第3話

 頬に風を感じて目が覚めた。壁だった部分が開き、室外とつながっていた。細身の男性が立っていた。彼だった。想像より背が高い。

「おはよう、かぐやさん」

 私は起き上がり、うつむきながら手で髪を整えた。

「お、おはよう。直接来るなら早めに言ってくれればいいのに・・・・・・」

 私は語尾をごまかしながら言った。

 

 十分間、時間をもらい、シャワーを浴びて髪の毛を整えた。外に出たら彼が待っていた。白い壁の通路を数分歩くと広いスペースがあった。テーブルと椅子が二つ。食事の希望を聞かれたのでスープとパンを頼んだ。


「君の病気は完治している。蘇生に手間取ったけど病気自体はクライシス後に治療法が確立された。もう健康だよ。」

「ただ、君の場合、少々問題があって蘇生が遅れてしまった」

「クライシス・・・・・・? 問題?」


「かぐや、この地図を見てどう思う?」

 突然の呼び捨てに驚いていると、壁に世界地図が投影された。

「な、何これ・・・・・・」

 私は言葉を失った。千年で地形は変わらないと思っていた。それは正しかった。しかし、私の知っている地図とは大きく異なっていた。直径数百kmもの真円で欠けている地域があった。一、二か所ではない、世界中に数十か所も。


「東京も大阪もない・・・・・・」

「君が眠りについてから百年後に地球に危機が訪れたんだ」

 私が眠りについた西暦二千年前半から約百年後に大きな隕石が落ちたそうだ。隕石は北米に直径数百kmのクレーターを作った。地図を見るとそこだけ欠けた形が真円ではなかった。

 人類は恐竜のように絶滅はしなかった。しかし、隕石で巻き上げられた噴煙は地球を覆い気候を狂わせた。天候不順による不作が世界中で起こった。地軸がずれ、位置特定を衛星に頼っていたシステムが使えなくなった。地磁気の乱れが高度なテクノロジーを機能不全に陥らせた。

 各国は極度な自国主義に傾き、資源の確保が最優先事項となった。そして、国家間での略奪が始まった。


 円形の部分は重力兵器によるものだそうだ。直径数百kmを一気に飲み込む悪魔の兵器。放射能を出さないため環境への影響が小さいとの理由で各国が開発した。本来は国家間の抑止力のために開発された「使えない兵器」のはずだった。しかし、未曾有の災害が冷静な判断を狂わせた。


 彼は話を続けた。隕石落下から十年後、紛争、飢饉、疫病などで百億人いた人口は十分の一にまで減少した。そこで、やっと人類は協力の道を歩み始めた。生き残った人々は世界政府を作った。そして、隕石落下から世界政府の樹立までの期間をクライシスと呼ぶようになったそうだ。


 議会の設立と並行して科学技術の整理が始められた。生き残った研究者・技術者が互いの知識を持ちより新理論に基づくコンピュータが作成された。そのコンピュータは「無限ストレージ」と名付けられた。ストレージとは記憶装置のことだ。

 量子理論を用いて設計された無限ストレージは記録だけでなく、超高速演算装置をも備えた夢のコンピュータ。

 理論上、情報の記録が難しいといわれていた量子コンピュータだが、各国の研究者の協力によりコヒーレント時間問題が解決し、実用上無限といえる記憶容量を備えるに至った。各国が利害を超えて協力すると素晴らしい力が発揮できることを証明した瞬間だった。


 世界政府は残存するクライシス前のデータを無限ストレージに全て記憶した。同時にオリジナルのデータを破棄した。責任問題による争いを懸念してクライシス関連情報には厳しいアクセス制限がなされた。

 どこの国が最初に重力兵器を使ったのかは最高機密となっており、今では大統領ですら知らないそうだ。事実を封印することで人類は平和を手に入れた。


「クライシスの時に君の眠る装置が不安定になったんだ。体にダメージが与えられた。そのため、簡単に蘇生できなくなってしまったんだ」

 ダメージとはなんだろうと不思議に思ったが、難しい話が続いたので聞くのをやめた。


 話しを続ける彼の言葉を聞きながら、ふと疑問に思ってつぶやいた。

「千年たっても意外と言葉は変わってないのね」

 彼は会話を遮られたことを気にもかけず話題を変えた。

「それは君にVIPを受けてもらったからだよ」

「VIP?」

「ブレイン・イメージ・プリンティングの略さ」

 彼は手短に説明してくれた。クライシス後、世界政府は「知識は共通資産」との政策を打ち出した。不都合な事実は完全に封印する一方、その他の知識は平等に共有することが世界平和につながると考えた。ブレイン・イメージ・プリンティングはその思想を体現する技術となった。

 ブレイン・イメージすなわち脳内に記録されている情報を電子化する技術と、そのブレイン・イメージを他人の脳にプリントする技術が確立された。英語を省略するとBIPのはずだが、開発当時は富裕層しか使えない高価な技術だったため、皮肉をこめてVIPと名付けられたらしい。私は蘇生する際にこの時代の言語が理解できるようにVIPを受けたそうだ。

 VIPは確立された知識を習得する手段として広く普及していた。知識だけでなく、運転やスポーツの技能を身につける目的でも使われていた。VIPで得た情報から生まれた新しい知識や技能はブレイン・イメージとして即座に平等に開放された。

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