IQを捨てられない方が馬鹿なんだよ

「勝てる! 勝てますわ! そのまま華麗にフィニッシュですわー!」


 筐体の向こうで叫んでいる声が、筐体の丸い壁に阻まれやや不明瞭に聞こえてくる。入るまでの騒音の嵐は聞こえないのに、応援する人の声はほどほどに聞こえるこの技術よ。我ながらいい仕事したよ。まあ当然だけどね、プロですから。ただその技術をもってしてもうるさい店内の騒めきと、その中でも一際耳によく届く誰かさんの声のすごさ。


 一体外でどれだけデカい声出しているんだろう。はしたないな、お嬢様なのに。


『ク、クソ! こんなぁ! とっととくたばれよっ!』


「くたばるのはあなたよ」


 オープンチャンネルで叫ばれる罵声に、冷静に返す。追い込まれてるのは向こうで、私は無傷ではないけど被害軽微。熱くならないで、クールに徹する。相手が追い詰められて暴れ出した時こそ、高いIQで手玉に取るのだ。もともと私は激する方ではない、激したなら乱れているということだ。私は少年漫画の主人公ではない。


 見栄えなんかどうでもいいと全身で主張した灰色の初期色のみを纏う敵機体。もはやあちこちが損傷して火花は吹いているし装甲はめくれ上がり、動作は鈍く武装も多くは破壊されている。それでもなお向かってくるあたり、根性あるじゃない。何より私を相手にしかもここまでやられてなお五体満足とは気に入った。やっぱり君はあたりだね。


「そこよ。いい的ね、あなたって。前世はサンドバックかしら」


『ファッキン! このクソ女ァッ!』


 銃撃、回避なし。撃たれながら体全体を弾にして突っ込んでくるのをかわす。ブーストで軽く浮きながらかわしつつ遠慮なく引き撃ち。胴体を狙いつつ手足を一本くらいもぎたいんだけど、ぎりぎり装甲が千切れ跳ぶ程度。破片が火花をあげて舞い散っている。


 ぎゃあぎゃあわめいてうるさいのは難点だけど、ここまでピンチになってもなおガン攻めなのは感心する。反撃されてもかわし切るのも大したものだ。筋の入ったガン攻めマン、もといウーマンだ。ウーマンというか声的にガールかな。でも所詮はガール。IQ劇高で賢く美しい大人のレディである私には勝てない。私は知能指数が高いからわかるんだ。それに私は君より経験豊富な大人の女なんだよ。


『し、ねぇっ!』


 右の射撃は囮。突っ込んで、ほら近接。左のナックルで足を狙うと見せかけて、そのままタックル。射撃は首を振って回避、パンチは回避しないなら当てる気なのでバック回避。ブースト吹かせたタックルは軸を外しながら回し蹴りで迎撃、距離を置く。得意な間合いに入らせてあげはしない。でもいい攻め継だ。感情的に見えてフェイントもきちんと入って単調な攻めになっていない。


 いい動きだ、本当に良い。この戦いの中でますます切れが良く、滑らかになっている。ならなきゃ終わらせてたけど、でも相手が悪かったね。


 射撃じゃ私には勝てないってもうわかってるみたいね。蜂の巣になって死ぬ前に気が付いて、瞬時に選択肢を捨てたのはいい判断。あなたのスタイルはガン攻めだし頭に血が上ってるけど無謀でも馬鹿でもない。


 スタイルは馬鹿の一つ覚えのガン攻めに見えるけど、やり方は巧みでむしろ理詰め。後何手で一発入れて、とか頭で目まぐるしく計算するタイプ。計算というより感覚かな。脳の奥でそれがわかってる。だから正しくは暴れではない。一見すると暴れにしか見えない超攻撃的、愚直なまでの攻勢をするだけ。


 相手が攻撃をする前に自分の攻撃を通す。相手が動く前に自分が動く。相手の動きを起こりの時点で捉え、それを潰していけば一方的に攻めて攻めて終わり。動く前に動きを予測することも、予想外でも動き出してから反応しても間に合う反射神経にも自信があるんでしょ。だから結果的にガン攻めになるってわけだね。その動きはよく知っている。


 だからこうする。


『ぐううううぅっ!』


 攻めきれない相手は初めてでしょ。どうしようもないから、観察のために下がろうとしたね。分析しなおせば勝てるって思ったのね、可愛い。犠牲もなしに下がらせてあげないぞ。


