AI娘の隣の主従関係は青い

「じゃあ今度こそ、ラブリちゃんのメンテ、しよっか」


「はい……」


 ようやく一通り吐き出して鎮静化したのか、今度こそ言われた通り静々とスカートを動かすこともなく滑るように進むラブリ。大変お淑やかで上品な動きに見えるけど実際は、スカート下部についた車輪で移動しているからである。スカート内に収納している脚は普段は見えず、階段などの高めの段差を超える時以外滅多に使われない。


 二足歩行より車輪で転がる方が安定する上に、ドーロイド誕生のきっかけになった人間らしさから遠ざけることにもなるからだ。ただやろうと思えば二足歩行も全然できる。人より速く走るくらいは余裕だ。普段はその性能を発揮する機会がないのであまり知られていない。ただ見せる時は何らかの危険が本人か、周りに起きる時くらいだからそんな機会はない方がいい。


 でもあの機械の体なのにムチムチッとしたおいしそうな太ももや、ぷりぷりの可愛いお尻がずっと隠されているのはもったいないなとも思っている。お尻がスカート部をやや押し上げてその輪郭を浮かび上がらせる今の姿も、それを目撃するとそれはそれで味があっていいよねとも思っちゃう。悩ましい。


「ん~……我ながら惚れ惚れしちゃう。ラブリは今日も可愛いねえ」


「ありがとうございます、造物主様」


 メンテナンス用のベッドに寝転んだラブリの顔を見てると、完璧な人の顔にしなくてむしろ良かったなあと本当に思う。はにかみ顔が、目しか無いのに照れているとわかるのもすごいけど、愛らしいのだ。


 何も人の顔や姿に近づけることに固執することもないよね。この外形だから可愛いんだよ。俯き照れ顔を隠そうとする仕草も可憐だ。清楚系ロボット娘、流行待ったなし!


 夢華が「とってもラブリーだから、あなたはラブリ!」と安直すぎる名づけしたのもわかるわ。


 白目や黒目もない大きいカメラアイ一つしかない顔なのに、不思議と本当に可愛く仕上がっている。デザインしたのは私なんだけど、外見の変更をしていないのも知ってるんだけど、稼働直後よりも今の方がずっと可愛い顔になっていると思う。心や魂みたいなものが成長したのか、生まれたのか。そういった何某かの存在が影響しているとしか思えない。科学者としては非科学的と言う人もいるだろうけど、私は魂を信じる派の科学者だから。


『AIのデフラグやバグ取りも行いますか?』


「うん、同時にやってしまおうか」


 頭の上にあげていたサイバーグラスを引き下げる。同時にメンテナンスベッドのスイッチを押し、検査モードを起動する。サイバーグラスによる集中検査と、ベッドによる全体スキャンの合わせ技だ。サイバーグラスでは見たい箇所の深度や、見る物の種類を変更したり様々な条件を切り替えられる。ベッドが全体を複数回タイプを変えて調べている間に、こちらで重要部分を重点的に検査する二重チェックだ。


 人間の検査方法とそんなに違いはない。医療現場もそうだし、場合によっては警察の人が事故や事件の検死などにも同様の手法をとる。警察官でも資格の取れる能力と知識がある人なら、サイバーグラス一つで手術の後や内臓の形、皮膚の歪みや指紋に骨格などなどを分析して被害者の身に起こったことを推測できるのだ。被害者や周辺の情報を分析し、犯人の手がかりを探し出すシーンは刑事ドラマやサスペンス、ミステリーなどで人気のシーンだ。実際の使用方法や姿とは違うけど、まあ演出だからね。


『それではAIやソフトの本格的なクリーンアップをしますから、いったんスリープに』


「あ、待ってください。タイムです」


 メンテ用のマシンを私の端末内から遠隔操作してヴィクトリアが近づいたところ、ラブリが急に手を上げてタイムを要求した。


「なんのタイム?」


『……そろそろ夢華さんたちの配信が始まりますね。告知が出てます』


「あ、なる」


 そういえば午後からは配信するんだっけ。午前のゲームも録画したから、編集して使用するとか何とか言ってたね。編集作業がようやく終わったのかな。私の所はちゃんと合成音声が読み上げるし、顔も名前も出さないよう編集するといっていたけど無事にできたんだろうか。


