海の(360度)見える町

「おおー! なかなか速度が出ますのね!」


「まあね。車自体が普通自動車クラスでは最大馬力だし、許される限度一杯の改造もしてるから」


「あなたって何でも改造しなきゃ気が済まないの?」


「何でもじゃないよ、したいものだけ。家事ロボットはしてないし、他の家電もしてないのも多いよ」


「多いってことはやっぱりしてる物もあるじゃない」


 何でって聞かれると困る。多分習性じゃないだろうか。機械弄りや発明が好きな人は、たいてい分解も改造も好きだと思う。少なくとも身の回りの人たちはそう。意味もなく機械を分解して直せなくなった経験を一度はしている。


 私はないけど。天才ですから。


「海風が気持ちいいですわー! 青い海、青い空! 素敵ですわねー!」


 下には一面に広がる青い海。上には一面の青空。白い雲は青空にはむしろいいアクセントだ。目の前には青い空と海の青が混ざり合い、果て無く青い。空けた窓から潮風がなかなかの強さで吹き込んでくる。いい風吹いてる。

 でも運転する分にはもうちょっと閉めたいんだけど、うちのお姫様が大喜びなので仕方ない。紫も髪が痛むだのなびいて大変だのと文句を言う割に、顔はほころんでいるのがモニターとミラーに映っている。


「いい風だねー。朝の風って気持ちいいよね」


 この辺りは他の飛行者がいないので、私も景色や風を楽しみながら適当に車を走らせている。走ってないけど。飛んでるんだけど。

 左右に曲がり、上下に移動し、旋回もしてみたり。ちょっとしたアトラクションだ。そのたびに夢華はキャーキャー大騒ぎだし、紫も時折身を乗り出したりして楽しんでる様子。


 私も窓から入る風が心地よい。海上では街とはまた違う風が吹く。さらに同じ海でも高さによっても違うけど、私の好みはこのくらいの高度かな。潮をわずかに含んだ香りと、街よりも微かに多く感じる水気が肌を撫でていく感じが好き。高度が下がると潮や水が濃くなって、肌にまとわりつくように感じる。それを切って飛ぶのもそれはそれで楽しいけどね。


 朝の風の心地よさは言わずもがな。みんな一度は経験したことあるだろう。爽やかな清涼感と静けさ、夜の名残を匂わせる。深呼吸して一番気持ちいい時間帯かもしれない。雑多で常にどこかしら騒がしいあの町でも、朝だけは静かで清々しい風が吹く。


 そんな空気を全身に感じながら飛び回るのは楽しいけれど、ここまで細かく激しく飛ぶことは自動運転ではまずない。あったら故障を疑った方がいいね。そう思えば夢華の反応も当然か。今時自分で運転するなんて完全に趣味の範疇だから。事故や渋滞等々の危険性や流通の問題を考慮すると、残念ながらそうなってしまうのよ。車を作る身からすると車は危険物でもあるということはわかる。


 騒がしい夢華の一方、落ち着いている紫とは何度か月の綺麗な夜や夏の夕暮れ時なんかをドライブしたことがある。別に夢華を除け者にして二人で楽しくドライブした訳ではないのよ。本当に。言い訳をすると、私は運転大好きというわけではないが、たまにドライブしたい気分になる時もある。そんな時にたまたま一人で暇を持て余した紫から連絡があり、みたいなことが何度かあっただけだ。偶然。


 夢華もいるときは買い物とか映画とか町中で遊ぶことが多くて、ドライブとか遠出することはなかった。逆に家の中だけでダラダラ過ごしたりとかでね。遠出するときでも自家用車に乗る必要もない。公共交通機関で十分だし、夢華の家くらいのお金持ちになると遊びに行く用の自家用車があるから。それに私は自分からドライブ行こうと言うほど、人を乗せて飛ぶのが好きでもない。でもこんなに楽しんでくれるなら、今度からたまにドライブに連れ出そうかな。


「あっ! 人が飛んでますわよ! あそこあそこ! ほらっ!」


 夢華の指さす先にはバックパックなどを装備して、やや前傾姿勢で飛んでいる人の姿が。一人ではなく、複数人が集団で飛んでいる。遠目で見ると鳥の群れみたい。実際は飛び方を見るに、親鳥に率いられて飛ぶ訓練をしているひな鳥と言ったところかな。


「ジェットスーツね。どこかのチームかしら」


「あれはチーム・アマウミネコさんかな。ほら山羽さんのとこ。WACとかのチームもある」


「なんだか親しそうですわね? お知りあいですの?」


「うん。たまにスーツの改善とかで意見聞かれるのよ。本業の水上機でも何度かご一緒したかな」


 水上機と言っても、飛行機の方ではない。水上を走るもの全般、WAC、つまり一般的には水上オートバイとかジェットスキーとか呼ばれてる物とか、小型や中型程度のボートとかは物によっては浮くだけでなく飛ぶこともできるので、まとめて水上機とされている。

 さすがに飛行機の方の水上機を作れる規模の工場は、山羽さんところにない。飛行機は場所とるからね。あれはあれで以前より小型化され、さらに電気のみで飛行できるようになってからは趣味で持ってる人も少数いるから商売の種になる可能性はあるんだけどね。