 超近接戦なら勝ち目があると思って接近したのに、逆に自分が追い込まれてびっくりしたでしょ。初めての体験ができてよかったね。人生は勉強だよ。遠、中、近。全ての射程で戦うことができるなら、それを隠すことだってできるってこと。引き撃ちに狙撃や時間差射撃に予測射撃、砲撃に実弾にエネルギー弾に加えて照射系ビーム射撃まで。あの手この手の遠距離戦でぼこぼこにしてあげたから、私が強いけど遠距離と中距離を得意とする射撃型で近接は嫌がっていると思ってくれたのね、素直なんだから。


 プレイヤー自身の素のステータスごり押しで勝ててきたから、駆け引きが上手にならなかったかな。できないってわけでもないみたいだけどね。


『とっとと死ね!』


 右拳、腹部狙い。それに隠して左で発砲。胸狙い。側面に移動して脚に蹴り。緩急と上下差のある低空タックル。機体自体の損傷分動きが遅いから、なおさらよく見えるようになっている。これはもうそろそろ面白くなくなってきちゃったな。それでもいい動きなのは間違いないけど、最初に比べるとね。


「それでは死んであげられないわ」


 撃つ。

 右。

 打つ。

 下。

 蹴る。

 上。

 掴む。

 左。


 休まない。怒涛のような攻撃。運動性能と近接格闘に長けた機体ならではの、息もつかせぬ連撃だ。人間のプロ格闘選手みたいに素早く、滑らかによく動く。機体が肉でできているようだ。よく乗りこなしている。同じく近接に長けた機体か操縦者でないと、普通は手数に追いつかずに離脱も防御もできないまま削り殺しだろうね。


 通常の機体より多い、各所についた近接用のスラスターが生み出す加速。それに耐え、それに応えて伸縮する各部の機構。普通の機体ではどう足掻いても出せない連撃だ。敵の機体の動く駆動音が途切れのない一つの音、一つの曲の様にすら聞こえてくる。拳と蹴りを巧みに織り交ぜながら押し寄せる打撃を、こちらもフットワークと体捌きでかわしていく。


 ブーストなんか悠長に吹かしてしていたら間に合わない。これで決め着るつもりとしか思えない連打の嵐だけど、でもこれは私が相手でしょ。こんな牽制、傍目には攻撃に見えても私はごまかせないよ。


 そんな動きじゃ、逃がしてあげない。


『……っ!? な、なんでっ!』


 大混乱だね。今までは誰が相手でも辛うじて読めてた相手の動きが読めない。読んで対応しようと思った動きを潰される。その起こりを捉えたと思ったら捉えられている。一番お得意の連撃だっただろうに可哀想。


「調子に乗って見せすぎたのよ、あなた」


 そもそも連戦していて、それを公開もしていて。それに興味を持ってこうして挑んだわけなんだから、観察はすでに戦う前から済んでいた。連撃と言ってもアニメやマンガじゃないんだから、特殊なモーションをするわけではない。パンチを出すには腕をひくし距離を詰めるにはブーストか足を動かす。他の試合を見ていれば、癖や型は見えてくるもの。


 しなやかで力強い、美しい動きだった。鉄の人型がまるで血が通っているようだった。対戦相手と比べると、ポーズをとるだけの観賞用人形と自由に動かせるラジコン人形以上の差だ。


 そんな感動すらした肉食獣の動きはもはや見る影もない。今や痛めつけられた装甲を晒して追われ逃げ惑う獲物の動きだ。怯え、恐怖、焦りが気持ちよく伝わってくる。


 薄々気付いていたでしょ。そうよ、あなたは今自分がしてきたことをされているの。ここは狩場で、あなたは獲物。狩るのは私、狩られるのはあなた。


 どれほど素早い連撃でも射程外にまで伸びるわけじゃない。機体をブースト移動させながら、常に間合いの外を保つ。そして範囲外から攻撃の間隙を縫って腕部ビームバルカン発砲。射撃の強みの一つはここにある。攻撃に移るためのモーションが少なく、小さくですむということだ。相手の機体の顔面目掛けて撃った弾が躱されるけど、本来の狙いである頭部のバルカン砲は破壊できた。何とかかわしたつもりで数少ない武器を破壊されてしまい、動揺が手に取るようだ。焦っちゃって可愛いなあ。