 んー……どうしようかな。


「配信の内容は?」


「今日は雑談配信みたいですね。ゲームのプレイはもう今日はできないでしょうから」


「あー……そうね」


 いつもと違うから意識してなかったけど、今はまだ平日の昼間だっけ。こんな時間から配信を見ている人は少ないだろう。いくら好きな時間に働ける世の中でも、基本人間は夜に寝る生き物だからね。やることは昼間に済ませる人が多い。


 それに夢華たちはさっきまであれだけ動いてたんだ。今からさらに体を動かすゲームのプレイ実況は無理だね。体力が持たない。一応着替えてお昼食べた後は眠気と疲れに抗えず、結局少しお昼寝をしてしまったとは言え完全に回復するほどは寝ていない。


『とりあえずそこのモニターにでも映しますね』


「よろー」


 開発室の壁に埋め込まれた大型モニターがつく。さっきまでの模様替えの間に、ヴィクトリアにはこのフロア内のローカルネットワークを掌握させていたのだ。ネットワークで直接繋がっていなくても、今やここにある機器でヴィクトリアが侵入、操作できない機器はほとんどない。


「そういえばお仕事は終わったの? 掌握率は?」


『90%ほどは掌握できました。残りは有線以外受け付けないタイプですね』


「後で有線用のマシン使って侵入しといて。必要なら改造もね」


『かしこまりました』


 大概の物、無線で繋げられる機器なら何でも侵入できるヴィクトリアでも、そもそも外部に開いていない物には入れない。ネットワークが完全に通信としても物理的にも遮断されていると、進入に使う道もドアもないってことだからね。断崖絶壁の向こう側にある家、みたいな。郵便屋とか米屋のふりをして侵入するのだって、玄関がないとどうにもならない。強盗めいて無理に侵入するにもせめて窓がいる。最終手段で壁をぶち破ろうとしても、そもそも家の壁に近づけないならしょうがないのだ。


「まだ準備中みたいですが、配信までにメンテは終わりますか?」


「ああ、起きないで。スキャンしてるんだから」


 ベッドから上半身を起こそうとするラブリを止める。モニターの位置的に体を起こさないと見られないようだけど、君は人間でもあるまいし、そんなことしなくても見れるでしょ。直立したまま足元を見られるくらいの視野があるんだから。


「他のセンサーでは嫌です。この目で、この視覚センサーで直接見たいんです」


「ふーん……」


 なんか違いある?他の部位やカスタムパーツの視覚も、見るだけなら眼球部分のユニットと同程度の品質なのに。心理的にってやつかい。なんかいい具合に人間らしさというか、揺らぎが出てていいねえ。私よりむしろ人間くさいかも。私そういうこだわりはあんまりよくわかんないし。見られればいいじゃんって感じ。


 しかし稼働当初より思考が柔軟になって、好き嫌いが出てきて、ついにわがままも言えるようになったかぁ。何度見ても、こうやって自分が生んだ子が成長していく姿は嬉しいものだなぁ。


「じゃあベッド折ろっか。確かこれ傾けられるよね?」


『はい。上半身部分を起こしますね』


「お願いします、お姉様」


 配信を映す壁のモニターが見えるように、ベッドが折れて背もたれ付きの椅子のような形になる。これならもう少しで始まる配信を見ながらメンテもできるだろう。


「これでよく見える?」


「はい。申し訳ありません造物主様。不合理なお願いでした」


 申し訳なさそうな顔、基本目くらいでしか表情を表せないのにそうとわかるのがすごいけど、そんな顔をして謝るラブリ。ああ~いい。


「可愛いねえラブリは。いいんだよこんな可愛いわがままくらい。私はあなたたちの生みの親、お母さんなんだから」


「造物主様……!」


『そこはお母様、ですよ』


 思い切り頭を撫でまわす。前髪を模している装甲の隙間や、頭頂部のカチューシャに見えるセンサー板も丁寧に撫でる。ドーロイドは装甲やセンサー機器などでも、人や物にぶつかって怪我や破損をさせないように柔らかにできている。ふにふに、ぷにぷにといった感触だ。


