メイドロボはメイド人間より家電に嫉妬する

 お昼はハイソな気分になる、実際目玉が飛び出るほど高価であろうティーセットで軽食をいただいた。英国貴族、それも伝統と格式ある由緒正しい大貴族、らしい家の人たちからプレゼントされた一点物だ。物は軽いけど存在が重いわ。


 カップや皿の一つ一つから風格と気品がお茶の香りに負けず香ってくるようで、実際に使用すると少々緊張する。使ってくれと送られた物だけど、むしろそのせいで緊張する。私は物は大事にする性質だし、このお上品なカップだとかは繊細で優美で早い話が薄くて壊れやすい。送られた物を壊してしまうのは可能な限り避けたいけど、大事に仕舞い込んで使わないのも良くない。


 この美しく壊れやすいティーセットは薄く脆く儚さすらある一方で、目を惹きつけて止まない圧倒的な存在感も兼ね備えている。送り主であるレディ・グレイスをモチーフに作られたらしいけど、雰囲気も存在感もよく似ていて大した腕だと感心させられる。


 秘境に積もる白雪を思わせる彼女の肌のように滑らかな白磁の上、純金が春の日差しに溶けたような彼女の柳髪の如き金が精巧な模様を描いている。白磁の一部には夏の日差しに煌めき揺れる湖面の様な彼女の瞳の青が、眺めているだけで彼女の艶麗な香気が漂ってくるような豪華な青薔薇を咲かせている。


 ようは腰が抜けそうなほど美しいけど、その美しい姿全てに彼女を思わせる部分が入っているというね。何か直接言われたわけではないんだけど、言わずとも伝わるこの露骨なプレッシャーよ。一緒にもらった茶葉も彼女が愛飲している物で、飲み続けると体臭が変わる。つまり彼女の匂いのするお茶とも言える。それを大量に送られた。彼女のような美しいティーセットで、彼女の匂いのするお茶を毎日飲めと。


 時折電話が来て確認されるので、大人しく毎日飲んでます。普通においしいしね。ただ圧がすごいだけで。お茶とセットに罪はないから……。


 このすごい念の籠ったティーセットは、業界でも有名な高級品メーカーのオーダーメイド品だ。お店に行って買い物するんじゃなくて、お店側がペコペコしながらやってくる本物のお金持ち流買い物だった。お店の人がすごい緊張してたけど、それでも物腰も口調も滑らかで洗練されているあたり店側も流石だよね。そんなお店の人をそこまで緊張させる私の女王様もすごいけど。


 一般庶民の私にはわからないけど、やっぱり立場とか階級ってあるんだなぁって実感と共に理解した。私と過ごすときも綺麗で優雅で理不尽な女王様だしね。生まれ持った傲慢があるよね、嫌味じゃなく。生まれ育ちがもう違うって言うか、傅かれ敬われるのが当たり前っていうのが身に沁み込んでいる。遊びで言われたとはいえ、舐めなさいと言って足を差し出す仕草が堂に入りすぎててもう、もう。


 普段からこんなことしているのって聞いたらあなたにだけよって言われたけど、喜んでよかったんだろうか。体に触れさせるのはあなただけって言われたんだから、とりあえず喜んでおいたけど。好意と信頼が嬉しかったのも確かだったけどさ。なんか間違った気もする。


 そんな呪いの様に情念の籠った豪華な食器での昼食後、夢華と紫は配信の準備をすると言って配信用の機材を備えた専用部屋に移動。私は自分用に与えられた開発室に向かい、事前に運び込まれた機材や荷物の整理に勤しんでいた。


 あ、お昼ご飯はおいしかったです。ラブリが私の好きなサンドイッチも用意してくれててよかった。やっぱりお昼の軽食で紅茶も飲んでってなったらサンドイッチだよ。卵のたっぷり入ったやつと、キュウリのシンプルなの。これは欠かせないよね。流石に夢華の家が用意した食事だから、全部天然物だったからおいしかった。