 私がそんなことを思いながら相手の機体に備え付けの残り僅かな武装も全て破壊すると、破片と煙をまき散らしながら彼女がまた距離をとった。先ほどより動きにバタつきが消えている。やられたからとりあえず逃げたというわけでもなさそうだね。覚悟が決まったか。


 そこは格闘戦の間合いだよ。もう武器がないからそれしかないけど、やっぱり君は格闘が好きなんだねえ。特に拳での突きが好みと見た。動きの良さが違う。相当繰り返してきた、使い慣れ無駄が省かれた読みにくさがある。それを頼りにまた来るのかな。いや、そこまで単純じゃないぞ。ブラフだ。


 さっきまでとは違う、粘つくような気迫が目の前の機体から吹きあがっている。


『……突くよ』


「きて」


 右、左。彼女がフットワークを使って動き出す。軽量機体とはいえ重量物が動いているのに、静かで軽やかな音と振動だ。


 来る。何かを狙っているのがわかる。来い。正面から堂々と、圧倒的に叩き潰してあげる。


 踏み込んでくる。


 右拳、はじく。


 左、かわす。


 拳、拳、拳、脚、拳、脚。


 拳の連打に混ぜて、時折ブーストで加速させた膝や蹴りが来る。でもこんなものを決め技にしているはずもない。時折こちらからも拳打を放つ。射撃までしている暇はない。なかなかの連撃、でも先の攻勢のような火を噴かんばかりの気迫がない。まだ来ないの。


 そのまま何分だっただろう。至近距離の打ち合いが続く。決めに来ているのがわかるからこちらも迂闊に動けない、動く気もない。


 ただ技を待つっていうのは楽しみだけど結構疲れるものだね。打ち合いながら互いに相手の隙を、心の奥を覗こうと探り合う。なんて濃密で、なんと素敵な時間だろう。


 彼女の息遣いが私の肌に触れる。鉄の巨人の内部にいる私たちが、直接触れ合っているように打ち合う腕と拳が熱い。互いの一挙手一投足に心が浮足立ってしまう。なんという素敵な時間だろう。ああ、もったいないな。こうして愛撫しあっている時間も、もうじき終わってしまうのか。彼女が私を見ている、私も彼女を見ている。


 永遠にこの戦いが続けばいいのに。このままもうしばらく、もっと長くあなたとこうしていたい。


 ああ、あなた。私の可愛く愛おしいあなた。私はあなたが大好き。


 わかってるよ。


 私もわかってる。あなたも私が大好きなんでしょう。


 わかってる。


 私もだいぶ消耗してきた。あれだけ動いたあなたはもっと消耗している。荒い息遣いが、熱い吐息が耳に吹き込まれているみたいにはっきりと感じられる。彼女の息や心音まで聞こえそうな集中の中、ついふと思考が飛んだ。こんな荒い息と熱を出している彼女は、どんな姿なのか。きっと可愛いだろうな。


『シィィッ!』


 来た。


 脳裏に彼女の姿を思い描こうとした、その一瞬の緩みに合わせてきた。


 ローだ。


 立ち姿勢で殴りあっていたのが一変、地を這うようなローキックがとんでもない速さですっ飛んでくる。


「ちぃっ!」


 後退、間に合わない。


 飛ぶ、ブーストなし、脚力。


 とっさに足だけで飛びあがる。ここが大事だ、高すぎてはいけない。完全に決められてしまう。振り回された足を余裕を持ちつつ、即反撃に移れる程度に跳び越す。


『キェェッ!』


 怪鳥の様な叫びをあげ、彼女の体が蹴った脚に合わせて回転する。そのまま背を見せたかと思うと、またも脚が突っ込んできた。逆の脚が槍のように突き刺しに来たのだ。まだ浮いている、かわせない。


 体を捻り、逸らして軸をずらす。向かってくる杭のような脚を両手で抱え込む。そのまま勢いに任せて捻る。二人の体が一つの塊になってもつれ落ちる。いや、私が彼女を引き倒した。行動の主導権は私に移った。そのまま行く。


 抱え込んだ足をそのままさらに捻じる。このまま関節技で、五体をバラバラに引き裂いて終わりにしよう。私が抱え込んだ足から、ぎちぎちと鉄の呻き声が聞こえる。ブーストを吹かせて逃げようとしているけど、私の体は君を地面に押し付け釘づけにしているんだ。もう助からないぞ。


