15 唯一の友人

 招き入れたはいいものの、何を話せばよいのかと一瞬たじろぐ。けれど、幸いにもトウヤマさんからの言葉の雨は止まない。

 タイティーから始まり、タイ旅行のおもしろおかしい話が続いていた。

 話が途切れないように、気を遣ってくれているだろう。客人なのに、申し訳ない。


「そういえばさ、ハシバミさんはオレがバイセクシュアルってこと、なんで知ってたの?」

「あの日、タイ旅行の目的にハッテンジョウとカワイイ女の子と言っていたので」

「ああ、なるほど、よく覚えてるね! そういう些細なこと覚えてもらえてるのって嬉しいなあ」

「たまたまですよ。私はあまり人と話さないですし」

「それでも、嬉しいよ」


 トウヤマさんは、きっと人たらしなのだろう。

 男嫌いの私ですら、ドキッとした。これが「ときめき」というたぐいのものなのかもしれない。


 けれど、先日たまきちゃんに感じたとろけるような感覚にはならなかった。

 やはりあれは、恋なのだろうか。


「トウヤマさん。不躾な質問で申し訳ないですが、トウヤマさんは、恋をするとどうなりますか?」

「恋!? ハシバミさん、好きな人がいるの!?」

「わかりません。私、今まで誰も好きになったことがないんです。ありえないですよね、高二なのに」

「えーそんなことないでしょ! 恋なんて、人の縁に依るしさ! むしろ誰彼構わず好きになっちゃう子の方がやばいんじゃないかな。あ、これは経験談ね」

「でも……」

「いやぁステキだねぇ、初々しいねぇ」


 トウヤマさんは、いつ何時、何に対しても決して「否定」しない。私を肯定してくれる。話しているとすごく楽だ。その感覚は環ちゃんと同じ。

 筋肉質な身体も、ニカっと笑う笑顔も魅力的だ。

 けれど私は直感している。トウヤマさんとどうこうなりたいとは、思っていない。


「恋をすると、とろけるような感覚になりますか?」

「うーん、そうだね。とろけるような感覚、なるかもしれない」


 やっぱり私は、環ちゃんがそういう意味で好きなのだろうか。


「その人に触れられると、ってことだよね」

「はい」

「そうじゃないときはどう?」

「すごく、楽しいです。ずっと一緒にいたいです」

「二人きりで居たいって思う?」

「はい!」


 そうだ。だからこそ私は逢子ほうこを追い出そうとしたのだから。


「じゃあ、それは恋なのかもしれないね」


 そうか、これは「恋」なのか。

 そう思うと、なんだか気が楽になった。


 今までの全てが正当化されたような気がしたからだ。

 恋をすると、人はおかしくなる。どの物語でもそうだった。人は誰かに恋をするとおかしくなった。傲慢になった。『人間失格』でも、『痴人の愛』でも、昔から人はそうだったのだ。


「まあ、オレはハシバミさんに話を聞いただけだから、その真偽はわからないけどね」

「いえ、これはきっと『恋』なんです」

「ハシバミさんは……、いや、なんでもない。恋かどうかはさておき、その人が好きって気持ちは大切にね」

「はい」

「もしかしてさ、その好きな人って、女の子?」

「……はい」

「だったら、覚悟して向かい合わないとだめだよ。その人のことをよく知って、よく考えて行動するんだ。ハシバミさんが後悔しないように。これも、経験談ね」

「はい」


 何故だか涙が溢れてくる。

 わからない、どうして涙が溢れてくるんだろう。この前、保健室で環ちゃんと話した時もそうだった。

 恋をしたからなのか、私は自分の心が制御できなくなっていた。


 ぽんぽん、とトウヤマさんが頭を撫でてくれる。

 イヤじゃなかった。ドキッとした。でも、やっぱりこれは恋じゃない。

 とろけたりしない。


「なんかあったらオレのとこおいでよ、話、聞くだけになっちゃうかもしれないけど、話すだけで楽になることもあるし。友達だからね!」

「はい」


 トウヤマさんは優しい。私の、二番目の友達になってくれた。

 環ちゃんはが「好きな人」なら、トウヤマさんは唯一の友達なのかもしれない。


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