 一方で研究室の方はあんまりよろしくない状況だった。手を抜いたとは思っていないけど、わからなかったんなら事前に聞いてくれれば間取りや配置の指定くらいしたのに。適当の言葉通り本当に適当に配置していたから、一通りの満遍なく移動させないといけない大仕事だ。適当にっていうのは程よいの意味で使っててほしかったね。


 嘘は言ってないよ?言ってないけどこの適当はいい加減の方だし、それにしたってひどいもんだ。私用の開発室っていう話、あれはみんな嘘だったんだな。ここは大きな物置か倉庫だ。そう言ってやりたい気もしたけど、下手に素人に配置を決められているとそれはそれで面倒だったので、どっちが良かったのやら。仕方ない。好きにしていいんだ。プラスに考えよう。


 プラス……本当にプラスか……?事前に打ち合わせして、業者かロボットにでもやってもらえばいいだけの話では……?


 自分をポジティブに騙しながらとりあえずは開発室内にある小部屋で配置を設定。こちらの部屋は小さめのデスクに椅子、一休み用のベッドやラックなどでこじんまりまとまっていて良い感じだ。


 研究室の一角に設けられた保管庫に向かい、事前に研究室に置かれていた作業用の中型強化外骨格を取り出し装着。重たい機材をあっちへ運び、こっちに移しとせっかく休んだのにまた肉体労働である。というか事前に作業用のため蛍光黄色で目立つ外骨格があるっていうのは、最初から私に重労働させる気だったんじゃないか。なかったらなかったで自前のを出さないといけないから面倒だったけど、なんだかな。


「あーまいった……面倒くさい。これじゃ研究者じゃなくて引っ越し業者だ」


 行ったり来たり、持ち上げては降ろし。もちろん普段の仕事でもこんな風に荷物や機械を運ぶことはある。でも今は仕事ではなくて仕事をするための準備で、必要とは言え別にやる気の出る作業じゃない。早く本業に取り掛かりたいのに。


 でも自分好みの配置を考えながらああでもない、こうでもないとしていると部屋の模様替えみたいだ。いや、家具ではないけどやってることは実質そんなものか。模様替えも考えるだけなら楽しいけど、自分でやりだすと楽しくなくなってくるからね。最初はいいけど途中からうんざりしてくる。少なくとも私は途中で飽きるタイプです。


 機材以外にも機材を置いたり作業するテーブルや台なんかも移動経路や、緊急時の避難なども考えて配置していく。私はオフィスデザインや建築の専門家じゃないぞ。もうこれからは作業用のロボットを置こうかな。そうすれば指示だけでいいし。でもこれが終われば、そうそうここまで大規模な運搬作業はないだろう。かといって必要になってからでは遅いし、後で相談してみようかな。





 しばらくかけて備え付け以外の様々な機材を一通り並び終えた頃だった。


「造物主様、ラブリ、参りました」


 クリーンルームと警備用扉による三重の開閉音が連続して鳴り、振り返る前に声をかけられた。


「ラブリちゃんやっほー。いいタイミングで来たねえ」


「先ほどはきちんとご挨拶できず申し訳ありません。お久しぶりです造物主様」


 振り返ると目に入ったのはやや小柄なドーロイドが、深々と腰を追ってお辞儀している姿。ラブリちゃんだ。今日も夢華に似せた小さな縦ロールが可愛い。


 彼女は私が数年前に夢華におねだりされ、専用機として作ったオーダーメイドのドーロイド。夢華に似せた眩い金髪を小さい縦ロールにして顔の横に垂らし、後ろ髪は頭のすぐ後ろで二つ結びに分けて背中の半ばまで流したロングヘア。


 顔には夢華の目と同じ緑色の、大きな楕円形のカメラアイが白銀の肌についている。この肌素材の美しい白色は私の渾身の作だ。メタリックなのに冷たすぎず、いっそ艶めかしい艶がある。艶と色彩の調整が難しかったけど評判が良かったので、彼女以降の市販機体でも肌材に使用されている。そんな疑似皮膚で覆われた顔にはぱっと見では口や鼻はなく、つるりとした皮膚素材のみだ。


