発射シークエンス好きビーム

『背後のお片づけは終わりましてよ!』


『2時重タンク群!』


「まだ来る……!」


 流石に焦りと苛立ちが走る。さっきようやく視界一面の敵の大波を潜り抜け、息絶え絶えに突破してきたというのにまだそんな大物が。一息もつかせない気か化け物め。もう援護してくれる味方もいないっていうのにどうしよう。速度を上げてやり過ごすか、でも後ろに回られて挟撃されるのもまずい。


 先手を取って突撃し、一当てして足並みを乱して離脱するか。重タンクの足は幸い遅い分類だ。一度攻撃して脚を止めさせたなら、加速度的にも私達ならすぐには追いつかれない。


『ここは私に任せて! 二人は前へ!』


 焦りで思考が空転しそうな私の目の前を、巨大な黒のマシンがブースターの爆炎をなびかせて通り過ぎる。人類側で随一の硬さを誇る装甲が激しく損傷し、その巨体の飛行はふらついている。元々飛行が得意な機体ではない。その巨体に見合うストロークの長さを生かして走った方が早いくらいだ。


 しかしこのマシンは足が遅い上に今は下半身が一番傷んでいる。先行する私の邪魔にならない内に接敵するには、無理にでも飛ぶしかないんだ。何よりもうボロボロだ。敵中枢に突入するには損傷が激しすぎる。ここで推進剤を使い切り、足止めに残るつもりだろう。ここで紫は脱落だ。実際あの損傷具合では、いくらあの機体でもこの先はもちそうもない。


 つまり最後の役目は私とこの機体に託された。でも紫は、紫はどうなる。


 そんなことわかりきっている。だけど止まることは許されない。紫だって私たちに先に進めと言っているのだ。行かねば。行って、勝たねば。止めろ、余計なことを考えるな。足止めに向かっていく姿を見送りたい欲求に駆られるけど、傷ついた後姿を眺めていると足を止めてしまいたくなる。


 気合で視線を無理やり外す。レーダー画面の敵を示す赤い塊がだいぶ近い、急がないと何もかもが無駄になる。私たちから少し遅れ、背後をカバーしていた夢華が紫に何事か叫んでいるが意識的に耳を素通りさせる。夢華が紫を引き留めていたら、私も一緒に引き留めてしまいそうだった。


 前を見据えて足をひたすらに動かしていく。ただ前へ、前へと鋼鉄の人型が私の足に合わせて荒れ果てた大地の上を疾走する。無視しようとしても耳に入る夢華の懇願する声に、私も一緒に行こう、諦めるなと意味もないことを言ってしまいたくなる。もはやあの機体ではたどり着けないことぐらい、私にも紫本人にもわかっているのに。

 でもどうしても、脚が止まりそうになる。引き返したい。引き返して、共に最後まで戦いたい。どうせ誰も生き残れはしないのなら、せめて死ぬ時は共にいたかった。


 高低音の入り混じった不快な叫び声が、ノイズと共にコックピット内に響く。外部から収音した音をある程度調整し、不快感を減らす機能がありながらこれほど不愉快。単純に声の持ち主が、その見た目にふさわしい声量を誇っているからもあるだろう。でも何よりもその悍ましさ、生理的嫌悪感が頭をかき回してくる。そして声についで忙しない地響きと揺れがここまで伝わってくる。機体のバランスがやや崩れるほどの揺れだ。バランサーが働いてすぐに平衡を取り戻す。


 その声の持ち主、巨大な人型兵器に乗っている私から見てもなお馬鹿でかい大きさの重タンク型が、鈍い金属光沢の上を気色悪くぬらつかせた表皮をうねらせどんどんと迫って来ていた。複脚があげる土煙で姿が一部見えないほど速い、いや急いでいる。敵さんもいよいよ追い込まれてきたってことか。ざまあみろ。