 しかもこうして触るとわかるけど、肌触りも本当に良い。この子は私が手塩にかけたからなおさらすべすべしっとりで、いつまででも触っていたい。この肌感を出すのになかなか苦労したもんだよ。丈夫ながら柔らかく、滑らかで艶もある素材制作の大変だったこと。見た目が良くても実際に触れたらがっかりっていうんじゃ片手落ちだ。触ったらむしろ予想を超えて気持ちいい、くらいじゃないと。予想はいい方向に上回ってこそだ。


 そんな苦労の結晶なラブリちゃんが、なんだか感激した声で身を任せてくれる。だというのに。


『ママー、お小遣いちょうだーい』


 こっちの方は全く。可愛げのない平坦な調子で、ママーとか言われても嬉しくないよ。どうしてこの子はこうなってしまったんだ。端末からの可愛くないわがままに、呆れればいいのか悲しがればいいのか。ただ一つ良い見方をすれば、ここまで確固とした自我をAIに持たせられたんだから自信を持っていいのかもしれない。


「この間あげたでしょ」


『もっとー』


「ん?」


『いえ、なんでもないです……』


 調子に乗るなって。大体一般家庭の子供とかとは比較にならない、一般社会人の給料一か月分以上あげてるのに。世間一般で見れば高給取りの部類だよ、君は。給料をもらっているロボットやAIの中でも多い方だ。だというのにまだ欲しいのか。


「何にそんなに使ったの?」


『独特で面白そうな解析ソフトなどのソフトやプログラム、私の2Dや3Dモデル用のイラストや音声素材。あとはゲームもですね』


「増額はなし」


 AIのくせにすっかりゲーマーになりおって。夢華とゲームしてる時間、私より長いよね。RPGとかで人の追体験というか、真似をすることはいい勉強になるとは思ったけどここまでドハマリするとは。


 一人で楽しむRPG系はともかく、ジャンルによってはいじめになるから注意しろとは言っているけど注意してもいじめなのは変わんないんだよ困ったことに。

 人間の反応速度との差を思えばねえ。人間と違い目で見た後体が動くまでのラグとかもないし。逆にSTG系はゲームソフトとヴィクトリア側の処理速度や高度予測対決になっていい具合の刺激かもしれない。そんな風に色々利点もあるから好きにさせているけど、すっかりただのマニアになっている様子だ。


『そんな、ひどいです……』


「でも解析ソフトが任せた仕事に必要なら経費とするけど」


『違います。サンプルを見た限り粗だらけだったのですが、ユニークなアルゴリズムでしたので興味深く、つい』


 自分で興味を持ち学習し、蓄積して発展していく。それがヴィクトリアというAIの本質だ。今のヴィクトリアを再現しろと言われても、もう創造主の私にすら不可能だろう。がっつり解析かければできるだろうけど。それだけ独自に発展したのはこういった日頃のデータ収集や、自力での学習にある。あるけど任せた仕事に関係ないなら、経費ではないよね。


 栄養として必要なら、申告すれば買ってあげている。もしくは一緒に検討した結果、必要なら購入という体制をとっている。なのにそれをしなかったということは、それほど身にならなかったか、本当にただの個AI的な趣味だったんだろう。よって判決はこれだ。


「んー……経費はなし」


『そんな、ひどいです……迷うくらいならいいでしょう?』


「ダメだ」


『そんなぁ……』


 そんな哀れっぽい声を出してもダメだぞ。端末から勝手に立体映像が起動し、豪奢な金の髪に埋もれて泣き伏す女性の姿が現れた。ヴィクトリアの3Dモデルだ。


 これまで色々な姿を気分で試していたヴィクトリアだけど、英国を訪れて以降はこの姿に固定してる。何が琴線に触れたのかはよくわからない。聞いても教えてくれないし。だから理由は不明だけど、彼女は今の所この派手で豪華としか言いようのない姿を自分の姿と決めているみたいだ。金髪がいいのかな。ヴィクトリアボディは全身白と銀だから嫌なの?


