48 Under the blue(1/3)

 ——あれから数ヶ月。

 十一月三日の文化の日を利用して、私たちは一週間の休暇を取った。


 高校生の頃は、伊豆諸島の最果て・八丈島に行ったけれど、今回は東京の最果て・小笠原に来ている。

 小笠原には、八丈島と違って空港がなく、この島に訪れる方法は「おがさわら丸」という大型船のみ。一週間に一度だけ、小笠原と東京竹芝を往復する。片道なんと二十四時間だ。


「いやーぽんしゅがうまいわー!!」

「このカマとろ美味しすぎるッ」


 船内には八丈島を最終目的地とする「たちばな丸」、神津島を目的とする「さるびあ丸」と同じく、「おがさわら丸」にも船内レストランがしつらえられている。先の二つの船との違いは、日替わりの限定メニューがあるところだ。

 船内は持ち込み自由で、すでに昼ごろから宴会を始めていたが、カマとろの美味しさと日本酒の美味しさが沁み渡る。


 夏の初めに環ちゃんと再会した私はあれよあれよという間にライセンスを取得し、週末と連休を利用して葉山を中心とした三浦半島・千葉・伊豆・伊豆諸島に行きまくった。

 ライセンス取得から数ヶ月しか経っていないが、怒涛の勢いで潜り続けた私の経験本数は五十本を超えている。

 小笠原というと、ダイバーの猛者が集まるイメージがあったが、小笠原は地上の観光も楽しいので、リゾートでしか潜らないリゾートダイバーの割合が意外にも多いらしいのだ。

 なので、五十本の私でも問題ないらしい。


「小笠原のご当地ウミウシは、この五種類。ボニンイロウミウシ、ボニンミノウミウシ、ボニンユビウミウシ、ボニンカスミミノウミウシ、ハナエニシキウミウシ」

「ボニンが小笠原って意味なの?」

「うん。無人島が転訛てんかしてボニンになったらしい。小笠原の海の色をボニンブルーって言ったりするしね。英語圏では小笠原のことをボニン・アイランドって言うらしいよ」

「へぇ」

「で、こいつら、しっかり覚えてね!!」


 私はじっと図鑑を見る。

 ウミウシは色とりどりだけど、こう図鑑を見ていると似たような生き物が多くて見分けが難しい。


 日本酒を飲みながら、環ちゃんが持ってきたウミウシやサカナ、海藻などの図鑑を見ながらあれが可愛い、これが可愛いという話に花を咲かせる。

 初めは怖くて仕方なかった海だけど、今は環ちゃんと海の話をするのが本当に楽しい。というより、楽しそうな環ちゃんの話を、高校生の時よりもずっと長く、深く聞けるのが嬉しいのだ。

 レストランの閉店時間まで海の話を中心とした取り止めもないお喋りを続け、階段の天井につけられたくじらと床から生えるイルカ達とさよならをして部屋に戻った。


 環ちゃんとの船旅は初めてじゃないし、遠征先の島で同じ部屋で寝たことも何度もある。

 けれど、私たちは今でも清い関係のまま。タイムカプセルを見つけたあの日のハグ以来、手も繋いでいないし、キスもしていない。付き合っているかすらわからない。

 私は環ちゃんに好かれている自信はある。けれど、本当にそういう意味だったのかわからなくなってきていた。

 不安だけど、聞くのが怖い。

 だから、私のこの小笠原での目標は、小笠原ご当地のウミウシ制覇でも、すみだ水族館で予習をした小笠原のサメ・シロワニを見ることでもない。


 環ちゃんともう一度、キスをする。

 それが、この旅の目標。


 * * *


 小笠原諸島最大の島・父島に到着した。

 父島は八丈島と比べ物にならないくらい栄えていて、私は少し意外だった。交通の便が悪いからこそ、この島で全て完結できるようになっていて、一つの国みたいだ。

 南国チックなオシャレなお店も多く、小笠原の地上の情報は何も仕入れていないが、確かに観光すると楽しそうだと思った。


「グルメもいろいろ楽しめそうだね」

「ね! あ、ちなみに明日の夕飯は予約してあるよ、今度こそウミガメ食べようね! 八丈島のリベンジだよ!」

「うーん、ウミガメかわいいから食べるのなんか申し訳ないなあ」

「大丈夫、美味しいから!」


 味の心配をしているわけではないのだが、環ちゃんはウミガメの食用的な意味での魅力を語り出した。

 ダイビング中にウミガメを見かけても「美味しそう」しか言わない環ちゃんに何を言っても無駄だと悟り、大人しく環ちゃんの食用カメ談義に耳を傾けた。

 到着日は、ボート・ダイビングで二本潜った後、ビーチでナイト・ダイビングをする。

 わざわ小笠原まで来たのにたった三本しか潜れないなんて勿体ないね、と言うと環ちゃんはとても嬉しそうに笑った。

 リゾートでは、一日に二本か三本しか潜らないのが普通らしい。環ちゃんやダイバー仲間で潜るセルフダイビングの時はいつも四、五本、時には比喩なしに太陽が昇ってから沈むまで七本潜っていたが、ガイドをお願いした時は一日二本がベーシックだったことを思い出す。


「いやースミレも順調に海狂いになってきたね!」


 誠に遺憾である。

 でも、環ちゃんが嬉しそうだからヨシとしよう。


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