27 Party Pink Popper

 私の監禁計画は、たったの五日で終わってしまった。

 今は八丈島旅行最終日の夜。

 明日の朝八時五十五分の船に乗り、十時間の船旅を経て東京竹芝港に到着すると、この旅は終わる。


 私たちは八丈島最後のシュノーケリングをするべく、海岸にやってきていた。


「暗くて危ないから、しっかり掴まってね」

「う、うん」


 水着の上にラッシュガードを着て、マスクを装着し、シュノーケルをくわえる。フィンは環ちゃんに装着してもらった。浮き輪ではなくライフジャケット着ているけれど、夜の海は真っ黒で、怖い。

 この黒い海の目の前では、月も星も歯が立たない。

 環ちゃんは後ろ向きに泳ぎながら、私の手を引いて牽引してくれた。その腰には、日の出を見た時と同じく二人分のウエイトおもりと、水中ライトがつながっている。


 この暗闇に立ち向かう、唯一の武器だ。


「よし、じゃあ行くか! ライフジャケットは脱いでね。沈めないから」

「ちょ、ちょっと待ってよ、怖いよ。こんな暗くて、足もつかないところ」

「大丈夫だって、うちがついてるし! ライフジャケットの紐も手首に巻きつけてあるし!」

「で、でも……」

「ウミガメだって見れたじゃん。海から見る朝陽もきれいだったでしょ?」

「でも、月は、水面越しに見ると緑色でしょ? 前に環ちゃんに見せてもらったけど、正直、私は不気味で……」

「今から見せるのは、夏しか見れない、夜の海の世界。カメラじゃ見れない、この眼でしか見れない世界だよ」


 カメラじゃ見れない世界?

 そんなもの、ない。どれだけ綺麗な景色だって、写真に収められるじゃない。それこそ、月面だって。


「大丈夫だよ、うちがついてるんだから!」


 大丈夫。

 凛とした環ちゃんの声で言われると、やっぱり私は何も言えなくなるのだ。


「うちが先に潜る。怖くないよ、スミレが来るまで待ってるから。ライトだってつけてるから、真っ暗じゃない」

「うん……」

「夜な夜な一人で線香花火をやっちゃうよなスミレは絶対好きな景色だと思うんだよねー」

「なっ、なんで知ってるの!?」

「いざ、アンダーザブルーへ!」


 言うだけ言って、環ちゃんは海の中へと逃げてしまった。

 言い逃げ。環ちゃんの常套じょうとう手段だ。


 シュノーケルを咥えて、海面に顔をつける。

 水深約二・五メートルの地点で、環ちゃんはおいでおいでと私を呼んでいた。


 大きく息を吸って、止める。

 差し出された環ちゃんの手を掴むと、私たちはゆっくりと海底に沈んで行った。

 海底に到着すると、環ちゃんは左手で私を抱きしめ、右手で私の手を握ってくれる。


『OK?』


 私が頷くと、環ちゃんはライトにパ、パ、と掌を当て、ライトを消す仕草をした。

 私がOKのサインを出すと、あたりは一瞬で暗くなる。


 暗闇が覆う。

 息もできないし、暗くて、怖い。怖い、怖い……。

 怖い!

 水面に顔を出そうと身じろいだ時、キラキラと、淡い緑色の光の粒がどこからか立ち昇った。

 目が慣れてきたのか、徐々に暗い海の世界の輪郭が見えてくる。


 どうやらその緑色の光の粒は環ちゃんの手の動きに合わせて発生しているらしい。

 私も環ちゃんにならって、海の中で無音の拍手をする。

 私の手の中にも、淡い光の粒が生まれた。

 光の粒は下から上へ立ち昇って、いつの間にか消えてしまった。


「——!!」


 淡い、緑色の光の粒。

 ただそれだけなのに、私は一瞬でその光の粒の虜になった。

 綺麗だった。電飾の光とは違う、神秘的で、不思議で、きれいだった。


「っぷは! 環ちゃん! あれはなんなの!?」

「夜光虫だよ」

「ヤコウチュウ?」

「夜の光の虫、で、夜光虫。その正体は虫じゃなくて、スミレが嫌いな海洋性プランクトン。ルシフェラーゼ反応、だったかな。物理的な刺激に応答して光るんだよね」

「あんなきれいなのが、プランクトンなの? 昼は真っ白でゴミみたいなのに」

「そうなの、面白いでしょう。海の世界って!!」


 にかりと笑う環ちゃんが、私は一番好きだ。

 この「好き」は、やっぱり恋だ。でも、自分の「好き」をないがしろにしないで、大切にしていきたいと思う。


 この世界はまだまだ知らないことだらけだ。

 汚くて、恐ろしい海の世界。

 でも、悪くないと思った。


 朝日の光、日中の光のカーテン、夜は夜光虫。

 夜光虫の織りなす世界は、体が重力を感じなくて、まるで宇宙にいるみたいだった。


 海は嫌い。

 でも、ちょっとだけ好き。






 私は明日も、大好きなピンク色のパーティーポッパーを鳴らす。

 Party Pink Popper


 <PART1/2 Fin>

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