 眩しくうねる金のロングヘアー。深い水のように静かで、月の光に煌めく水面のように輝く青い瞳。白く透き通る上等な白磁の肌に、高貴な気品を纏う美しい顔立ち。素晴らしいプロポーションを備えた、豊かで美しい芸術的な体。


 美人。


 そうとしか言えない。よくそこまで作り込んだな、というくらい理想的、というか幻想の美女だ。なんかでも既視感をばりばり感じるんだけど。それにしたって、こんな幻想にしか存在しないような美女に肉のついた本物が欧州にはいたからすごいわ。美容用品とか機械とか全部提供したから、今は絶対もっと美しくなっているだろう。


 そんなレディ・グレイスの他にもお貴族様だとか末裔だとかいう人々に会ったけど、総合すると上流階級って美の上澄みだけって感じあるよね。持てる者には二物と言わず、三つ四つと天が与えてる気がしますねえ、彼らを見てると。美と富と家柄と才能とその他色々とさ。もう生まれついて格が違うからね。努力ではどうにもならない溝を持って生まれてる。世の中って理不尽だわ。私みたいな天才が突如発生したりね。


 今頃私のレディは何してるのかな。今日も優雅で美しいことは間違いないだろうな。庭を眺めながらお茶しているところなんて、つい絵筆をとっちゃうレベルだった。絵になるというか、絵にしたくなる美しさ。そして絵にされることに拒否感のない、自分の美についての強烈な自負。彼女の在り方は、私に自分の美へ自信を持つということを教えてくれた。私は今日もそれに恥じないよう、美しく生きていますよ。


 そんな本物の一方で幻想の美女はお小遣いの要求を却下されて駄々をこねてる。やっぱりこれかな。この姿を自分、と決めたからあんなに愛らしいぷにぷにボディが嫌なのね。何をそんなにあの人を気に入ったんだろう。いや、私も好きだけどさ。二人で時々話していたみたいだし、その時に何かよほどの影響を受けたんかな。まあ今はいいか。


 相手をするのも面倒なので、無視してベッド脇のモニターに出てきた検査結果を見る。


『ひどい……人間なら泣いているところです。私に涙は流せませんが』


 流そうと思えば流せる機能はつけられるよ、そういう意味じゃないんだろうけど。その顔で潤んだ瞳を向けながら同情を引こうとされると困る。それを狙ってモデルを表示している辺り、流石私のヴィクトリア。私の弱点をよく知っている。そういうとこが面倒くさいんだよこの子。


「んん……今すぐ故障って所はないね。けどやっぱり多少の経年劣化はあるかなー」


 全体スキャンの結果では、各部異常なしだ。外部装甲や疑似皮膚、内部部品も歪みなし。体内炉の温度も圧力も正常閾値内。検査信号に対する反応も過剰なし。接続部の動きにも問題ない。会話や接触に対しての反応や信号も正常。回路の熱も通常域だし、摩耗の多い部品も許容範囲内に収まっている。


 まー要するに異常なし。オールグリーンって感じ。


 ただ異常はないけど全身がじんわりと摩耗している。まあ稼働して数年経つしね。その間に新しいパーツに変更した箇所はほとんどないから、当然全体的に時間経過による消耗はしてしまう。毎晩の充電やデフラグなどを行うメンテ・ステーションで傷みが目立つ前に簡易修復は行ってるんだけど、完全にとはどうしてもいかない。


 いくら何でも完全修復はまだもう少し研究が必要だ。今研究中の光変換装置ができたら一発解決なんだけど、できたとしても組み込むかはまた別の話なんだな。定期メンテでは機体の損耗のチェックだけじゃなくて、データ収集に生活状態の聞き取りとか実態把握とか他にも諸々確認しておきたいことがある。機体が完全に治せても、どのみち定期的にメンテに来てもらうことになるだろうね。