 抑え込んで地面と機体で挟むことで片腕は封じたけど、もう片手はなんとか機体同士のサンドイッチから抜け出された。まだ諦めないんだね、まだ私と楽しんでくれるんだね、嬉しい。


 殴られる。衝撃でコクピットが揺れ、頭を直接殴られたみたいに視界がぶれる。痛くて気持ちいいよ。


 楽しいなあ、なんて楽しいのか。いつまでもこうしてイチャイチャしていたいね、あなた。


 脚はほぼ破壊できたから外して私をタコ殴りにしている腕を捕らえる。私にいっぱい触れてくれた手だ、大事に抱え込む。


 ああ、その逃げ方はダメよ。ダメだって。


 違う違う違う。


『ぐわわっ!』


 その歳でこの都市のゲームセンター界隈で狂獣とあだ名され、畏怖されるだけのことはある。私の腕が動くのを見て瞬時に方針転換。いい目だ。いい反射神経だ。良く動く。


 あなたも終わらせたくないんだね、背後に回り込む気か。そうよ、目の付け所は良い。もうこうなったら互いに関節技しか狙えない。余計な動きは即絡めとられて破滅だ。なら背後をとってしまえば断然有利だけど、悪くはないんだけど。


 でもそんな動き方してちゃ私に捕まっちゃう。


 このままじゃ終わってしまう、楽しいのに。


 ほら、私の方が、こうやって、回り込んで。


 あなたの首を、こうして、抱え込んで、力を。


 ミヂミヂミヂッ


「ほらちぎれた……」







 けたたましい電子音に、内臓まで震えがくる重低音。金属がこすれる音や叩かれる鈍い音。絶え間なく重なり合って流れる何らかの曲。元の曲なんかもうわからない。どれもこれも鼓膜よ破れろと言わんばかりの爆音で、そのどれもが重なり合ってもう何が何だか。そこに更にその爆音の合唱に負けじと張り上げられる大声が加わる。


 大概は絶叫だけど、中には意味を成すものもある。もっとも意味を成しても価値のない煽りや罵りばかりで、まったくひどいものだ。子供の教育に悪いって評判が悪いのも納得だ。これでもこの甘水という観光が盛んな都市の中でも一番大きく、一番治安が良い場所を選んだんだけどな。まあお行儀がいい姿は想像できない場所だ、こんなものかもね。


 我々は今、ゲームセンターにいます。


 来たの久し振りだけど、相変わらず音の地獄めいた場所。あともうなんか臭い。それに湿度が高いのにもまいる。嫌な感じのジメジメが空間を埋め尽くしている。気持ち悪い。人が密集していて、しかも運動したり興奮したりで汗かくから気持ち悪くて臭い湿気がむわっと可視化されてそうなくらいだ。


 そこに機械の匂いや景品のお菓子やジュースの匂い等々が混ざり、相変わらず良い具合に汚らしく乱れた空間だ。ゲーム機の光や広告の空中投影やらで視界を常に色鮮やかな光が飛び交って目でもうるさい。聴覚、嗅覚、視覚全てに重い負担をかけてくるのが相変わらずだ。ゲームセンターはこうでないと、懐かしいな。


 しかし今は平日の昼間だってのに、誰も彼もこんな所で何やってるんだろね。イベントや試合がないことは確認してきているのに芋洗い状態だ。護衛の人ちゃんとついてきているかな。人出が多く賑わっているのはいいことだし、平日も休日も人の勝手だからいつどこにいたっていいんだけどね。そもそも私だって来てるわけで。


 ただ一応私たちが来た目的は仕事だから、遊びに来たわけじゃないからセーフ。私たちが仕事二日目にしてこうしてゲームセンターにいるのは遊ぶためではないのである。私たちの仕事は何か。それはゲーム事業だ。そのための現場視察、そのためのゲーセンなのだ。というわけでまずは懐かしのゲームセンター内を巡ってあちこちで遊び、もとい視察をしてきた。


