた【血の……】何曜日だっけ?


そのアレ。アレが多くなってくるのはヒコの影響?

ロザリア王族はそんなもんなのかな。アレしか出てこない。


そう、水曜日! 【血の水曜日】。それを目にしているのでは?

と、ドキドキしてくるミコ。



だから、ヒコも今よりなんとなくさらに色白だし細いし髪の色も違うし、グリッスルの髪も長いんだ。

カノンがボーイッシュなのもそのためか……。

何年前か分かんないけど何があったんたカノン……。



「君も使えない駒だから消してあげよう」

グリッスルがそう言うと手を前に伸ばした。



「お兄様!」

「……ああーだいじょぶ。アイツがきた」


このピンチにまだ不敵な笑みをやめないヒコがさらに口角をあげる。目つきは鋭い。見るからに悪い顔だ。

というか、悪者しか登場してない。


で、傍観者のミコの目の前を掠めて誰かが飛んでくる。

その勢いでグリッスルが2歩下がった。




「ああ~もうめんどっちーなーヒコちんは~。なんだよこれ~。俺これからデートなんだけど~」


飛び込んできた男はグレイのボサボサ頭をかきながら唇を尖らせた。

――え? 誰? とミコの頭に疑問符。


「……また君か!? 下等なニンゲンのくせにそうやって……」

と、グリッスルが喋ってる最中なのもお構い無しに男は思いっきり蹴りを出す。はやい! とミコは単純に驚く。

グリッスルの顎を掠めていく男のつま先。


「にゃはは。よく避けたね~。さすがだね~。次は外さないしぃ~、でもその前に……」

と、男は満面の笑み。



「もうすぐソッチのケーサツ的存在の奴らがくる頃でしょ? にゃは。残念」

「……連盟……か。しょうがない。この間、父上に怒られたところだ。引いておこうか」

スカした表情でグリッスルは溶けるように姿を消していく。



ヒコはまだ不敵。カノンに寄りかかってるけど。



「アレックス様、ありがとうございます。さすがは最強」

カノンが一礼。



男はニコニコしている。ただニコニコ。

アレックス? この男の名前か。

何者だ、アレックス。だいたいどうして知らない人が記憶の中で出てくるんだ? と思いながらミコはまた暗闇の穴に飲み込まれていく。



また落ちる。どんどん。速度も上がる。

揺れる。身体が。脳が。心が。止められない。




揺れる、揺れる。また揺れる。もう勘弁してとミコは思う。

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