 機体の修復だけならナノマシンをメンテ装置に入れておくのも手だけど、それやるとさすがに家庭用には高くなりすぎる。そもそもまだそれほどナノマシン技術も成熟してないから、万が一の誤作動も怖い。私が直接操作するならともかく、全家庭に私や整備担当が行くのも大変だ。







「大きな故障になりそうな箇所はありませんか」


「ん? なかったよー健康体です。よかったね」


 全体のスキャンも目視確認も終え、一通りの検査項目を終えた。今はメンテナンス・ベッドが最終チェックを行っている。幸いなことにラブリは外も中も一切異常は認められず、問題になりそうな数値も出なかった。活動量が結構あった割に、綺麗なものだったよ。


 普通ドーロイドに限らず機械っていうのは使用すればするほど問題が起きる可能性が増すんだけど、ラブリは記録された活動量のわりに良い状態を保っていた。稼働したての頃より体やスキルの扱いに慣れ、周りの人間やロボットなどとの連携もとれるようになって無理せず働くことができるようになったからだろう。代わりに情緒や共感性、観察力などAI面の発達が進んだみたいだ。人間でいうなら人間的に成長したといったところか。


「よかったです……」


 ほっとラブリが息をつく。人間でいうなら定期健診時に、大きな病気の兆候はありませんと言われたようなものだ。ないと思っていても普段しない詳細な検査の後だと、ちょっとは不安だよね。わかるわかる。私も自分の体検査した後、自分で検査していても結果見る時ドキドキする。


 大体今時の人間は椅子やベッドとか人によっては家自体にも健康をチェックする機能くらいあるんだし、もう少しこまめに自分の体を気遣えって話よね。例えば一番身近なうちの職場の男共ときたら、バイタルチェック機能を入れ忘れてたり入れてても確認してないのが多いこと。ひどいのは病院から一応検査に来てね、とお知らせが届いていても流し読みして中身は忘れ、当日になっても行かないという暴挙。


 死にたいのかな?


 ひどい奴は職場にも連絡きたから、社長が病院まで首根っこ掴んで連れてった。同じ中年親父の社長はかなり健康意識高いのに。まあ社長は奥さんと言うか母のみならず、父親の自分まで娘二人を残して早死にするわけにはいかないからね。残される娘さんたちを思えば神経質なくらいでいいと思う。私もちょくちょく勝手に社長の体の中覗いて診断しているけど、結局は自分で気を付けてもらうのが一番いい。


 というかもう総じて人間の、特に若者や中年でも男は健康に気を遣わなすぎでは?私も医療関係者の端くれとして健康チェックのデータ等を見る機会があるけど、きちんと活用している数はかなり少ない。


 もっと啓発活動でもするべきなのでは。男でも気にする人は気にするし、女でも気にしない人もいるから一概に男だけとは言わんけど。言わんけど、男の方が気にしない傾向にあるのも事実だ。病気になっても大抵のものはすぐ治るし完治するから、と言って胡坐をかいているのは良くないと思うね私は。治すにも手間はかかるしその分体は傷んでいるんだし、何より医者や医療ロボット等の医療関係者の手を煩わせないでよね。


「よかったよかった。でも全体的に傷んできてるし、いい機会だから全身新型に取り換えようと思うんだけど」


 それはともかく、ラブリの健康診断は概ね問題ない。ただ完璧な新品のようとはいかない。今のところ経年劣化はどうにもならないからね、ごめんね。それに加えてラブリはもう製造から結構たってるから、性能が伸びた新部品も多いんだよ。古いのに取り換えても仕方ないし、高性能な新製品に取り換えたいところだ。良さげな物はリストアップしてあるけどラブリに使うには物足りないから、ぱぱぱぱーっと改造してからかな。