 ちらりと視界の端に映すがあえて無視して、ただ前へ。大丈夫だ、この距離と速度なら接敵せずに抜けられる。


『このっ!』


 背後から空気を焼いてビームが放たれる。夢華の機体の遠距離ビーム砲撃だ。でもまるで効いてないようで、足が止まりもしない。ばっちり顔面に当たっているのに。


 残念なことに硬くて重くてでかいがこの化け物の売りであり、タメが必要でない程度の携行火器では火傷もさせられないのだ。代わりに遠距離攻撃がないのが唯一の救いか。それでも意識を逸らすくらいの効果はあったみたいで、突撃の向きが変わり私の背後方面に進路を変えた。それを紫の機体がさらに別方向へ誘導していく。


「邪魔くさいな……」


 しかし重タンクの化け物が引き連れていた小さい化け物の群れは、向きを変えた大型達に踏みつぶされながらも変わらず直進してくる。大型の足には踏みつぶされているが、私には踏み越えられない程度の体躯をした邪魔くさい化け物だ。飛び越えるには推進剤を使わないといけない。

 数体ならジャンプでもいいけど、あの量をただ跳躍しただけでは跳び越せないだろう。この機体は内骨格や人工筋肉が粘り強く無茶のきく良い機体だけど、スペック上無理なことは無理だ。仕方がないのでブースターを吹かせて一気に飛び越える。推進剤は食うけど、いちいち雑魚の群れなんか相手にしていられない。こちらは味方も武器弾薬も推進剤も、何もかもが枯渇寸前なんだから。


 どうしようもない相手以外は戦わずにかわしていくしかない。でも私の機体はそもそもの足が速い。推進剤が足りなくとも飛び越えられれば、後は私が一生懸命足を動かせばいいだけの話。


 もう汗は滝のように滴り落ちているし、肉体は酸素と休みが足らないと訴えている。筋肉は傷みと強張りを感じるし、機体の方も軋みと揺れがひどくなっている。機体の炉心が生み出すエネルギーも損傷からか減少気味だし、推進剤の残りは少なく武装の大半は使い切って放棄してしまった。


 つまりコンディションはばっちりだ。その状態でここまで来た。ここまでこれたなら、この先も行けるということだ。






 廃墟と化したビル街を鈍い鉄色の巨人となって駆け抜けていく。破壊されつくした道路に、戦車や戦闘機、攻撃ドローンなど人類の抵抗の証が瓦礫の中に散らばっているのが見える。その中に一般家庭向けの自動車も、ぐしゃぐしゃに踏みにじられて転がっている。中の人たちはせめて無事に逃げ切ったのだと思いたい。

 それに気を取られて足も取られないように注意しつつ、目標地点に向けて疾走を続ける。レーダー上に敵の反応はない、少なくとも前方には。背後ではまだ紫が奮戦しているようで、紫の大型機の反応が儚くも確かに輝いている。夢華の反応は私の後ろ、やや遅れながらもちゃんとついてきている。


 紫のもとに留まるかもと思っていたけど、目的を見失いはしなかったらしい。まあ機体の立てる足音が躊躇いながらもついてきていたから、知ってはいたんだけど。途中で引き返す可能性もあるとは思っていた。


「んっとぉ!」


 正面に警告。とっさに横のビルの残骸を突き破ってかわす。激突の衝撃でやや息がつまるけど、むせている場合じゃない。堪える。先ほどまで私がいた場所を何らかの青白いエネルギーを帯びた砲弾が打ち付け、爆発音と衝撃を放ちながら粉塵を巻き上げた。まずい後ろにいた夢華は、とわずかに視線をずらして確認。


 爆炎と煙の手前で夢華がとっさに機体を止め、素早く屈みながら射線上から離れるのが見えた。どうやら無事だったみたいだ、よかった。


「いやらしい真似を……」


 視線を戻すと道路のかなり先に巨大な重タンク型を見た後でもなお気圧される、巨大な瓦礫の山が塔の様にそそり立っている。その高さはかつて繁栄を極めた人類の巨大建造物に近しい高さがある。さらに先ほどの重タンクなどの拠点でもあるから当然だけど、横にも非常に大きくこの機体とでも人と大型デパートくらいの差がある。実質塔というより要塞、もしくは大型倉庫だ。


