最新科学でできた大正浪漫

「うーん、いい天気。青いな、空……」


 ぐっと青空に向かって伸びをする。ここ二日籠り切りでひたすら作業していたから、新鮮な空気が体に吸い込まれ循環していく感触が気持ちいい。空気清浄機もあるし換気もしてたから悪い空気を吸っていたわけじゃないけど、野外の自然な風っていうのはやっぱ別物だよね。


 あちこちを伸ばしてストレッチしていると、体の色んな部位の強張りがほぐれていく。固まった体をほぐすこの瞬間って実に爽快。息を吐きながら筋までしっかり伸ばしていき、終わると自然と肺がヒュッと息を吸い込む。はー、おいしい。最上層は高い分空気が澄んでておいしい気がする。人や建物などによって影響を受けていない、ノーマルに近い空気が吸えるからかも。薬品とかを扱うこともあるから研究室には空気を清浄に保つ機能がある。だから研究室の方が体にはいい空気のはずなんだけど、余分な物があってこその自然って感じするなあ。


「昨日までの荒れ模様が嘘のようですね」


「そうだねえ」


「うふふ、お日様がポカポカして気持ちいいわね」


「……室内の暖かさとは、また違った感じ、です」


「そうね。でもまだ雨上がりの匂いが、水と土と埃とが混じったような不思議な匂いもしてるわ。わかる?」


「はい。あなたの感じているほどではないでしょうけど、確かに。なんだか清々しい感じですね」


 雨の匂いがするというので、すんと匂いを意識して呼吸をすると確かに雨の名残がする。このなんとも言えない匂い、私は好きだよ。独特の香りがして、ああ、雨が降ったんだなあとしみじみしちゃう。しばらくすると消えちゃうし、実は結構貴重な香りだよね。


 研究室に籠っている間はひどい天気だったもんなあ。がっつり研究開発に専念するにはいいタイミングだったけど。研究室は防音してあるし窓もないから聞こえないし見えないんだけど、トイレ行ったり食堂行ったりでお屋敷の中を歩く時はすごかったよ。お化け屋敷みたいになってた。


 外は昼間でも真っ暗で雨は窓に轟音を立てて打ち付けるし、風は木々を揺らすわ金切声や叫び声にも聞こえる音を立てるわ大騒ぎ。地上に落ちることはなかったけど、雷が時折雲の中でビカリビカリと光って顔を覗かせていた。どうもかなりの大嵐だったみたい。竜も結局三日前の夜中あたりから昨日の夜まで、ずっと空を飛んでいるのがちらちら見えていた。ご苦労様です。


 お陰様で今日はすっきり快晴。台風一過って感じで、清々しい空気が町中に満ちている気がする。台風まではいかなかったんだけど、予想よりだいぶ強い低気圧だったらしい。朝にヴィクトリアから聞いた。今日は町の清掃ロボットやドーロイド達が大忙しだろうな。物が壊れた、建物に被害がっていう話はなかったらしいけど草木が千切れ飛んだり、ゴミが転がったりはしているだろうし。水たまりはこの町ではできにくいけど、あれだけ振ったら大きいのができていそう。実際ここに来るまでの道にも、どっかから飛んできた枝や小さな水たまりはあった。最上層でこれじゃ、ここより下の階層はもっとぐちゃぐちゃかも。


 ま、それはさておき、と。


 当たりを見回す。広い最上層の広場。嵐の後のゴミがあって汚れてたけど、下準備も兼ねて清掃しておいたので一面真っ白。青空に良く映えて、相変わらずいい眺めだ。気持ちのいい朝の日射しが下の階層の建物の屋上、たぶん水たまりがあるのだろう、そこに反射してキラキラと輝いている。そんな輝きがあちこちで見られるので、まるで町が穏やかな光る海面のよう。


 景色が良くて気持ちの良い風が吹くここは、一見ただの広場だけど実際ただの広場なのだ。夢華の家は機械系の会社をしており、先祖代々機械や絡繰りがお好きな家系だったとか。その血は今もしっかりと受け継がれている。だって夢華のお爺さんもお父さんも、お兄さん二人もばっちり機械を触るのが大好きだからね。お金持ちで偉い人なのに、機械油を付けながら自分で家電などを修理している姿を時折見かける。機械関係に関しては、メイドが主人に修理を頼むという不思議な家だ。


 そんな彼らが自分たちでロボットや車などを動かすのに使っているのが、この運転用の私有地である。免許がなきゃ公道で運転できないけど私有地ならいいだろという理屈だ。免許取ればいいじゃんとも思うけど、乗りたい物全ての免許なんかさすがに取る暇ないからね。一応普通車や中型の作業ロボット、低クラスのジェットスーツやパワードスーツなど自社製品の一般標準クラス免許は持っているみたい。でもこれって最低クラス免許だから、面白そうな新型は乗れないことが多い。そこで私有地ということらしい。


 気持ちはわかる。私の発明品も許可がないと公道で使えないことよくあるし、でも早速試してみたいし。けれど試作品には出す許可も免許もないので、こういう所でこっそりお試しするしかないのだ。何もかも試作品などに対する仕組みを整備しきれてない社会や政府が悪いんよ。政権交代しろ。


 なのでそんなお困りの時、私も便利に使わせてもらっている。発明品の試運転とかで自由に使えるほど広い場所はそうそうないから、正直かなりありがたい。こうして今も発明のお披露目に使わせてもらっているわけだしね。今日以外にも、普段から作った物を実際に体験してもらうのによく使っている。夢華のお家の人で手が空いていて、私の試作品を試したいという人がいた場合もここを使わせてもらうことが多いのだ。私は試作品のテストができるし、夢華のお父さんたちは珍しい玩具に一番乗りで乗ったり遊んだりできる。お互いに得のある関係が築けているってわけ。