 依然通っていた頃のゲーム機はほとんどなくなっていて、どれもこれも最新機種に変わっているのが少し寂しい。ここは一番大きく人気があるから、どんどん新しい筐体だとか設備を購入できるんだろう。昔やっていた筐体で遊びたかったら、小さめのマニア系のゲームセンターの方に行った方がよさそうだ。ああいう所は拘る人間が多いから、目先の新しい機種は入荷が極めて遅い。逆を言えば評価が定まって安定してきた物しか入れないので、まずはずれがないのはいい所だよね。最新ゲームが次々入る、今いる所みたいなのはクソゲーもかなり入り込んでいる。そこから面白いゲームを発掘したり、クソゲー特有のスルメみたいな味わいを見出すのも自由なのがこういった入れ替え激しい大型店の利点かな。


 クソゲーに当たってしまったりいいゲームがあったり、昔遊んでいたゲームの最新版があったりとしばらく童心に帰って楽しんでしまった。完全に当初の目的なんか頭から吹っ飛んでいた。みんなでゲーセンに来るなんて学生の頃、高等部くらいぶりじゃないかな。


 みんな徐々に一緒にいる時間は減ったし、何よりゲームして遊ぶ以外の遊び方もたくさん覚えたから足が遠のいていた。映画見たりドライブしたり散歩したりランチ食べながらおしゃべりしたりと色んな遊び方を身に着けたけど、ただゲームで遊ぶっていうのはこれはこれでいいものだ。


 夢中になって汗までかいた頃、ようやく正気に戻って本題を思い出した。ダンスをして流石に少し疲れたからいっぺん休んだのが良かったかな。間を置いたおかげで頭が少し冷えた。


「あー……つい夢中になっちゃったね」


「完全にやらかしちゃったわ……」


「これも現状把握のための調査、調査ですから……」


「あ、あのそんな気を落とさないでください。これから用事を済ませればいいだけじゃないですか」


「そうなんだけど。もうお昼近いじゃない」


「どれだけ遊びっぱなしだったのって感じよね……ああ情けない」


「たまには思い切り遊ぶのも大事ですよ! たくさん遊んで、たくさん働けばいいんです」


「……ラブリの言う通りですわ。南城院夢華はここからが本番です」


「まあ時間は巻き戻らないしね、ここからやり直そうか」


「そうしましょうか。とりあえず一つくらいは目的を果たして、それからお昼にしましょう」


 となるとまずは事前にゲームセンターの主に許可を取ったから、VARSの使用履歴や稼働データをとるのがいいかな。時間がそれほどかからないけど、一番大事な目的だ。


 本来の目的を思い出したけど遊び疲れたから一休みして計画を練り直そうと、休憩できるスペースを探して入り口からやや奥に少し広く人が少ない空間を見つけた。何とか人を避けつつそこの壁際にたどり着いて、休憩用に設置されているベンチに座り込んだ。腰を落ち着けると全員がふぅ、と一息ついてしまう。


 そうして予定を立て直しながら人だかりを眺める。その予定のためにはまずゲーム機のあるエリアまで行かないといけないんだけど、この人混みにはまいっちゃうね。また突入するかと思うと嫌だな。ようやく汗も少しひいたっていうのに、ここを突破するだけでまた汗をかきそうだ。


「相変わらずすっごい混んでるわね……」


「懐かしいね。前来ていたころとこの人の多さはあんまり変わってない」


「よくサボっては遊びに来たのがつい昨日のことのようですわ」


「サボっちゃダメじゃないですか……」


 せやな。ラブリが驚きと呆れ半々くらいの表情で言うけど、でも私たちがまともに学校に通っていたっていうのも想像つかないでしょ。紫だとサボりをしそうにはないけど、私たちを止めようとして止めきれずについてきてしまいそのままズルズルとサボりになってた。


 最終的には私たちだけだと問題起こしそうだけど、紫がいるならまだ安心ということで学校側から半ば黙認されてすらいた。どうせ私ら言っても聞かないしね。この頃から夢華の親とかに将来の夢華のお付き候補に考えられていたらしいけど、まあ納得の人選だよ。それ以外の知り合いの間でも私たちのバランス役、抑え役だと思われてたことが後に発覚した。


 そんな話を夢華の護衛としてついてきたラブリに聞かせてあげると、はぁーと感心したような声を漏らす。


「皆さんは本当に昔から仲がよろしいんですねぇ」


「それはもう、当然の話ですわよ」


「仲が良かったって言うか、そういうことを通じて仲良くなっていった感じかしら」


「そうやって言うと青春だよねー」


 あの頃の紫はまだ真面目でお硬い子だったし、私は一番無軌道だったころかな。夢華は明るくなってきて、あれこれ色んなことに興味を持ち出してた頃だ。あの時の私にとってここはどういう所だったかな。夢華にとっては珍しい空間で最初は目を白黒させてた。紫はうるさくって目をまわしそうだったっけ。