 人の歴史の残骸でできた異形の要塞。そこが私の目的地、すなわち敵の化け物の拠点だ。


 だけどそこに至る道の途中、瓦礫の街にこれまでの化け物たちとは明らかに違う存在が立ちはだかっていた。


 それは巨大な人型だった。

 それは手に長銃と短剣を持ち、その銃口と切っ先をこちらに突き付けていた。

 それは私たち人類が、化け物どもを倒すために作り上げた技術、人型機動兵器だった。


 あれはどこかの誰かが力の限り戦って敗れた、誇りある抵抗の残滓。それが今化け物共の手に渡り、どうやったのか化け物の手先にされている。外見を見るにどうも化け物に侵食され、その形や機能だけを利用されているのだろうか。青白い光を仄かに放つその姿は、表面がぬらりとぬめる様に輝いている。時折びくり、びくりと一部が脈動するかのように震えており、はっきり言ってすごい気持ち悪い。なんか生理的に引く。なんかぬめぬめしそう。うえっ。


「仇はとってあげる……」


 しかし最後の最後、連中が自らの拠点を守るに使った物が私たちの兵器とは。効いてます、と露骨に示しているだけだよ間抜けめ。馬鹿で、でも不愉快だ。


『ここにきて猿真似とは、芸のないこと』


「私がやる。夢華は周辺警戒。一体だけとは限らない」


 むしろやられた数で考えれば、一体だけの方がおかしい。人類は追い立てられ、追い詰められて私たち女やついには子供まで動員する羽目になっている。そこに至るまでで破壊され、回収することもかなわなかった同胞の機体はこの国だけでも無数にある。今だってここまで突破してくるのに多くの仲間が失われた。突入部隊で残ったのは結局いつもの三人、今や二人となった私たちだけだ。みんな死んだ。道を開くため、明日を繋ぐために。


 それだけ破壊されてきた兵器だ。いくらでも回収できたはずだろうに今まで使ってこなかったのは、使えなかったのか切り札にとっておいたのかはたまた別の理由か。まあなんだっていい。今はこいつら化け物を滅ぼすチャンスなんだ。絶滅寸前になるまで消耗しながらも、ようやく人類はここまで逆襲し追い詰めた。この戦いでとどめを刺してやる。


 夢華が了解を示して距離をとったのを見て無言で飛び出す。まずは緩急をつけ、左右に回避行動をとりながら接近していく。この機体が得意とする動きだ。足腰の特殊な伸縮機構が鉄の巨人に軽快なステップを踏ませる。右、左に加えて膝の曲げ伸ばしなどを利用して上下にも揺さぶってみる。


 けどどうにも敵の動きが鈍い。もう通り過ぎた場所に発砲している。そのための回避運動だけど、それにしたって妙な遅さだ。ディレイをかけて逆に回避先に攻撃を置かれているのかと思ったけど、私だって同射線上を左右に触れているわけじゃないし無意味だろう。


 まあ対応できていない分には好都合だ。途中から間、間に腕部備え付けのビームニードルガンを制限点射で打ち込む。そうすることで敵の動きを牽制、制限していける。実際予想以上に敵が動いてくれる。


 ビームで形成された細い針が複数空を走り、敵のセンサーアイや機体各所のスラスターをかすめていく。荒い狙いだったとはいえかわされる、いや、そう、かわすんだ。そっか。


 極小に圧縮されたビームが針として打ち出されるこの武装は、破壊力は低いが貫通性と速度に長ける。さらに低燃費で継戦能力が高いのが好みだ。こういう長丁場の戦場でも、最後まで頼れる相棒だ。とは言え一本一本が細いので急所を狙わないと、貫通してもさほどの損害にならない。注射針みたいなものだからね。私の様に瞬時に、的確に急所や弱点を分析して狙えないと扱いにくい。