「そろそろ約束の時間ですね」


「で、あるか。……準備はもうばっちり?」


「は、はい。装置は全て設置完了していますし、問題なく作動しています」


「うむ」


 今日のお披露目のために連れてきた助手の一人が、不安気な顔ながら問題なしと報告。不安気な顔をしているのはいつものこと、この子はこれがデフォルト顔なのだ。でも彼女にはきちんと装置の扱い方を教え、稼働時のデータ収集も頼んでいる。その彼女が無事に作動していると言っているのだし、念のため二重チェックを頼んであるヴィクトリアからも異論はないみたい。なら問題ないか。


 装置一つ一つや複数での稼働実験は終えていたけど、学校のグラウンド並みかそれ以上に広い場所で実際に稼働させたのは初めてだ。キチンと想定通りに作動したようで何より。お披露目のための待ち合わせよりだいぶ早くに来て、入念に下ごしらえをした甲斐があったというもの。何も朝早くからここにきて日の光を満身に浴びて水の匂いを感じ、嵐の後の柔らかな風に髪を踊らされる感触を楽しみに来たわけじゃないのだ。


 でも籠っていた後なのもあって外の空気が心地よく、立って呼吸をしているだけでリラックスできる。このままこうしてのんびりしているだけっていうのもありじゃないかって気になっちゃうね。


「各自の準備もいいかな?」


「私はいつでも。あなたのヴィクトリアはいつも完璧ですよ」


「私もです。しっかり準備運動をしておきましたから、意識と体がきちんと連動しています。最高の動きをお見せします!」


「おお、気合入っているね。無理しないように」


 こちらは良しと。ヴィクトリアはともかくもう一人の助手さんは少し気合入りすぎだけど、まあ初めてのお披露目、初めてのお手伝いだからね。事前にしっかり体を馴染ませていたし、大丈夫だと信じよう。


「私もいい調子。さっきの試運転での動きもばっちりだったでしょ?」


「そうね。あの調子でお願い」


「任せて。度肝を抜いてあげましょ」


 この助手さんは頼もしいなあ。先ほど装置の試運転をした時にいくらか動いてもらったけど、伸びやかでしなやかに良く肉体が動かせていた。あの肉体にとって一番ではないけどよく適合した動きだ。一番の動きがまだ不可能な現時点では、最高に近い動きだったと言ってよさそう。見ていて気持ちの良い、思い切りのよい元気な動きだった。だからまあこっちも良しだね。後は本番でその動きができるかどうかだ。


「じゃあ君たちはどう?」


 尋ねると一人は無言で頷き、ぐっと両手を握ってやる気をアピールする。やや不安気な顔が、それでも気合に満ちていて可愛い。この子もさっきの練習ではしっかり動けていたし、基本はデータ収集が仕事だ。問題ないかな。不安気だけどね。


「私もばっちり。でも始まるまでこうしていたら、もっとばっちりになると思うの」


 もう一人は私にぴょんと抱き着いてくる。小柄な体とそれ相応のちょっとした重みがぶつかってくるけど、これくらいじゃ私は小動もしないぞ。これよりもっと大きくてもっと重い子の突撃を受け慣れているからね。片腕を回して抱き留めてあげる。


「んー……お披露目の際の演出的にどうなんだろう」


「よくないと思いますよ。こういったことはインパクトが大事なんですから」


「あら? お姉様ったら嫉妬しているのね」


「は? 誰がそんなことしたって証拠ですか。私がマスターの一番なのは確定した事実なんですが?」


「うふふ、必死になっちゃって」


「キレそう」


「まぁまぁまぁ落ち着いて」


 キャーこわーい、なんて言いながらさらにしがみついてくる子を後ろにかばう。だって誰がどう見たってヴィクトリアは嫉妬してるし。可愛い奴め。日頃私に毒を吐いたりわがままだったりするくせに、他の子が私に近づくとすぐ余裕なくすんだから。そのくせ普段の態度に自覚があるからか、自分からはなかなか甘えてこないんだよね。まったく可愛い奴よ。後でたっぷり可愛がってあげよう。


「むむむ……はぁ、わかりました。大人気なかったですね」


「うんうん。じゃあほら、ロッテも。あんまり煽らないの」


「はーい、ごめんなさいお姉様」


 私が促すとちゃんと素直に謝る。えらいえらいと、抱き着いたままのロッテの頭をなでる。サラサラの髪が指の間を通り抜けていく感触が気持ちいい。嬉しそうに目を細めてしがみつく力を強めるのも愛らしいけれど、いつまでもそれを楽しんでもいられない。そろそろ待ち合わせの、ひいてはお披露目の開始時間だ。せっかくここまで準備したのだし、ばっちり決めたいね。


「よーし、じゃあみんな配置について。そろそろ来るからね」


 はーい、と一斉に返事をして各々の準備のために姿を消していく。私のお腹に顔を埋めて抱き着いている子以外は。まあでも可愛いからいいか。これはこれでインパクトあるだろうし。さて私も準備準備。


 さっと手を振ると目の前に大きめの切り株が出現する。横をぐるりと回って広場の入り口、南城院家のお屋敷に背を向ける形で腰を下ろす。くっつき虫ちゃんは抱えてお膝の上だ。さっきまではお腹に顔を埋める体勢だったけど、今は人形のように足の上に乗っけて後ろから私が抱きしめる形に。あ、でもこれじゃこっちに歩いてくる時に見えちゃうな。背中を隠すように、背もたれでもつけようか。私の高い背を隠すくらいの大きさで、横はわずかに姿がはみ出して座っているのが私だとわかる程度がいいかな。