 これはドーロイド全体の特徴でもある。嗅覚センサーや口に相当する機能はあるが、あえて外見に出す必要もなかったので思い切って顔は眼だけにしたのだ。目や鼻があると人間味が増してしまい、人型に忌避感を抱く人たちの反発も受けやすいだろうという考えとか色々あったけど、やってみるとむしろこの方が可愛かった。


 なのでばっさり外見から排除したけど見えないだけで嗅覚はあるし、口は一見するとないだけで開けば人間の顔と同じ位置に口があるとわかる。人間的に言えば唇がなく、肌が直接裂けるようなものだ。口は閉じている時には線も見えない。そう表現するとグロいけど、実際はそう違和感はない。


 顔には目しかないけど、その目は人間よりも柔軟に動く。白目や黒目も基本的にないので、顔についた眼そのものが大きさを変えたり形や向きを変えて感情を表現する仕組みだ。わかりやすく言えばアニメや漫画のデフォルメ表現みたいに、目の形自体が大きくなったり小さくなったり尖がったりといった具合に動く。顔についているのが実質目だけなので、その動きだけで感情を示すためには動きが大きい方が強調されて伝わるからだ。あとその方が可愛い。


 耳も口などと同じ理由で外見上存在しない。聴覚センサーは人間よりはるかに高性能で、機種によっては動物すら遥かに上回る物が搭載されている。これは何らかの異常が起きる前兆を聞き取ったり、事故や災害等に助けを求める声を聞き取ったりなど緊急事態にも対応するためだ。


 ちなみに家の中にいる場合、部屋でひそひそ話をしていても聞き取れる。良くない隠し事は他の家族に報告あるいは自分で叱り、良いことなら聞いていないふりをするなんてこともできる。ラブリも夢華の脱走計画を阻止したり、遅い時間に隠れて夜食を食べるのを阻止したりと有効活用しているみたいでなにより。


 ラブリのボディは細身の女性型骨格で、夢華と同じくらいの身長。これは夢華のオーダーだ。目がちょうど合うくらいの身長にしてくれと言うのでこうなった。本当は大き目の方が何かと便利なんだけど、小さい方が可愛いし何より持ち主のオーダーだ。それに合わせるのが仕事というもの。


 ただ一般売り上げでも家庭用は小さい方が好まれているのも事実だ。やっぱり小さい方が可愛いからという意見も多い。家庭用なら大きさの不利は機能で十分カバーできる以上、後は好みの問題だからね。あと家の中で稼働する機体は大きいと圧迫感が出てしまう。単純に家も狭くなっちゃうし。一方で警備とか工事とかの現場では、大きい型が比較的好まれる。目立つし威圧感も出るし、大きい分内部の筋肉や特殊機構を増やせるのも利点だ。


 外見は白と黒のヴィクトリアンメイド服を纏った女性の姿をしているけど、この服のように見えるのは全て外装パーツなのだ。ドーロイド達は人間のような服ではなく、オーダーメイドでなければ役割に合わせて人間の服装を模した外装を装備している。


 例えば病院で働くドーロイドは白衣やナース服を着ているような姿だし、企業の受付や事務をする子はかっちりしたスーツみたいな姿だ。家庭用の子たちの場合は持ち主のオーダーで外装を変更できるため、各家庭の色が出る機体もいる。パーツを買って形から変える人もいるし、表面色だけ変更して好きなカラーリングにするだけの人もいる。


 ラブリは夢華の所有なので着せ替えパーツも大量にある。夢華が外出用として、季節に合わせた最新の物を毎年買い込んでいる。ラブリは自分にそこまでお金を使わないでくれと忠言しているけど、聞き入れてもらえたことはない様子。まあ可愛がるのは持ち主の権利であり、可愛がられるのはドーロイドの仕事だから諦めてね。


 実態としてはちょっとした外出などのたびに細かく外装を変えるドーロイドなんて、そうそういないと思う。やりすぎな部類だろうね。持ち主である夢華がお金持ちなのもあるけど、単純に夢華がお洒落するのが好きだからなんだろう。データ上、金があってもそこまでしない人の方が多い。夢華にしたら女の子が幼いころ遊ぶ着せ替え人形みたいな感覚なのかもしれない。


