大爆死反省会

「ふぅー」


 モニターが消え、薄暗くなった筐体の中で一息ついた。流石に結構疲れた。足が震えるほどじゃないけど強張っているのを感じる。こんなに跳んで走ったのなんていつ以来だろう。


 ゲーム専用のフルフェイスヘルメットを脱ぐと、こもった空気がもわりと辺りに散る。反射的に匂いを嗅いだけど大丈夫、臭くない。むしろいい匂い。流石私だ。美人は汗も臭くない、これが現実。人によっては美人が汗臭いと嬉しいかもしれないけどね。私自身は自分が臭くない方がいい。夢華は私の汗の匂いが好きとか言ってた。変態かな。


 一応このメットには空調機能も付いているけど、これほど長時間装着してしかも激しく動き回ったら流石に機能が追いつかないようだ。ただこんなに激しく運動しても問題がない量の酸素は供給できているから、そこの所は良い評価ができる。


 フルフェイスで口も覆われているのに酸欠にならず、息苦しくもないってすごいことですよこれは。風邪の時とかに着けるマスク一枚でも運動すると息苦しいのに。完全に顔を覆ってしまうから、ゲームに熱中している間に酸欠になって倒れるなんてことにならないよう気を使った甲斐はあったね、いい出来だ。


「あっついなーもう」


 スーツの首元を広げて仰ぐ。こっちのスーツは作業中の怪我を防ぐ防御機能以外にも、体温を調節し内部環境を快適に保つ機能がある。汗を吸収したり熱を吸い取って外部に放熱したり、逆に寒い時には熱をためて冷気を通さない。暑い所で作業する人も、冷凍庫など極寒の場所で働く人もいるからどちらにも対応できるように仕上げた。


 それでも着たまま激しく動き続ければメット同様に機能が追い付かなくなるわけで。こんな風に着たまま何時間も走り回ることを想定して作ったわけじゃないから仕方ないよね。通常業務内でそれなりに高強度の負荷を、何時間もかけ続ける運動をする人は少ないだろう。


 きつめの肉体労働を生業にしている私でも、負荷が重い仕事は機材の持ち運びとかの短時間で済む作業がほとんどだ。それ以上かかるなら強化外骨格でも使うべきでしょ、文明人なんだから。


 しかし意外とこれが難しいんだよね。走っても汗をかかない、というか汗を即吸収するとかあるいは熱を吸収して熱くて蒸れるのを防ぐとか。こういった長時間動いても不快感を感じさせない機能というやつが、当初想定していたよりもだいぶ難しい。なかなかちょうどいい具合の温度にならなかったり、汗や表皮の水分吸収具合の調整だったり。


 肌から水分を吸い取りすぎたら乾燥肌になっちゃうし、吸わないと汗も吸いきれなくて気持ち悪くなっちゃうしで両立が難しい所だ。現状最高品質のこのスーツだって長時間の運動を予想して作っているけど、今こうして機能が追い付いていないのが現実だ。悔しい。


 この作業スーツは私や夢華たちを監視したり警護してくれている人たちや、なんか映画に出てきそうな特殊部隊らしい人たちにも提供している。あんまり戦争とか軍事に関わる物は作りたくないんだけど、せっかくだから戦闘用スーツに改造して提供した。私たちを守ってくれている面もあるし、多少はね。


 現在そんな彼ら彼女らからもデータをとって、もっとこうしてほしいとかの改善要求も収集している。現場的には今でも使用に問題も不満もないとのことだけど、作った私が不満なの。いっぱい、できればいいことに使って、いっぱいデータ集めてくださいな。忌憚のない意見ってやつもいっぱい頂戴ね。


 問題や不満がないといわれるのは嬉しいけど、確かに今でもある程度の負荷の運動で済むなら確かに快適なんだよ。それが長時間、高負荷とかになってくるとどうしても着心地が悪くなるのが避けられない。マラソンなんかしたら絶対だめだね。


 宇宙開発とか消防関係の人にも使ってもらっているから、温度とか着心地、運動性はもっと改善したいんだけどな。なにせ服の着心地とか体温、汗の管理は集中に直結する大事な問題だ。作業を効率よく行うには、まず作業に集中できる環境を作らないといけない。汗でびちゃびちゃの服を着て細かい作業に集中したり、勉強に没頭するのは難しいというか無理でしょ。


 宇宙開発は人類全体の利益や発展に関わる重要な仕事だし、私も大いに関心がある分野だ。その研究開発を手助けし、加速させるためにも是非このスーツの改善をしたいところだ。