 そう考えるだけで背中に背もたれが発生する。切り株と同じく木だ。顔だけ動かしてちらっと見てみると、人の手が入った背もたれというよりも木が自然のまま生えてきた印象を受ける。軽く寄っかかるとやや硬いけどしっかり体を支えてくれるし、顔を横に向けるとぎりぎり後ろが見えない。つまり横顔もきちんと隠してくれている。うむ、概ね想像通り。いい具合に私の思考を読み取ってくれている。映像の選択も適切だし、反応速度も悪くない。物理演算も正常作動していると。


「じゃあここにいるのはいいけど、大人しくしてるんだよ?」


「もちろんよ、心配性ね。ロッテはレディなのよ? それにせっかくのお膝の上ですもの、動くなんてもったいないわ」


「別にいつだってのっていいのよ?」


「言ったでしょ、ロッテはレディなの。でもどうしても乗ってほしいってお願いするなら乗ってあげるけど?」


 顔を覗き込むとつんとすまし顔。はー、可愛い。抱きしめる腕に少し力が入る。ぎゅーってしたい。でも私が強めにギューってすると、された方の中身がギューッと出ちゃうから我慢。


「どうしても乗ってほしいなー。可愛い可愛いロッテを、私のお膝に乗せて可愛がらせてほしいなー」


「ふーん、そう? 仕方ないわねえ。そんなにおねだりするならいいわよ。可哀想だからこれからは時々、気が向いたら乗ってあげる」


「わー、嬉しい! ありがとうね。お礼にギューってしちゃう」


「やん、もう。はしたないわ」


 目の前で宇宙色に揺らめく髪に向かって顔を突っ込んで、わしゃわしゃとかき乱す。幼さゆえの甘さと女性特有の良さが混じって、何とも表現できない独自の香しい匂いが頭いっぱいに広がる。ついつい顔を埋めたまま深呼吸してしまう。流石に恥ずかしいのか、いやんいやんと言いながらじたばたするけど私が完全に抱え込んでいるから逃げられない。


 こうしてしばらくいちゃつきながら、リラックスしてその時を待った。ただいちゃついて待っている間、誰もいないはずの所から舌打ちは聞こえるし燃えるような怒気がビンビン放たれてたけどね。だから大人げないってば、ヴィクトリアはさあ。そんなに私が好きなら甘えてきたって全然いいのに、プライドが邪魔をしているんだなって。そこがまた可愛いけどね。









「来ましたわよー!」


「そんな木どっから持ってきたのー?」


 ついにやってきた二人がやや遠くから呼び掛けてくる。声がまだ遠いけど、ついに来たな。呼び声は聞こえているけど、インパクトを出すためにあえてまだ立ち上がらず振り返らない。まだだ、もう少し引きつけるんだ。私が今いる広場の中心近くまで、もう少しこっちだ。こっちに来い。


 二人の接近を待つ間にちょっとした準備をする。膝の上にのせている子を片手で抱き上げ、胸元で体に押し付けるようにして固定しておく。こうするとパッと立ち上がりやすいからね。


「四季じゃないんですのー?」


「ちょっと、そこにいるのは見えてるわよ。髪が横から出てるもの」


 あえて出しているんだよ。二人がちゃんと私がいると思って近づいてきてくれるように。足音がほどほどに近くなってくるまで引きつける。


「その髪は四季ですわー!」


「諦めて出てきなさいよー」


 真後ろというほど近くはないけど、声を張らなくても聞こえる距離。今だ。


 立ち上がると同時に身を翻す。素早くではない。敢えてゆっくり、余裕をもって。ここで素早く動くと忙しなくてかっこ悪い。くるりと振り向く際、純白の袖を体の動きに合わせてばさりと大きく翻して格好よく演出するのも忘れない。そのまま前に数歩出つつ、空いた片手を後ろに一振りし座っていた木を消す。


「来たね……」


 振り返って視界に入れた二人が息をのむ。ふふん。


 どうだい、美しくって驚いたかい。でも二人も可愛いよ。今日は二人とも休日だから、柔らかく気を抜いた感じのコーデだ。淡い色の上下で、まだ足を出すには寒いからロングスカート。清楚感あっていい。互いの服の色合いがどことなく合っていて、仲良し感もある。


「来ましたのよって……おぉー」


「へー……どうしたの、それ?」


「それ、じゃわからないよ」


「いやわかるでしょ……いやわからないか。とりあえず……」


 ちょっと考えるそぶりを見せた紫だけど、すぐにピッと指さしてくる。


「まずはその服よ、その服。どうしたの? 可愛いじゃない」


「ふふーん、そう?」


 夢華もうんうん頷いているので、二人ともが可愛いと思ってくれたのか。やったね。嬉しいのでくるりと一回転、夢華がもう一回と言いたげな顔をしていたのでもう一回余分に回る。いいよいいよ、じっくり見て目に焼きつけてね。服も自信作、着こなす私も自信作だよ。


「可愛い? 惚れ直した?」


「私、四季のことは毎日ますます好きになってますけれど……今はがっつり惚れ直しましてよ」


 はぁん、と喘ぐような声を出してうっとり顔で見つめてくる。熱い視線に好意が気持ちいい。もっと私を見て。もっと私を愛して。サービスとして適当にポーズをとってみる。うっふん。


「……うん、本当に可愛いわよ。でもさっきも聞いたけど、どうしたの急に。そんなに可愛くおめかししちゃって」


 紫も素直にほめてくれるくらいだから、私今日は本当に可愛くできたみたい。やったぜ。紫の視線もいつもより熱量が高い。いつもはクールぶってやや温度の低い目をしているから、こうして露骨なほど興奮が隠しきれないのは珍しいな。


