異常に丈夫なよくある刀

 フルートかな、たぶん。静かな笛の音と共にヴァイオリンの音が流れてくる。戦闘用の曲として選んだにしては静かな曲だけど、これで本当に盛り上がるのかな。


 高い建物の上に立ち大太刀を片手に握り戦闘開始を待っていると、聞いたことがない曲がどこからか流れてきた。ヴィクトリアたちが昨日の内に選んで装置に登録した戦闘時のBGMだ。いくつか登録したと言っていた内の一つを、稼働データをとるために装置の操作をしているメディが選んで流している。せっかくのお披露目会なんだし、BGMもつけようかなと思って頼んでおいたのだ。だってゲームやアニメじゃ必ず戦闘シーンには曲がつくからね。私がこの装置やそれを利用した試合を新しいゲーム、あるいはスポーツとして推すなら必要だろう。


 他の建物の上で何やら話し合っている三人を見つめる。まだかかるかな。本当は一人ずつ戦う予定だったから、この三対一戦を始める前に短時間の作戦タイムを上げたのだ。あのまま連携のできない三人と私一人じゃ一方的な戦いで終わっちゃう。ある程度見栄えが良く派手に戦わないとデモンストレーションというか、プレゼンというか。とにかくこの装置を使っての新競技の売り込みにならない。だから曲は流すし作戦タイムもとらせるし、今立っているような建物も立てる。


 今私が立っている三階建て程度の高さの建物も、私のよりも一階ほど高い話し合い中の三人の建物も。周りの他の建物も、全ては売り込むシミュレーターにより生み出されたものだ。立てるし触れば硬くざらついた触感もあるけれど、それは疑似的なものにすぎない。ぐっぐっとブーツで足元を確かめるけど、しっかりした硬い感触が返ってくる。戦いの足場にするだけの強度はあるとみていいだろう。灰色のコンクリートのようなこの建物。我ながら、これが幻影にすぎないとはそうそう信じられない出来だ。これだけ感触がリアルなら、踏み込みも跳躍も通常の地面と変わらず行えそうだ。こういう些細な感覚にズレがあると、戦いにおいて思わぬ致命的なミスを招くかもしれないからね。確認は入念に。


「ふふん……さあ、どうくる」


 太刀を片方ずつ持ち替えながら、肘の手前ほどまである籠手をぎゅっと嵌めなおす。先ほどは不意打ちされるという段取り上付けていなかったけど、今はしっかり手の甲まで覆うものをつけている。茶色の革製のように見える、指貫グローブのような指部分は露わになった造りだ。この上から金属製の装甲でもつけようかと思ったけど、腕や手の操作から繊細さを奪いかねないと思ってやめた。そもそも籠手を盾代わりにして防ぐ戦い方は、刀を使う和の戦い方ではないなって気もするし。それにこの分厚い革の感じが無骨で好き。綺麗な着物にあえて武骨な戦道具、みたいなデザインの合わせがいい味出していると個人的には思うんだよね。メイド服に大剣とか、そういう日常と武器みたいな組み合わせが私って好きなのかしらん。


 あの後夢華とロッテが追いかけっこを始め、紫からは頭が追い付かないからとお願いされ、結局一度落ち着くまで待つことになってしまった。そして頭が追い付かないって言うし、しばらく待った以上ドッキリを継続しても仕方ないしで軽く説明することになった、残念ながら。最初のメディの感じで助手たちには姿を消してもらい、順番に現れて切りかかってくる感じでいこうと思ってたんだけどね。そして激しく派手な戦いを見せればインパクト強いかなって思ってたんだけどな。なかなか思うようにいかないものだね。


 そんな時間があったから私もキチンと戦闘準備をすることにしたのだ。不意打ちを装うのでなかったら、その方が見栄えがいいだろうし。そのための籠手であり、そのための鉢金だ。鉢巻きのおでこ部分に鉄板を仕込んだような、鉢金と呼ばれる頭防具を頭に巻いてきた。防御力なんかないようなものだけど、さっき動いたとき思ったより横の髪が動いたし押さえるのにいいかなと。桜色の布に金縁の刺繡をしたデザインで、可愛くかつかっこいい感じになってる。せっかくのお披露目なんだし、普段絶対しないゲームキャラみたいな恰好をしたっていいよね。






「一手馳走仕る!」


 後ろの曲が他の楽器も混ざって賑やかで音も大きく激しくなってきた頃、段取りが決まったのか一声鋭い声が飛んできた。子供というほど幼くはない、けれど大人ではない。この声、斑雪か。


「来なさい」


 右手に大太刀を持って、あえて構えない。だらんと垂らすようにして自然体で相手を見た。どう見ても長い日本刀を片手で持ち、構えを取らず自然体でいるのは強キャラの証だからね。


 声を発した斑雪がまっすぐこちらに突っ込んでくる。向こうの建物の方が高いから重力も乗り、かなりの加速で一直線に迫ってくる。思い切りのいい突撃だ。刀身まで白い刀を横にして後ろに引き、力を溜めた姿勢で跳んでくる。あの加速を全部乗せた横薙ぎの一閃か。あるいは袈裟切りに移行するか。どうくるにせよ重そうな一撃だ。


 銀と桜のショートボブの前髪から、強い戦意に満ちた青空の両目が覗いている。いつもは右目を髪で隠しているから、両目とも出ていると新鮮で可愛い。ぐっと引き締まった口元も、凛々しくて素敵だ。


 ただこれは三対一の複数戦。残りの二人は、と後ろにも目をやる。白銀の毛が眩しい長身が、私は動いていないのに小さくなっていく。カモイは遠距離戦に専念する気だな。あの三人の中で遠距離戦も上手にこなせるのはカモイだけだ。悪くない。となるとロッテは中距離だな。ロッテは話し合っていた場から動かず、武器である自分より大きな大鎌を体の前に立てている。その体を光る帯が複数取り巻き、円を描いている。あからさまに魔法を使いますよというエフェクトだし、実際使う気なんだろう。中距離射撃で援護する気か。けどまずは。


