第4話

「暗い話はここまでだ。楽しい話をしよう」

 彼はパンと手を叩いてそう言った。

「そうだ、君にプレゼントがあるんだ」

 彼は別室に消えて、再び現れた。

「それ、ギター!」 

 私は上ずった声で叫んだ。

「君のご両親が保存するようにお願いしたようだ」

 前日に生い立ちを聞かされた後、記憶が戻り始めていた。両親の事、音楽の事。ギターを手に取った私の目には自然と涙があふれていた。おぼろげな記憶が一気に蘇ってきた。私のクラシックギター。小学校に入ったときに父が買ってくれたものだ。高価なものではなかったが、家の練習では必ず使っていた。


「初めて見たよ。ギター」

「ギターはないの? ピアノも?」

「人が弾く楽器は今の時代にはない」

 この時代に楽器は現存していないそうだ。音楽はデジタル化され無限ストレージに記憶されている。聞きたい音楽をコンピュータがギターやピアノの音色に変換して再生するそうだ。

「じゃあ、生演奏は聞いたことないの?」

「ない」

「コンサートはないの?」

「コンサートって?」

 音楽は楽譜というデジタルな符号の組合せで表現できる。その組合せ数は膨大だが有限だ。無限ストレージが完成した直後に音楽を全て記録するプロジェクトが始まったそうだ。全パタンの記録が終了するまでに数年しかかからなったそうだ。そして、音楽は知識の一つとして世界の共有資産となった。作曲家は消えた。歌手や演奏者は減り、そのうち完全にいなくなった。


 「じゃあ、お姉さんが生演奏を聞かせてあげよう!」

 私はギターで弾き語りをした。千年前の日本で流行ったラブソング。体が覚えていた。一気に生気が戻った。


 歌い終わって終わって彼を見た。

「え?」

 泣いていた。座ったまま背筋をピンと伸ばし、こちらを見ている。その目から涙がなが溢れていた。

「ちょっと、何? な、泣いてるの? ただの流行歌よ」

 その言葉で彼は我に返った。

「あれ、どうしたんだろ・・・。音楽が好きでいつも聞いているけど・・・こんな感じ初めてだ」

 また聞かせてほしいと彼は言った。

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