第5話

 その日から私は彼の家で世話になることとなった。窓のある部屋を与えてくれた。彼の父は研究者で冷凍睡眠で眠る人々の蘇生技術を開発するプロジェクトのリーダーだそうだ。世界にはまだ蘇生してない人が多く残されていて、彼の父は研究を続けていた。


 彼らがこんなにも私に親切なのは研究に携わったからだけではなかった。彼らは優月家の末裔なのだそうだ。クライシス後、優月一族は音楽から研究に専門を変えたらしい。つまり、彼も優月家の末裔ということになる。彼に好意を抱き始めていた私にはショックな事実だった。


 未来の世界は思ったほど変わっていなかった。学生は学校に通うし、人は電車に乗る。服装は原色が多く、シンプルな印象を受けたが、ズボンの人もスカートの人もいる。スーパーマーケットも、ショッピングセンターもある。映画館だってある。


 ただし、良く観察すると使われているテクノロジーは私の時代のそれとは比べものにならないほど進歩していた。電車は浮いて走るし、ハワイまでは飛行機で三十分で行ける。生活があまり変わっていないのではなく「変えないようにデザインした」が正解だということをしばらくして知った。


 世界政府は重力兵器が使用された経緯を徹底的に検証した。結論は「リアルに感じる能力の欠如」だった。当時の権力者は兵器のスイッチを押すとどうなるか、頭ではわかっていた。

 しかし、真の恐ろしさをリアルに感じることができなかった。高度なバーチャル技術が人々の心を引き離し、互いの痛みを感じる能力を劣化させた。その反省から世界政府は程よく人と人とのコミュニケーションが残った世界を再現することにした。結果、選ばれたのが二千年代前半だったようだ。


 最初の一か月は慣れるための生活だった。その間、いくつかの取材を受けた。千年前から蘇った少女はこの時代の人々の興味の的だった。

 取材といっても記者が大人数で押し寄せて囲まれることはなかった。取材は二時間のインタビューが二回、それだけだ。

 この時代にテレビの概念はなかった。好きな時間に好きなプログラムを見る形式だ。各人の嗜好に合うプログラムが自動で選択される。


 私のインタビューは「最近の話題」で上位にランキングされた。最初のインタビューでは、私の眠った経緯やこの時代の感想を話した。

 二回目のインタビューでは、私のいた時代の文化や生活について話しをした。私が音楽一家に生まれたこと、ギターだけでなく、ピアノ、バイオリンなど楽器が得意なこと。そして、歌も得意であることを話した。


「どうやら、インタビューを見た人たちが最も気になったのは君が紹介したギターみたいだよ」

 ある日の夕食時に彼が言った。彼の家族は全員で夕食をとるのが日課となっている。彼の父と母は私を家族の一員として扱ってくれた。


「三回目のインタビューの依頼が来てるよ。是非、実際にギターを弾いてほしいとの依頼だけど、どうする?」

 彼の父が言った。注目されることがストレスになりはしないかと気遣ってくれていた。嫌だと言えば断ってくれるだろう。

「人前で歌うの慣れてます。やってみます」

 音楽の記憶はほぼ蘇っていた。この時代の人々が楽しんでくれたら恩返しになるだろうと思った。

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