「やあぁっ!」


「ふっ!」


 ギィィィンと鋼のぶつかる甲高い音を立て、斑雪の体が停止する。本体が止まってもその黒いバトルスーツに包まれた大きな胸は止まらず、ポヨンポヨンと飛び跳ねている。たまらないわがままおっぱいめ。毬の様に弾む大きなおっぱいの持ち主が横一閃に振るった白い刃は、逆手に持ち替えた大太刀の刃で受け止めた。私は一歩も動かなかったものの、衝撃を逃がした足場にはクモの巣のようなひび割れが走り少し陥没してしまった。あぶなっ、もうちょっと勢いが強かったら足場が崩れて落下してたかも。勢いを下方面に逃してたらまずかったな。斑雪の攻撃も横振りでよかった。


 普通の日本刀なら圧し折れるだろう衝撃だったけど、こういうゲーム的な長い日本刀は無茶しても折れない物だからね。そう決まっている。しかしそれでも流石は私製大太刀だ、何ともないぞ。本来的な刀の扱いなら受け止めるのじゃなくて、かわすかいなすところ。でも見栄えで言うならやっぱり一度は受け止めるべきでしょ。普通なら折れるのに折れない武器に、突撃を受け止めても一歩も動かない持ち主。これが強キャラムーブですよ。流石に片手じゃ無理だったから、もう片手で太刀の峰を押さえて支えたけど。


「い、一歩も動かず……!?」


「はっ!」


 そのまま体で押し込んで支えつつ順手に持ち替え、斑雪の刀を腕ごと跳ね上げる。そして素早く両手持ち。互いの距離が近いので退きながら逆胴、左の腹から入る横薙ぎを放った。さあ、これはどうする。


 斑雪の上体は跳ね上げられた刀に振られて伸び切っている。今から下には避けられないぞ。上かな。でもそんな状態では跳べもしないでしょ。それとも後ろに下がるか。私の大太刀は結構なリーチがあるけど間に合うかな。どうでるの。


「くぅっ!」


「っ!」


 鋼の打ち合わさる音が響いた。つまりは防がれた。これは驚き。


 避けきれないと悟った斑雪が、くるりと背中を向けたのだ。打撃への防御なら腹より背中、それは間違ってない。でもこれは斬撃だよ、どうする気かと思いながら刀を振ったらこれだ。


「替えの武器ね……!」


 背中に背負っていた、斑雪のおっぱいとお尻の割に細身な体ほどありそうな幅広の大剣が私の斬撃を防いでいた。さっきまではなかったってことは、隠していたのか。今生成するのは無理だから、それしかない。しかも私作った覚えあるやつだ。この建物とかと違う、ちゃんと実体のある剣だ。その艶消しの黒い鋼のちょうど中ほどに私の刃が当たっている。ならばこうするまで。


 そのまま振り抜く。


「あぁっ!」


 のけ反った体をますますのけ反らせ、突撃してきたのと同じくらいの速度で斑雪が吹き飛んでいく。その先を確認する暇もなく、今度は紫色の炎が弾となって複数飛んできていた。斑雪の相手をしている間にロッテが詠唱していた魔法攻撃だ。ご丁寧なことに斑雪の体に隠すようにしていたので、体をどけるまで見えなかった。でもちょうどいい。足場も悪くなっていた所だし移動しよう。紫の尾を引いて迫る炎をかわして走り出した背中側で、何かがぶつかる轟音が響いていた。






 建物の屋上を駆ける。長方形の屋上の、短い辺側を一気に横切り跳躍。一階高い隣の建物に飛び移りつつ、大太刀を振るい炎を断ち切って消滅させる。高速の剣が生む斬撃と衝撃が追尾してくる炎を次々散らしていく。最初に放たれたのを確認した炎を全部消しても、次から次へと次弾が襲ってくる。ちらりと見たロッテは未だ詠唱の姿勢を崩していない。その周りをぐるぐる回っている光も変わらずだ。


「鬱陶しいね……!」


 その体の横の空間には燃え盛る巨大な紫の炎が。ロッテよりも大きいそれからどんどんと私の拳大の炎弾が発射されている。ロッテが詠唱を止めない限りあの炎にエネルギーが供給され続け、この攻撃も終わらないってことか。切った感触ではそれほどのダメージ、少なくとも物理的衝撃は少なそうだけど、どうかな。連続してぶつけられたら痛いだろうし、炎にしか見えない以上当たると燃やされそうで嫌だな。炎上や火傷も再現するようにできているから、服に火がついたりすると面倒なことになる。


 次の建物、その次の建物と走りながら太刀を振り回し炎を消していく。元の広場に市街地めいた幻影を作っているだけなので、あんまり端に行くと移る建物がない。なので適当な建物の広い屋上を使い攻撃を切り払い、その隙に折り返して元の位置へと戻るコースをとる。どの道こうしないとロッテに近づけない。するとだんだん追尾が追い付かなくなってきたのか、直撃しそうな弾が減ってきた。走り回りながらちらりと横眼で窺うと、ロッテの横の炎の大きさが縮んで見える。さっきから鬱陶しい量を飛ばしてきているから、射出もエネルギー供給も追いつかなくなっているのかな。まあでも一瞬で前衛が無効化され、自分じゃ私と近接で競うのは無理とわかっていれば近づけないようにするしかないか。とにかくチャンス。


「はぁっ!」


 ちょうど元の建物の隣まで戻ったところで弾を切り払うのとは違う、より強い力を込めて太刀を振るう。すると細く長く青い線がロッテ目掛けて空を走った。飛ぶ斬撃ってやつだ。刀使いならこれはできないといけない、ほぼ必須技だ。その作品の世界観にもよるけどね。