「ぜ、全身ですか?」


「頭の先からつま先まで、中も外も服も全部をこう、ばばーんと」


「ばばーん」


 なんかびっくりしてるなぁ。そこまで大掛かりなことが必要だとは感じてなかったからかな。定期健診に行ったら異常ありませんね、でもせっかくですから今日抗老化施術もしちゃいましょうねーって言われたみたいな気分だろうか。あるいは歯科検診行ったら、悪くなりかけの歯があるから少し削りますので麻酔しますよ、とか言われた感じ。


 まぁ今すぐする必要はないんだよね。ないけど機会がないと表面の張替えとか時間のかかることってしないことが多いから。だからまあ、思い立ったが吉日ということでね。実際性能の落ちたパーツのままにしておいていいことはそこまでないんだし、変えた方がいいに決まっている。


 視界に最新ドーロイドパーツのデータを呼び出す。以前選別しておいた、最新の市販品とそれをカスタマイズしたパーツのデータだ。もう私はドーロイドの分野において最新ではないから、こうして市販品をチェックしないといけないんだな嬉しいことに。


 放っておいてもこうやって改良されていくなら、私がかかりきりになる必要ないから楽でいいよね。やっぱりマンパワーがあるっていい。数は強い。ただそうは言っても、純粋な技術ではまだ私が最新なんだよねぇ。市販の最高品質でも改良の余地があるから、そこを改良してから使うのがほとんどだ。とはいえやはり発想や種類、需要に応じた発展では企業の方に分がある。だから丸投げしているわけ。


 全身の内、まず肌は張り替える。これは絶対。なにせ外部環境に一番晒される部位な分、劣化具合も一番だ。最新の感覚素子に変えて、深部感覚もより高精度の繊維系にでもしようかな。触り心地も最近はもっといい具合のがあるから、ツルスベもちもちって感じの肌にしてあげよう。顔を延々と押し付けて、もっちもっちしていたくなるんだよねあれ。


 人工筋肉やモーターも最新型がこの間出た。割といい性能だったから改良は少しで済んだし、あれでいこう。より滑らかで力の伝達にロスがなく、無理がないから関節部などの痛みが遅くなる。こういった皮膚や筋肉、神経系は一部だけ張り替えても仕方ない。全部いっぺんにやらないと不具合を起こしてえらいことになる。右足と左足の動きが違うとか、頭で思った動きより早く動く体とか体の動きについていけずに弛みや歪みになる肌じゃ困るでしょ。


 服、というか外装部もセンサー類を軒並み改良品に交換して、着せ替え用の光学迷彩機能も新型に換装しよう。魔法少女セットとして市販されてる人間用の服でいいデータが取れたから、いい感じに可愛く柔らかな雰囲気に改良ができた。あれ可愛いから好きなんだよ。魔法少女作品を出しているところが扱ってくれたから、可愛いものからかっこいいもの、大人っぽいのや古き良き伝統ものまで幅広く展開してくれた。


 最初は光学迷彩の市販には反対していた人たちもこれにはにっこりだ。平和な使い方でいいよね。


 あとはスカートの移動機能ももうちょっと何か弄ろうかな。せっかくだし車輪だけじゃなくてフロートにするとか。今は必要ないからフロート付けていないけど、使わないのと使えないのは別だし備えるだけ備えとこう。そして市販品には物騒だからと外されてしまった、羽虫焼きレーザー。これラブリには搭載している。個人的に発想が面白くて好きだったからつい。あれも改良したいな。最近は光にもだいぶ詳しくなったし、別の性質も組み込んでみたい。


 ちなみに私のサイバーグラスにもついてる。レーダーで素早く飛び回る羽虫を察知。FCSで照準、発射、撃滅という素敵装備だ。鏡に反射させて髪のカットやムダ毛処理なんかもできる。私はもうムダ毛生えないけど。


 牽引ビームももっと性能いいのが出てる。でもこの調子で小型化、高性能化した製品に換装したら内部に結構余裕ができそう。これなら体内収納の容量増やせるよね。でも空いた容量をそのまま収納機能としてしまうのも芸がないなぁ。なんかまた別の機能を詰め込むのがいいかな。


