39 不変

「リクくん、たまきちゃんに言ったの!?」

「え、あ、その」

「あんまりだよ、ひどい! 勝手に私の気持ちを伝えないでよ!」

「違う、スミレ。いや、違わないけど……。うちは勝算があるからこんなこと言ったんじゃない。人殺しで引かれると思ってたし」

「引かないよ、ヒト一人殺したくらい」


 スミレは本当に変わった。強くなった。十年前、いつもうちの後ろにいて、「守ってあげなくちゃ」と思っていたスミレとはもう違う。


「スミレ、信じてないみたいだけど、うちが人殺しなのは本当だよ」

「その件については追って検証する。問題はそこじゃない。環ちゃん、私が浮気相手って、どういうことなの」

「セナにはスミレと付き合ってるなんて事実無根なこと言ってないから、安心して」

「そんなことどうでもいい。本質はそこじゃない。環ちゃん、私のこと好きなの?」


 スミレは至って真剣な目でうちを見つめた。

 目が合う。けれど、スミレはそらさない。うちも、そらさなかった。


「うん、好き」

「それは、恋愛なの?」

「うん」

「どうして、今更?」

「きっかけは婚約して、セナと入籍する前にスミレにどうしても会いたいと思ったから。確信を得たのは、トウヤマをけて、玄関での二人のやりとりを見た時。うちの知らない十年を知ってるトウヤマがムカついたし、二人の関係を邪推して、嫉妬した」

「邪推って?」

「体の関係、あるのかなって」

「ないよ! ない! 絶対!! 私がシたのは、環ちゃんの追体験をしようとレイプされた時だけ。本当だよ!?」

「は、レイプ!?」


 スミレはトウヤマの一切を無視して、うちの両手を掴んだ。

 ぎゅうっと握られる手はセナと違って潤っていて、白くて、柔らかくて、少し冷たい。


「環ちゃん、嬉しい。私、今でも本当に環ちゃんのことが好き。どうしてこうなったかわからないけど、そんなことどうでもいいくらい嬉しい」

「ちょ、ちょっと待ってスミレ」


 スミレは、拍子抜けするくらいにあっさりとうちを受け入れてくれた。

 嬉しい。けれど、それ以上に恐ろしいのだ。スミレはきっと、うちを十年前のままのだと思い込んでいる。思い出は美化されるもの。

 うちは、変わってしまった。スミレはそれに気づいていないのだ。


「そうだよスミレちゃん。スミレちゃんはメンヘラで盲目的だから、今でも日和ひよりさんのこと好きだって思い込んでるだけだって! 高校時代、あんなひどい仕打ちをされたのに、覚えてないの!? それなのに今更都合よく……。日和さんは婚約者にフラれたから、スミレちゃんを代わりにしようとしてるんだよ。スミレちゃんは女の子なんだよ、女の子同士の恋愛なんて、本当は受け入れてないに決まってる!!」

「環ちゃんは嘘なんてつかない。七戸しちのへくんの代わりになんてしようとしてない。環ちゃんのことよく知りもしないくせに失礼なこと言わないで」

「なっ……」


 トウヤマは怒るというよりは、ショックを受けたような顔をした。

 スミレもそれに気づいて、一瞬何かを言いかけ——やめた。

 スミレは毅然とした態度でトウヤマに向き合う。


「八丈島で監禁した時のこと、リクくんに言ってないことがある。私、あの時環ちゃんとキスをしたの。甘いものではなかったけど、環ちゃんからしてくれた。ぺろって唇も舐められた。あの時は私がものすごく動揺してたけど、島から帰ってきた後、環ちゃんはノンケだって言ってたけど、やっぱりってしばらく悩んだもの」

「陽キャの女の子は、キスぐらい女の子同士でするよ」

「陽キャの女の子は、監禁されたらあんなに堂々としない」

「仮に、日和さんがLGBTだったとしよう。でも、思い出は美化されるんだよ。今の日和さんは、スミレちゃんが思っているようなヒトじゃない」


 まさしくトウヤマの言う通りだ。

 嫌いなトウヤマに言われると腹が立って仕方ないが、スミレの目を覚ませるには打ってつけの役者であることには違いので黙って耳を傾ける。

 自分でこんな言い方をするのはおかしいけれど、スミレは久々の再会——所謂いわゆる同窓会マジック的なものに掛かっている。

 うちは真の意味で、スミレと再び関係を持ちたい。親友で、そして「恋人」という関係に。


「思い出は美化なんてされない。私ね、環ちゃんにフラれたのも、そのあとずっと気持ちを押し殺して親友でいるフリをするのも辛かった。だけど、私は確かに救われたの。その事実は変わらない。だから思い出は”不変”なの。だからずっと、『好き』」

「スミレ……」

「今も好き。でも、今の環ちゃんのことを知ったらもっと好きになる。絶対。どうしてだと思う?」

「わからないよ、そんなの」

「私にとって、今の環ちゃんはものすごく誠実に見える。七戸くんとの婚約破棄だって、私に会ってからすれば良かったし、心が読めることも、人を殺したことも、黙ってたら絶対に分からなかった。でも、話してくれた。そこまで私のこと信頼してくれて、全てをさらけ出してくれて、すごく嬉しかった。その誠実さは高校の時と変わらない。私もね、あれから十年がたって『誠実であること』がどれだけ難しいことか、わかるようになったよ」


 うちは、誠実なんかじゃない。


「リクくん、環ちゃんとゆっくり話がしたいの。少し、上に行ってもらってもいい?」


 トウヤマは何か言いだけだったが、諦念したように長いため息を着くと二階へと移動していった。

 こうなったスミレは何を言っても無駄なのだろう。

 うちの知ってるスミレは聞き分けのいい子だったけど、一度決めたら曲げない、芯が強い子でもあったっけ。


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