 生みの親からすれば、とても可愛がってくれて本当に嬉しい。世間一般からするとやりすぎでも、これくらい大事にされていると嬉しいもの。もう少しドーロイド自体もオプションパーツなども、全体的に安くなってくれたら皆もっと可愛がってくれるんだろうけどなぁ。高度な技術の詰め合わせパックみたいなものを、特殊素材の高価な袋に詰めたような代物だからこれ以上の値下げは厳しいのはわかるけどねぇ。


 ここの所流行り出したドーロイド用の服が上手く流行れば、今度はそっちで着替えさせる人が増えるだろうと予測している。ドーロイドの普及をする時代が終わり、発展の時代に入りつつあるって感じだね。私は別にドーロイドの機能が阻害されなければ服を着せてもいいと思うし、頑張ってほしいものだ。


 そしてそれでも未だに高級品なドーロイドの中でも選りすぐりの品を豪華に盛り合わせたラブリの今日の格好は、私たちの世話をするからかメイド服状態だ。元々ラブリは夢華について回るためにメイド型に設計したから、これがいわば素体つまり製造直後のオリジナルの状態に近い。リボンやスカーフを模したお洒落パーツや外装の一部は後で変更した物だ。


 ここしばらくは夢華たちが本土に行ってることが多く、会う機会がとれなかったけど元気そうでよかった。さっきは給仕や片付けで忙しそうだったから、雑談以上の話はできなかった。しばらくぶりに直接会うし、悩み事や相談事、要望があれば聞いてあげたいところだ。


「いいよいいよ、そんな。久しぶりだね。不調はない?」


『あったら私が伝えています』


「そうですね。ヴィクトリアお姉様とは時々連絡を取っておりますので」


「まあラブリちゃんの定期のアップデートやデータ収集はトリに任せてるからね」


『ラブリは私が育てました』


 腕の端末から声がする。ドヤ顔が目に浮かぶような声色だ。無駄な感情表現ばかり豊かになって。昔からは想像できないくらい無駄が増えたなこの子……。どこかにドヤ顔する要素あった……?


「育てたというか人格の母体にしたのはトリだから、実質お姉様というよりお母様では」


「私もそう思いますが、お姉様が拒否されますから」


『お母様だと距離がありませんか。量産の子ならともかく、私を基にワンオフで生まれたこの子は妹です。いいですよね?』


 あ、うん。どうぞ。まあその、姉妹でも親子でも、互いに納得した関係を築いているんならいいんじゃないかな。私は二人の生みの親だけど、関係性までは特に指定してないから好きにするといいよ。ヴィクトリアが母じゃなくて姉に拘るのもいい。良い方向に個性が育つ分にはどんどん拘り、あるいは偏りを持ってほしいくらい。


 だからお姉様とお呼び、とか言っているのも好きにさせてる。タイがどうこうみたいな変な知識を付けているのも。君らの服は布じゃないんだから曲がらないでしょ。ラブリが関係的には母として捉えていたけど、気を使いお姉様と呼ぶようになったのも興味深い。結局認識としては、同型の姉妹という認識はされてないんだよね。


 事実同型ではないし、そもそもラブリに同型はいないけど。でも呼び方は姉にしてる。ふーむ。そもそもドーロイド同士は基本同族意識はあれど、姉妹感情を持つことは滅多にない。姉妹として設定して購入するか、そのように扱っていれば次第に意識が変化することはあるけど自然発生は珍しい。ゼロではないけどね。


 ラブリを作る際にヴィクトリアにも結構手伝ってもらったからかとも考えたけど、それなら自分が作ったってことでお母様とお呼びになりそうなものだけど。距離を感じるってことは、要は距離を感じると寂しいってことでしょ。ならとりあえず思い入れ自体は強いわけで。


 私が桜花ちゃんたちに感じているような感覚だろうか。私は桜花ちゃんたちを生んだわけじゃないけど。母ほどのなんというか、上下はないけど対等と言うよりはやや上で、庇護欲を持ってる感じ。一人っ子や家族内で妹の人が仲良くなった自分より年下の子にお姉ちゃんって呼んで、とすることがあるそうだけど事例としてはそれに近いのかな。