 今は牽制だから意図的に狙いは甘くして、面制圧気味に打ち込んでいる。収束率を下げて弾をばらけさせているからいくつかは敵の機体に命中しているんだけど、案の定ダメージはなさそうだ。機体の表面を覆うぬめり気を感じさせる、金属とも生物とも見える装甲にわずかに丸い着弾跡を残すも瞬時に埋まってしまう。装甲の負傷部分が波打つように震えて伸びて、その傷跡を覆い隠しているのだ。


 しかし末端部など、機体の端に向かうにつれて回復には時間がかかっているように見える。中心に回復の要があるのか、重要部位ではないから後回しなのか。末端を軽視するあたり人型の体には造詣が深くはなさそうだね。ならそんな弱点はどんどん狙わせてもらおうかな。


 これまでの化け物共の場合は私が主武装に使っているのがビームニードルなので、どうしても目や口などから体内に貫通させる必要があった。けれど今はあなたたち化け物が銃だの関節だの機体の末端だの、弱点が増えたというか増やしてくれたのでやりやすくなったよ、ありがとう。


 それもこれも人型の機体を使い、さらには動きまで真似てくれたおかげだよ。よくそんな無駄なことを思いついてくれたね。


 そう、動きまでもだ。最初に意味がないかと思いつつも牽制の一撃を撃ってみたところ、わざわざ攻撃動作を止めて回避した。これまでの化け物共ならそのままぶつかってきたのに。ダメージなど気にせず、回避など考えもしないで物量とスペックで押しつぶすしかしてこなかった化け物共が回避だ。それも攻撃を取りやめてまで避けに回るとは。


 賢くなったつもりか知らないけど、低知能で余計なことするくらいなら知恵捨てで暴れられた方が厄介なんだよ。多少の浅知恵を付けたくらいでは、私の高知能戦闘にはむしろカモ。付け焼刃に生兵法は大怪我の元だ。たっぷりそれを教えてあげよう。お代は命だ。死ぬがいい。


「これでも受けなさい」


 敵の射撃をすり抜けるように踏み込んで、かすめるように最短距離の移動でかわす。機体の表面を敵の銃弾が纏う謎のエネルギーが焼く音が、センサーを通じてかすかに聞こえてくる。その音をかき消すように目標のロックオンを告げる電子音を聞くと、瞬時に両手のトリガーを引いた。片手で撃っていた牽制のビームを両腕から発射。逃れようと飛び離れるその足先とその奥のビル群を破壊した。


 粉塵が舞い視界を遮り瓦礫が敵の機体を打ち付けるが、バランスをやや崩し前方につんのめりそうになりながらもなんとか敵の機体は姿勢制御バーニアを各所で吹かして着地する。何やら青くてどこかうす汚い煙のような何かを吹き出すバーニア。こんなところまで汚い連中だ。ただどう見ても推進剤を燃焼させたような感じではない。


 やっぱり人間の真似をして機体を無理やり動かしているだけなのかな。窮地に陥って自分たちを大量に殺した武器に頼りたくなったのか。


 姿勢を保ったのはお見事だけど、着地した途端にバランスを崩す。足元に複数の瓦礫が転がり、足場が不安定になっていたのに気が付かなかったらしい。間抜けな素人め。先を破壊された足で不安定な足場に着地するからだ。人と同じく人型兵器も繊細なもので、末端が失われれば平衡を保てないんだよ。知りもしないだろうけどね。


 化け物の足なら気にしないですんだはずが、人型兵器を使うものだから瓦礫なんぞに足を取られるんだよ。だというのに敵は接近する私から距離を取ろうと、馬鹿みたいに無理な挙動で後方へ退く。なんとか退避するものの無理な体勢で噴射だよりに動いたものだから、構えも何もない背中からひっくり返る寸前と言ったありさまだ。なんて無様な。