 そんなことをつらつら考えながら筐体を出ると、ゲームが終了した暗い筐体中で小休止していたから室内の明かりが眩しい。目がしぱしぱする。また部屋がほぼ白一色だから光の反射がすごい。目に余り優しくないんじゃないかってくらいだ。なおあくまで例えで、明るさに慣れたら普通に見えるようになるし人体に害のない光量に収まっているのは知っている。


 荷物を脇に置いて、大きく背伸びの運動をする。


「んんんーーっ……」


 机に向かっていたわけじゃなく体は過剰なほど動かしていたけど、一作業終えるとなんだか伸びがしたくなる。そういうことって、ありませんか。私はある。同じように他の筐体から出てきた夢華や紫も揃って伸びをして、ひねってと体をほぐす。三人は仲良し。


「おつかれー」


「GGでしたわ!」


「あー……」


 夢華は顔に疲労が見て取れるもののまだ元気そうだが、紫はもう床に座り込んで見るからにしんどそうだ。人語を話すこともできないのか、あーだのうーだのうめき声が意味もなく口から洩れ続けている。


 普段ピシッとしてる分、こういう姿は珍しい。あ、でも一緒にスポーツとかすると大抵こうな気もする。体力差がどうしてもあるから仕方ないけど、それでも限界まで一緒に遊んでくれる紫好き。


 秘書として後ろに立って控えてたり、主人のために歩き回って諸々を準備したりで体力がないわけじゃない。いざという時夢華や自分の身を守るために護身術や格闘技も嗜みがある。でも肉体労働者の私と、パーティーや教養の一環としてダンスや伝統舞踊を踊る夢華と比べると劣るのが道理だ。


 特に夢華のするダンスとか舞踊っていうのは優雅に見えてものすごいハードな運動だ。私も何度か夢華の家のとは別にパーティーに出て、軽くでいいからと踊らされたことがあるからわかる。体力も筋力もある私でも、数曲踊っただけでそれなりに疲れた。楽しくなかったかって聞かれたら楽しかったけど、見た目ほど美しく楽しめる競技じゃない。そう、競技だ。


 あれは完全に競技、スポーツの範疇にあるもので、それが優雅で上品な仮面をつけているだけだ。詐欺だよ詐欺。参加した感覚で言うと長距離走か、瞬発力もいることを思えばテニスに近いねあれは。


 床に寝転がるなんて行儀悪いって元気な時の紫なら言いそうだけど、元気じゃない紫はそんなこと気にする気力もないか。ついに力尽きて床にひっくり返ってしまった。安らかに眠るといい。職場なのに土足厳禁の室内だし、備品の掃除ロボットが掃除済みで床は綺麗だから寝転んでも平気。床材も柔らかい物だし、しばらく寝てていいよ。


「Good Gameっていうけど最後全滅だったよね」


 今私たちが出てきた黒い球体型の筐体は、夢華の所が日天堂と協力して出した最新ゲーム機であるVARSだ。私も開発に携わった、夢華がこうしてゲーム事業部を立ち上げるきっかけになったプロジェクトの産物である。


 これに使われている技術は、長い歴史とそれに見合う技術がある日天堂でも持たないし扱えない技術ばかりだ。カーレースのゲームを出しているからと言って車が作れるわけじゃないのと同じで、必要になる知識と技術、ついでに設備も違う。畑違いというやつだ。それを理解していた日天堂は、ロボットのシミュレーションゲームを作ると決めた後まず最初に協力企業を探した。そして目を付けたのがこれまでゲーム事業とはさほど関わりのなかった夢華の家だったのだ。


 その後どういうやり取りがあったかは知らないけど、次は夢華の家から私に協力のお願いがきて出来上がったのが今までやっていた「人類防衛・科学特務隊」というゲームとその筐体だ。


 宇宙の果てから突如来襲した謎の生命体と人類の戦いを描いた作品で、さっきの私たちは末期戦でプレイしていた。末期戦だと人類は総人口半分以下に減少しつつも対抗できる兵器を作り上げ、徐々に敵を退却させることに成功した所から開始だ。


 その最後のとどめとして私たち突入部隊が、敵が日本に建設していた司令部であり心臓部であり生産拠点でもある巣を破壊する決死隊として突撃したのである。我々は他の部隊員であるNPCたちの全滅という大きな犠牲を払いつつも敵の防衛線の突破に成功し、紫の身を捨てた誘導によりかろうじて抽出された増援も突破。悪足掻きとして繰り出された手駒として改造された人型の兵器も打ち倒し、ついに敵の心臓部にたどり着き必殺技をお見舞いしてやることに成功したのだった。