 それを横薙ぎで連続して放つ。縦だと建物を破壊してしまう。破壊しても別にいいんだけど、破壊の際の粉塵で視界を切られるのは良くない。走っている時に見えたけど、今いる建物の横方向に見えた建物には穴が開いていた。人間大の穴だ。斑雪が激突して開いたんだろう。でもそこに開けた本人はいなかった。かと言って今走り回っていた時にその姿は見ていない。


 この建物はみんな幻影で、今回内部までは作り込んでいない。あくまで高低差を利用して派手さを出す為だけの、要は足場だ。建物の見た目をしているのはサンプルがその辺にいくらでもあり、一番簡単に外見モデルを作れたからに過ぎない。ただの棒が立っているだけでもかっこいいかもしれないけど、やっぱり少し味気ないからね。そんな建物だから内部に潜んでいるとは考えにくい。かと言って上で見ていない以上、いるのは下だろう。私の隙を窺っているのか、カモイと合流して一度立て直すつもりか。あるいはダメージが大きくて少しでも回復に努めている可能性もある。


「きゃんっ」


 ともかく思惑と位置が把握できない前衛がいるので視界を妨げるのはまずい。でも合流されても面倒。大気を切り裂き飛翔する斬撃に襲われて、ロッテが悲鳴と共に吹き飛ぶ。咄嗟に体の前面に出していた大鎌で直撃は防いだか。けれど体重が軽い分どうしたって踏ん張りは弱い。追撃の斬撃も何とか武器で防ぎながら後方へ吹き飛んでいくのが見える。これで無効化できればよかったんだけど、やっぱりこれだけじゃ無理か。しかもそう遠くないけど距離とられちゃった。


 それでも斬撃を受けたからか、ロッテが詠唱を中断させられたからか。鬱陶しい炎の塊は消滅した。あの炎の魔法を解除できただけで良しとしよう。カモイの妨害がいい加減きそうだけど、立ち止まって見ていても仕方ない。追撃をかけて、できるようならそのまま始末するか。近距離も中距離も戦える相手は早めに消したい。


「わっ、と」


 追撃しようと屋上から吹き飛んだロッテを追うように跳び出した途端だった。直径が私の背より大きい、青白い光の束が斜め前方から飛んできた。


 回避。


 咄嗟に空を蹴り、無理やり真上に跳ね飛ぶ。そこに更にもう一本追加の光線が飛んでくる。今度は前方に落ちるように空を蹴り、斜めに落下してかわす。当たったら絶対痛いですまない威力の、高威力遠距離狙撃。斑雪とロッテが時間を稼いでいる間にチャージしてたわけか。連続して二発放てるだけのエネルギーを充填するために今まで援護してこなかったと。そして後はタイミングを見計らって狙撃。実際いいタイミングだったよ。空中に浮いている間はどうしても地上よりは自由を失う。それにカモイはまだチャージ中か、あるいは斑雪との合流狙いかもとも思ってた。もうチャージ終わってたか。


 ロッテのいた屋上に着地する前に、体ごと一回転して飛ぶ斬撃をカモイのいるであろう砲撃元へ放つ。回転により加速した太刀を一閃すると、太刀筋とは明らかに違う角度の線も含む複数の斬撃が空を疾走した。一振りしただけで複数の剣閃が走る、よくあるあれだ。一振りしかしてないのに、とか速すぎて振ったことすらわからなかった、とかそういうの。といってもこればかりは私でも無理。刀を見えない程速く振るのは何とかなっても、振るう腕さえ見えないのは物理的に無理だわ。もしできてもそんな速度で腕を振り回したら体壊れちゃう。


 素の身体能力が高い私にこの装置での能力アシストを加えてもできない。仕方ないので編み出したのが、この一振りで複数の飛ぶ斬撃を生み出す技だ。ロッテがしていた魔法と同じで、あれは詠唱ポーズとって魔法陣が出てというプロセスだった。これは私が剣を振るだけのシンプル動作で、炎の代わりに剣閃を生み出している。剣圧とか斬撃を飛ばしているんじゃないのかインチキだ、と思われるかもしれない。けどそもそも物理的には斬撃は飛ばないわけで。複数の斬撃も一回の斬撃も、振った角度や軌跡に沿って飛ばないだけの違いしかない。なので許して。


「やぁぁぁっ!」


 カモイに当たらないだろうけど牽制の斬撃を放って着地した直後、今飛び越してきた後ろから裂帛の気合と共に斑雪が打ち込んでくる。気づいてたよ。さっき一回転して斬撃を放った時に、ちらりと下の道路からこちらに向かってくる姿が見えていた。見えていたから備えは万全。あえて背を向けて誘い出した。


「不意打ちは静かにね」


 後退しながら振り返りざまに横薙ぎ。首狩りを狙った一撃を、体を前に投げ出すようにしてかわされる。驚愕の表情を張り付けた顔が蹴りやすい位置に降りてきたので、思い切り蹴りつける。


「うっ!」


「やるね」


 間一髪で刀を握った両手から片腕を離して防がれた。蹴りとはいえ私の蹴りだ。顔や頭あたりに当たれば一撃で戦闘不能にもできたろうに、惜しいな。自分の突撃による加速と私の蹴りの威力の板挟みで、もんどりうって斑雪の体が転がっていく。黒い前の開いたスカートと前垂れがめくれ上がり、中のハイレグレオタードの一部が見えている。黒の中にキラリと光る白い生地が眩しい。斑雪は網タイツとスカートの間のむっちり太ももや白いハイレグを見せつけながら転がり、そのまま屋上の縁を超えて落ちて行った。またの挑戦をお待ちしております。


