45 強くあろうとした努力の成果

 七戸しちのへくんとの一件から、約ひと月後の日曜日。

 私とたまきちゃんは新幹線に乗っていた。行き先は東京。私の実家からの帰り道だ。

 車窓の風景は、緑色の田園が左から右へ止まることなく流れている。


 * * *


 性別の壁を超えて好意を示してくれたこと、誇りに思います。

 環さん、うちの子を好きになってくれてありがとう。

 誤解の無いよう言っておく。純恋すみれに男の子を好きになれ、だなんて言うつもりはない。父さんが男を好きになれと言われているようなものだ。だから、それがどれだけ難しいことか、頭では理解しているつもりだ。純恋にも、環さんにも、それを押し付けたくはない。

 けれど、すまない、まだ受け入れられない。

 異性のことが好きになれるなら、その方が幸せになれると、どうしても思ってしまうんだ。環さんは婚約者まで居たんだし、純恋だって、次好きになる人は異性かもしれない。

 それなら——、と。


 純恋、本当にすまない。

 父さんと母さんに、二人を受け入れるための時間をくれないか。


 * * *


 お父さんの言葉を思い出し、何度目かわからないため息をついた。


 私たちの世代ではLGBTはそこまで珍しいものではないけど、親世代だとまだ稀有な存在というか、受け入れがたいというのは仕方がないことだし、誰が悪いというわけではないと頭では理解している。けれども、もどかしい。

 LGBTが良いとか悪いとかじゃなくて、自分達が死んだ後、本当に私たちが幸せになれるか心配しているのが分かるから。

 祝福されないのは悲しいし、両親を喜ばせてあげられないことも悲しい。そう、悲しいのだ。


「ねぇ、怒らないでほしいんだけどさ、もしうちがあのままセナと結婚してたらさ、スミレはトウヤマと結婚する気だった?」

「えっ?」

「スミレとご両親の話を聞いてて、なんとなくそうなのかなと思った」


 環ちゃんは本当に察しが良いなぁ。人の心を読めるというのは伊達ではない。

 素直に頷くと、環ちゃんは少しショックを受けたような顔をしていた。その顔を見て、私は嬉しくなる。私も七戸くんと環ちゃんが婚約すると知った時、その幸せそうな笑顔を見た時、私もショックだったから。


「ちょっと、何ニンマリしてんの」

「ごめんごめん。環ちゃんがヤキモチなんて、なんか新鮮で。いつも私ばっかり環ちゃんのことが好きだったから」

「スミレは知らないかもしれないけど、トウヤマと会った時、トウヤマがスミレのことをたぶらかしてると思ってたからあと少しでコップの水をぶっかけるところだったんだよ」

「ええ!?」

「それに、高校卒業してからも……その前からも、いつもうちがスミレのことを遊びに誘うばっかりで全然誘ってこないから、たまには誘えよってムカついてた。それで、次スミレが誘ってくるまではこっちからは声かけないってムキになってる間にスミレが音信不通になったんだからね」

「だ、だって私は、環ちゃんのことが好きだったから……」

「そんなの知らない」


 環ちゃんはご機嫌ナナメだ。それでもやっぱり、私のニンマリは止まらない。


「コラ!」

「あはは、えーっと、リクくんと結婚ね。うん……。そんな未来もあったかもしれないね」


 ああ、悲しそうな環ちゃん。

 そこが可愛らしく思うなんて、私はサディスティックな趣向があるのだろうか。そういえば監禁もまんざらではなかった。

 自分の新たな変態嗜好が露呈し、人知れずおののいた。


「この先ずっとお互い巡り合わせがなかったら結婚しようって話は出てた。LGBT界隈では結構よく聞く話だよ。孫の顔は見せられないけど、結婚したらそ親も安心するし、周りからとやかく言われることも激減する。子供はナイーブな問題だしね。お互い恋人としては無理でも、寂しさを補うことはできるだろうから。私はリクくんのこと信頼してるし、リクくんが幸せになれるならなんだってしたいって気持ちは今でも変わらない」


 私はそれに甘えて、結局ここまでずるずると両親にカミングアウトすることなくきてしまったのだけれど。

 私は今まで環ちゃんしか好きになったことがない。お父さんの言う通り、環ちゃんはたまたま女の子だったけど、もしかしたら次に好きになる人は男の子かもしれない、そうであればなのに、と心のどこかで思っていたことも否めない。


「うちはあのままセナと結婚したほうが良かったのかな。そうしたら、スミレも苦しまなくて済んだのに」

「えっ、ちが、そんなつもりで言ったんじゃ」

「――なんて、絶対言ってやらない。うちらはすごいよ。女同士で好き合ったってイイコトなんて一つもない。それでも自分の気持に従った。簡単にできることじゃない。自分の大切な家族に伝えること、それを好きな人に伝えること、友人に伝えること、そして自分が同性愛者と認めること。なんだって勇気がいることで、それはスゴイことだ。うちらはよくやった。偉いなあ。偉い! 最も偉い!」


 環ちゃんは十年前と同じく、小麦色に焼けた健康的な肌で、白い歯をニッと覗かせていた。自信満々で凛とした、私が一番好きな環ちゃんの表情カオだ。

 あるはずのない太陽がキラッと見える。


「自戒は大切だけど、せめて自分くらい、自分のことを褒めてあげてもいいと思ってる。うちは誘拐されたあの日から、辛い日々だからこそ、自己肯定感を高めて生きてきた。そうすると、生きるのが少し楽になった。これは、人生を少しラクにするコツ……だと思う。少なくとも、うちはそうだった」

「た、環ちゃん……?」

「うちらのこの関係は、尊いものだよ。だからそこは卑下したくない。今後、周りになんと言われようとも」

「!」


 そうして私は改めて思うのだ。

 私は環ちゃんの、こういうモノの見方が好きだったんだと。


 ネガティブで、自分に自信なんて何ひとつもなくて、いつも否定的だった私を、環ちゃんは受け入れ、肯定してくれる。

 環ちゃんの根底にある明るさは天賦の才能ではなく、強くあろうとした努力の成果だったんだね。

 だからこそ、私は環ちゃんに惹かれたんだ。


 好き、環ちゃん。

 私はやはり、あなたが愛しい。

 これだけは、胸を張って言える。


 十年前の自分に伝えたい。胸を張って誰かに「好き」と言える何かが、私にもできたよ。


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