「そうですわ! 今日は発明品のお披露目会をするはずでしたわよね。その大正ロマンで桜の嵐みたいな着物と袴が発明品なんですの?」


「よくぞ聞いてくれました」


「私もさっきからどうしたのって聞いてるでしょ」


「よくぞ聞いてくれました」


「はいはい、それで? そんな服持ってるなんて知らなかったけど、やっぱり作ったの?」


「ご明察! 籠ってたこの二日の間に作った物の一つがこの大正ロマン桜服よ」


 さらにもう一回くるりと、今度は袖をばさりと広げながらゆっくりと回って見せる。そう、今日の私は大正で桜で浪漫な着物に袴という装いなのだ。


 上半身には神聖さすら感じさせる純白の下地に、赤い梅や風に散る桜の花びらが描かれている着物。お腹にはいつものパーソナルカラーであるピンク、この場合は和風に桜色の帯を巻いている。この帯は後ろで可愛くリボン結びにした。さっき回った時にちゃんと見てもらえたと思う。そして下半身には巫女服の緋袴の様な真っ赤な袴。巫女服のような、というか上が白い着物なのも合わせて実は全体として巫女さんをイメージして作った上下だ。


 髪も今日はポニーテールというか、まとめて後ろに垂らす垂れ髪にしている。巫女さんがしている髪形をイメージして。いつもは大抵爆発させたままか、そうでなくても整えて下ろしているだけが多いから私には割と珍しい髪型だ。そして髪をまとめているのは大き目の白の特殊布で、髪の毛の束を筒の様に巻いてとめてある。その白い筒部分にはお洒落として桜の花の装飾をつけてある。


 ただそれだけでは私の髪は毛量が多く、ぶわっと広がる性質があるためまとまりきらない。なので一つにまとめた後、また毛先の方で今度は真っ赤なリボンで結んである。筒ではうまくまとまらなかったので、えいやとリボンでギュっとして無理やりまとめた。私の髪は私に似て強情な奴だよ全く。


 そして今日ばかりは頭にサイバーグラスも乗せてない。いくらなんでも合わなすぎる。いや逆に和風とサイバーの組み合わせがいい味出すなとも思ったんだけど、やっぱり今回は王道で正道な方向性でいこうと思ってやめた。今の私は完全に和風美人。髪の色は黒に染めてないけど。ここは譲れない。


「うーん、素敵なお召し物ですこと。手作りとは思えませんわね」


「そうでしょうそうでしょう」


 高級着物の画像データやお屋敷にある実物を借りて見てみたり、割と手間と時間をかけての一品なので嬉しい。手間と時間はこの籠り期間以外でかけたんだけどね。以前和風の服を作ろうと思って、あらかじめ見たり触ったりしてデータ収集しておいたのだ。今着ている服は実は特殊生地でできているんだけど、それをいかに高級絹で織ったかのように見せるのか。きちんと織られた和服のような色合いや触り心地、動きの感じを再現するのかとか。結構な試行錯誤を重ねて作ってきたのよ。


 そういうわけなので似合ってるって褒められるのも嬉しいけど服自体も自信作。この服その物を褒められるのもまた嬉しいし、ぶっちゃけ褒められたいからくるくる回って全体を見せている。もっともっと褒めていいよ。


「でもわざわざこの服を見せるために呼んだわけじゃないでしょ? なんか関係はあるんだろうけど」


「まあね」


「でも本当に素敵ですこと。うっとりしちゃいますわー……」


「後で着てみる? 夢華と紫ならいいよ。色も大きさもある程度変えられるから、後で色々試して気に入ったら試着してみたら?」


「え、いいの?」


 おおっと。紫の方が夢華より、というか普通の会話の速度からしてもかなり早く食いついてきた。実はだいぶ興味津々だったのか。かなりじっくり見ているなとは思ってたけど、そこまで琴線に触れていたとは。紫ってそんなに和服というか、和風な物が趣味だったっけ。


「いいよ。汚したり破いたりする方が難しいからそんな心配はいらないし、気軽に着てみて」


「じ、じゃあ後でね、後で。それよりいい加減聞きたいんだけど」


「なになに? 何の話?」


「その子よ、その子。ずっと気になってたんだけど、誰なの?」


「ようやく気が付いてくれたのね?」


 抱えていたロッテが私の腕をトントンと叩いて合図するので、固定を緩めてやるとぴょんと地面に飛び降りる。私の胸元だからまあまあの高さがあったんだけど、軽やかな音がする危なげない着地だ。抱えていた温もりが失われてちょっと寂しい。先ほどまで触れ合っていた胸元などがひんやりしてしまう。


「かくれんぼしてないはずなのに、ロッテ見えなくなってるのかなって思ってた所だったの」


 ちなみにかくれんぼ、というか要はステルス機能を発動すれば本当に見えなくなれる。そこまで強力じゃないからヴィクトリアか、それよりは劣るけど市販の高級高感度センサーなどでもバレてしまうけどね。別にステルスミッション用の子じゃないから、そこまで高度なステルス機能やサーチジャマーを積んでおく必要がそもそもないし。ただ子供だし、かくれんぼとかしていたずらしたいだろうなと思って付けたお遊び機能だ。