 落ちるのを見届けていると後ろで軽く小さな跳躍音。振り返りざまに片手で振った太刀で大きな鎌の湾曲した刃の根元を弾く。ぐっと腕を伸ばして弾いたから良かったけど、伸ばさずに受けていたら鎌の先が当たっていたかもしれない。これだから鎌って嫌なんだよね。曲がった刃の部分を弾こうとすると、刃の湾曲によってこちらの刃が滑って弾き損ねたりするし。扱いにくいけど扱われると面倒くさい、敵だと強いけど味方だと弱いキャラみたいなやつだ。


「やっ!」


 弾かれた反動をロッテは自分を軸に大鎌を振り回してバランスを保ち、勢いそのままに反対側から再び鎌による湾曲斬撃。その斬撃を今度はよりロッテの手元に近い柄の部分を打ちつつ弾く。そのまま接近し、また回転しようとするのを体をぶつけて阻止する。それと同時に太刀を振ったのと別の手でふわふわの純白のフリルドレスを掴み、百八十度振り回して床に叩きつけた。パニエのおかげでスカートが膨らんでいるので掴みやすかった。


「っあ……っ!」


 背中から地面に激突して跳ね返る。金色の瞳は見開かれ、口は衝撃で呼吸を阻まれただ虚しく開閉している。


 とどめだ。


「む」


 叩きつけで開いた姿勢はすなわち太刀を振りかぶったも同然。そのまま反動で浮きあがったロッテの体を一刀両断しようと垂直に切り落とした。が、真正面から飛来物。落ちた斑雪が上ってきて屋上の縁から頭を出した時点で事態に気づき、何とか防ごうと刀を投げつけてきたのだ。切り落としの軌道を変えて刀を払い落とす。


「あああぁぁぁっ!」


 その間に一気に体を引き上げた斑雪が、最初に私の太刀を防いだ大剣を振り回して飛び込んでくる。人の手を除いた胴体部と同程度ほどもある幅広の大剣。しかもその分厚さも刀のような繊細な武器とは違い、打撃用の武器とも思える重厚さだ。なので当然重い。その重量を利用して、ややバランスを崩しながらもコマのように振り回すことで加速して距離を詰めてきた。そのままの勢いよく一気に間合いに入られる。


「いぃぃやあああぁぁっ!」


 叫びながらの重い回転切り。弾くのはきつそう。受け止めるか。いや、受け止めるのはもう一度見せた。だからここは太刀や刀本来の戦い方をするべきだね。あれはゲームとかではよくある光景だけど、そのたびにつっこまれているわけだし。それに私製の大太刀とはいえ、太刀は太刀。できるからとさせていいわけじゃない。負担はかかるんだから。


 対応を考える間にも迫りくる大剣。それをある程度引き寄せた後、足先だけの素早い跳躍。空に逃げた私のブーツのすぐ下を通る大剣。それを今度はしっかり蹴ってもっと高くに飛び上がった。その代わりに斑雪は勢いよく回転していた所に別ベクトルの強い力を受け、あっけなく平衡を失って自分の剣に引きずられる形で前方に吹き飛んだ。大剣と体が地面を削り土煙を立たせる。


 ふむ。


 飛び上がったまま下を見れば、ひび割れて窪んだ地面にまだ倒れているロッテ。屋上に斜めに突き刺さった刀と大剣。持ち主は転がった勢いでまた屋上から落ちたのがさっき見えた。スピードがつきすぎて軽くバウンドしながら消えて行った。数メートルほど上空まで飛び上がったのを利用して、残りの一人カモイを探そうと周囲を見渡そうとしたその時。チリチリとした感覚を右に感じた。見ると私の右側面から私の頭ほどもある青白い光弾が、わずかに青い光の尻尾を伸ばして飛んできていた。


 迎撃。


 太刀を一振りすれば押し込むような圧力が一瞬。振り抜けば光は粉を散らしながら霧散した。


 とりあえず右方向に雑に斬撃を飛ばしておく。間にある建物がばらばらと断ち切られ、崩れ落ちていく。けれどおそらくカモイがいるのは私の正面かもしくはもっと左かだ。右から来た弾だけど、その前にちらっとだけこちらに向かいカーブした軌道を描いていた。居場所を誤認させるための罠だね。罠と見せかけて、ということもあるのでとりあえず切ったけど。無差別に右方向の建物を切り捨てたから、あそこのどこかの屋上や下の道路にいれば瓦礫に巻き込まれたはず。そうでなくとも居場所は変えないといけなくなったはず。


 ダンッと空中を蹴りつけて跳び上がり、もう一度高度を稼ぐ。もう一回撃ってきたらその時は見つかる覚悟で来い。と思うものの多分もう撃ってこないよね。こんな露骨に待ち構えてちゃ。せめてあの白銀の姿を探そうと思ったけど、白い建物とうまく同化しているのか。それとも下に降りたかな。あのふかふかの尻尾すら見えない。しばらく互いに睨み合いかな、これは。それならその前に他の二人にとどめを刺すべきかな。わずかに迷う。


「ぬっ」


 嫌な感じと風切り音がしたので下を見ると、いつの間にか復活したロッテが鎌を投擲。グルングルン回転する大鎌がすっ飛んでくる。小賢しいことに人の真下に入って投げてきたから、迎撃しづらい。空を少し蹴って後退。かわされて目の前を通り過ぎようとする黒い大鎌。黙って見送りはしない。ついさっき拵えた瓦礫の山に叩きこむつもりで、鎌を思い切り弾き飛ばした。これでロッテは無手のただの可愛い幼女だ。と思ったら、かなりの速度で飛んで行った鎌がその勢いを増して戻ってくる。私を目掛けて。


「ええいっ」


 なんか可愛らしい声を上げたロッテが手を何やら動かしている。そうか、遠隔操作しているな。ならば本体にぶつけてやるまで。


 当然のように上空で停止していた状態から、空中を蹴り体を捻って鎌を跳び越してそのまま唐竹に叩き落とした。遠隔操作と言っても勢いを外から加えられたら乱れるのは、さっき弾き飛ばせたことからもわかる。ならこの距離なら操作できても本人にぶつけられるはず。加速した鎌を追撃でますます加速させたんだ。まして操作をしようと集中してたはず。もう助からないぞ。