 今やそんな思い出の地に仕事で来ているんだから、私たちも大人になったもんだよ。なんか感慨深いね。


「ま、思い出に浸るのは後にしよ。まずはここを突破して目的地にたどり着かなくちゃ」


「そうね。でも行きたくないわ……」


「久しぶりに見ると拒否反応が強いけれど……行きますわよ、よくって?」


「はい。マスターも紫さんも、私がお守りします」


 私は?


「……まあ、いいよ。じゃあはぐれないように手を繋ごう」


「そうしましょう」


 全員でしっかり手を繋ぐ。私は夢華と手を繋ぎ、ラブリと紫が手を繋いで二組横並びになった。縦一列だとはぐれそうだったからね。縦に伸びるより横に列で固まって突破する作戦だ。


「じゃあ行くよ」


「突入しますか」


 しっかり手を繋いだことを確認すると、私たちは人の群れに向けて突撃した。





 老若男女、あらゆる年齢性別に加え太い者も細い者も、背が低い者も高い者も全ての種類の人間が揃っていそうなほどの人波だった。ダンスする者、音に合わせて楽器を演奏する者、向かい合って対戦ゲームで煽りあう者。汚い罵りや大きな歓声が飛び交う、無数の人やゲームの中を抜けて行った。


 色々な服装の人がいたけど、特に様々な色に発光するサイバー系ファッションがあちらこちらで輝いていて嫌でも目に入った。私と同じように大型サイバーグラスを付けてたり、紫の様なお洒落めなサイバーグラスの人も結構見かけた。そういう紫タイプの人は服もお洒落だったけど、こんなところお洒落してくるような場所でもないと思う。


 えらい強い発光と目立つ色のサイバーラインでは物足りないのか、そこに更になんか破れてたりトゲトゲしてたりするサイバーパンク系と呼ばれる人たちはこの人混みでもすごい目立つ。私は時々サイバーラインの発光服を着るけど、それを破いたりはしないしトゲとかドクロもちょっとどうなのって思っちゃった。夢華はかっこいい、と気に入った様子だったけどお願いだから真似しないでほしい。


 そんなこんなでぶつかる人波をかき分けて、ついにお目当てのエリアまで来たんだけどそここそが一番込み合っていた。


 まあ、そうなるわね。


 最新のゲーム機とゲームであり、世界中で話題になっている物が私たちもお目当てなんだもんね。予想通りだ。今からここにしばらく混じって調査とかするのかと思うとうんざりしちゃう。紫はもう息切れしているし、夢華はVARSの黒い球体に群がる人の数に感動し震えている。ラブリはお出かけ用にお洒落してきた服や小物がちょっと乱れているけど、無事に任務を全うしたようだ。


 突破したものの全員少し休憩を入れたい気分だったので、とりあえずエリア端の本日調整中の文字が浮いている筐体の傍で一休みすることになった。近くにあった観戦や順番待ち用のベンチに座る。観戦用だけあって座るとちょうどよくゲーム内容が移されたモニターが見える。位置取りが完璧だ。


「ふぅ……さすがに調整中の筐体付近は人が少ないから助かるね」


「そうね。わざわざ一つ調整中にして、場所も少し開けておいてくれて助かるわ」


 この調整中の筐体の周辺には簡易ながら三角コーンめいた物が一定間隔で置かれて、一応の区切りがされている。あくまで調整中であることを示すためのものなのでその中にも平然と客は入っているけど、そのおかげで私たちがいても中に入ってしまった客程度の扱いになるので目立たないのはありがたい。


 簡単に変装はしているけど、夢華はこれでもこの町では有名人だ。紫も後ろに控えていて顔が割れているので、万が一気が付かれて騒ぎになったら面倒だ。まあお嬢様で有名人のわりにここまで人混みを抜けてきて、二人とも誰にも気が付かれなかったけどね。