 どうもとことん人型の動きに慣れていないみたいだ。今まで人型を利用してこなかったのは、単純に扱いきれていなかったからという線が濃厚になってきたね。それを何故この今、自軍の中枢部の喉元まで迫られてから投入しだしたのかはわからないけど、そんなこと今はどうでもいい。


「知恵を付けたから死ぬことになるのよ」


 突撃と共に再び片手でビームニードルガンを発射。かろうじて反撃しようとしたのか持ち上げられた敵の銃を破壊し、爆破させつつ懐に潜り込む。酔っ払い並みにもたついた動きで逃れようとしているけど、この距離で素人が私から逃れられるものか。目の前の馬鹿と同じミスはしない。瓦礫をステップで避けつつ機体同士が触れ合いそうな近距離まで詰める。


 機体の右拳が近接攻撃用のガントレットに覆われ、攻撃準備を完了すると同時に、短剣を使わせないためにもう片腕で腕を押し開かせる。そして腰を捻って、がら空きになった腹部に拳を突き入れた。


 爆発でも起きたような破裂音と痺れるような衝撃を伴う鈍い音がして、突き上げる一撃に敵の腹部が大きくへこむ。ぐちゃりとでも聞こえてきそうな粘着質な質感の肉が飛び散る。きもっ。


「点火!」


『Bunker Fire』


 雷が眼前に落ちたように、視界を光が焼き一瞬遅れて強烈な音と振動が体を叩きつける。鼓膜は痛いし体も痺れ、特に打ち込んだ右腕は千切れたように感覚がない。近距離で撃ちすぎたかな、普段より反動がきつい。腕が本当にちぎれてたり、負傷や損傷してたらどうしよう。


 とりあえずまずは敵だとカメラアイで敵を確認しようとするけど、飛び散った敵の半ば肉と化した金属片と体液で青黒く染まって目視で確認はできない。でも手ごたえはヨシ!って感じ。


 他のセンサーや補助視覚では敵の動きは停止し、機体も腹部がちぎれかけているように見える。しかし相手は化け物だ、人間が乗った兵器ではない。念のため反撃を考慮して距離をとる。


 カメラアイの洗浄機構が洗浄液を噴射、ワイパーのブレード部が動いて視界を取り戻したけど敵の機体に動く気配はない。動こうとしても動けない、どうやって動くのかわからないレベルで損傷してるようだ。腹を中心に上下にちぎれかけていて、腹部分から胸にかけて大きく吹き飛び腹部だった場所の奥、背中の部分にも大穴が開いている。かろうじて端が繋がっているけど、どちらかの方向にえいやっと押せば自重でちぎれそう。


 何をしたかというと文字通り鉄の拳を直撃させた後、そこから更にパイルバンカーで思い切りぶち抜いてやった。しかも一度しか爆音が聞こえてないが、実際は二段階射出なのだ。硬い外殻をぶち抜いた後、内部に更に抉り込み炸裂杭を打ち込んで体内をぐちゃぐちゃのミンチに変える恐怖の二段構え。


「これに限る」


 返事がない、完全に沈黙したようだ。なお倒し切れてなくても、返事をしてくる連中ではない模様。敵の炉心もまとめて吹き飛ばしたようで、熱源反応がない。もっともどこまできちんと稼働していたかは怪しいものだ。機体を動かすには温度が低かったし、そもそも連中に電子機器やシステムが使えていたとは考えにくい。ブースターも変なので代用してたし。


 それほど改造されてもここまで徹底的に破壊されたら動けないみたいだね。回復も働かないようで、機体が纏っていた光は失われ脈打つような表面の動きも停止した。死んだ、と思っていいだろう。少なくとも今すぐ回復して襲ってくることはなさそうだ。中途半端な威力の武器では倒しきれずに回復される可能性があったから一撃で絶対に決められる武装を選んだけど、これで正解だった。


『……やりましたわね』


「うん……おやすみ」


 何とか持ちこたえていた端の繋がっていた部分がちぎれ、上半身だったものが地に落ち下半身が崩れ落ちる。発光をやめ濃いインクのような青い体液をまき散らす、敵に利用されたかつての仲間の誰か。


