47 深海郵便・後
「それより、あったよ、ビン!」
「えっ」
「え、なんかめっちゃイヤそうじゃん」
「そりゃイヤだよ。黒歴史の匂いがプンプンする」
残念なことに、ビンは十年の時を経てもまだあの忘れ潮の狭間に取り残されていたらしい。
海め、忘れ潮よろしくこのビンも忘れてしまったのか。ちゃんと持って帰ってくれないと困るじゃないかと文句を言ったところで、海には伝わらない。
まあ、防水でもなんでもない紙に書いたからもう読めなくなっていることだろう。
目の前の
そして、数歩下がる。海水は環ちゃんの胸辺りまで浸食していて、とてもそこまでいけそうにない。
嫌な予感がする。
「環ちゃん、上がろうよ?」
「いやー水温が気持ち良くてねー夏だなぁ」
そんなことを言いながらキュポッと瓶の蓋を開けて、
「”海の底からあなたを想う”」
「——!?」
私のタイムカプセルを読み上げだした。
内容なんて全く覚えていなかったのに、その一文を聞いて全てを思い出した。
当時読んだ小説でそんな一文があって、私はそれをいたく気に入っていたのだ。
「”環ちゃんのことが好き”」
「ちょ、やめてよー!?」
「”でも言わない、予定。今のところ”——スミレ、思いっきり言ってたけどね!」
これを書いたのは、八丈島に行くと決めるほんの少し前。
私はこの時、いつか環ちゃんを監禁して環ちゃんの全てを理解し、「唯一」になろうと思っていた。けど、よもや本当に監禁することになるなど夢にも思っていなかったし、環ちゃんに告白するつもりだってなかった。
環ちゃんが同性愛を受け入れてくれるか分からなかったし、いつか気持ちは伝えたいと思っていたけど、それは本当にいつかのつもりだった。
「”受け入れてもらないと思う”、”この気持ちは泡になった方がいいんだと思う”、”だからここに置いていく”」
「いつか忘れる日まで。——だよね」
「なーんだ、内容覚えてたの?」
「今思い出したの。読み上げるなんてヒドイっ」
「ええ、言いがかりー。タイムカプセルの手紙ってみんなで
「ええ!? プライバシーの侵害でしょうそれは!」
「スミレが読んだ本でも、大体晒しあってない? 誰々と結婚できますように、とか書いて、うわーやめろよーみたいな?」
そう言われると、そういう描写もあったような気がする。
「海の底から想われたのか、うち」
「もう、茶化さないでよ」
「うち、ずっと海に潜ってた。だから、うちはずっとスミレの『好き』を浴び続けてたってことになる。泡になって、溶けて、うちの中に染みこんでいった。まるで毒みたいに」
「毒か、なんだかその表現が一番しっくりくる気がする」
「あの時、受け入れられなくて本当にごめん。でも、今は違う」
環ちゃんは、私のタイムカプセルをそっとビンに戻し、しっかりと蓋を閉める。
それを左手に持って、私に近づいてきた。
「先に謝っとく、ごめん」
私は環ちゃんに左手を掴まれ、環ちゃんと共に海の中に落ちた。
海水が目に染みるし、服はブズ濡れだし、夏とは言えちょっと冷たいし、しょっぱい。
「ぷは! な、何!? 何なの!? なんで!?」
「スミレ」
顔を上げると、ぎゅーっと抱きしめられた。
一秒、二秒、三秒、四秒。
至高の四秒間。
階段から落ちて、初めて環ちゃんに抱きしめられた時と同じく、キッチリ四秒抱きしめられて、私はその腕から解放された。
「この海はスミレの毒で溢れてる。だから、スミレの中に戻した。スミレから欲しいから」
「な、何言って」
「スミレも、うちの毒にまみれて欲しい。から、注入した」
何それ。
意味わかんないし、毒なら肌からじゃなくて口から摂取したほうが手取り早いじゃないかと思ったが、言うのをやめた。
こんなの、キスして欲しいとせがんでいるみたいだ。こんな真っ昼間の磯の真ん中で、そんな恥ずかしいことは言えない。
太陽がじりじりじりじり、暑くてたまらない。
体は潮でベトベトだけど、火照った体には少し冷たい海が心地よかった。
「た、環ちゃんはなんて書いたの、タイムカプセル!」
「覚えてないなあ。読む?」
「うん! あ、でも、びたびただ」
「上がろっか。いやースミレの服どうしようかな。こんなことならバイクでくればよかった」
「本当だよ……、もう」
——“スミレがウミガメを見れますように!”
→
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