「お初にお目にかかります。ロッテはシャーロットって言うのよ。よろしくね、お姉さんたち」


 後ろ手を組んで名乗った後姿勢を正す。そしてすっと片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて挨拶した。背筋は伸ばしをしたままだけど頭はちょっと下げ、両手はフリルたくさんのスカートの裾を軽く持ち上げている。元々パニエで膨らませているから、ちょんと摘まむように少し持ち上げるのが可愛らしいおしゃまなカーテシーだ。そういった動作を専用に組み込んであるだけあって、大変様になっている。言葉遣いもそれに合わせてお淑やかなレディって感じだったけど、すぐに崩れちゃった。それはそれで可愛いし、そんなに畏まる人格に設定してないから仕方ないね。


「これはご丁寧に。私は南城院夢華と申します。よろしくお願いいたしますわ、小さなレディ」


「そういうことが聞きたいんじゃないんだけど……私は豊田紫。とりあえずよろしくね」


 ロッテは挨拶を返した二人に手を差し出し、順番に握手する。アイドルの握手会かな?私も並びたい。並んで小さくてフニフニしてて、温かくてすべすべした可愛いお手々を握りたい。


「うふふ、どう? キチン挨拶できてたでしょう?」


 握手した後振り返って自慢げな笑顔で尋ねるロッテが可愛いので、頭を両手で掴んでなで回してあげる。うりうり。フリルとリボンでお洒落なピンクのヘアバンドタイプのヘッドドレスを着けているので、その辺には注意してわしゃわしゃとなでる。髪の毛を梳き、頭皮もなでなですりすり。


「色々聞きたいことはあると思うけど、それはヴィクトリアからでも話してもらおうかな」


「はい。お任せを」


「うひゃぁ!」


「わあっ!」


 突如二人の背後から聞こえた声に夢華たちが飛び上がる。本当に体がビクッてなって、一瞬足が浮いてた。慌てて振り返る二人の眼前には、いつの間にか紫と同じくらいの背丈の金髪美人メイドがいた。いつの間にかって言うか、二人が広場に入ったあたりから後ろを付けていたはずだけど。見えないように足音も聞こえないようにしていただけで、実はずっと背後にいたのだ。今私が話を振った瞬間、ステルスを解いて姿を現しただけ。


 眩しくうねる金のロングヘアー。深い水のように静かで、煌めく水面のように輝く青い瞳。白く透き通る白磁の肌に、高貴な気品を纏う美しい顔立ち。素晴らしく豊かで美しい芸術品の如き肉体。それを黒と白のレースやフリルで豪華に飾られた、仕える者にしてはやや派手なメイド服で隠している。


 しっかり飾り付けていて、もうメイド服って言うかドレスの類ではという気もする。でも地味でシンプルな古式ゆかしい、ヴィクトリアンロングメイド服は嫌だってわがまま言うからこうなった。名前がヴィクトリアなんだし大人しくヴィクトリアンメイド服着なよとは思ったけど、私の趣味っていうだけだし無理強いはしないでおいた。私はシンプルでロングな方が個人的に好きなんだけどな。


 ただヴィクトリアって顔どころか全身派手だから、シンプルだと逆にミスマッチしたかもしれないとは後から思った。そう考えると結局この派手めな方でよかったのかな。ロングのスカート丈は死守できたしね。ロングスカートに潜り込んでこっそりいたずらしたい。


「おはようございます」


「え、あ、お、おはようございます……」


「お、おはようございます……え、誰? どこから? いつの間に? あええ……?」


 めちゃくちゃ困惑している。誰ってヴィクトリアだってば。今言ったじゃない、ヴィクトリアからって。まあそんな所まで理解が間に合ってないんだろう。いきなり真後ろから人の声がして、振り向くと見たことない美人が立っていて挨拶してくるという結構な異常事態だから仕方ない。それを狙ってわざとロッテ以外のみんなには姿を消してもらっているんだけどね、ぬへへ。ドッキリ大成功って感じかな。でも今日のお披露目はまだこれからだ。さらにびっくりさせちゃうよ。


「驚いているところ悪いけど、そろそろ始めるからちゃんと見ててね」


「始めるって何を?」


「ちょっと待って、落ち着かせて」


「ダメだ」


「そんなぁ……」


「いったい何が始まるっていうんですの?」


「ス、スーパーバトルアクション、ですぅ!」


 明らかな演技、裏返った声のひどい棒読みだけどまあいいか。この子はあまり大きな声を張れる人格じゃないし、こうなるだろうなとは思ってた。リハーサル時点でも棒読みだったし、最悪噛んで言い切れないとまで思ってたし。その予想に比べたら棒読みや裏返りは全然まし。声量もちゃんと出てるしいいんじゃない。頑張った頑張った。出だしはいいよ。


 夢華たちに背を向けて数歩前に出て、ロッテにも下がってもらい待ち構える。そして発声の出来栄えを評価する私の目の前に、突如朝の日差しに鈍く光る大剣を振りかざしたメイド服の少女が出現する。私の頭より高く飛び上がった状態で剣を担ぐようにして現れ、そのまま戸惑いなく私に向けその大剣を袈裟懸けに振り下ろす。うむ、いい剣筋だ。


「四季っ!」


「あ、あぶっ!」


「ふふん」


 いきなりのことながら、私が危ないと咄嗟に声を上げる二人。心配されるのって嬉しい、でも大丈夫だって。私始まるって言ったでしょ。これがそうだよ。


 そんな言葉の代わりに左の腰あたりに鞘に入った日本刀を出現させ、掴むと同時に逆手で左下から右上に振り上げる。ガンッと重い音。その印象通りの重さが一瞬腕に圧しかかり、衝突の衝撃が骨身にずんと叩きつけられる。代わりに横腹を打たれた大剣が、持ち主側に押し戻されつつ斜めに逸れていく。腕にかかった重さや衝突の衝撃が、振るわれた剣が玩具ではないと証明している。


