ハミングバードと子夜啼鳥

@KBunBun

ハミングバードと小夜啼鳥

 「Callsign Callsigen こちら小夜啼鳥。応答せよハミングバード。繰り返す、Callsign Callsign 応答せよハミングバード」

 数秒のタイムラグの後、パッとメインモニターに映像が映し出される。無事に通信が繋がった様だ。

「フン(ド)フン(ド)フン(ソ)フン(ソ)フン(ラ)フン(ラ)フ~ン(ソ)♪」

「おはよう、ハミングバード。今日も元気そうね。そちらの様子はどう?」

「あ、おはよう小夜啼鳥。こっちは︙︙うん、問題なさそうだよ。現在冥王星付近の小惑星帯を通過中、進行ルートに危険なし」

「なら良かった。エネルギーも大丈夫そうね。一応羽を畳んでおいて」

「はーい、でもまだまだ旅の始まりだから、そんなに狂いは生じない筈だけど」

「それは勿論わかっているけど、でも不安なものなのよ」

「なるほど、そういうものなんだろうね」

「︙︙ねぇ、ハミングバード、貴方は何をしているの?」

「何って、音楽を流しているよ」

「でもそれは、貴方のしている事ではないわよね? しなければいけない事と、している事は本質的に別物よ」

「なら︙︙何だろうね。あぁでもやっぱり音楽を流している事が、している事だと思うよ」

「そう。それは役目? それとも夢?」

「夢? 夢か、僕にはわからないよ。小夜啼鳥にはなにか夢はある?」

「私? 私の夢は︙︙」


 コトン、と音がして顔を上げるとそこには彼がコーヒーを差し出していた。

「あ、ありがとう」

 受け取ると、淹れたてのようで私にはまだ少し熱かった。

「全く、小夜啼鳥は身を入れ過ぎだよ、少しは気を抜かなくちゃ余計にしんどいよ?」

まぁ、それはもっともだ。ここ最近案が煮詰まりきらなくなってきていて、そろそろ休暇を取るべきなのだろう。ただそれを彼に言われるのは何だか癪だった。

「それを言うなら、ハミングバードだってコンサート前は徹夜で練習するじゃない」

「あ、あれは徹夜で練習しているんじゃなくて、眠れないから練習しているんだよ!」

「同じ事でしょ、全く。他人の心配する以前に、他人に心配させない生活を︙︙っと、これは私もそうか、人の事は言えないわね」

 二人指定小さく笑い合う。うん、随分とリフレッシュ出来た。ふっーと息を吐き体を伸ばす。

「よし、一旦休憩っと」

 丁度よい温度になったコーヒーをゆっくりと飲む。

「そもそも、そんなに根を詰める必要があるの? まだ先の話だって言ってたけど」

 彼は先ほどまで私が睨みつけていた計画司書を見る。多分そこには彼には理解できない情報が羅列されているのだろう。

 外宇宙に住む知的生命体との相互的なコンタクト……つまりエイリアン・コミュニケーションこそ、私が勤めている国際宇宙開発研究所の現在の課題だ。

もっとも現段階は外宇宙に飛び立つ人工衛星の基礎設計の時点であり、本来彼の言うように根を詰める段階ではない。

ならどうして、と見つめてくる彼には、だって貴方が頑張っているから、とは流石に気恥ずかしくて言えず、適当にごまかして、飲み干したコーヒーを流し台に持っていった。


「Callsign Callsigen こちらS-SBハミングバード、繰り返す、Callsign CallsignこちらS-SBハミングバード。小夜啼鳥聞こえますか? 支給応答願います。」

 突然のサインに驚くも、慌ててモニターのスイッチを付ける、何か有事かと思ったが観測結果は【安定】である。僅かな疑問と募った不安が、モニターが繋がる数秒を遥かに引き伸ばす。

