02 言葉に意味のない世界・前
時は戻り、高校二年の始業式。
『環:やばい!』
『環:遅刻しそう!』
元一年A組だった私は、二年A組のクラスで、一年生の時と同じ席に座る。適当にスタンプで応援し、目だけを動かしてあたりを見回した。
つい二週間前まで見ていた顔と同じ顔が、同じ配列で談笑をしている。いつもと同じ光景。しかしクラスはそわそわと落ち着かない。
なぜなら、この光景もあと三十分もすれば終わりだからだ。
「
名を呼ばれ振り返れば、そこには今時ベーシックすぎるほど典型的な黒い眼鏡の学級委員長くんが
「
「今大急ぎで向かってるらしいよ」
「そっか、良かった。いや、なんでもないんだけどさ……」
「告白するの?」
そう問えば、委員長君は顔を真っ赤にして飛び上がる。
環ちゃんはモテる。
告白の呼び出しを目撃したのも、それに利用されたのも、片手じゃ足りない。
「なるほど、違うんだね」
「いや……。いや、本当は違くないです。環と違うクラスになったら告白しようって思ってて。ほら、違うクラスになったらなかなか話せなくなっちゃうだろう?」
もし玉砕しても、クラスが違えば気が楽だから。
本当の理由はそれのくせに、
「うまくいくといいね、がんばって」
「ありがとう! 親友の
「うん、こちらこそ」
違うクラスになったら環ちゃんと話す機会が減ってしまうのに、私とは仲良くするのか。
心の中で、学級委員長くんの鼻に真っ黒のパーティーポッパーを被せる。
嘘つきのトンガリ鼻だ。
学級委員長だけじゃない、ホームルームの後に配られる二年次のクラス割表が配られるこの時間は、そこかしこから「クラスが分かれても」とくだらない偽の友情が繰り広げられている。
高校のクラスメイトなんて希薄な関係だ。一度クラスが分かれれば、もう二度と話すことのない人がほとんどだろう。
どいつもこいつもトンガリ鼻だ。
環ちゃんは、私の唯一の友人。小学校、中学校で友人のいなかった私の、生まれて初めての友人であり、親友。もし環ちゃんと違うクラスになったら私はまた孤独な学生生活を送ることになるだろう。
もし、環ちゃんとクラスが分かれたら——そう考えると気が気でないが、私は大丈夫だ。
高校一年生最後の日、この教室、この場所でした会話を脳内で再生する。
この二週間、何度も再生したシーン。
『絶対、来年も同じクラスだよ、ちゃんと担任にお願いしたし』
『うん、私もした。でも……』
『絶対に大丈夫。学校はうちに、配慮してくれるから』
『え?』
環ちゃんの凛とした声で「大丈夫」と言われると、なんだか本当に大丈夫な気がする。大好きな声だ。
それに、環ちゃんただの一度もトンガリ鼻をつけたことがない。「配慮」の真意を聞きたかったけれど、環ちゃんの有無を言わせない笑顔に圧倒されて結局聞けず仕舞いだ。
それでも構わない、言いたくないことの一つや二つ、誰にでもあるのだから。
リュックサックから本を一冊取り出す。
暇つぶしに用意していた詩集『言葉なんかおぼえるんじゃなかった』。
田村隆一の詩集で、詩、そのものももちろん良いが、その詩を書くことに至ったプロセスや考え方がエッセイとして載っていて、それがすごく自由で、ユーモアだった。
『帰途』田村隆一/抜粋
言葉なんかおぼえるんじゃじゃなかった
言葉のない世界
言葉が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
小説の世界に助けられた私だからこそ、この詩は胸の奥にストンと落ちた。
環ちゃんは、私にとって「言葉が意味にならない世界」だ。
言葉なんて必要ない、唯一無二の人。
→
*『言葉なんかおぼえるんじゃなかった』<帰途>田村隆一著/ちくま文庫
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