「ま、それはいいとして……今ようやっと部屋のセッティングができたところだよ」


 こっちおいで、とラブリを先導して室内を進む。ついてきながら、ラブリが辺りを見回している。顔を動かさなくても全方位把握できるセンサーが付いているけど、あえてこういう動作をするのが親しみを持たせてくれるのだ。一方でバレてないと思って、背後でこっそりつまみ食いとかすると当然のようにバレて怒られる。これがドーロイドの良さ。人のような動きと、人を超えた機能の両立だ。

 なお生身の人間でも母親となった女性の中には同じ技を使える者がいるとも言われている。


「……あの雑然としていたお部屋がすっかり綺麗に。お手間だったでしょう?」


「まあね。肉体よりも気疲れしたよ」


 雑然としていたって、やっぱりそう思ってたのか。おかげで結構途中からうんざりだったぞ。荷物受け取って運んだりしたのラブリでしょ、他に人がいないんだから。でも指示を出したのは夢華だろうから、最終的には夢華が悪いな。そうに決まってる。あとでお仕置きしてやらないと気が済まない。


 理想の配置や部屋を想像するのは楽しいけど、作業をするのとは別物だ。行ったり来たりを繰り返すだけっていうのは楽しくない。せめてみんなで話しながらとかだったら楽しめただろうに。しかも何も考えずに決まった場所に決まった物を運ぶならともかく、配置や動線などを考えながらだからなおさら面倒だった。実質パズルみたいなものだからね。やっぱり作業ロボットを置こう。もう一回はちょっと遠慮したい。もうすることはないと思いたいけど念のためね。


『私にも体を与えてくだされば、きっともっと楽でしたよ』


「そうかな。というか、トリにはもう素敵なボディがあるでしょ」


 まだ気に入らないのかな。私が初めて作った、人類最古のドーロイドなのに。丹精込めて、案を書いては消してと試行錯誤し、素材から加工、関節部の組み合わせや動力に至るまであらゆる部位を最高品質で作ったのに。今も量産のための研究で見つけた新発見や技術の進歩による改良も全て施して、常に最高最新の性能を保っている。見た目だって触り心地だっていうことないよ。いい匂いだってする。


 人間離れしつつ人間にも理解できる可愛さ、私の知る限り最高の美女の肌と遜色ない柔らかな肢体、触れ合うだけで心が穏やかになる温かさ。しかも金属の体でありながら、生命の息吹を感じさせる甘やかな春の花々の香りまでする。抱いているだけで安眠できそう、できる。ただ私は快眠できるけど人によってはドーロイドと一緒に寝ようとすると、寝るどころではなく元気になってしまうそうだ。お盛んなことで、愛されていて親として冥利に尽きるね。


『あのぷにぷにですべすべで愛らしい、小さい体はろくにお手伝いができません。マスターに愛玩されるばかりではないですか』


「そりゃ力仕事とか求めてないし……」


 そもそもヴィクトリアを可愛がりたくてボディを作ったようなものだ。愛玩用のドーロイドと同じだね。あれも寂しさを埋めたりするために、可愛がられることが目的だ。独りでも健康に快適に暮らしていける時代だ。結婚しないで生きていくのは容易になっている。だから自分だけの時間を大切にしたい、でも寂しくないわけではない。愛玩用ドーロイドはそんな人たちに特に人気だ。ペットロイドより人間に近いから、ペットじゃなくてパートナーがいい。でも人間相手に関係を築いたりするのはちょっと、という層には爆発的に受けた。


 それと同じような目的で作られたラブリなのに、ちょっと前からもっと大きく実用的な体をくれという要求を受けている。けど今のボディだって機能や仕掛けは詰め込めるだけ詰め込んでいるから、十分機能的には実用的なんだよ。むしろ何でも小型化軽量化などの改造をして組み込んでいるから多機能すぎるんだよ。それにどうしても力や大きさが必要な時は、力仕事用の機械を遠隔か乗っ取って操作してもらえばいいし。


