Section3
14 線香花火
朝はパーティーポッパー、夜は線香花火が私のルーティーン。
洗面器に水を張り、忍足でリビングのテーブルに乗せたら、リビングの電気を消し、椅子に座る。
シュッと小気味のいい音に一拍遅れて、マッチの先端に火が着いた。着火する一瞬だけ、火は大きく揺らめいて炎になる。そしてすぐ静かな火に戻り、マッチからキャンドルへと火は移った。ほのかにアロマの香りが漂ってくる。
マッチに残った火を吹き消したら準備完了。
わざわざマッチを擦らなくても、わざわざキャンドルに灯りを灯さなくても、チャッカマンから線香花火の先端に直接火をつけることは可能だ。けれど、私は敢えてこの工程を踏んでいる。
雰囲気作りのためといえばそれまでだけれど、「マッチを擦る」「キャンドルに火を灯す」という行為は、現代社会から離れた非日常を感じることができる。キャンドルの火の揺らめきを見ているのも好きだ。
好きといえば、私は焚き火を見ているのも好きである。さすがに屋内ではできないため我慢しているが、寝る間際はよく焚き火アプリでパチパチと砕ける音を聞きながら眠りについている。
——だって、水面に映る線香花火の揺らめきは、ものすごく
線香花火の先端に火が移ると、先端は静かに丸くなり、ジジジと火の玉が燻り出した。
窓から、
生ぬるく湿度を帯びた風は、環ちゃんの吐息のようだ。
がんばれ、がんばれ。
火の玉は健気にジジジとその体を膨らませると、くらげの赤ちゃんのような小さな足が生えた。
やがて、ぱ、ぱ、と掌サイズの花火が瞬いたが、線香花火は最後まで咲き続けることはなく、途中で水面に不時着した。
最近の線香花火は、いつもこんな調子だ。
(線香花火、湿気てるのかなあ……)
もうすぐ梅雨。
購入してから約一年ほど経つということだ、無理もない。
さあ、片付けるかと立ち上がったタイミングで、ピンポンとチャイムが鳴った。
「はい」
「
ドアホンに写っているのは階下の住人・トウヤマさんだ。
慌てて電気をつけ、キャンドルの炎を吹き消し、ドアを開けた。
「ハシバミさん、こんばんわ!」
「こんばんわ、こんな遅くに……。騒音ですか、それも水漏れ!?」
「アハハー違うって、苦情言いにきたんじゃないから!」
前回会った時よりも、さらに黒く日焼けしたトウヤマさんは茶色い紙袋を差し出す。
おずおずと受け取ると、にっこり笑っていた顔がさらに破顔した。
「タイのおみやげ! 買ってくるって言っただろ?」
「あ、恐れ入ります。どうもありがとうございます」
「これ、タイティーなんだけど、結構甘いしクセがある味なんだ。ミルクティーにすると少しマシになるけど、苦手だったら捨てていいからね」
「いえ、そんな、ありがたく頂戴いたします」
「ハシバミさんは言葉遣いが綺麗だねー」
「そんなことないです」
トウヤマさんはすごい。気さくだし、コミュ力も高いし、なんでもないことを褒めてくれる。
きっと、誰かのいいところを見つけるのが上手な人なんだろう。いいところを見つけて、好きになってくれる。好きになる努力をしてくれる。ちゃんと話をするのは今日で二度目だけれど、トウヤマさんは優しくて素敵な人だ。
僻んで、妬んでばかりの私とは大違いだ。
「あ、あの、このあとお時間ありますか?」
「ん? あるよ!」
「もし良かったら、上がっていきませんか。丁度お茶菓子もあるので、タイティーを御馳走します」
「オレ、男だよ? ゲイだから大丈夫って思ってる?」
「それが理由ではないです」
「オレは、男も女もイケるタイプだよ。今日のオレは、誰でもいいかもしれない。そんな軽率に上げないほうがいいんじゃないかな」
「知ってます。でも、この場で私を襲うのはあまりにリスキーではないでしょうか」
そう言うと、トウヤマさんは観念したように肩を竦めると、ニッと口角をあげた。
自分でも不思議だった。私は、誰かとコミュニケーションを取ることが苦手だ。それなのに、トウヤマさんを部屋にあげようとしている。
私は、トウヤマさんと何をしたいのだろう。何を話たいのだろうか。
「ハシバミさん、意外としたたかだね! 悪くない!」
トウヤマさんは親指をたてると、そのままお邪魔しますと言いながら玄関で履物を脱いだ。
赤いギョサンだった。堅いビーチサンダルのような履物で、夏になるとこの辺りの住人はそれを履いていることが非常に多い。環ちゃんはいつも水色のギョサンを履いていたっけ。
「水を張ったた洗面器に、キャンドルに、線香花火のゴミ?」
「あ! そ、それは!」
「誕生日に一人でクラッカーも鳴らしてたし、面白いね!」
「ち、違うんです」
何も違くないが、私は違うんですと騒ぎ立てながらそれらを片付ける。
変なやつだ、おかしなやつだ、きっとそう思っているに違いないが、トウヤマさんはニコニコと笑ったままだ。
「線香花火、オレも好きなんだ。勝負しようか!」
「しません」
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