 実際玩具ではない。だって作ったの私だし、それくらい知ってる。刃は必要ないから潰しているけどね。とはいえあの重さと硬さでまともに当たったら、骨も肉もぐちゃぐちゃに潰れてなめろうになってしまうぞ。


「やっ!」


 弾かれた大剣はそれでも私の少し横の空間を空気をひき潰す音を立て、不格好に剣筋を歪めながら通り過ぎる。そして意図せず横に流れた大剣の重さに引っ張られ、バランスを崩しながらメイド服の少女が着地。それに合わせて一歩踏み込むと、逆手に持って振り抜いたままだった鞘付きの刀を今度は真横に振り抜く。


「っ!」


 少女が咄嗟に剣を盾代わりに構えた。直撃。再び硬質な音共に鞘と剣がぶつかる。バランスを崩していた少女は直撃は防いだものの、体勢が悪く勢いに負けて後退する。よろめいたところで押し込まれたせいで足をもつれさせている。けれど後ろに押し込まれながら、何とか体の制御を取り戻して大きく跳躍する。人二人分ほどの高さを飛び、着地するまでの間にぐるりと伸身宙返り。大剣の重さを利用して、勢いよく剣を振った反動で逆に軸を安定させる。ぶんぶんと回転して空中でバランスを整え、着地へと向かう。身軽な動きだ。


 ただそんなの黙って見てはいない。


「シィッ!」


 再び腰位置まで刀を戻す。基本姿勢だ。そして少女の動きを観察し、空中から着地する瞬間を見計らい一気に踏み込む。防いで下がり、飛び退いて下がった分の距離を埋める大きな一歩。基本姿勢からやや上体を倒し、その状態で滑るように移動する。一歩踏み込んだ足がつかない、実は踏み込み足どころか両足が浮いたままの状態で飛び込む。


 高い跳躍と大剣を振った反動でさらに開けた距離をたちまち埋める。腰の鞘を片手で抑えもう片手で刀を握った居合の姿勢から、上半身をやや倒しながら抜刀。再び切り上げ、しかし今度は順手で握った刀による切り上げ斬撃だ。踏み込みの力と加速が腰を通じ、体の回転を利用して増幅される。


 解放。


 ギィンと鋼のぶつかり、擦れる音が耳を貫く。


「うぅっ」


 と呻きを上げて少女の体が斜め上方向に流れる。咄嗟に構えたままの大剣を突き出し防ごうとしたので、その剣を抜き打ちで下から掬い上げるように打ち上げたのだ。長く幅広で重い大剣ではあるけれど、勢いと私の筋力があれば弾いて打ち上げるくらいはできる。でも流石に重くて硬かった。手がちょっと痺れる。


 けどぶつかった衝撃や痺れは片方だけに起きるものじゃない。目の前の少女も同じように痺れ、衝撃で体は流れている。先ほどのようにすぐに体勢を立て直せていない。そして少女は重たく巨大な剣でこちらは細身の刀。どちらが体の制御を取り戻すのが早いかと言えば、当然私だ。


「はぁっ!」


 刀を振り抜いたことで上方に開いていた体を戻すようにして、右上から左下にやや横気味の袈裟に切り下す。ただ間合いが近く順手では切りにくいので、振り下ろす前に持ちを逆手に変える。そして刀の向きを変え、体に引き付けるように振り下ろした。これなら開いた体を戻す力や前にかかった体重を引き戻すことで、狭い距離でも十分な加速を得られる。斬撃とは速度だ。


 再度ギンッと鋼が打ち合う硬質な音がして


「あぅ……」


 少女の呻きと共に大剣はその手からすっぽ抜けて宙を舞った。一応勝負ありっていう所かな。ただ意外なガッツを見せて素手で立ち向かってくる可能性も無きにしも非ず。剣が手から離れたら決着、と決めていたわけじゃない。まあこの子の性格からしてないとは思うけど。それでも念のために数歩後退し、少女の動きを観察して残心しながら納刀。逆手に振り下ろした刀を正面に戻し、逆手のまま鞘に戻していく。


 刀は黒塗りの鞘に滑らかに収まっていき、チンと鍔と鞘が触れて金属音がした。そのすぐ後、それと比較にならないほど大きく重たい音を響かせて大剣が地に落ちた。ズンッと地面から骨に伝わるような音と、ゴォンと分厚く大きな鐘でも突いたような響きが同時に聞こえる。


 やがてその鐘の響きすら収まって、静寂が場を支配した。穏やかな風がふわりと吹き、立ち尽くす私たちの髪を揺らしていた。







 剣は落ち納刀も完了して、音の名残すら消え果ててもまだ少女は動きを見せない。万が一に備え、やや腰を落としていつでも動ける戦闘態勢で警戒はしてた。だけどこれはもう試合終了と見てよさそうだよね。


「まいった?」


 一応確認のため聞いてみると、まだ手や体が痺れるのか、中途半端な位置にある腕や握りかけた手を小刻みに振動させながら無言でフルフルと頷く。


 そうか、終わりか。終わりなら終わろう。手に持っていた鞘に収まった刀を腰につけて、即座に動けるよう待機していた力も抜いて戦闘態勢を解く。


 短い一瞬の攻防だったけど、自分の体を動かし重い武器を振るって打ち合う。衝撃や重み、踏みしめた地面の感触。衝突による痺れ。ゲームとはやっぱり違うこの実感よ。楽しかったなあ。でもこの子には無理させちゃったかな。