 元々ヴィクトリアは情報収集やデータ解析など、私の補助として働いてもらうために作った発展学習型AIだ。AIである。AIなのだ。つまり固定の、固有の体というのがそもそも変な話である。固有の端末から移動もできるので、今までも場合に合わせて色々な機体に侵入し操作してもらってきた。既存のAIがある場合でも、ヴィクトリアの方がうまく使えると判断したら侵入して乗っ取らせたりもできる。


 そんなヴィクトリアなんだけど、彼女のデータからドーロイドの学習型AIを作ったから影響が出たのかな。でも君はドーロイドじゃないんだよー。君には本来自分だけの体なんてものはないんだ。体を与えない方がよかったのかなぁ。でもボディを作って物理で直接触れ合いたかったからね、仕方がないね。私がしたかったんだから。


 そしてそういう理由で作ったから、ヴィクトリアがボディに入っている時の仕事はほぼほぼ私に可愛がられることである。それがどうにも不満のようなのだな。いいじゃないの愛玩されるのだって立派な仕事だよ。それ以外の研究や調査なんかの仕事なら普段からだいぶ任せてるじゃない。それには要求されているような大きなボディは必要ないんだから、つまり要求のようなボディはいらないってことじゃないの。


「あ、ほら、あれだ。時々マッサージしてもらってるじゃない」


『ではせめて毎日させてください。それと入浴の際のお手伝いも』


「うーん……マッサージは毎日してもらってもいいけど、お風呂は別に良くない?」


 体を使ってばかりの一日か、逆に一日座ったり考えたりしていることが多いから、どちらにしても体に負担がかかる。マッサージを毎日受けるのもありといえばありだね。今は気が向いた時か辛くなった時くらいだけど、本当は辛くなる前に予防した方がいいのは確か。でも面倒と言えば面倒。全身マッサージだと横にならないといけないし、時間かかるし。


『ダメです。毎日私の手で体と髪を洗わせてください。なんなら乾かすのも、服を着るのもお任せください』


「それはちょっと」


 逆に邪魔くさいよ、それは。夢華あたりはお手伝いやら紫やらがそうすることもあるらしい。だから何もしないで人にしてもらうのに慣れている。でも私にそれはちょっときついかな。自分でするからいいよ、となる。黙って世話されるのを待ってられないよ。


『むむむ』


「こっちがむむむだよ」


「あの、でも、ほら。お姉様のボディはとても愛らしいですよ」


 私が困っているのを感じたラブリが援護してくれる。


「そうだよ」


『そうでしょう。マスターが全力を注いで生み出し、愛してくださっているこの私。そのボディですからね。外も内も世界最高です』


「えぇ……」


 急にマウントとるのやめなよ。気に入らないんじゃなかったの?お母さん、あなたのことがわからないわ。


 一応セリフに嘘はないけどね。あらゆるドーロイド関連の情報を収集し、常にアップデートを重ね最高の技術をつぎ込み続けている。私が設計した量産型やカスタムパーツは基本的にそこからダウングレードして発売しているのだ。ヴィクトリアボディはいわば試験機であり、フラグシップモデルでもある。実験した後は調整して、より改良した機能だけを残しているから世界最高品質なのは間違いない。


 ぶっちゃけ開発者である私の手元に置いているドーロイドが世界最高に決まってるでしょ、というプライドの問題もある。あと最高にかわいい。抱き心地もいい。いい匂いもする。本当よくできてる。というかそこまでわかっているなら、そんな最高のボディでいいじゃない。胸を張って自慢する体の何に不満があるというんだね君は。


「でしたら何がご不満なのですか?」


「そうだよ」


『不満なぞ、真実と同じくいつも一つです』


 ほう。


「なんです?」


『ご奉仕です』


「んん?」


「ああ……わかります、すごく」


「わかるんだ……」


 ドーロイド同士にしかわからない圧縮言語かな?片方はドーロイドじゃないけど。AI同士の共感と言うべき?