 思わぬ返しに焦ったロッテが避けようとするよりも早く、自らの鎌が死神の鎌と化して襲い掛かる。


「伏せてっ!」


 よりも早く、横合いから駆け付けた斑雪が刀で白い円の軌跡を描く。その円と回転する鎌の黒い円がぶつかり、辛うじて弾いた。両手で純白の刀を振り切った姿勢で硬直する斑雪と、その刀の下あたりで頭を抱えて伏せたロッテ。鎌は屋上を破壊しながら下の道路へと落ちていき、ざっくりと突き刺さった。


 なかなか楽しませてくれる。


 高速で振ってきた鎌を打ち返した反動か、動けず硬直している斑雪を尻目にロッテは壊れた箇所を避けて縁まで走り寄り手を伸ばす。すると刺さっていた大鎌が自ら浮き上がり、ロッテの手の中に納まった。妨害しても良かったんだけどここまで楽しませてくれたんだし、これくらいはね。慌てて妨害するとか小物っぽいかなって気もする。一応カモイがつられてどこかに姿を見せるかと思ったけど見せない。


「ありがとう、ぶちお姉様。助かったわ」


「ううん、むしろごめん。私前衛なのにマスターを全然止められないばかりか、すぐ弾き飛ばされちゃって」


「マスター相手だもの。仕方ないわよ」


「でも、ごめん」


 話しながらも呼吸を整え、私を警戒しながらじりじりと屋上の真ん中あたりへ位置取りを変える二人。このまま上空から斬撃を飛ばして建物ごと膾切りにしてもいいけど、それもつまらないな。建物を豆腐みたいにスパスパ切るのはもう見せたしね。これは楽しい試合だけど同時にプレゼンみたいなものだし、撮れ高を考えるともう少し切り結んだりして見栄えをよくしておこうかな。


 すうっと静かに降りて、足音もなく柔らかに着地する。余裕さ、優雅さは強キャラの嗜み。お上品な食事会やダンスの時の様に、指先や足先まで意識を通わせて静かで優雅に。私みたいに意識せずともいつも余裕で優雅なのが高貴なお嬢様やお姫様。戦いの時でも優雅で余裕たっぷりなのが強キャラ。つまりお嬢様やお姫様は強キャラだったのか……。


「なかなか楽しませてくれるね」


「うふふ、お褒めに預かり光栄だわ」


「ロッテはいいですけど、私は……全然ダメです、申し訳ありません」


 私が戦闘モードではなく、いったん休止に入ったのがわかり二人も武器を下ろす。ロッテは白いフリルドレスを整え、にっこり笑ってみせた。けれど動きが少しぎこちない。まだ完全に回復したわけではなさそう。それでも取り繕えているロッテに比べ斑雪は、あからさまに意気消沈して俯き縮こまってしまっている。まあ始まって以降、ずっと私に弾かれては吹き飛ばされるわ転がり落ちるわでぱっと見ではいいとこなしに見えるからね。実際の所、前衛としては確かに中衛まで入り込まれ後衛への攻撃も許している時点でダメと言えばダメだ。これは事実、というか結果だ。


 でも私相手に一人で切り結び、打ち合って足止めしろっていうのも無茶だったと思うよ。完全に一対一にされてたから、あれじゃ何のための三対一かわからない。結局前衛が排除されてしまったら後は各個撃破になってしまうんだからさ。ロッテの援護魔法ももうちょい早くにするべきだったし、今も姿が見えないカモイは前衛が想定より早く排除された時点で援護に移るべきだった。遠距離高威力のビーム照射は威力が高いけど、潔く諦めてさっき撃ってきたみたいな誘導弾とかで私の行動を制限するべきだった。


 と思ったりするけど、何が正解かは私にもわからない。これから社会にこのゲームというか試合がスポーツやゲームとして広まったら、いずれ戦術なども確立されてくるだろう。今はみんな素人だし、私だって素人だからね。


「まあ私を含めみんな初心者だから仕方ないよ。こっからこっから」


 落ち込んでいる銀と桜の二色頭に手を置き、かき回すように撫でる。ぐりぐり、わしゃわしゃとしていると目を閉じて受け入れる。覗き込むと少し見える口元が小さくほころんでいる。時折撫でている手に頭を押しつけるてくるから、もう少し強めにぐりぐりしてあげる。しかしそうなると我慢できないのがもう一人で、ロッテも頭を差し出してきた。


「ぶちお姉様も頑張ってるけど、ロッテも頑張ったのよ? ずるいわ」


 そうだね。ロッテは今回一番頑張っているかも。前衛があっという間にいなくなったから、一人で前衛をしつつ後衛のカモイの狙撃まで時間を稼いだ。その後もまたどこかに飛ばされた前衛の代わりに私に挑んできた。一番小さくて力も何もかも弱いのに、よく頑張った。撫でるくらいでいいのなら撫でてあげよう。大太刀を背中に背負って両手で二人の頭を撫でる。嬉しそうに目を細め、撫でる手に頭を擦り付けてくる二人をいつまでも可愛がりたい。けどまだ戦いは終わってないからね。カモイもどこかにまだ潜んでいるし、ここから後半戦ってとこだ。


 手を離した途端に二人が寂しそうな顔をするのに心の内で泣く泣く耐え、数歩下がって距離を空ける。背中に手を回し、再び太刀を手に取って右の半身を引き腰をわずかに落とす。そしてゆっくりと両手で握った太刀を肩に担いだ。


「まだやれる?」


 一応聞いておく。やっぱりもう嫌ってなったら、嫌な子には抜けてもらう。メディの時みたいに無理させてしまうのは嫌だ。内心嫌でも、私のお願いなら頑張っちゃうところあるからね。私がなおさら気をつけないと。そんな配慮によるものだったけど、いらぬ世話だったみたいだ。二人とも無言で互いの武器を構える。