 さてその結果はというと。このVARSは外側にモニターが埋め込まれており、プレイログの確認やプレイヤーの許可があればプレイを観戦することもできる。それを見るに全員ばっちり死亡してますねこれは。紫は自爆して、私と夢華は最後に敵中枢部を破壊した際の大爆発で吹き飛んだ。みんな爆発して死んでるな。


「さ、最終的に人類は救われましたから……」


「全体のための自己犠牲を容認するのはよくない」


 私が実質自爆したから救われた世界を見ると、確かにやりきったという感慨はある。世界は救われたんだ、私はやったぞって。でもそれを強要される世界にはなってほしくないなとも思う。


 結果良ければっていうけど、私がいなくなった結果だし。そしてなんとエンディングはこのやり方だと見られないのだ。まあ普通に考えれば死んでるから当然だよね。でも自分が死んだ後の世界はゲーム自体はクリアでも見せないあたり、日天堂さんも死なないでクリアすることを推奨しているんだと思う。子供向けから大人向けまで幅広くゲーム出しているとはいえ、家族の繋がりや子供の発育を重視している会社らしい考えだ。伊達に老若男女全ての層に好かれているわけじゃないね。


「……はぁぁ、ふぅ。ごめんなさい。私のせいだわ」


 復活した紫が開口一番に謝る。まあ私の自爆と夢華の巻き込まれ爆死は確かに紫がいなかったからだ。紫の機体が唯一、敵中枢部を爆発範囲外から破壊可能な武装を積んでたからね。私の武装も破壊する威力はあったんだけど、見てのとおりというかやっての通り使うと私も死ぬ。ついでに援護もいるので援護してくれた仲間も死ぬ。


 一方紫のは機体に組み込まれた武装で、機体のエネルギーの大部分を使い反動も大きい。けれど結構な遠距離から敵中枢を粉砕可能な破壊力を持っている。対人で知らずに使われたらチートを疑うレベル。攻撃の余波だけでほぼすべての機体が消し飛ぶ。その代わり反動に耐えうるボディとその威力を叩き出すエネルギーが必要だから、一定以上損傷すると発動不可になってしまうのだ。逆に言えば元気ならインターバルはいるけど何発でも打てる。敵の中枢部とかいうラスボスの核を一撃で破壊するに十分な威力が、タメとインターバルはいるにせよ複数回撃てるってバランスおかしくないか。


 おそらく日天堂の開発陣にこの機体を好きな人がいるんだろう。こんな感じの巨大ロボットのゲームとか特撮とか、お宅が色々出しているの私は知ってるんだよ。いいけどさ、多少の依怙贔屓は。


 とにかくそんな馬鹿げた威力の武装を撃つために、機体も頑丈にできている、はずだったんだけどね。武運拙く、目標地点にたどり着くまでに発動不可まで追い込まれてしまったわけだ。紫の腕の問題と言えばそうなんだけど、でもはっきり言ってそれ以前の問題だよね。これはチーム戦なんだから。


「そんなことはありませんわ。紫の疲労や技量を考慮した上での編成でしたもの」


「そうだよ」


「でも私があんなにやられたから」


「守り切れなかった私たちの問題ですわ。あなたを無事に中枢まで送る作戦でしたのに」


「そうそう」


「それは私が最低限の自衛もろくにできなかったせいで」


「確かにそこは問題でしたわね。それ程まで疲れているのなら、やはり作戦開始前に休憩をとるべきでした」


「そうよね」


「うっ……でもそれも私が無理を言ったから」


「無理をしていらしたのはわかっていましたわ。その上で続行を決めたのは私。その責任も長である私にあります」


「そうわね」


「無理を通してもらってこれだもの。ごめん」


「いいんですのよ。ただもう無理はしないでくださいな。私達は紫と楽しく遊びたいだけなんですもの」


「そうよね」


「そうね。反省した……」


「わかってもらえたなら良いですわ」


「良いわよ」


「ありがとう……ところでだんだん相槌が適当になってたけど、何してるの?」


「そうですわ。私達チームの絆が深まる重要イベントですのに」


「イベント言うな」


「好感度と信頼度の両方が上がってお得なので、是非ともこなしておきたいイベントでしたわね」


 恋愛ゲームの解説みたいな言い方やめなよ。大体今更私たちの間で好感度や信頼度上げする必要あるかな。上限に達してはいないけど、必要域には達していると思う。何に必要かはわからないけど。


