現状マスク品薄

@KBunBun

現状マスク品薄

ここは……森林公園だろうか? 明らかに十分でない明るさの電灯の元で私は待たされていた。

待っているのはゲームの開始。ゲームの内容はほとんど教えられていないが「逃げ切ったら100万円!!」というフレーズにまんまと釣られてしまったのだ。お金……欲しいんだもの……。

夜の12時。ゲーム開始時間だ。その瞬間私の携帯が音を立てて震えた。メールだ。アドレスはあらかじめ入れるよう指示されていたもの。

『追ってくるマスクから逃げ切れ!  手段は問わない!  夜明けまで逃げ切れればゲームクリアッ!!』


「……マスクって何?」

あまりに説明不足がすぎるんじゃないの?

全く状況が掴めずあたふたしていた。その時だった。

ガサッ……ガサガサ……。

何か物音が聞こえた。夜の暗闇から現れる未知数の存在に怖くなり、私は思わず身を隠した。しかしそれが正解であったことを知る。


「なによ……あれっ……」

それは無表情のお面を被っていた。ガタイのよさからそれが男だろうということは分かるがそれだけだった。マスクのせいで顔の見えないことがより不気味に感じる。加えて……

「あれ、持ってるのって……バット!?」

彼の手には金色に光る……そしてところどころ赤黒く光るバットがあった。

(無理無理無理っ!!)

 そのあまりの恐ろしさに思わず漏れそうになる声を抑えようと口に手を当てた。しかし音は私のポケットから鳴った。

ピコーン

(あぁっ! なんてタイミングで携帯鳴ってんのよ!! というか音切っとけよ私ぃぃ!!)

「……!!」

男がこちらを向いた。ぁ……やばい

「…………ぃた」

 小さな男の声だった。私にもかろうじて聞こえた声。その後彼は……笑った気がした。

ドスドスドスッ!

「……わぁぁっっっ!!」

仮面は嬉嬉として私に迫ってきた。まるで獲物を見つけた狩人のように。かく言う私は腰が抜けて立ち上がることさえ出来ない。目の前まで近づいた男を見て、私は目を閉じてしまった。しかし……

「抵抗しなさいな。手段は問わない、と言われたはずでしょう?」

また声がした。でも今度は私の耳にはっきり届く、女の人の声。

シャッ!

目を開けるとそこには首から血の噴水を上げる男と女性がいた。

「あなたが今回の参加者かしら? まったく……もう少し頑張りなさいな」

この状況で心底呆れるように話す彼女に不思議と恐怖はなく、とてもかっこいい人だと思えた。

「あなたは……なんでこんなところに……?」

「……メール。見てないのかしら?」

「メール……そういえば」

 先程バレる原因になった音を立てたメールを確認する。そこには

「今回の参加者はひとりとは限りません! 参加者は協力して仮面から逃げ切りましょう!」

 と書かれてあった。

「あなたも……参加しているの?」

「そういう事よ」

素っ気ない返事を返しながら、彼女は先程使ったナイフの血を綺麗にふき取っていた。

「あの人は……死んじゃったの?」

「そうね」

「首を切られるのってどんな感じなんだろう……」

「……言葉で分かるものじゃないと思うわ」

何を考えているかは分からないがとてもかっこいい女性だと感じた。

「あなた名前は? 私は亜耶よ」

「私っ? えぇっと……私は加奈」

「そう、よろしくね加奈」

「え、あぁ……うん、よろしくあやちゃん」

 ここからゲームが始まった。



……んだけど。

「ふっ!!」

シャッ!

「はぁぁっ!!」

シャッ、シャッ!

「おらあぁぁっっ!!!」

シャッ、シャッ、ザクッ!

