血の水曜日よりもモンブラン

【血の水曜日】


そう呼ばれる事件。

もしくは、

【水曜日のブラッディ・ナイト】とか呼ぶ者もいるが気取り過ぎてダサいということで定着はしていない。

もっと言えば、別に【血の水曜日】も定着しているわけではない。



確かなことはそれは水曜日に起こったということ。



ヒコとグリッスルの激しい戦闘。どちらもロザリア人だ。ヒコがハーフでもその血に変わりはない。

戦いは激しさを増し、南中央区・まさにヘブンにて2人は戦った。

グリッスルは時に身体を変容させ甚大な被害を及ぼすような攻撃を繰り返す。

実際にビルの一角は吹き飛び駐車していたクルマだって大破した。

ヒコもずば抜けた身体能力でそれらを回避し時にロザリアのチカラを使い対抗。

2人にとっては素手の殴り合いだが、傍から見ればとんでもない兵器を使ったような戦いに映る。



ということで、

その時、その戦いに巻き込まれた死傷者は36人。



うち30名が多元界たげんかい人。

戦い自体に参加したりと関わった者はさらに多い。その9割が多元界人。



当時、ケーサツはすぐさま動いた。

が、多元界連盟たげんかいれんめいがこれを秘密裏に阻害。

警察に潜り込ませている多元界人も使って情報を操作し翻弄した。


結局、逮捕されたのは純粋なニッポン人、つまりは八華の住人である2名だけ。



理由は簡単。

異世界の存在が露見しないように。

自分達の行動や利権が損なわれないように。

それだけ。



「そこでもし多元界人が逮捕されるなどすればいくら巧妙にニンゲンとして紛れ込んでるとは言え、綻びは生まれ多元界の存在も白日のもとに下に晒されたかもしれません」

目を細めてカノンは語る。



「お待たせー! 特製チャイ2つねー。いやーで、チャイ。そう、中華マフィアのチョウ・チャイの話しようかー」

オーナーがまた割り込む。が、カノンの無言の睨みでまた奥に引っ込んでいった。

いや、そんな根性で伝説作れるのか?

まあそんなもの信じてはいないけど。



チャイを飲みほっこり。



「そういったことが繰り返され、この街のケーサツは街賊がいぞく案件に対しての動きが悪いというわけです。

わかりますか?」

「んあ?」

いきなりの質問でチャイを吹きそうになるミコ。

モンブランも食べたいし。



「……ケーサツ上層部にも多元界人が紛れているということですよ。

ケーサツだけじゃない、あらゆる機関に人を送り込んでいるのです。

そしてこの街なら少々犯罪行為をしても咎められることはないと勘違いした多元界の連中も増え……。

まったく、この街は一体誰のものなのか?」



ミコはモンブランを頬張るところで静止。

カノンと目が合い何となく気まずい。



「……お兄様はこの街を取り戻すために戦っている英雄なのです」

力強く。その圧でモンブランが飛んでいきそう。

飲み込むのも忘れているミコ。


「そんな状況下でミコ様が誕生日を迎え新たな王族の覚醒者として街で暮らす。まさにいま世界の均衡はグラつきはじめているのです」


と、ズバリ言われてもミコ、当の本人はまだあまり自覚はない。

特にチカラが目覚めたわけでも記憶が戻ったわけでもない。覚醒者とか言われても覚醒してないし。



毎日、朝昼晩とカノンに、

「まだ記憶は戻りませんか?」

と聞かれることに少々うんざりのミコ。

それだけならまだしも、

「残念な王女ですね」とか

「未だ価値なしですね」とか

「タダ飯喰らいなんですか? ミコ様は」

なんて言葉を付け加えられるので、思い出したら泣きそうだ。



逆にヒコは、

「ぜーんぜんオッケー」

なんて呑気にヘラヘラしてるから対処に困る。




――記憶。本当の記憶。

いまあるのは偽りのもの。

誰かが植え付けたもの。

18年それで生きてきた。

母の笑顔も父の厳しさも偽りだった。

家族旅行に行ったり、寂しい時抱きしめてくれた温もりも嘘だったのか。

もうそれは壮大なドラマの中の芝居でしかなかったということか。

そう思うとやっぱり胸の辺りが痛む。




――本当の記憶が戻ったらどうなるのか。

その偽りの記憶は消えてしまうのだろうか。

何か変わる? なにも変わらない?

自分自身が変わってしまうのか。

何やら恐ろしいものが覆いかぶさってくるような感覚。

グリッスルから受け取った輪っかをポケットから取り出し、ミコはそれをなんとなく指で弄びながら、

ゆっくりチャイに口を付けた。



次の瞬間、目の前が暗くなる。

巨大な闇だ。



チャイのカップが割れる音だけがかすかに聞こえてミコは、そのまま床に倒れ込んだ。

意識が遠のく。


どんどん、どんどん離れていく。

ミコは暗闇に落ちていく。

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