 その残骸に夢華と二人で短く黙祷して私たちは足を進めた。




 その後は散発的に小型の化け物が襲撃してきたが、全て足を破壊するか一撃いれて放置。幸い夢華の機体が射撃型であり、センサーも遠距離広範囲のため向かってくる敵を一方的に狙撃するだけですんだ。時間のロスも体力も機体の損耗もなし。ただ無言で前に進むのみ。


 そしてついに私達は敵中枢にたどり着いた。廃墟の街もこの周辺だけはやけに綺麗だ。瓦礫はほとんどなく、あるのは今蹴散らした敵の死体だけだ。それはこの目の前の瓦礫の塔の材料となったからだろう。これだけの規模の建築物だ。周辺を更地にするくらいは確かに必要だろうね。


 すっかり見晴らしのいい荒れ地を見回しても、センサーにも敵の姿は一切ない。もう諦めたのか、そもそもすでに限界が近かったのか。限界が近かったのなら嬉しい。私達がここまで数をすり減らしながら続けてきた戦いが、積み重ねた多くの死が無駄ではなかったんだから。


『……どうしますの?』


「私が、上って、終わらせるて来る」


『では私は下から梅雨払いをして差し上げますわ』


 推進剤がないからもう飛べません、ということなので仕方がない。それに下から距離を置いて全体を見てくれれば、こちらも警戒が楽になる。私は足を曲げてしっかりと力を溜め込む。ギシギチと装甲や人工筋肉など、満身創痍の機体の構成物質全てが軋み悲鳴を上げている。まだだ、もう少しだけ耐えてよお願いだから。


 一気に大きく飛び上がる。地面が陥没するほどの踏み込みで、鋼鉄の巨体が自力で空へと舞い上がっていく。空気が機体に擦られ引き裂かれる音が鳴る。途中からは推進剤の噴射も加えてどんどん高く、塔の中ほどを目指して上っていく。事前の分析と調査によると、そこに敵の中枢であり心臓であり脳である核があるのだという。


 ある程度の高度までは何事もなく登れた。しかし反応が近くなってきたころ薄汚れた茶色の瓦礫を継ぎ接ぎした、まさに残骸の寄せ集めであった塔の表面から見慣れた青白い光を纏う鞭が放たれる。


 上に一回転するようにして回避するも、今まで大人しくしていた塔が急に同じような光の鞭、というより触手を大量生産してきた。狙いが甘く回避は容易だけど、無駄に推進剤を食うのが困る。そしてよく見ると光の鞭に見えたけど光の奥には馴染みの化け物共の様な蠢く肉があり、厳密には光る肉の鞭といった感じだ。

 どうやって瓦礫の山から肉を発生させているのかはわからないけど、気持ち悪いし鬱陶しい。うにょうにょとした触手が無数に踊るようにして揺れているのだ。げんなりする。


『ふらふらと……! 不規則で狙いにくいですわ!』


「適当にばらまいてくれるだけでいいよ」


 夢華が下から援護射撃してくれるけど、ほとんど当たらない。鞭の動きに法則性がなさすぎる。自棄になってやたらめったらに振り回している感じだ。こちらに当たるコースをとる物が少ないのはいいけれど、気が抜けないし視界をちょこちょこ遮られて大変に邪魔くさい。何本かは夢華の射撃が命中して千切れ飛んでいるけど、またすぐに新手が生えてくる。


 しかも鞭が振られるたびに何かが飛び散るような音がするのも、なんとも生理的嫌悪感をあおってくる。そんな不快な物体に取り囲まれるのはなかなか堪える。それでも所詮は悪あがきに過ぎず邪魔くさいですんだため、何とか目的の反応がある高度まで登ってこられた。ここまで来ると実にわかりやすい。