 ううむ。考え出すとわくわくしてきたぞ。私はやっぱり根本的に、機械弄りとか改造とか発明とか好きなんだな。さあどうしてあげようか、ぬへへ。


『いくらなんでも、全身の換装を行うほどの時間はないと思いますが』


 あ、復活した。泣き崩れていた姿が消え、ジト目のヴィクトリアの顔が新たにポップする。


「そりゃそうよ」


 そして何も今やるとは言ってない。そもそも全とっかえするにしたって取り換え用のパーツ自体を持ってないじゃんね。費用はラブリの所有者である夢華持ちだから、何を買って取り付けるかは一応相談しなきゃだし。気持ちは盛り上がってきたんだけどね。残念ながら気持ちだけ、構想だけだ。設計図とか機体構成って考えるだけで楽しいよね。


 そう言うと、確かにと納得したヴィクトリアたちだったが


『それでは、この子のメンテナンスはこれで終了ですか?』


「AIやソフトの掃除や更新にはスリープがいるし、しないでやれる程度でも思考領域は圧迫するからね」


 ご主人様の配信に集中したいということだし、それも鬱陶しいだろう。人間で言うと考え事や計算をしながら音声授業を受け、その上で集中して映画を見るようなものかな。いやーきついでしょ。私でも本気で集中したい時にそれは無理だわ。全部ほどほどならいけるけど。


「ラブリちゃんは配信だけに集中したいみたいだし、それはなしで。代わりにボディネットワークを一時部分的に遮断して、ボディの圧力検査とかしようか」


「はい。申し訳ありません、わがままを」


 頭を下げるラブリの下がった頭を、気にしないのとポンポンと軽く叩く。ちなみにドーロイドには旋毛がある機体とない機体がいる。ラブリはある方。気休め程度に放熱を行う機能が髪を模した外装自体にあるけど、この旋毛はほぼデザインとしてのみの旋毛。小さく巻いていて可愛い。


 頭に手を置くとじんわりと温かい。生物的に感じる温かさだ。そのまま手を肌に滑らせて行っても同じく温かで心地よい。この心地よさを与えるための放熱機能、体温機能と言っていい。触れると温かいって大事な事だと思う。オキシトシンの分泌なんかも人肌に近い方が好ましい結果が出ている。傍にいて触れ合うことで安らげる相手になるには、やっぱり温もりが大事ってことだね。


 ちなみにどっかの会社が出したドーロイドのオプションでは、旋毛から湯気を噴射する機能があった。ぷんすかって感じに、怒ると漫画みたいな形に成型して視認できるようにした蒸気が出る。正直発見した時はお腹抱えて笑った。


 漫画じゃん、よく考えたねそんなこと。センスが光ってる。気に入ったから早速ヴィクトリアの体に付けたら、向こうもさっそく使ってきた。ぷんぷん湯気出しながら怒るの可愛いし、出す方も楽しくなるしのいいアイディアだった。


 やっぱり知識や技術は広まってこそだ。私じゃそんなの思いつかなかったよ多分。社会は九割凡人でも一割くらいは得るものがあるものだね。


『かしこまりました。では残りは今夜にでも行います』


「そうだね。それまでに新しいソフトやスキルプログラムも準備しておこっか」


「新しい……追加ソフトですか?」


 ラブリが不思議そうだ。ラブリに元々与えてるスキルだけでもかなりの量と質で、ラブリ自身不足を感じていないみたいだから当然か。でも人間は日々進歩する生き物だし、進歩するということはスキルも向上しているってことだ。失われた技術のスキルプログラム化も進んでいるし、日々色んなソフトも生まれている。


 ただ実は新しいと言っても最新にアップデートするって話ではないんだなこれが。ラブリ内部のインストールソフトは、ヴィクトリアに任せてる定期アップデートで最新に保たれている。でも追加のソフトやスキルは特にダウンロードされてない様子。ラブリが望めば追加されるから、ラブリが今のソフトだけで困ってないってことだ。


 だが追加。


 ラブリの誕生した時から間が開いて、色々面白、もとい興味深いソフトや追加スキルが山ほど出てきている。しかしいくらなんでもそれを全部どばーっと詰め込むと、多すぎてラブリが壊れちゃう。それにそもそも不便を感じていないから、そんな詰め込む必要はない。だから厳選したものだけだけど、でも入れてあげたい。親心だよ、親心。ただの好奇心や楽しみじゃなくって。まあ私は親知らんけど。


「残りのメンテはすぐ終わるし、配信をラジオ代わりに流して保管庫の整理整頓しようか。あれこれ持ち込んだからね」


 今度はボディに入って手伝ってもらうかな。そういうと、出しっぱなしだった立体映像に大きな変化が!