……あやちゃんが強すぎる。殺した仮面の数は10を超えてから数えていない。私は彼女に守られているだけだからなんだかだんだん仮面の人達の方が可哀想になってきた。でもしょうがないよね。そもそも私達を殺そうとすることが悪いんだし。

「……?」

そこで私は少し違和感を覚えた。私は少し考えるように立ち尽くしていた。

「何してるのかしら加奈? 早く行くわよ 」

「えっ……あ、うん」

何かが変だった気だと思った気がするけど、何が変だと思ったのかよくわからない。多分杞憂だろう。ふと横を歩くあやちゃんの様子を横目で伺ってみると。

「ふふっ」

笑っていた。特別可愛い顔でもないけれどその笑った顔はとても鮮やかだった。


満月が沈みにかかっている。それはもうすぐ反対の太陽が顔を出すということ。同時にそれはゲームの終わりが近づいていることも意味していた。幾人の仮面を殺して来たのだろう。あやちゃんの顔にも少し疲れが見える。というかこの運動量でその程度ってこの子……何者なの。そんなことを考えているうちにまた仮面が現れた。


「そろそろ最後かしら?」

 少し挑発気味にあやちゃんは呟く。

「……あぁ、俺で最後だ」

「っっ!!」

仮面が喋るのを聞いたのは最初の奴以来だ。それもこんなにはっきりとした声じゃなかった。

「あなた……喋れるのね……」

「なんでこのタイミングなんだろうな。もうどうしようもないからか?」

「……まぁわざとならそうなのでしょうね。私はそのあたりは知らないから」

「……そうかい」

2人が何かを話していることは分かるが、何の話か私には全く見えてこなかった。ただその短い会話だけでどこか二人の纏う空気が、ううんあやちゃんの空気が少し変わったように思う。

「……あの子と話をさせてくれ」

「いいんじゃない、私は気にしないわ」

「そうか」

仮面の男が私に向かって歩きながら、話し始めた。

「聞いてくれ、俺たちはマスクをかぶり、凶器を持っているが決して君を殺すように命令なんてされちゃいない」

「……え?」

 嘘……でもそんなの、じゃああやちゃんは一体何のために……

「だからここに誰かを殺そうとしている奴は一人しかいないんだ。それはーー」

「私は気にしないわ。話の途中でも殺すから」

「あぁぁっっ!」

あやちゃんは仮面の男の喉元にナイフを当てた。それはこの夜何度も見た光景。また血の噴水が吹きあがる……

「……っっつ、くあぁ!!」

「……くっ」

しかし仮面の男は持っていた日本刀を振るい、あやちゃんはそれを素早くかわす。そして仮面の男は私とあやちゃんの対角線上に立って彼女と対峙した。

「この子は……どうするんだ」

「……あなたが気にすることじゃないでしょう? まずは自分の身を守りなさい」

「自分よりも他人を優先するのがヒーローってもんだろ……」

「……あっそ、でもあなたじゃ役不足じゃないかしら? ……もちろん誤用の意味でね」

「うるせぇよ……役不足だろうが何だろうが俺しかいねぇんだから俺がやるんだよ」

 仮面の男が日本刀をグッと握りなおした。

「守るために……殺してやるよ……いくぞっ!!」

「言わなくても分かるわよ、くることぐらいね……」

仮面の男は日本刀という武器のリーチを生かして戦っていた。しかしその開いた距離を一瞬で詰めるあやちゃんのスピードは常人の域ではなかった。

力ではきっと仮面の方が有利なはずなのに、押されているのは……

「……っ! くそぉぉぉ!!」

「大振りしすぎよ、当たるものも当たらないわ」

「お前なんかにっ……お前なんかに負けてたまるかっ! お前はおかしいよ! 狂ってるよっ!! 俺の方が正しい! 俺が正義だぁぁ!!!」

「ヒーローだの正義だの……まるで子供ね。これ以上付き合うのも馬鹿らしいわ」

 シャッ!!