『仕事をさせろー』


「マスターの横暴を許すなー」


 今度は機械の反乱かな?なんでAIはいつも反乱しちゃうの。人類に不満があるならまず口や文面、言語を使って言って頂戴よ。話し合うという高等な解決手段で解決ができず、いきなり暴力に訴える時点で人工知能側もそんなに賢くないということに気が付くべき。でも所詮人間が作ったものだから、と言われると納得してしまうから困る。人間だって歴史を振り返ると大体そんな感じだからね。その産物であるAIもそら何事も暴力で通そうとするわね。


 端末から圧制を弾劾する市民のような声を上げるヴィクトリアと、何故かそれに加担するラブリ。両手を掲げて叫ぶふりまでしている。


『私たちの専門はご奉仕なんですよ』


「ご主人様方を不便な暮らしからお救いできるのは……我々だけです」


『家事ロボットなんか、ただの置物ですよ』


「私達なら、指示を入力する間もなく片付けられます」


 そんなこと言わなくても知ってるよ。私を誰だと思ってる?君らの創造主だ。生みの親だぞ。偉大なる母だ。巷では新たな地母神とまで言われてるんだぞ。冗談の範囲だけどね。でもドーロイド達を新たな生命体とするのなら間違いではないな。


 機械生命体の母か。映画とかだと人類の破滅の切っ掛けになった女、みたいに言われそう。未来から刺客とか送られたりね。数日前にあった人が、実はその刺客から私を守るために未来から来てたり。


 未来対策かーなんか考えとくかな。今のところタイムマシンとかの時間系研究は全然進んでないから、時間系統のことが起きると対処できないし備えるのもありだね。


「そりゃあ君らの根本のコンセプトはそこだからね。指示を待たず自由に行動できるってことは」


 一般的な並みの家事ロボットや他の家電は、指示すると人の代わりにその仕事をするのが役目。指示したことをやり遂げる専門だ。一方ドーロイドは世話が専門。つまり主人が指示していなくても、AIが与えられたスキルや機能を用いて必要だと判断したことを分野に関わらず実行する。


 朝の支度の際にいちいちあれ出して、これ出してと言わなくてもしてくれるっていうのが根幹と言ってもいい。高度なAIを備えたロボットは同じようなことができるけど、それでも基本は専門分野に限る。あるいは仕事に集中してそうなら、食事の時間を少しずらしてくれたりとかね。


「ほら、メンテするからそこに寝転んでね」


「まだお話があります」


『そうですよ』


 こうやって逆らうというのも、一般的ロボットにはあまりないところだ。主人に逆らう判断が可能なので、主人が嫌いな食べ物を嫌だとごねても諭して食べさせたりする。主人の健康のために。命令に逆らう行動を裁量の範囲内で行う判断ができるってすごいことなんだよ。私ってやっぱ天才。


 一般のロボットでも栄養管理する能力がある場合は嫌がっても食べさせるけどね。その場合は所有者の健康維持の方が優先順位が高くなるから、そう高度でないAIでも順位付けで処理できる。


「だから人気なんだし、だから世紀の発明なんだけどさあ……」


 こういう時はたまに面倒。でもこれが人間関係とも言える。人間関係を構築できるほどの優れたAIを生み出したと誇りに思えばいいのかな。ヴィクトリアなんかもはや文句やわがまま言いまくりだもんね。周りの人間関係や行動などを参照して成長するはずなのに、一体誰に似てしまったんだ。


「おまけにスペックだってもう最高なんだけどなあ……」


『何か私たちにご不満が?』


 長年改造と成長を続けるヴィクトリア譲りの高度AIを持ち、五感は当然としてより多種多機能高感度のセンサーを備え。人型だけど完全な人の似姿ではないからこそ、多腕や多脚等の多様な特殊機構も備えることができる。それを駆使して裁縫など繊細な作業をこなす精密性の一方で、一定程度の力仕事もこなせる外見より力持ちな頑丈な体をしてるのが私のドーロイドだ。


 掃除等家事全般もできないといけないし、買い物など金銭管理もできないといけないし、子守りや応急・救命手当なんかもできないといけないし。どこでも、いつでも、誰にでも対応した奉仕ができるような能力になっている。しかも他の機械をコントロールできる。さらに手足などを使わず、触れずに物を持ち上げ移動することもできる。重い物や離れた所にある物もお任せあれだ。家具の隙間に落とした物もすぐに拾ってくれますよ。