「カモイはどう? 一応聞いてみて」


「あ、はい」


 構えたところで悪いけど、この場にカモイだけいない。実は一人だけもう嫌ってなってたら悪いから、念のために二人のどちらかに連絡を取ってもらおう。私からは連絡できないけど、二人はカモイとチームを組んでいるのでチーム間の通信システムが使える。斑雪の方が構えを解いて手を顔の横に当てる。そしてこしょこしょと会話を始めた。通常この距離なら声を潜めても聞こえるんだけど、この試合場の中ではチームではないので私には聞こえない。そういう風にできている。


「大丈夫です。まだこれからだ、と」


「そっかそっか」


 つまりまだ元気だと。少なくとも戦える状態なわけだ。端から仕留められたとは思ってなかったけどね。斬撃を飛ばしたとはいえ、あれだけでは流石に倒せないよね。私の斬撃もまあまあの速度だけど、ケモノ型アンドロイドであるカモイから見れば遅かったろう。彼女は私の作った今回のヴィクトリアを除く四人の中で、もっとも優れた身体能力を持っている。あれだけ距離もあったらそりゃ当たらないか。


 精神力とか魔法力的なものも、チャージしての砲撃と途中の誘導弾とかだけでは戦闘不能になるほどではないはず。あのチャージショットは喰らってたら結構な威力だったろうから、だいぶ消耗はしたとは思うけど。


「じゃあ、続きだ」


「ええ、続けましょう」


 浮遊感。


 嫌な予感。障壁展開。


 衝撃。


 私は吹き飛んだ。







 咄嗟に全身を包む球体の障壁というかバリアを展開したから、幸いダメージはそんなでもない。痛くないわけではないけどかなり抑えられた。でもどんどんと建物に激突しては破壊し、突き破ってはまた激突。ものすごい勢いで景色が流れていく。


 かなりの力でぶん殴られたね、これは。一瞬のことで全体は見えなかったけど、あれは確かに巨大な拳だった。着色までする暇はなかったんだろう、白と灰で床材の色のままだった。おそらく私の足場を分解して瞬時に組み上げたそのゴーレムの腕で、空中に放り出された状態で踏ん張れない私を殴りつけたんだ。


 ドォン、と轟音を立ててついに地面に落下。落下どころか地面にめり込んだ。しかも私がぶち抜いてしまった建物が崩壊し、瓦礫が上からどんどん降ってきてあっという間に埋められてしまった。ぐええ、苦しい。死ぬほどではないけど、強く抱きしめられたみたいに若干苦しい。


 わずかな隙間から光が入ってくるから真っ暗ではないけど、非常に暗いし体にも瓦礫が乗っかっているから重くて邪魔くさい。私が埋まってしまってもまだ瓦礫が降ってきて、粉塵が舞い振動と轟音が止まない。体は叩きつけられた際にできたクレーターに埋まってしまっているし、上から横から瓦礫が積み重なって押しつぶしにかかってくるしで、困ったもんだね。暗いわ重いわ動けないわで、大変なことですよこれは。こうなっちゃうと普通は勝負ありだよ、普通なら。


 いつの間にあんな腕だけとはいえ準備したんだ。視界には入ってなかったから、魔法の準備だけして発動を遅延させたかなんかしたな。おそらくカモイと連絡を取ってもらっている間だ。しかもその時私は通信をしていた斑雪に意識が向いていた。流石に動けばわかったけど、動かずにこっそり魔法の準備をしていたから見逃したか。カモイからの返事を聞いた後も、どうしてもまだ意識は斑雪側にあった。それに気づいて足元を分解、私がそちらに気を取られた一瞬の隙に腕だけでも構築。そのまま殴りつけた。そんな感じかな。


 まったくロッテったら、本当にもう。


「なんて親孝行な子だ……」


 撮れ高がいるっていう時に、こんな派手なことをしてくれるなんて。最高か。


 そうなると私もそれに応えないといけないね。ひとまずここをどう出るかが問題だ。太刀は手放さなかったけど、切って抜け出すほど腕を動かせない。いい具合に仰向けというか、斜めに地面に埋まっちゃってるから腕が動かない。太刀を握っている感触はあるけど瓦礫の下だし。刀は振らないと切れないからねえ。


 しかもまさか普通に瓦礫をどかしてよっこらせと出ていくわけにもいかないよね。ダサい気がする。でもこんな建物ぶち抜きの瓦礫に押しつぶされのした後で、何事もなく無傷でやれやれって感じで出てくるのもかっこいいかも。やったかと思ったらまったく気にもしてない、みたいな。


 でもなあ。それだと自力でよいしょよいしょと這い出すことになるよね。絵面が地味かなって思うんだけどどうだろう。それより瓦礫が降ってくるからさっきまで張っていた球体のバリアを利用して、一気に瓦礫を吹き飛ばしてみようかな。派手でかっこいい気がする。私のパーソナルカラーであるピンクのバリアだ。それがぶわっと広がって瓦礫を吹き飛ばし、中から悠々と歩いてくる私。かっこういいんじゃなかろうか。バリアを広げるというより、爆発を起こすの方が近いかな。


 これだ。


「では、一発かましてあげようか……」


 バリアを張るにも、ロッテの魔法やカモイのビームみたいに精神力的なものを消費する。名称はまだ決まっていない。ただそれを使い放題、使い切っても問題なしでは面白くないなと思った。ゲームだってそうだ。魔法や技を使うにはコストがいる。そのコストもただの数値っていうんじゃつまらない。


 なので大きく減ったりすると体調に悪影響が出るよう作ってある。その力をぐっと消費して周囲を吹き飛ばし、埋もれた体を浮き上がらせる作戦だ。どれだけ消耗するかわからないけど、その後戦えないほどにはならないはず。念のために心の準備だけはしておくけど。具合が悪くなるとわかっていれば、それを踏まえて戦えばいい。