「大丈夫? ごめんね、メディ。怖かったね」


 目の前でフルフルしている少女に近づき、労わりの意を込めて頭を撫でる。元々このメイド服の少女、メディは戦闘用ではない。ぎゅっと抱き着いてきた頭が私のお腹の下部分に来るくらい小さい女の子だ。夢華よりも小さいし、顔や体も思春期入るかどうかの子供のものだ。そんな子供相手に戦ったのかと思うと、今更ながらに申し訳ない。許して。


 私も抱きしめ返して、よしよしと頭を撫でる。この子は穏やかで控えめ、ちょっと頑固で凝り性な面もあるけど、基本的に大人しい少女だ。戦いのできる性格じゃない。それでもいざという時のために幾らかは戦闘ができるよう、戦闘プログラムも内蔵してあるし体もそのように作られている。それでも本人の人格自体が戦闘に向いていない以上、無理強いするようなことではないよね。


 今回は主に戦闘時の動作確認として実際にプログラムを起動し、お披露目前の練習も兼ねて動いてみせてもらった。ただ確認はその時にすんでたんだ。けれどせっかく確認用とは言え実際に起動したんだから、夢華たちへお披露目するのもいいかなと思ってやってもらったんだけど。


 でもうん、失敗だったかな。いや一応練習ではないけど実戦でもない試し合いとはいえ、ちゃんと真剣に動けるかは確認しておきたかったし。無意味に無理強いして怖がらせたわけじゃないし。必要なことではあったんだよ、間違いなく。ただもうどうしても必要な時以外はやめてあげよう。無理やりはダメ、絶対。


 練習時に実際に打ち合っていた時は、そこまで拒否反応はなかったんだけどな。やっぱり命のやり取りをするような実戦ではないけど、試合程度には真剣味が増したせいかな。練習と本番の違いって言うかね。私が良さを感じたのはまさにその部分であるわけだし、その緊張感が負担だったかな。


「ごめんね、もうしないからね。あとは打ち合わせ通り、向こうで機材の稼働データと私たちの試合データを取っておいてくれればいいから」


 ただまあ予想以上に怖がらせた、かはわからないけどショックを受けた様子だ。なのでごめんね、ともう一度だけ謝って頭や背中をポンポンする。装着しているホワイトブリムに当たらないよう気を付けながら、ブルネットの髪に指を通し上から下へと往復する。


 何度かそうしているとやがてこくこくと無言で頷く感触と、ぐりぐりと押し付ける動きをお腹から感じる。じんわりと接触部分だけ温かい。紺のメイド服に包まれた小さく細い背中をなでなでしてあげると、ようやく背中に回していた腕を解いてメディが私から離れる。涙を流せる体だけど泣いていたわけではなさそうだ。お腹は濡れていないしメディの目元も濡れていない。ただ抱き着いていたのが恥ずかしいのか、真っ白な肌が赤くなっている。黒にも見える紺の瞳を覗き込まれて伏し目がちに恥じらい、スカートの裾をぎゅっと握る姿が大変に愛らしい。


 じゃあもうお行き、と背中をとんと押したんだけどメディが動かない。一、二歩前には歩いたもののそこで立ち止まって少し振り返り、私を見つめている。何なに、何が言いたいの。私も見つめ返す。


 しかしこうして見てみると、本当に可愛くできた。一見真っ黒だけど光の加減とかでは青っぽくも見えるブルネットのおかっぱ髪。美人というより素朴で愛らしく整った小さな顔。本人の控えめな性格もあって地味に見えるけど、よく見るとすごい可愛い。そんな感じの顔立ちだ。表情はちょっと乏しいけど、無表情ではないというこのバランスも良い。


 メイド服も黒じゃなくて紺にして正解だった。この顔や髪や雰囲気とかから黒だと暗くなりすぎると思ったんだよ。逆にヴィクトリアはあの長い金髪に白い肌に輝く碧眼で、黒が絶対映えると思ったから黒にした。メイド服自体もあの派手さなら服が地味だとちぐはぐになると思って派手めに仕立てた。


 メディの場合は派手にすると絶対に合わないから、あえてのシンプル。紺の膝下ロングワンピースの上に白いフリルエプロン。メイドの定番スタイルだ。すとんとしたエプロンじゃ寂しいから肩や裾にフリル付けたけど、後はあまりフリフリにしない。その方がメディの素朴な愛らしさが引き立つ。何でも派手や洗練が良いわけじゃないよね。地味なのは地味なのでいい。


 スカート部分は少しふわっと広がる形状になっている。しかも中にペチコートを着せることで動きやすくしてあり、メイドとしての業務から今みたいな戦闘だってこなせちゃう。メイド服は根本的には作業着みたいなものだし、動きやすさには重点を置かないとね。頭にのせたホワイトブリムもこれだけ動いても乱れていない。いい感じに固定できているね。頭のこれが動くとうっとおしいだろうから、きつくなくでも動かないように工夫したのよ。動き回るメイドに頭の上の物を落とさないようにっていうのは無茶でしょ。でもやっぱりメイドさんにはこれと白いボウタイ襟がほしいよね。最低限ホワイトブリムはほしい。メイドのトレードマークですよ。


 それにしても動かないな。もしかしてどっかに動作不良でも起こしたかな。今はサイバーグラスしていないから、内部不良だとちょっとわからないぞ。赤い顔して俯いてもじもじしてるから、まったく動けないわけじゃなさそうだけど。どうしよ、とちょっと焦ったけどその焦りはすぐに解消した。数歩先に出たメディが私を見て、そっと小さな手を差し出していたからだ。なんだそういうことか。一緒についてきてほしかったのね。その証拠に私が横に並び手を繋ぐと、ようやくメディもまた歩き出した。けどすぐに私が止めた。