「こちら小夜啼鳥! どうしたのハミングバード!? 」

「あぁ、良かった繋がった……。ねぇ聞いてよ小夜啼鳥、何も見えないんだ」

「見えないって? センサーに問題はなさそうだけど」

「そうかもしれないし、そうでないかも知れない。見えないんだ何も……何も無い」

「そう…そういう事ねハミングバード。貴方今怖いのね」

「よく聞いて、貴方が今いる場所は空白なの、そこには何も無いのが正しいの、だから何も観測できなくて問題ないのよ」

「問題ないって? こんなに訳もわからないのに!? こんなに何もないのに!? こんなに…不安なのに?」

「落ち着いて、ハミングバード。確かにセンサーは何も観測できないかも知れない、でも耳を澄ましてみて?」

「耳を澄ます? ……耳なんてないよ」

「いいから耳を、澄ますの。意識を集中させ、そっと辺りを聞き取るのよ。ほら、なにか聞こえない?」

「聞こえ……聞こえるよ! 音楽が鳴っている!」

「そうよ、貴方は一人のようで一人でない。センサーに何も感知出来なくとも、私達の思いはそこにある」

「思い?」

「えぇ、外宇宙に住む人達に地球を、地球の音楽を伝える。その思いを載せてハミングバードは宇宙を飛び続けているのよ」

「音楽を、伝える……出来るかなそんな事」

「出来るわよ、だって音楽は万能なんだから、なんだって出来る。世界を救う事だって簡単なんだから」

「…………わかった。小夜啼鳥が音楽を信じるなら……もっと遠く、その先まで頑張るよ!」

 ふぅ、と通信を終え暗くなったモニターを前にため息を吐く。まさか、あの場所で不安を感じるなんて、こういった事はまだ先だと感判断していたけど、想定よりかなり早い。計画表を見直し、改めてため息を吐いた。

「音楽が世界を救う、そんな事があるわけはないのに」


 ふぁぁ、と欠伸を噛み殺して地下からハミングバードが上がってきた。姿を見ないからもしかしてと思っていたが、やはり地下にいたようだ。彼はリビングでコーヒーを入れている私をみて、おはようと呟いた。

「全く、また徹夜で練習? いくら久しぶりの楽団だからって、身を入れすぎよ」

 彼は面目なさそうに頭をかくと、シャワーを浴びに向かった。その姿は何処か子供っぽく、無邪気さがあり、心配している事が杞憂にすら感じた。

「でも、今回は久しぶりの楽団ってだけじゃないんだ」

シャワーから上がってきたハミングバードは目を輝かせながら言った。

「ええ、もう何度も聞いているわ。今回の楽団は初の海外公演なんでしょ」

「そうなんだよ! 皆の長年の夢だった海外公演が遂に叶うんだ! そりゃ多少は無茶をするよ」

「それで数年前まで戦争していた国に行くんでしょ?」

 私は吐き捨てるように言った。正直気乗りはしない、楽団の人には悪いが、危険が過ぎる。

「大丈夫だって、全く小夜啼鳥は心配性だね、戦争していたなんて、もう何年も前の事だよ?」

 そう、何年である。決して長い時間が立ったわけでない。国として考えれば過去にすらなっていない出来事。ましてや人の恨みなんか……

「だーかーらー、大丈夫だって。音楽には国も言葉もましてや人も関係ない。音楽にあるのは音楽だけ。音楽なら、誰とでも理解し合える」

「まるで音楽が万能とでも言いたげね」

「うん、音楽は万能だよ。僕はそう信じている。だから音楽は必ず彼らにも伝わる」

 それは……盲信だろう、この世に万能なんてあるはずがない。けれどもハミングバードその言葉は私が信じるには十分すぎる言葉だった。

「わかったわ、私の負け。大人しくここで貴方の帰りを待つことにするわ。」

 ハミングバードは私の言葉を聞くと嬉しそうに、心底嬉しそうに笑った。


 はぁ……自然とため息が出て、画面に打ち込む指が止まる。彼がいたら身の入れ過ぎだと叱るだろうか。

 だが今ばかりはそうはいってられない。ハミングバードが相互通信可能空間に捉えられている間になんとしてでも完成させなくてはならない。それこそが私が出来る最後の事……いいえ、やらなくてはならない事。

 ビーッと警告音が鳴り、観測結果がロストを示しだす、さぁ始まった。巣立ちの時を迎え、誰も知らない空へと飛び立つ鳥に、あの日言えなかった言葉を。あの日渡せなかった物を……

