06 潮騒・前
一番のお気に入りは、このピンク色のパーティーポッパー。
駅に隣接している百円ショップで、ピンクボディのパーティーポッパーが三つ入っている商品だ。入荷がなくならないよう、毎週火曜日と金曜日には欠かさずパーティーポッパーを購入している。店員にはすっかり顔も覚えられていることだろう。
多少の恥ずかしさはあるが、背に腹は変えられない。
ベッドの上で仰向けになり、小さな太陽に向かって糸を引くと、上から色とりどりの紙吹雪と、
暖かい日差しの下で見る桜の花びらと綿雪のような光景を見ながら、ピンク色のトンガリ鼻を作る。息を吸えば、私の鼻にあるダンスホールで銃撃戦が始まった。
「はぁ、……すき」
この、硝煙の薫り。
パーティーポッパーが弾ける時の炸裂音はスカッとするし、紙吹雪とゴールドコンフィッティの光景は美しい。何よりこの硝煙の薫りが堪らなく好き。
夜は部屋を暗くして、水を張った洗面器の上で線香花火をする。水面に反射する小さな線香花火の揺らめきと硝煙の香りを楽しむためだ。
月曜から土曜日、朝のパーティーポッパーと夜の線香花火。
誰にも話をしたことがない私の日課。
* * *
金曜日、放課後。
今日もパーティーポッパーを購入すべく百円ショップに立ち寄る。
ピンク色のパーティーポッパーは、いつもと同じところに陳列されていた。いつも通りそれを一つ手に取る。
昼休みのブラックジャック——ブラックジャック以外にもポーカーや大富豪など、昼休みのボードゲームは私達の恒例になった。
去年までは
悪い人じゃないが、私にとってはただの邪魔者だ。環ちゃんが二人のどちらかと付き合う、だなんてことはないだろうが、昼休みは騒がしくなり、
男は嫌いだ。逢子もろとも追い出してやる。
いつもは一発しかパーティーポッパーを鳴らさないが、ここ最近はつい二発放ってしまう。逢子で一発、ドアコンビに一発。私は毎朝ピンクのパーティーポッパーで三人を
私は「決める」のが苦手、「変える」のも苦手、そして何かが「変わる」のも苦手。変化を嫌っている。
ずっと環ちゃんと二人きりがいい。
環ちゃんが語る海の世界は良かった。海の中の季節の移り変わり、生き物の産卵や成長もあれば、珊瑚礁の死滅とか、環境問題による変化はあったけれど、「海」は本質的には不変だ。環ちゃんの語る海の話は面白かったし、環ちゃんの「好き」が詰まっていた。
それなのに、今は受験だの、将来だの、そんな話ばかり。昼休みにボードゲームなんかしたくない。
私は変わりたくないのに、周りが勝手に変わっていく。
「ムカつく」
最近、ピンク色のパーティーポッパーの減りが早い。ストックとして二つ買おうかと手を伸ばしかけて、やっぱりやめた。
毎週火曜日と金曜日に、このパーティーポッパーを一袋購入する。毎朝鳴らすパーティーポッパーを今まで通り一つにすれば何の問題もない。
私は変わらない。
「何がムカつくの?」
「ッツ!?!?」
後ろから声をかけられ、飛び上がりながら振り返ると、先ほど別れたばかりの環ちゃんがいた。
「た、環ちゃん、どうして」
「親からおつかい頼まれてたの思い出したんだ」
手には排水溝のゴミ取り。
もとより環ちゃんは嘘をつかないが、やはり嘘ではないらしい。
「スミレはパーティーでもやるの?」
「あ、いや、そうじゃないんだけど……」
「クラッカー買うのに?」
「そ、その……」
毎朝、パーティーポッパー鳴らして逢子を擬似射殺している。そしてその硝煙の薫りを嗅ぐのが日課だ。などと言えるはずもない。
私が言い
青いパッケージのポップコーンを掴み、私に手渡す。
「イラッとしたときにはショッパイもの、だよねえ」
「甘いもの、じゃなくて?」
「甘いものは胸焼けするもん。チョコレートくらいなら大丈夫だけど、ちょっとでいい。うちのお勧めは、音量は爆音、ポップコーン片手にサメの生態を紹介するドキュメンタリー映画『SHARK』を見ること! 珊瑚礁の死滅とかじゃだめだよ、圧倒的にサメ! そして爆音!! サメはすごいよ、特にネムリブカ! あいついつも寝てるのに、夜になると超捕食者になんの! オグロメジロザメは天敵なしの海の王者なんだけどさ、ホンソメワケベラは掃除魚で、オグロメジロザメの口から唯一生きて出てこられる魚なんだよ。すごくない!? みたいな話がいっぱいあるよ! 映像も最高にサメ!」
もう一つ環ちゃんから手渡される。
行きがけに手にとっていた「海の入浴剤シリーズ」だ。
「イルカ、ウミガメ、クジラ、サメ、タコ、イカ、そしてシークレットのヒヨコウミウシ! もちろん、全種類コンプリートしてるよ。ドヤァ」
「ヒヨコウミウシって? 黄色いウミウシ?」
「ううん。ヒヨコがウミウシの帽子被ってるから、どちらかと言うとヒヨコだね」
それはまごうことなきヒヨコだと思うが、あえて訂正はしない。
言いたくなさそうなことは聞かない環ちゃん、入浴剤のおまけをコンプリートしていることを自慢する環ちゃん、サメの話を楽しげにする環ちゃん。
やっぱり私は、環ちゃんが大好きだ。
「あ、あの、環ちゃん」
「ん?」
「ウチで一緒に見ない? 『SHARK』」
「見る!」
環ちゃんと二人で映画鑑賞なんて、いつぶりだろうか。
さっきまでのイライラははどこに行ったのか、私の脳内では色とりどりの紙吹雪と、
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