「あー……頑張ったから喉が渇いてしまいましたの」


「ふふっ、ではこちらをどうぞ」


 ラブリちゃんはラブリーなので、持っている肩掛け鞄もピンクやハートでラブリーだね。そこから飲み物を取り出して夢華に差し出す。朝作ったという塩ライチ水だ。おいしいよねライチジュース。私の分もあるらしいし後でもらおう。紫は何も言わず自分もさっさと自分で自分用にアレンジした飲み物出して飲んでいるし、これはもうしばらく休む態勢に入っているな。


 まあここまで遊び惚けてしまったんだし、今更急ぐわけじゃないしいいか。


 ということで私はゲームの観戦用モニターに目を移した。最新のゲームで盛り上がっているのはわかるんだけど、それにしても盛り上がり方がすごい気がするのよね。最新のゲームが入ってくるとみんな熱狂するものだけど、どうも今の周辺の客の様子はゲームそのものというよりゲームの内容、モニターに目がいっている様子だ。スポーツ中継とかの雰囲気に近い。よほど今いい勝負をしているんかな。


 そう思ってモニターに目をやってみたら、その原因はあっという間に判明した。明らかに動きが違う人型ロボットが、一方的に相手をぼこぼこにして破壊、爆発させていた。このゲームをやり込んでおるなって感じの動きだ。


 お、ナイスパンチ。


 灰色の拳が派手なカラーリングをした相手を殴り飛ばした。部品を血液代わりにまき散らして、装甲の一部がもげて飛んでいる。そこに追撃をかける姿を見ていると、機体性能とかじゃなく単純に上手い。相手も素人の初心者丸出しって動きでもないのに、ひたすら追い立てられている。実力差が明白すぎる。弱い者いじめは良くないけどあんまり上手いから見ていて楽しいね。


 それでさっきから盛り上がていたのか。盛り上がりも納得のいく、見栄えも良い戦いだ。


 しばらく眺めているとさっき筐体に入ったばかりの人の機体が爆発四散して、満面の笑顔で中の人が出てきた。ぼこぼこにされて笑顔とかちょっと危ない人だ。一瞬そう思ったけど、筐体の外で待っていたらしい仲間らしき人に興奮して話しかけている内容を聞くにそうでもないようだ。


 どうもあんまり強いからビビったけど、こんなに強くなれるなんてすっげーなって感じのことを大興奮で話している。相手が強いとわくわくして、負けても笑顔って戦闘民族かなんかかな。でも言われた方も同じ様子で、いいな早くやりたいな俺もと返している。目の前で友人がぼこぼこにやられたのを見てそういう思考になるのか。わからんでもないけどさ。


 この人ら筋金入りのゲーマーだなと思ったけど、私が人の話を盗み聞きしている間にもう次の挑戦者が同じ相手に挑んでいた。そして筐体周りの観客たちが行けー、そこだーと応援と歓声を上げている。唾が飛ぶのがたまに見えてしまう勢いだ。汚いな。腕を振り回しているのもいる。どんだけ興奮してるんだ。


 しかしそうかそうか、そういうことか。ここにいるのはみんなそんな感じの人で、それで大盛り上がりなわけだ。


 複数ある黒い筐体の内、特に盛り上がっている二つの筐体の片方は同じ人がしばらく入りっぱなしらしい。こっちが強い人の方だね。もう片方は周りの人が一回負けたら交代で、同じ人相手に挑戦中のようだ。最初は対戦要素のないゲームだったらしいけど、これを見るに対戦要素はあってよかったね。家庭用ならともかく、ゲーセン用ならやはり対戦ゲームは一番の華だよ。私も昔だいぶ暴れたものだ。


 こんなに盛り上がってくれて、そしてここまでやり込むくらい愛されているのは見ていて嬉しい。次は俺だ、次は私だと順番争いの声もひっきりなしに聞こえてくる。開発者冥利に尽きる。現場視察に来てよかった。次の相手はどうなるのか興味あるし、このままここで休憩しながらしばらく見てようかな。


 そうして眺めていると、周りの熱狂も心地よく聞こえてくる。なにせこの熱狂は私たちが関わったゲームにハマり、興奮している証拠だ。このゲームがいかに愛されているかを証明する声を聴いていると、その全てが私たちへの称賛の叫びに聞こえてくる。


 これを、この喝采の嵐を聞けただけでもう十分な収穫だった。気が付けば私たち全員が黙って周囲の燃え立つような叫びに耳を傾けていた。


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