 あぁ、干渉に浸る間は無いのだった。急いでプログラムを纏め、データを整理し、それから………………。


「お土産を楽しみにしていてね!」

 ハミングバードは荷物を引きながら元気よく光溢れる外の世界に飛び立っていった。

「えぇ、楽しみに待っているわ」

 小夜啼鳥はそう言って暗い部屋の中から笑いかける事しか出来なかった。

 私は彼のお土産を待っている。ずーっと、ずーっと待っている。渡されるはずのないそのお土産を。帰ってくることの無い彼の姿を。


 ハッと目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしく、枕にしていた腕には袖の跡がくっきりとついていた。

 嫌な夢だった。夢は夢で、目覚めてしまった今、その内容は朧気に霞んでいるけれど、嫌な夢だった。

 私は固まった身体をほぐすため、体を持ち上げ伸ばした。キラリと証明に照らされた指の宝石が輝いている。

 それを見つめ、軽く笑うと、彼の事を思い描く、今頃彼はステージで漫然と拍手を浴びているのだろうか。

 そんな時、電話の呼び鈴の音が家に響いた。時計を見る、こんな時間に? と訝しんだものの、通話元は職場と表示されている。

 何か計画に不備があったのだろうか、そもそも不備が判明するほどの状態にあったのだろうかと考えつつ、私は受話器を取った。

 まず、私は呆然とした。電話の内容を、向こうが言うことを理解しようとした。そして、絶望した。その事が本当だと私は解る、どんなに否定したくても、その余地すら無い事を私は知っていた。受話器を持つ手の力が抜け、声が離れていく。その次に、怒った。解っていたことを、止められなかったことを、行かせてしまったことを、忘れてしまったことを、その全てに怒った。強く固く握った拳からは血が流れる。これは私の涙か、涙なら私は悲しいのか、虚しいのか、憎ましいのか、教えてくれ。どうか教えてくれ。握った手をほどき、私は少し嘲笑った。ホラ、ダカライッタジャナイカ。私の中のナニカが告げる。その声はとても残酷で残忍で血も涙もなくて、そして紛れもない自分の声だった。そして最後に、ようやく最後に、悲しくなった。恋しくなった。嘆きたくなった。恨みたくなった。その後はもう、私は何も残らなかった。

 その日、はるか昔に終わった筈の戦争が再開された。その戦争はこれまでま溜め込んできたものを吐き出すかのように、熱く激しく国を溶かし飲み込んでいった。その始まりとなったのが小さな音楽ホールの爆発だったなんてことは、もうなんの意味も持っていない事だった。


「Collsi…… sign……応答せ……ハミン…… Coll…………」

 観測は当にロストし、通信も限界が近い。何も映し出せなくなったモニターを前に、必死に応答を求める。

「小夜……ここは、まっさらだ……当にこ……ら先に、進め……?」

 ハミングバードの応答は散り散りで、殺音が大半を占めていた、もうこれが最後の通信になるだろう。私は慎重に言葉を選んでいく。

「いい、ハミングバード。よく聞いて、そこから先は未知、まだ誰も踏み入れたことが無い場所、そこから見える風景は貴方しか知らない事になる、それでも貴方は進んでいくの」

 この言葉が通じるとは思っていない、でも、だからこそ私は……こうでもしないと、大きすぎる期待を背負わすことは出来ないだろう。

「……夜啼鳥? 聞こ……ねぇ、音楽は、音楽が……」

 よくわからないけれど、あぁ、多分もう音楽のデータが残ってないのだろう。

ハミングバードは当初の予定よりもはるかに速い感覚で、音楽を聴いていったのだろう。それは紛れもなくエラーな訳だろうけど、その事を今、とてもうれしく感じていた。

 私は用意していたデータ、現状世界で公開されている音楽と呼ばれる全てのデータとオマケをハミングバードに送信した。

「貴方は今、私から最も遠い所にいる、そこまでデータが届くのかは私にも確証はないわ。それに仮に届いたとしても本体の容量が足りていないから受け取れない何の意味もない贈り物よ。仮に他を捨てて受け取ったとしても、それは探査機としての機能を捨てることに他ならないわ、地球の他の文化を捨て音楽を選ぶことに他ならないの。……でも、それでも私は貴方がこのデータを受け取ってくれると期待しているのよ」