 茶色や灰色の残骸を組んでできたような塔の外壁が、一部分だけ化け物と同じ青い生物的な皮膚とでも呼ぶべき物に変わっている。ぬめり気のある光沢が端的に言ってキモイ。


 センサーを集中させ、内部分析を試みる。


「……間違いない、ここだ」


 場所は確認できた。後はとどめを刺すだけだ。


「後ちょっとだけ、私を守って」


『ええ、よろしくってよ!』


 一ヶ所に留まっていたせいか、敵の狙いがだんだん正確になってきた。しかしここから動くわけにはいかないので、夢華に援護を頼む。私が動かず敵の狙いも定まってきたということは、夢華の援護も当たりやすくなったということだ。後は信じて任せるしかない。私の機体は今から動けなくなる。


 元々この塔の外部から核を破壊する役目は紫だったけど、今はもう紫はいない。なら私がやるしかない。紫は私がいたから、あそこで足止めに行ったんだ。なら私はやり切らないと。そも初めからそんなこともあろうかと思ってこの機体を選んだのだ。その選択の理由が今放とうとしている武装にある。


 機体のコンソールを操作し、兵器の一覧から最終武装を選択する。赤い警告画面が複数出るけど、今まさにこれを使う事態だ。構わず承認すると、機体が自動で空中に固定され発射体勢に入る。


『座標固定。エネルギー、炉心直結します』


 胸部の丸みを帯びた装甲が真ん中から外開きの窓の様に開き、外気に晒された内部全面が発射口として組み変わる。展開された装甲の内側も利用して磁場を生成し高密度にエネルギーを圧縮していく。胸部ということはコクピットの目の前で圧縮が行われているわけで、その圧に私自身の体も軋むようだ。


 発射の邪魔にならないよう、さらに最後にひと押しするために両腕を横に水平に伸ばし足もそろえて下に伸ばす。肩の部分がスライドして、装甲の内側から小型の発射口が現れる。そして腰の部分にも発射口が同じく現れて、エネルギーを充填していく。同時進行でシステムが発射準備を淡々と読み上げていく。


『フィールド、正常に加圧。圧縮率33.4%』


 この時点でもう周りには収縮しそこなった余波が巨大な力場を形成しており、私を鞭で打ちつけて必死の抵抗をする中枢塔の悪足掻きはその力場に触れるだけで爆散していく。鋼鉄の巨人に無尽蔵のスタミナを供給する炉心のエネルギーを全開にして、放出したそれを無理やり圧をかけて凝縮までしているのだ。これまでの人類が持つ火器では考えられない熱量がごく狭い空間に満ちていく。その余波だけでも並のミサイルやビーム砲の威力を上回るだろう。


『発射軸形成。ガイド照射』


 背部装甲が展開、移動して頭の上に突き出す。ここから目標地点へ放出されるエネルギーを誘導する軸、銃でいうなら銃身に当たる部分が形成される。もちろん目には見えないけど。


 圧縮した熱量でプラズマが発生し、周囲や発射口に稲妻のような瞬きが断続的に走り始めた。エネルギー充填はもう完了する寸前だ。目標、敵中枢核、ロックオン。


『充填率100%。撃てます』


「これで最後……発射!」


 轟、と発射された最後の切り札が視界を真っ白に染め上げていく。でもどの道目なんか開けてられない。すぐに発射の反動による衝撃と轟音が襲い掛かってくる。思わず呻き声が漏れるほどの衝撃波と揺れに耐えながら、何が何やらわからない爆音にも耐え続ける。脳みそが破裂しそう。目を閉じても感じる光が目の裏側まで白に塗りつぶしていく。


 でもここで耐え切れずに発射体勢を崩したら、あらぬ方向に放出が行われてしまう。けどどう耐えたらいい。上下左右の感覚すらもうわからない。ただ全身に力を入れて堪える。


 耐えろ。

 もう少し。

 まだだ。

 耐え。

 もう。


『……お疲れさまでした。我々の勝利です』


 最後に機械音声のはずなのに柔らかな労わりを耳にして。


 こうして、光の中ですべては終わった。

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