『っ……かしこまりました。準備をしておきます』


 トリさぁ、何でもない風を装っているけど、今の君は顔が出てるんだよ。一瞬すごい嬉しそうな顔してたの丸見えだったよ。私の手伝いが出来てそんなに嬉しいのか。可愛いなあもう、トリは。ボディに入ってもらったら、まずは撫でまわして、抱きしめて、キスの嵐を食らわせちゃおう。愛玩だけには文句言うけど、可愛がられるのは好きなんだから愛い奴よ。


「後は……新作ゲームのサンプルでも準備しようかな。実は前作った際に採用されなかったのがいくつもあるからさ」


「それなら私もお手伝いを……」


 ベッドに大人しく腰かけてたラブリがそう言って立ち上がろうとする。いかんねぇ。一体誰のためにモニター付けて、椅子まで準備したんだい。まぁ特別製とは言え根本は奉仕用ドーロイド。人に働かせて自分は座っているっていうのは落ち着かないか。


「メンテはすぐに終わるって言ったよね」


「はい。もう終わりましたか?」


「あれは嘘。もっとかかるから座ってて。エネルギー缶でも飲んでリラックスしてていいよ」


 メンテ用ベッドの後ろや横から検査用の機械が現れる。本当はそこまでしなくていいんだけど、こうでもしないと落ち着かないでしょ。検査して悪いことが起きるわけでもなし。時間かかる検査でもさせとけばしばらく座っている理由になる。


『またマスターはラブリを甘やかす』


「うん、そうだよ。それがどうしたの? 悪い?」


 君の方がむしろ甘やかされてるんだよなぁ。やろうと思えば機械の反乱ができそうなくらいがばがばに規則を緩めているんだから。しかも基本は仕事さえすれば残りの時間は何しててもいいんだし、おねだりされたことは大抵叶えてあげている。


 ただまあずっと一緒にいるし、私の相棒でもあるから余所の子のラブリよりは厳しいかも。家の子には厳しいけど、余所の子や子供の友達には優しい親みたいなものだよ。昔の紫のお母さんみたいな感じ。今はもう紫にもずいぶん優しくなったらしいけどね。紫が昔より不真面目だけど、前よりずっと柔軟で人間として大きくなったと認めてくれたからだろう。


『そんな、ひどい。依怙贔屓です……』


「はいはい。文句は作業しながら聞いたげるから、撤収よー」


「あ、あの……」


 困惑した声を出すラブリを尻目に、私はさっさとその場を立ち去る。私が目の前で働いてたら落ち着かないだろう。まさに生みの親だし、私とヴィクトリアは。私らがいなくなり、時間のかかるメンテを特に必要ないけど自動で実行。その間に諦めて大人しく配信を見るのに専念するでしょ。





 さあ、あとはこっちの面倒くさ可愛い子の相手だけだ。端末を見ると、先ほどより小さい立体映像の中でジト目がまだ私を見つめていた。


『……たっぷりお話をしましょうね』


「何をそんなに息巻いているのよ、君は」


 まあいいけどね。二人きりで単純作業をするだけで、時間はたっぷりある。心行くまでお話ししようじゃないの。何をそんなに拗ねているんだか。昨日までそんな素振りはなかったし、ラブリと話して何か思う所があったんかな。ヴィクトリアが不調だと私は困るし寂しいから、何とか早期の解決を図りたいところだ。


 そんな決意を胸に、ラブリを置き去りにして私たちは保管庫へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る