05 ダブルダウン

 私は、何かを決めるのがものすごく苦手だ。

 優柔不断で、レストランで注文をするのも一苦労。だから私は、いつも決まったものしか頼まない。例えば、飲み物は「紅茶」、食べ物は「イタリアン」で、パスタは「アラビアータ」。デザートは「なし」。

 決めるのが苦手だから、一度決めたら変えない。首尾一貫と言えば聞こえはいいが、それは優柔不断の延長線上にあるものに他ならない。


 だから、


「さあ、スミレどうする。ヒット? スタンド? ダブルダウン?」


 ——だから、ブラックジャックは苦手だ。「決める」という動作が多すぎる。

 レストランであれば行為は決まっている。けれどブラックジャックをやるのは今日が初めてで、まだ法則を決めていない。


 勝負相手は、他のプレーヤーではなくディーラー。最終的な点数でプレイヤー内の勝敗は決するが、そもそもディーラーに勝てなければ一点ももらえない。


 今一度、ブラックジャックのルールを脳内で確認した。

 1〜10の数はそのままで、ジャック、クイーン、キングの絵札は10とみなす。

 すべてのプレイヤーには、カードが2枚表向きに配られ、すべての数字を見ることができる。

 対してディーラーのカードは1枚が表、もう一枚が裏になっている。ディーラーは合計数が17になるまで引き続けるのがルールだ。

 カードを見て、プレイヤー選べる選択肢は三つ。

 一つ、手札を1枚追加し、3枚のカードで勝負する「ヒット」

 二つ、手札を引かず、最初の2枚のカードのみで勝負するのが「スタンド」

 三つ、手札を1枚追加し、3枚のカードで勝負し、尚且掛け金が二倍になる「ダブルダウン

 プレイヤーは自らのカードの状況に応じて、好きな選択肢を一回だけ選ぶことができる。

 プレイヤーは21を目指してカードを作る。

 21でなくても、ディーラーより数が多きければ勝ち、同じならドロー、22以上になったらバーストして負け、ディーラーより数が小さい場合も負けだ。


 さて、今のディーラーの手札を見てみる。

 「Kキング」と「何か伏せカード」。

 今の私の手札を見てみる。

 「Qクイーン」と「6」で「16」。


 ディーラーは合計17が出るまで引き続けるルールだから、伏せカードが「1〜6」ならもう一枚、「7〜10、絵札JQK」なら、合計が「17」以上になるので、私の負けだ。

 仮に「6」だった場合、ディーラーは「16」だから、次に引く札「1〜5」だったら数字が小さい私の負け。「6」以上ならバースト21オーバーして私の勝ち。


 今の私の数字は「16」。

 ヒット手札を1枚追加するなら、次に「1〜5」を出す必要がある。そうすれば、ディーラーより大きな数字になる可能性は上がるだろう。

 けれど、「6〜10、絵札JQK」が出たらバースト21オーバーして私の負けが決定する。ならば、スタンド手札を引かないの方が良いだろうか。

 単純な確率だとバーストしてしまう確率が高いが、場に出ているカードは絵札が多いから、そこまで高いという言う訳ではないのかもしれない。


 ブラックジャックは「もしも」が多すぎて、苦手だ。


「ちょ、ちょっと待ってたまきちゃん」

「うんうん、考えたまえ」


 とりあえず、ダブルダウン1枚追加して掛金2倍はやめよう。

 ヒット手札を1枚追加か、スタンド手札を引かないか……。

 プレーヤーの逢子ほうこと、このゲームを持ちかけてきた男子生徒二人の視線が突き刺さる。私の優柔不断さにイライラしているのを、その視線から感じた。


「ちょっとスミ、早くしてよ」

「まあまあ、いいじゃん逢子。ゆっくり決めていいからね。そこがこのゲームのキモなんだから」


 どうしよう、どうしよう。コイントスで決めたくなるが、そう言うわけにもいかない。

 ふと壁にかかったデジタル時計を見ると、四十六秒だった。

 偶数。

 そうだ、偶数ならヒット手札を1枚追加にしよう。奇数ならスタンド手札を引かない


「私は……」


 パッとデジタル時計を見る。五十八秒。


ヒット手札を1枚追加で!」

「オーケー」


 環ちゃんから渡されたカードは「5」——ブラックジャック合計21だ。


「おお! やるねスミレ」

「でも、タマは強運だからなあ」

「いや流石に21には出せないよ」


 環ちゃんディーラーの手札は「Kキング」。伏せてあったカードは「2」だった。一枚引いて「3」合計15。


「よし、いくよ!」


 はらりと捲られたカードは「6」。私と引き分けだ。


「あーー! 持ってるなあタマは」

「いやーこのラックはプレイヤーの時に使いたかったよ」


 そうして、ベット掛金していたチョコレート一粒は私に戻ってきた。

 ディーラーに負けたらチョコレートは没収。引き分けだったら戻ってくる。勝ったら二個、ブラックジャックで勝ったらチョコレートが三個もらえるというルールになっていた。

 ダブルダウン1枚追加して掛金2倍していた場合は、負けたら二個没収、勝ったら三個、ブラックジャックだったら四個もらえる。

 私のチョコレートは、始めた時と変わらず五個のままだ。


「スミレ、どうせならヒット手札を1枚追加するなら、ダブルダウン1枚追加して掛金2倍にすれば良かったのに」

「ええ、その選択肢はなかったかなあ……」

「マ? 結構アリだと思うけどな」

「スミはダブルダウン1枚追加して掛金2倍なんて絶対しないでしょ、勝負しない女だからね」


 そう。私は決められない。当然、勝負などしない。

 逢子の言っていることは真実ではあるが、そこには皮肉と非難が混じっていて、なんとも居心地が悪い。


「自分がダブルダウン1枚追加して掛金2倍して負けたからって、スミレにヤツ当たんないの。はい、チョコレート二個没収ね」

「20だったからこれは勝ったと思ったのにー!」

日和ひよりは本当に運が強いよな」

「それを見越してディーラーに指名したって言うのに」

「ふふん、女神が微笑んだのだよ。むしろ女神本人かもしない」


 環ちゃんと逢子、男子生徒二人――四人の会話が始まる。

 居心地が悪い。

 環ちゃんと二人きりがいい。


 環ちゃんは、私が優柔不断でも急かしたりしない。勝負を強要してきたりしない。

 私の意思を尊重してくれるのだ。

 環ちゃんは勝利の女神じゃない、私の女神様だ。


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