「あ、ちょっと待ってね」


 いかんいかん忘れてた。歩き出した途端に思い出したのでまたメディに待ってもらって、少し離れた所に落ちていた大剣を取りに行く。回収しておかないと次の邪魔になる。小走りで近寄って柄を掴むと、ずっしりとした重みがかかる。うーんやっぱ重いね、これ。私でも片手で持つと重みを感じる。長さは刀と似たようなものだけど、剣身が広く分厚いために重さは刀より遥かに重い。私だとこの剣は片手両手どっちでもって感じの長さと重さだ。片手で扱えないほど重くないけど、両手で振った方がよさそうな重さで。でも私の両手持ちには短いというね。


 それにしてもこの剣重いけど、玩具じゃない本物だぞと主張するこの重量感が格好いいわ。刃を潰しているとはいえ本当に金属でできたやつだからこそだ。


 そんな物を持ったまま歩くと邪魔なので背中に背負う。ひょいと背中に回して位置を調整すると、抜き身の大剣はそこに鞘があるかのように固定された。リュックサックとかについている空中固定機能のおかげだ。ただしリュックとかの場合はそれ自体についているけど、今の場合は私の服にその機能がついている。今腰に差している刀も同じようにその浮遊機能で腰に固定していた。この服はそういう所も特別性なのだ。ただの綺麗なおべべじゃないのよ。


 なお刀は別に腰に挟んでいても良かったけど、挟んでいると帯から抜く動作が必要だからね。さっきみたいに迎撃で使うには不利だ。その場合は鞘ごとではなく、いきなり抜刀しなきゃだった。


 剣を背負ってから戻るとメディが


「あっ」


 と小さく声を漏らした。そうだね、忘れてたね。焦り顔をして持ちます、と両手を差し出してきた。それに手を振って断る。もう背負っちゃってるからいいよいいよ。代わりに差し出された手の片方をきゅっと握ると、何やら呆然としているように見える夢華たちの方へ歩き出す。メディは抵抗なく大人しくついてきた。


「どうだったー?」


「あ、ええ、そのぉあんまり……あんまり……」


「ぶっちゃけちゃうと、一瞬だったから何が何やら全然わかんない。まったく頭が追い付かなかったんだけど」


「そうなのかー……」


「で、でもなんだか格好良かったですわ!」


「ほんと。マスターとっても素敵だったわ」


「ふふん」


「私一応、説明はしたんですよ」


 目を泳がせている夢華と、もう全然わからんと堂々としている紫。ヴィクトリアにちゃんと説明したの、と視線をやると無表情で言い訳する。事前に打ち合わせていた通りに、説明をするだけはしたらしい。ただ紫の言うように二人にとっては突然のことが続いたからね。脳の処理が追い付かなかったんだろう。そんな時に説明しても脳の中を素通りしていくだけだから、聞いても理解できなかったんだろうな。仕方ないか。許してあげよう。


「……まあいいか。まだわからなくてもいいよ。今のは挨拶代わりの軽いジャブみたいなものだからね」


「えっ」


「まあ、そうでしょうね。こんな所に呼び出すくらいだし、まだ何かあるだろうなとは思ってた」


「どこまで説明したの?」


「私が正真正銘、あのヴィクトリアだというところまで」


「それだけかい」


 全然説明して、ないじゃん。


「それだけわかれば、後は連鎖的にたどり着きますし。それにそもそも今の短い攻防では、それほど長々と説明する時間はありませんでしたよ」


「んん、それはそうね。じゃあこのまま続けて頭がショートしちゃったら見せ損だし、簡単に質疑応答の時間を設けよっか」


「そうね、その方がいいかも。お姉さんたちってば、もういっぱいいっぱいみたいだもの。大人なのに情けないのね」


 ロッテが悪戯っ子な表情で、ププッと口に片手を当て嘲笑する。


「んなっ!」


「そんなに脳みそよわよわの雑魚雑魚で大丈夫? ロッテ心配になってきちゃうわ」


「うぐぐ、何なんですのこの子は!」


「まあまあまあ落ち着いて」


 ロッテも何でそんな挑発的なのよ。でもちょっと馬鹿にしたような、おませな小悪魔系の顔が正直たまらない。あーロッテちゃん可愛い。


 けどほんとこの後どうしようかな。


 私の後ろに回り込んで隠れるロッテ。背中にしがみつきつつ、少しだけ顔を出して煽る。クスクス、と鈴の鳴るような可憐な笑い声が耳にくすぐったい。それを聞かされて、捕まえたいのか手をワキワキさせながらムキになって言い返す夢華。その間に挟まれて空を仰ぐ。まだお昼には遠く日差しは強くなり始めで、暖まっていない空気の一部が涼やかな風となって私の前髪を揺らす。すうっと通り過ぎるその爽やかさが、先ほどの一連の戦いで火照った体を冷ましていく。うっすらおでこに滲み出た汗が気化して頭を冷やしてくれる。


 あー、気持ちいい。ヴィクトリアと紫は何事か話し合い始め、助けを求める私の視線に気づいたら刹那で目を逸らされた。メディはまだ私の手を離さないけど、何か言うこともない。つまり助けにはならない。ただロッテと夢華はまだ何か言い合っていて、でも二人とも声が楽しそうだ。たぶんこの二人はひとまずそういう関係を構築したんじゃないか。なら焦って割り込んだり、止める必要はないだろう。ちょうどいいから夢華たちが頭を整理する時間も兼ねて、もう少し好きにしておいてもらお。


 目を閉じると微かに清涼な午前の風を感じる。色々諦めた私は、その爽快さを味わいながら今後の予定に思いをはせた。

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