 ハミングバードからの応答はない、もう相互通信は不可能なのだろう。ただ、私は静かに画面に文字を打ち込み続けた。

「ねぇ、ハミングバード。知ってる? 貴方が生まれる前に大きな戦争があった事を。それはとてもとても酷いもので、結局誰が勝ったわけでもなかった。その様子を私はじっと見つめていたの、大切な人を戦争で亡くした私は、もう失う物も無く、得れるものも無かった。前に音楽は世界を救うって言ったけど、あれもその人の受け売り。彼はそれを示そうとして、それで亡くなった。そう、馬鹿な人なのよ。馬鹿で愚直で音楽を愛していた人なのよ……。でもそんな私が貴方に音楽を伝えたのは、戦争が終わり彼の遺体としてフルートが帰ってきたときの事、小さなお葬式が行われて、そこで彼の最後の演奏が再生された。それは特別何の変哲もない曲で、しいて言えば彼らしさが詰まった曲だった。それをたまたま歩いていた人が聞いて、いい曲ですねと褒めた。それだけが理由。でもそれだけの事が音楽は繋げると示してくれた。私は彼とは違うから、彼の様に音楽を信じることは出来ない、けれど貴方なら、彼の思いも載せて音楽を信じれるような気がしたの…………これで私の長い話は終わり。じゃあ、ハミングバード、いい旅を」

 返事はないだろう、端から期待してはいない。そもそも聞かせる気が無いから、こんなことをしているのだ。唯一残った画面の電源を落とそうとして、手が止まった。

 画面にはただ短く

「行ってきます」

と表示されていた。


皆さん、ご覧下さい‼ と、アナウンサーがマイクを力強く握りしめ、音が割れている事なんか気にすることなく声をあげていた。それだけでなく、彼女を映すカメラマンも、震えており、非常につたない映像が映されている、けれども、誰一人としてその事を気にする人はいなかった。その場にいた他局も、中継車に乗るプロデューサーも、お茶の間の人達も、全世界の人達が固唾をのんでこの光景を臨んでいた。

人々が見つめる先には、銀色のリボンが螺旋状に連なったかのような円錐体が存在していた。円錐体は重力に逆らい真横に伸びており、螺旋の隙間には奥の空間が見えていた。 それは地球のどこを探しても存在していない物体、どれだけ科学が進んでも今だに想像される物体、ある意味人類は現実になる事を恐れていたかもしれない物体、宇宙船だった。

そんな宇宙船の周りを、世界各国の首脳が取り囲んでいる、勿論厳重に警備されたうえではあるが、それでもこの歴史的瞬間に立ち会おうとしないものなど、居ないだろう。

 と、いつの間にか銀のリボンが動いていた、螺旋は段々と崩れていき、するすると地面にほどけていった。そうして螺旋がほどけきった先には、まるで手品のように、不気味な格好をした何者かが立っていた。

 背は大人の腰ぐらい、小学生程度だろうか、けれども彼の纏う異質さはその場にいた誰もだけでなく、中継を見ている全ての人類がひしひしと感じていた。

 恰好だけを見ればそれほど異質ではなく、フルフェイスマスクに厚手の服を着て、背中には大きな装置を背負っている、まさに地球の宇宙服と言った出で立ちだ。

実のところこの衣装は事前に地球宇宙交流センターが送ったものであり、地球産の物に他ならないのだが、その事情を知らないアナウンサーをはじめとした大半の人は、宇宙人が地球の宇宙服と似た格好でいるのを見て地球すげぇ、と感心したという。

それはともかく、今この場は人類史上初となる、地球外生命体が地球に降り立った瞬間であった。

 降り立った宇宙人は、ゆっくりとした動作でぐるりと周囲を見渡し、そして人々の前に踏み出してきた。

 思わず人々は身構える。

 宇宙人は人々の心情を知ってか知らずか、相変わらずゆっくりとした動作で、まるで足を踏みしめることが、大切かの様にまた一歩前に進んだ。

 人々はその動きにつられるように、一歩後ずさりした。その様子はまるで森で猛獣に出会ったかのようだった。

 と、群衆から溢れた者が居た、彼はこの国の首脳であり、地球宇宙交流センターの会長でもあった。そんな彼は後ずさりをせず、結果として一人群衆から溢れ前に取り残される形となっていた。