 そもそも愛に上限ってあるのかな。私はいつからか二人のことを愛しているけど、気持ちは増大すれど減じていない。だから上限があったら到達してそう。でもイベントをこなすことでレベルキャップが更新され続けているという可能性もあるな。フラグを立てられることで、私からの好感度の上限が解放される感じで。好感度上げに失敗してたら世界が滅亡していたかもしれない。私は世界の命運を左右する系ヒロインだったのか。


 それはともかくようやく話が終わったようで、紫や夢華がこっちに話を振って来る。でも何してるって言われても、仕事をしてるんですけど。


「今のゲームプレイのデータやログを見てるんだよ」


 ゲームシステムの内部設定とか、その設定だとどのようにAIやNPCが動いたのかとか。データ設定とログを比較して動きを確認していたのだ。普通は見れないけど、開発者なので専用の見方がある。


 私は筐体自体は開発したしそれに関わるゲームシステムも協力したけど、いわゆるゲームとなるための部分はノータッチだ。私の仕事じゃない。それにゲーム中は初プレイなのもあって、他の挙動を観察するほどの余裕がなかった。ぶっちゃけゲームに夢中だった。


 いや流石に最古参のゲームメーカーの出すゲームだわ。自分が関わってたことも忘れて楽しめた。正直もうちょっとつまらないかと思ってたけど舐めてたね。がっつり没入感のあるゲームだったよ。しっかり感情移入していけるだけのポテンシャルがあった。子供向けのゲームが多いから、子供っぽい感じかと思えばあの気持ち悪さとかグロさは完全大人向けだよ。


 気持ち悪くも強大な敵とかBGMがないことで現実味が増す演出や、実際にロボットを動かして収集した音や振動を使ったリアルなロボットの駆動感とか。歩くのに合わせてズレなく振動が来て、画面も適当に振るんじゃなくて正確に動きに合わせた上下をするんだもんね。


 味方のNPCも複雑なAIにすることで人間味が増して、共に戦う仲間としての思い入れも強くなった。あとは任せたとか言われると、任せろって気にさせられてしまったぞ。瓦礫の転がり方とか風に砂ぼこりが舞う様子、飛び散る破片とかの物理演算も現実と違いがないくらいだった。明暗の付け方とかもいい感じで、ゲーム的には見えにくく不便な面もあるかもしれないけどリアルさを追求するなら多少不便であるべきだよ。


 総評すると、大変良いゲームだったと思う。これは話題になるわけだわ。そしてこれを作ってしまったら、それは次回作も期待されるよね。私もこれなら次のゲームも買おうかなって思う。これは責任重大だなぁ。






 そんな風にゲームの感想を話したりログを見て反省会をしていると、水を飲んで一息ついた紫が私の方をじっと見ている。見てくれているのでとりあえずセクシーポーズをとった。ちょっと体を横向きにして片腕は頭の方へ持ち上げる。もう片腕で胸を持ち上げて強調して、腰を少しくねらせてお尻も強調。


 どうだ、私の艶姿に悩殺されていいよ。


「何ポーズとってんのよ。そうじゃなくて、あんたなんて格好してんのよ……」


「こんな格好だい」


「胸を張るな、尻も突き出すな」


「そのスーツだけだとエッチ度が高すぎて、私のお脳が破壊されてしまいそうですの」


 脳が破壊されるて。私の下着姿は怪電波かなんか出してるのか。上と下を脱いだだけでしょうが。下着だけなんてはしたないと言われれば返す言葉がないけど、下着というか全身スーツなんだよね。肌見せしていないからはしたないってこともないんじゃない。かと言ってこの姿のまま外行けるかって言われたら無理だ。やっぱりはしたないかも。


 でも私たちしかいないんだし、互いの下着姿なんて見慣れているからセーフセーフ。それよりもひどいのが二人もいるし、私なんか可愛いものでしょ。


「二人の格好の方が、ちょっとひどいと思うんですけどー」


「うぅっ」


 図星か。指摘された途端に、運動後の火照った顔をさらに赤くして縮こまる紫。それに対して全く気にせず胸を張る夢華。


「運動するのにふさわしい格好でしてよ?」


「夜の大運動会かな?」


「やめて……許して……」


 あーあ、丸まっちゃったよ。今の紫なら穴があったら迷わず入っちゃうだろう。むしろ穴を掘りだすかも。


「伝統ある体操服ですわ。何も恥じることはございませんことよ」


「嘘でしょ。絶対ただの趣味でしょ。いい趣味じゃない」


「それはそうですわよ、当然ですわ」


「本性見せたな」


「はっ!? ……そうよ!」


 開き直るな。縮こまってしまって、逆にエッチに見える紫に申し訳ないと思わないのか。かわいそうに、こんなにお尻をプルプル震わせて。エッチだ。床に土下座するような感じで丸くなっているから、プルプル震えるお尻が強調されていて大変良くない。実に良くないなあ。