 ハァーッ、スゥーッと深呼吸。目を閉じて意識を集中。


 バリアはあらかじめシステムに組み込んであるけれど、こんな使い方は入力時点では想定していない。だからしっかとしたイメージを作り、それを装置に送り込む。そうすれば大体のことはできるように作った。ロッテが私ここまで殴り飛ばしたあの腕も、おそらくそうやってなされたはず。私は少なくとも腕だけで攻撃するスキルを入れた覚えはないぞ。ロッテは賢いなあ。


 私の周りに桜色の光と衝撃が、私を中心とした球形に展開される。瓦礫は吹き飛び、私の体は浮き上がる。瓦礫と同時にあたりの粉塵も吹き飛び、さらに飛んだ瓦礫が他の建物を破壊。響き渡る轟音、立ち上る砂塵や破片と共に崩れいく周囲の建物。そしてそれが収まると、そうだ。せっかくだからバリアに使った光は、桜吹雪みたいに舞い散るようにしよう。煙や破片が落ち着いて視界が晴れていくと、桜吹雪の如くにピンクの光の欠片がちらちらと風に舞っている。その中に無傷で立つ私の姿が。


 これじゃないか。これが正解っぽい。よし、いくぞう。


「ハァッ!」


 カッと目を見開くと同時にバリア発生、拡大。瓦礫も私の体も跳ね飛ばす強烈な桜色の閃光と衝撃、突風が吹き荒れる。体にのっていた瓦礫も周囲を埋め尽くしていた残骸も、私を封じていた何もかもが視界から即座に消し飛んだ。仰向けの状態から大の字に浮き上がったので、浮いている間に体勢を修正。ふわりとクレーターに着地する。へこんでいるしひび入っているしで足場が悪い。場所変えよ。私が衝突し瓦礫が落ち、その瓦礫も弾き飛ばされてできた更地に足を進める。


 光を取り戻した視界を塞ぐ粉塵。激しい爆発にも似た激突音がそこら中からして、近くの無事だった建物が一斉に倒壊を始めている。そのせいでますます建物や道路の構造物が壊れて生まれたチリや粉が舞い上がって視界を遮る。だがそれがいい。それが収まった後、悠然と佇む私を見てもらわないといけないんだから。むしろ準備が終わるまで晴れるな。


 全身をチェック。痛みやダメージはほぼない。咄嗟のバリアのおかげだ。でも大事なのはそこじゃない。ブーツの紐はきちんと結ばれている。手袋というか籠手は一度はめなおす。鏡を何枚か生成して、全身の様子をすばやく確認。障壁のおかげで直接建物や地面に触れていないからか、服も顔も髪も大きな乱れや汚れはなさそうだ。何でもない風を装いつつも服が乱れて土がついてたら格好悪いからね。せっかくロッテがいい演出ができそうな状況を作ってくれたんだから、かっこよく決めないと。身だしなみ、ヨシ。問題なかったので鏡は消す。身支度しているところを見られるのってなんか無性に恥ずかしいよね。


 ついでに上空も確認。色々邪魔で見えはしないけれど、三人が近くに来たのはわかってる。もしかしたら今の内に攻撃してくることもあるかも。それに上に打ち上げた瓦礫が降ってきて、かっこよく現れた私に直撃したら完全にギャグだよ。それは避けねば。粉や破片がパラパラ、障壁のピンクがピカピカとして見にくいけど問題ないみたいだ。私の目でも感覚でも、大きい物体は感じ取れない。代わりに本来ないはずの場所に大きな物がある感じがする。なんだ、これ。


「そんなに私を喜ばせたいのね……!」


 なんて可愛い子たち。私のために、私を倒すために、一生懸命知恵を絞り努力してくれてるんだね。嬉しいわあ。


 悠然とした雰囲気を出すためにあえて殴り飛ばされる前のような構えはとらず、開始時と同じように右手に太刀を握ってだらりと垂らす。そしてさも何事もなかったかのように待ち構えていた。やがて土煙や粉塵が収まっていく。その向こうが見えてきた頃、まず真っ先に素敵な代物が目に飛び込んできた。


 それは、一見したところ子供が遊びで作った泥や粘土の人形といった印象で、丸みを帯びた灰色や白の装甲を纏っているようにも見えた。しかしその丸くやや歪んで不格好な子供の玩具は、四階建ての建物にも匹敵する大きさをしていた。その堂々たる巨躯の中でも特にその腕や足の末端部分は大きく膨らんでおり、それを利用した一撃の破壊力は玩具どころか戦闘用ロボット並の威力を誇るだろうことを思わせる。


 頭部は人というよりバケツを逆さにかぶせたような形であり、そこには燃え立つような赤い光を放つ三個の巨大な宝石が埋め込まれていた。よく見るとその体の一部には見慣れた質感の箇所があり、その巨人が実は周囲の建物や道路を素材として作り出されたことがわかる。手で泥をこねれば泥人形、粘土なら粘土人形。魔法によって瓦礫や建物を使って作られたそれは、いわゆるゴーレムと言われるものだった。


 とうとう腕だけじゃなくて、全身召喚したんだね。私が埋まっていた時間はそんなに長くないのに、よくできたねえ。


「ふふ……可愛い子」


 撫でて抱きしめて、褒めてあげたい。


 その平たい頭部には白と差し色の紫、胸元のピンクが良く目立つフリルのついた愛らし気なドレスに身を包んだ幼女が立っている。専用の武器である黒い大鎌の柄の底をゴーレムの頭に突き刺している。あれで制御するのか、かっこよく頭の上に立つために支えにしているのかはちょっとわからない。目立つために頭の上にのっているんじゃないかなって気もする。あの子ならそんなことしそう。