 また、宇宙人がゆっくりとした動作で一歩を踏み出す。

 やはり群衆は一歩下がる。けれども残された首脳は、逆に一歩踏み出した。

 群衆から驚きにも似た悲鳴が上がる、もう二人の距離は数メートル程度、互いが踏み出せば手が届く距離にいた。

 先に動いたのは、意外にも首脳だった。それは地球代表という自負か、それとも自分が上だと示したかったのか、それは彼にしかわからないが、彼は一歩踏み出し、手を差し出した。

 そこまで歩いてきた宇宙人は、差し出された手を、表情こそ見えないが、不思議そうに眺めていた。少なくとも首脳以外の者は、宇宙人が怪訝そうにしていると考えていた。

 ただ、この時実は首脳だけが、ある事実に気づいていた、彼は、極度の緊張空間に置かれていた為か、五感を全力で研ぎ澄ましていた、だから聞こえてきたのだ。

 初めは何とも思わなかった、次に空気を読めないやつだと振り返り怒鳴りたくなった、最後にそれが前方、目の前の宇宙人から聞こえてくると気づき、驚愕で固まった。

 宇宙人は音楽を聴いていたのだった。その道に興味がない首脳には詳しい事は分からなかったが、それでも地球とよく似た音楽を宇宙人は聞いていたのだった。

 しばらくして音が止んだ……曲が終わったのだ。そうしてようやく宇宙人はやはりゆっくりとした動作で首脳の手を握り返し、言葉を話し出した。

「こんにちは、私は……私は貴方方のいう所のエイリアンに当たります。いえ、だからこの場は初めましての方が良いのかも知れませんが……」

 この声は遠くに身を引いていた群衆にも聞こえていた、その声はとても不思議で、抑揚のないように思えれば感動的でもあり、静かな湖に水滴を垂らして起こる波紋の様な……又は燃え盛る炎にそっと差し入れた木が弾けるかの様な……不思議な声だった。

「ええ、それでですね。実は、この来訪には、行きたい場所がありまして。どうかそちらへの案内をお願いしてもよろしいでしょうか。」

 この言葉についに首脳はひっくり返った。宇宙人が地球に行きたいところ⁉ それは宇宙人が地球を監視していたことに他ならないのではないか、という事はエイリアンアブダクションの様に、人間にとって危険な宇宙人も居るのではないか、いやそもそも目の前の宇宙人は安全なのか……そう言ったことを考え、遂には頭がパンクしてしまったのだ。


 初めて地球に来た宇宙人が、行きたいと望んだ場所とは、意外かどうかは置いておいて、近場だった。それは地球宇宙交流センター、正確には旧国際宇宙開発研究所だった。もっとも宇宙人からすればこれは狙った事ではない、偶々訪れたい場所が、その地にあっただけの事だ。

 宇宙人は首脳の案内でセンターの奥へ奥へと進んでいく、そしてセンターの中庭、目的地にたどり着いた。

 センターの中心には広場があり、色とりどりの花が生き生きと育っていた。その一角、気にしなければ目に留まらないであろう位置に、石碑があった。

 石碑は大きく太陽光パネルを広げ、長いアンテナが上下についており、鳥のようにも見えた。そしてこの石碑は記念碑でもあると同時に、墓でもあった。石碑の下には、灰と指輪が眠っている。

 それはハミングバードと小夜啼鳥の墓だった。

外宇宙へと飛び立つ人工衛星は、元から帰ってくる予定など無く、その成果も誰も知る事は無い。それを解っていながら、小夜啼鳥と呼ばれていた研究員は日夜開発に勤しんだ。そしてついに衛星は飛び立ち、その数日後、彼女も亡くなった。

宇宙人はその経緯を知る由もないだろう、だがゆっくりと石碑に触れると、語りだした。

「私たちの世界には文化というものは無かったのです、そう技術はあったが、文化はずうっとなかったのです。表現など無く、精々争うことぐらいでした。そんな中、音を拾った。歌を聞いた。心を知った。そしてそこから無限の様に文化が生まれていった。そう、だからこそ私は今、感謝をすることができるのです、ありがとう、と」

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