「私は女性の白い体操着とブルマが好きなんですの! だから私は趣味と実益を兼ねて使いました! それだけのことですの!」


 はっきりと趣味って言ったぞこやつ。少しは悪びれろ。それにしたって、またニッチな趣味をしてますねぇ。かつて絶滅し現代において一部で復活したようで、地方で生存が確認された希少種であるブルマとは。


 どっからこんなもの手に入れたんだろう。そして趣味と言いつつ、見るだけでなくてちゃんと自分も着るのね。紫にだけ強要しないあたりは潔いというか、なんというか。でも見ていると、紫には悪いけど可愛いからいいかという気がしてくる。そんな気にしなくていいじゃない、誰も見てないって。


「私達はモデルでもマネキンでもない。言いなりにはならないぞ。……でもそこまで好きなら、今度着てあげようか?」


「やったぁ! 四季ちゃん素敵ですわー!」


「結局言いなりじゃないの」


「私が自分の意思で着るからセーフ」


 むしろそんなに恥ずかしがるくせによく着たよね。言いなりなのは紫の方だと思うんですけど。やーいお嬢様の言いなりエッチメイドとか言ってやろうかと思ったけど、どっちもどっちで不毛な争いになるのが目に見えているからやめておこう。


「はぁ、まったくまた四季は夢華を甘やかして……クシュッ」


「汗が引いて体が冷えてきましたわね」


「私はこのスーツのおかげでだいぶましだけど、それでもタオルかいっそシャワー浴びたいね」


 ついでにこのヘルメットも清掃容器に入れておかないと。汗をこっちもたっぷり吸ってる。このままにしておくと次に装着する時が地獄になるよ。女の子のでも汗は時間が経つと臭くなる。私たちみたいな美人でもだ。残念ながらこれは物理現象なのでどうしようもない。私たちの汗は体臭を改善するサプリを飲んだりしているのでだいぶフローラルな香りするけど、それも限度がある。


 ちなみに私は夢華と同じバラで、紫はバラは濃くて立場上ダメというのでジャスミンだ。私たちはバラでも濃いとは思わなかったけど、紫に言わせれば私たちの汗を嗅ぐと色香がむわっと濃くて頭がくらくらするんだそうだ。

 紫だけじゃないのそれ、と思ったけど夢華の家のメイドさんとかも同意見だったので、一般的にこのバラの体臭は濃くなりすぎるらしい。


 私たちも変えた方がいいような気がするけど、夢華は似合ってるし威厳も出ていいんだって。いいのかな。でもスタイリストとかの専門的な人が言うんだしいいのか。一方の私は一般人なんだからどんな匂いさせるも個人の自由ってことで、変えなくてもいいといわれたので変えてない。紫が文句は言うけど私たちの匂い結構好きそうだったのもある。


「それにもうお昼も過ぎてるわ。動きすぎて食欲ないけど、でも何か食べないと」


 ああ、わかる。激しい運動した直後に食事はちょっときついね。体にも悪い。でも確かにいい時間だし、一休みするとお腹空いてきそうね。けどまずはスポーツドリンクかな。汗かいたし水分と塩分とその他を補給しないと。紫には脂肪燃焼に効果のあるやつが給湯室にあったらそれをあげよう。なくてもまあ、わざわざ取り寄せまでしなくていいでしょ。明日から常備しておけば十分。


「そうですわね……ラブリー! ラブリー!」


 夢華が装着した端末に呼びかける。紫はまだ動けそうもないし、私は話が終わるまでまたデータでも見てるかな。






 そう思って筐体に向かいいくつか作業を済ませておこうとしたけど、ふと重要なことを忘れているのに気が付いた。いや、その前にクールダウンしなきゃ。


 日頃肉体労働している私にも結構な運動量だった。それに普段とは違う筋肉を結構使ってるし、しっかりほぐしておかないと後がひどくなるかも。この辺を甘くみると最悪筋肉を傷めたりして、いらぬ怪我をしかねない。それによく頑張ってくれたんだから、自分の体であっても、あればこそ労わってあげないと。


 動けないほど酷使した紫はなおさらしないとまずいね。でも自分じゃできないだろうし、仕方ないから手を貸してあげるか。ついでにブルマのお尻を触ってみたい。やっぱ見た目通りにすべすべするのかな。


 まだ呻いて床に突っ伏してる紫に近づく。はーいお体に触りますよー。クールダウンしないと体に悪いですからねー。大丈夫ですよー痛くないですからねー。大丈夫大丈夫、大丈夫。だい……


 大人しくしろ!