 切られた。幾度となくその現場に立ち会った私は音だけでそれが分かるようになっていた。そして視界には血を流す仮面の男がいた。

「ごぽっっ! ……があぁぁっ!!!」

それは声にならない声だった。必死で何かを訴える、そんな音だった。

「ぐぷっっ!! ごあぁぁ!!!」

半狂乱で仮面の男はまた、あやちゃんへと立ち向かっていった。

「……驚いたわね。まだ私とやるの?」

「がああ、ご″い"よ"ぉぉ!!」

「ふふっ、でも残念。私あなたの相手なんてしてる暇ないのよ」

あやちゃんは仮面の男を軽くトンと押した。

「ぐっ……!」

それだけで仮面の男は倒れ、それっきり動かなくなってしまった。

ゆっくりあやちゃんは私の元へと向かってくる。

「殺したの?」

「ええ」

「これで……終わり?」

「…………」

「あの人が最後の仮面って言ってたもんね……あの人で最後……だもんね」

「…………」

「私たちの……勝ちなの?」

「いいえ」

そういい、彼女右手は再び動き出す。私に向けて。

「私の勝ちよ」

「……熱っ!」

喉元に熱さを感じた。その後何かが流れる感覚。自分の中に、外に、自分を構成する液体が溢れ出していた。それは外、胃、肺へとところ構わず流れていった。

「あっ……がっがっ……!!」

「あなた、前に1度聞いたわよね? 喉を切られるのがどんな感じなんだろうって」

「あ"あ"あ"あっっ!」

「言っても分からないでしょ? 自分の血で溺れる感覚なんて」

熱い、苦しい、痛い、辛い、熱い、苦しい、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでっ‼‼

「ん"な"ん"ん"て"て"え"え"」

「なんで……かしら。まぁ大体そんな反応するものね。……とりあえずマスクをとろうかしら。……えぇっとこれどこから取れるのだったかしら……」

「……ごほっっ!!」

血の咳の後、彼女は喉元辺りに手を添えていた。

「あった、ここね……」

そこから彼女は自分の顔を持ち上げた。そのまま肌を剥がし取り、投げ捨てた。

「この顔はね、前回の大会に参加した人なのよ。毎回、一人しか参加出来ないんだけどね」

そこには少し曇ってきた目でもわかるほど、さっきまでのあやちゃんとは全く違った顔の、きれいな女性が立っていた。

「覆面マスク、って分かる? 私もね捕まえる側の人間なのよ、思い出せる? メールの文章」

『追ってくるマスクから逃げ切れ』彼女もマスクだったんだ。

(でもそれならなんで、他のマスクを殺したんだ)

そんなもう声にならない思いが伝わっているように彼女は話した。

「そもそも全員殺すことが目的なのよ。このゲーム。金に釣られた奴らを。それで喜ぶ連中がいるのよね」

わからない。彼女が何を言っているか全く分からない。耳はまだ正常に聞こえているはずなのに。ただ脳が死んでいく。

「あぁ、あなたの顔もマスクにさせてもらうわ、やっぱり人の顔から作るのが一番綺麗なのよね」

あぁ……もうどうでもいい。喉の痛みも溺れる苦しさも。そう思うと消えてきた気がした。最後に顔に冷たいなにか当てられる感覚を感じながら、私の意識は遠のいていった……。



夜の森林公園。ゲームの始まりを待つ女の子がいた。そしてメールの音で仮面の男が彼女に狙いを定める。

「あなたが今回の参加者かしら? まったく……もう少し頑張りなさいな」

私は飛び出し、仮面の男の喉元をナイフで掻っ切る。

シャッ!!

何度聞いたか分からない音とともに、私は珍しく返り血を浴びてしまった。持ってきていたハンカチで返り血を綺麗にふきとる。

「あなたは……?」

目の前の女の子に聞かれたので私はいつものように嘘をついた。

「私の名前は加奈。あなたは?」

「え、わ、私!? め……恵だけど……」

そんなに驚かなくてもいいのに、いつでも偽れる名前ごときで。

「そうよろしくね、恵」

「あ! うん! よろしく……えぇっと、かな……ちゃん?」

そうしてまた今日も殺し始める。またナイフの音が1つ、また1つと夜に広がっていった。

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