【後編】_the Blue
Section5 / Tamaki
// 紫陽花
たまに、あの日の夢を見る。
監禁され、狭いアパートの一室で
八丈島でスミレと過ごしたあの時のように、うちは
——あの日々の場面が切り取られ、切り替わり、そして、
監禁生活が終わり告げるその日。
うちが、人を殺した日。
その日起きると、いつも締め切られている窓が開いていた。アパートの窓から久しぶりに青空を見る。窓から顔を出すと、薄紫色の
紫陽花。
久しぶりの外の眩しい世界。新鮮な空気。雨上がりの匂い。
それを感じて、唐突に家に帰りたくなった。
監禁されてすぐは叫んだり、床や壁をダンダン慣らしたものだったけど、いつしかそれもしなくなった。うちの監禁状態も緩くなって、その気になればきっと抜け出すチャンスは何度もあったんだろうけど、うちはそうしなかった。
だって、うちがいなくなったら
自殺未遂も頻繁にして、何度それを止めたか覚えていない。状況を考えればそのまま死なせれば良かったけど、そうはできなかった。今思えば、彼は死ぬ気なんてなかったんだと思う。それでもうちは彼を止めた。そうして欲しいのだと思ったからだ。
最初こそ憎んでいたけれど、
その心情は、ストックホルム症候群——誘拐事件や監禁事件などの被害者が、犯人と長い時間を共にすることにより、犯人に過度の連帯感や好意的な感情を抱く現象のことを指す——を発症させていたことによる紛い物だったのかもしれないけれど、出会うタイミングさえ違ったら、と、そう思わなくもない。
うちは窓から紫陽花を眺めていた。
助けは呼ばなかった。
けれど、涙がでた。
「帰りたいな……」
「そうだよね」
「!」
眠っていた
久々に外の世界を見たことで、実感してしまったのだ。
「どうしてそんな目でボクを見るの」
「し、よう、くん」
「ボクのこと、そんな、怪物を見るみたいな目で見るな……」
「ち、ちが」
「帰らないでよ、いなくならないでよ。楽しいって言ってたじゃないか、ボクはキミにそばにいて欲しくて、だから、だからぼくはキミのために、お金だって、時間だってたくさん使った。ボクはキミが必要なんだよ、誰よりもキミのことを必要としている」
「怖いよ、
「キミだって、ボクのことを必要としているはずだ!!」
「ッ————!!」
台所にある包丁が目に入る。うちは咄嗟にそれを手に取った。
「ボクを殺すの!? ボクが怪物だから!? だからやっつけるの!? ひどいじゃないか! 許さない、赦さない!!」
「うわぁああああ!!」
うまいこと骨の間をすり抜けたのか、包丁は容易く
ゴリっという音がしたあと、一泊おいて、静かに血が滲み出る。時代劇のようにブシャっと返り血を浴びることはなかった。
「血だ……」
心臓から噴き出る血の量は凄まじく、服もあっという間に真っ赤になる。
「
よせばいいのに、うちはその真っ赤になった
「泣かないで、キミは悪くないよ。ボクの方こそ、キミを怖がらせてごめんね。ううん、それだけじゃない、ボクは、キミに……」
包丁はいまだ
「今まで、怖くてできなかったのに、キミのためだと思うと簡単にできたよ」
「う、うちの、ため……?」
「人を呼ぶ前に、手と、顔を洗って、血を流すんだ。服も着替えて。そうしないと、キミがボクを刺したことがバレてしまう」
「し、
「これで、大丈夫。ボクは自殺したと言うんだよ。今までありがとう、
そして、うちは
当時は華奢で、外遊びせずに稽古漬けだったうちは、色白だった母の遺伝を遺憾なく発揮して、病的なほどに真っ白だったのだ。その反動で、今は海で真っ黒に日焼けしてしまったわけだけど。
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