 丸い両肩には一人ずつ立つ者が。一人は斑雪である。黒いぴったりしたバトルスーツ。下がスカートなのでスーツというよりドレスか。軽快な動作のために前を空けているので、そこは前垂れを垂らしている。それが私の巻き起こした風や倒壊する建物の余波ではためき、ちらりちらりと白いハイレグの食い込みが素敵なレオタードが覗いている。あの下に何か履いているわけではないので、要はパンツ見えているのと同じことだ。恥ずかしくないのかな。いや、私としては目に楽しいから全然いいけど。


 露骨に見せているわけでもないしね。こういうのって露骨に見せるような感じだと逆に萎えるよね。動いたり風が吹いたりで、ちらっと見えてしまうのがいい。一瞬しか見えなくても、その一瞬が瞼に焼き付くんだよ。あからさまに見せる気のミニスカとかは好きじゃないですねえ。


「ようやく出てきたのね……」


 もう一人、この戦いが始まってから久しぶりに見る姿がそこにはあった。こうしてあらためて見るとこっちは本当に露出がひどい。豊かな肢体はほとんど剥き出しで、要所をほんのわずかな衣服が覆っている。上半身は大きく膨らんだ胸元を下着やビキニの水着程度の装甲で隠し、後はウイング型の肩当や片腕の肘から下を覆う手甲だけ。下半身は大事な股間部分は一応細い紐のような下着を履いているとはいえ、真っ白な前垂れを一枚垂らしているだけだ。こっちも前垂れなのは私の趣味です、文句あるか。膝から下は靴と一体になった装甲で隠してはいるものの、剥き出しの箇所が多すぎてエッチだ。


 この三人の戦闘服は私がデザインしたんじゃない。これこれこういったお披露目をするから戦闘服作るよと言ったところ、ヴィクトリアが自分たちで好きな服を選ばせましょうと言い出した。生まれたてで自分の趣味とかあるのかなと思ったけど、それはそれで気になるしさせてみようとさせてみた。


 その結果として晒された大部分の素肌の上で、白銀の体毛が風になびいている。二回ほど金の紐で縛っているふさふさの尻尾もゆらゆらと波打ち、つい飛びつきたくなる魅力がある。私の髪みたいに広がりすぎるから途中で紐を巻きつけて押さえているのだ。膨らみを無理に抑えているせいでなんかくびれたレンコンみたい。ピンと伸びた三角の耳も白く大きく、他よりやや短い毛でつるつるコリコリとした触り心地で気持ちいい。これは実際に触って確かめた事実。


 でも何より目を引くのはその顔だろう。パッと見た時には若い女性、と思う。けれどよく見なくてもわかる違和感。長いマズル、要は口と鼻である。どう見てもあからさまに犬なのだ。正しくは犬ではなくて狼、それも白い狼なのだ。そのくせ見ていると人間の若い女性にも見えてくる。人間でありながら獣、獣でありながら人間。そのような顔をしていた。


 体は白銀の毛が体を覆っているのが衣服の隙間、外気に晒された個所からわかる。しかし人間でいう髪の毛部分は動物というより人間の髪の様になっている。でもそこから覗いている耳は人間の耳のある場所ではなく頭頂部にあり、三角形のその形状はやはり獣の物である。


 要するに獣と人間の混じったファンタジー存在。ペットロボとアンドロイドの合わせ技だ。見た目だけ獣っぽくて能力が低いと見掛け倒しでダサいから、その身体能力もアンドロイドより高い。リミッター外しちゃった戦闘用アンドロイドには負けるけど。でも外さないならそれを部分的には上回るという、そのくらいの高いけど高すぎない能力バランスで作ってある。ただ動物の能力は人間より本来はるかに高いのを思えば、やや控えめにしすぎたかなって気もしてる。悩みどころだ。


 今までこんなに人目を引く美しい毛並みの彼女が全く見つからなかったのは、その優れた身体能力を生かして私から逃げ隠れしていたからだ。彼女の左腕には青い肘まで覆う筒のような、腕と一体型の銃が装着されている。これが戦いの最中、ロッテに追撃をかけようとした私を狙撃したビームを発射した銃だ。そしてそれ以外の弾を撃ったのもこれ。


 彼女の主武装であるこの銃は、強力な単発砲撃から照射ビームと自由に切り替えて様々なエネルギー系統の攻撃が行える。しかもこのエネルギー弾はカーブしてくる。さっき私に撃ってきたあれだ。それらを使い自分のボディの性能も活かして距離をとる、後衛に徹した戦いをこれまでしてきた。そのせいで援護がややしにくく、ロッテに負担が集中してしまったけどね。


 だからこそ、今度はもう前に出てきたというわけか。三人とゴーレムを使って波状攻撃でも仕掛けてくるのかな。前半戦より苦戦はさせられそうだけど、派手で賑やかな戦いになりそう。


 いいよいいよ。ちょうだい、そういうの。


「マスター? 聞こえるー?」


 ゴーレムの頭の上から、ロッテが片手を口に当てメガホンみたいにして呼び掛けてくる。仕草にちょっと和む。


「なーにー?」


 私も少し声を張って返す。私の返事を聞いたロッテが、またお得意の小悪魔顔をする。にやって感じの顔が本当によく似合う。小生意気なのがたまんなく可愛い。好き。やっつけてふくれっ面にしてあげるからね。


「まだやれるー?」


 むむむ。今度は私が聞かれる側ってわけね。


「元気いっぱいだよー!」


「じゃあ、続きいくよー」


「いらっしゃーい」


 斑雪から斬撃が飛び、カモイの腕からは光がほとばしる。ゴーレムは三つ目からレーザー光線のような、赤く細い光線を発射。それらが私に殺到した。


 開幕即ぶっぱとか容赦なさすぎ。ひどい。


 私は逃げた。


 いつの間にか変わっていたBGMが、状況にそぐわない和の鈴の音を鳴らしていた。

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