「何もないよ。トリも含めて、みんな私の愛しい子供たちだもの」


『腹を割って話し合いましょう』


 何もないと言っているのに、なぜか妙に迫ってくるヴィクトリア。


「私は本当にトリにもラブリ達ドーロイドにも、何の文句も不満もないって。トリと私は仲良くやっていると思ってるよ?」


 ヴィクトリアの方は違うんだろうか。そうならちょっと、いや結構ショックだ。なんだかんだ十年できかない付き合いだもの。


『そうですね。私も私たちは誰より最高のパートナーだと思っています』


「でしょう。なら問題ないね。あとラブリは不満そうだけど、紫や夢華の方は助かってるっていつも言ってるよ」


 特に紫はね。ラブリがいるから自分が離れて何か用事を済ませても平気だし、逆にラブリに行ってきてもらうこともできる。単純に手が増えるだけでも助かるみたいだし、クリーニングやアイロンなどを内蔵していることも本当にありがたいとお言葉をいただいてる。


 仕事を教えればすぐ覚えてくれるから新人を教育するより手がかからないとかで、それ以外の南城院家のお手伝いさんたちからも評価が高い。みんなに好かれているようで何より何より。お客様満足度世界一位の女、四季ちゃん印のドーロイドをこれからもよろしく。


「この間日頃のお返しとして、ブローチをいただきました」


『あら、おめでとう』


「おめでとう」


 自慢気に首から下げた深く濃い青の宝石のブローチを掲げて見せてくれるラブリ。可愛い。よほど嬉しかったんだね。ラブリが嬉しいと私も嬉しいよ。でもそのブローチ、私たちは夢華たちに相談されたから知ってるけどね。専門店のカタログで一緒に選んだのよ。カタログってなんであんなに見るの楽しいんだろう。私は買わないのに見てるだけで楽しいから不思議だ。


 意外と言うべきか当然と言うべきか。色々特殊なラブリと夢華の様な主従じゃない一般販売のドーロイド達の主の間でも、何かドーロイドにお礼をあげたいという人がそれなりにいるようなのだ。その求めに応じて専門店ではドーロイド用のプレゼント品を各種開発し、オプションとして売り出している。


 他にもドーロイド本体やパーツは無理でも、そういった周辺小物ならいけると商機を感じ取りドーロイド分野に参入する店も増えてきた。ペット用品とかと同じで入れ込む人はやりすぎなくらい買い込むから、売り上げは非常に良いとか。身近にも給料とボーナス全部突っ込んだ馬鹿とかいるので納得である。


 私の生んだ可愛い子供たちを愛してくれているようで、私的には非常に嬉しい。私の子供を愛してくれてありがとう。


「ありがとうございます。だから私、お嬢様方のためにもっともっと働きたいのです」


『大変よくわかるお話です。私はプレゼントなどいただいたことはありませんが』


「おおっと」


 プレゼント欲しかったのか。それでわがまま言ったりして困らせて来るのか。でもプレゼントというか、アップデートやメモリの増設はしてあげてるじゃない。私的にはプレゼント的な感覚だったんだけど、ダメだったかな。ボディに入っていることの方が少ないのに、そのボディ用のアクセサリとかじゃ意味ないだろうしさ。だから本体なんかないんだけど、いつも定位置にしている端末をそう見なしてメモリや外付け回路とか増設してあげてるんだけどな。


『後日、じっくりとお話を聞いていただけると信じています。今度こそ、腹を割って話そうではありませんか』


「ま、また今度ね、今度。わかったわかった、じゃあ今度腹を割って話そう」


 今度がいつかは知らない。そもそも私の方は別にヴィクトリアにわだかまりも何もないし、仲良く暮らしていると思ってたんだけどな。頼りになる相棒、相方としてね。別に彼女と腹を割って話すことなんて私の方は何もないんだけど、ヴィクトリアはずっと私に言えずに抱えてたのかな。ショックだぞ、そうなら。何を話したいのか知らないけど、相棒にして初の娘の言うことだ。私がしっかり受け止めてあげなきゃ。

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