「やめ、やめて、私まだ動けな、いったい! 痛い!? あああああああ!」


「はいはい、大人しくストレッチしましょうねー。はいギューっと」


「ぐえぇ股が裂ける……!」


「そんなに伸ばしてないでしょー。普段から柔軟はしておいた方がいいって言ったじゃん」


 紫の断末魔の様な声を無視して体を押したり、脚を開かせたりと柔軟を強制する。体が硬くなってるじゃない、柔軟さぼってたなこいつめこいつめ。痛い痛いと騒いでいるけど、筋に悪影響が出ない範囲に収めているから痛くても大丈夫。安心していっぱい鳴いてね。


 太ももに手を置いて、感触を味わいながらもゆっくりと開いていく。痛い?やめてほしい?ダメだね。


 そんな会話をしながら私が紫で遊んでいると、通信相手と繋がったみたいで夢華が話し始めた。こちらにブルマのお尻を向けて話しているので、ぷりっとした紺色が白い部屋を背景にやけに目立つ。


「運動して汗をかいたから、シャワーを浴びるわ」


『かしこまりました。それではシャワー室の準備をいたします』


「ありがとう。その後ね、軽めのランチをいただきたいの」


『はい。何かご希望はございますか?』


「紫、何なら食べられそうですの?」


「んぎぎぎ……ごめん、ちょっと、わからない。何も、食べる気しないぃっ!?」


 夢華の問いに呻きながらも答える紫だけど、今はお腹が減ったとも認識できてなさそうだ。一休みすれば徐々に体がエネルギーを求めだすけど、今はまだ全身の筋肉に血がいって胃にまで回ってないんだろう。


 ほら、逃げないの。ぐいーっと。あ、無駄な抵抗はよしなさい。おら、さっさと股を開け!


「今は軽食くらいでいいんじゃない? 後でお茶にする時もつまめるような」


 私も正直今はそんなに食べようって気にならないし。


「そうね。では何か軽いものを」


『では少々早いですが、アフタヌーン・ティーセットはいかがでしょうか?』


「ふむ……。いいですわね。確か四季が英国でいただいた一式がありましたわね?」


 私がもらってきて扱いに困って預けたティーセット一式か。ここにわざわざ持ち込んだんだ。まあ夢華に好きに使っていいよって言って預けておいたからいいんだけど、一応ここ会社なんだよね。英国産の本場ティーセットがある会社ってなんだ。


『はい、こちらに運んでおります。ケーキスタンドもございますが』


「ではそれで用意してくださる?」


『かしこまりました』


 連絡を終えた夢華が顔を上げる。するとそこには


「ああっ!? 紫がひっくり返ったカエルみたいなはしたない姿に!」


 大の字というよりも、まさにカエルの様に微妙にがに股な体勢で仰向けに倒れた紫の姿が。


「クールダウンも兼ねて、無理やり柔軟させたらこんなことに」


 でも柔軟しておかないときっと後でひどいからさ。私も親友のためを思って、涙を呑んで柔軟させたんだよ。泣いて暴れる紫を押さえつけて、あちこち揉み解したり伸ばしたり撫で回すのは心が痛んだ。紫もつらそうな声や苦しそうな声を上げ、顔を赤くしてもがいていて正直エッチだった、じゃなくてきつそうだった。でも紫が悪いんだよ。


「仕方のないことだったんだ」


「……せめてシャワーまで運んであげましょう」


 仕方ないね。


 私は紫に近づくと、一気に抱え上げた。お姫様抱っこで。汗でしっとりとした素肌が、手や腕にぴっとりとくっついて何とも言えない感触だった。ちなみに匂いの方はいい匂いでした。抵抗する気力も尽きていたので、私がスンスン匂いを嗅いでいても弱弱しく静止の言葉を漏らすくらいだった。なのでたっぷりスンスンしたりもみもみしながら運んであげた。これはクールダウン、マッサージだから。必要なことだから。

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