 また彼女らとは商売の話は抜きに、単純に同好の士であるというのもある。私は空を飛ぶのが好きなので、ちょくちょくジェットスーツで遊んでる。その時に一緒に飛んだり、飛んでいる最中に顔を合わせたりすることが多いのが山羽さんの所の人たちだ。

 彼女らはスポーツとしてのジェットスーツフライトの競技者だけど、ただの趣味としても楽しんでいる。なので同じく趣味でやっている私とも普通に話が合うのだ。一緒に飛んで見た景色や飛び方についてとか、何でもないことを喫茶店とかでだらだらと駄弁ったりもよくする。共通の趣味の友人といった関係だ。


「もう少し近くで見てみたいですわ!」


 寄って、と顔が訴えているがそうもいかない。


「ジェットスーツ用の航空区域だから、車じゃ近寄れないわよ」


「航空区域? こんな広い海の上にあるんですの?」


「あるよ。ジェットスーツもこの車も結構な速度出るでしょ。ぶつかったら大惨事だからね」


「そんなかっちり分けられているわけでもないけど、見かけたら互いに距離を取るのがマナーらしいわね。詳しくは知らないけど」


「そうそう。車のモニターにもちゃんと区域分けが表示されるの。見てみなよ」


 私の言葉に、夢華が後部座席からこちらに顔を出す。今は運転席の前方空間には綺麗な外の光景が広がっている。しかし機体前方を区域側に向けると


「わっ」


 今まで外の美しい青を一面に移していたモニターに、赤や緑の色が混じる。変わらずモニターは海を移しているのだが、そこに色の帯が追加で示されている。


「この緑が近づいても一応いいけど注意して、くらいの意味。赤は警告。すぐに離れないといけないんだよ」


 はぁー、と感心した声をあげる二人。


 夢華はともかく紫も?と思ったけど、自動運転ではわざわざ区域表示することはないもんね。私みたいに個人所有で、しかも自分で操縦しない限り勝手に機械がよけてくれるから。


「あっ! 手を振ってらっしゃいますわ! おーい!」


「そんなに身を乗り出すと危ないわよ」


 ジェットスーツの群れの周囲を軽く旋回していたら、向こうも気が付いたようでこちらに手を振っている。夢華が窓を大きく開けて思い切り手を振り返している。この距離ならはっきりと見えていないだろうし、元気に手を振る夢華は家族でお出かけ中の子供にでも見られてるんじゃないかな。


 マナーというわけでもないけど、こちらも軽く車体を左右に揺すって挨拶を返す。そして速やかに離脱した。


「あぁ……遠ざかっていきますわ」


「いつまでもいても仕事か練習の邪魔よ」


 そういうことである。通りかかったらちょっと挨拶して、さっと別れる。ルールではないけど、暗黙の了解というやつだ。大体向こうにしてもちょっと見られるならともかく、いつまでも残って観察されたら居心地悪いだろう。


「というか、私たちもこれから仕事でしょ。いい加減行きましょう」


「そういえばそうでしたわ。楽しくて、つい」


「それはよかった。まあまたいつでも連れてきてあげるからさ」


「約束ですわよ?」


「もちろん」


 むふん、と満足げに息をついた夢華が席に体をしっかりと戻したのを確認、窓を閉める。


「なんで窓閉めちゃうんですの?」


「それはね」


「それは?」


 こうだぞ。


 私は一気に車を加速させた。


「ほぎゃあぁぁぁぁぁ!」






 建ち並ぶ天を貫かんばかりの塔の群れが、圧迫感を感じさせる距離まで都市に近づいたころ。甲高いような、一方でどこか温かく重い音が下を流れていった。むしろ飛んでいる時はなかなか上から音は聞こえないが。


「列車が通りましたわ!」


 町が近いので速度を落としながら足元を見る。機体床面のモニターが青い海に線を引くように走る海上列車の姿を映し出す。滑らかに音もなく海上を走るその姿は、都市の内外を問わずファンが多い。私にはそんなわからない趣味だけど。いやまるで興味がないわけじゃないけれど、関わってる部分も興味も機能や設備の方に向いているから。走る際の正面からの顔が、とかカーブでやや傾いているこの角度が、とかいうのは本当にわからない。でも走る姿を綺麗とは感じる。


 ある時偶然その手の趣味の人に、開発に関わったことを知られて質問攻めにされたことがあった。けどその時は機関とかの質問ばかりで、わりと楽しくお話しできた。好きと言っても、色々幅があるよね。


「汽笛の音って、風情があっていいわよね。たまに屋敷でも夜だと聞こえるわ」


「え、家でも聞こえるんですの?」


「聞こえるわよ。流石に窓に近くて静かな部屋に限るけど」


「は~……知りませんでしたの」


「遠くまでよく響く作りだから、距離があってもある程度静かなら聞こえてくるかもね」


 汽笛というが正しくは警笛である。私も詳しい名称は興味ないから知らないけど。この町の昼間は騒がしすぎてとてもそう遠くまでは響かない。最上層なら静かだが、そこに行き着くまでに音が減衰してしまうのだろう。夜なら流石に表層の喧騒は少し落ち着いてくる。それでも最上層の屋敷の、さらに高い階で聞こえるのはすごいな。


 ちなみに私の暮らす最下層はどこにいてもほぼ聞こえる。最下層や下層自体が音を伝えやすい造りになっているとか。工業区域の昼間は絶対聞こえないけど。流石にそこかしこで工業機械が唸り、走り、火花をあげてる中では伝わらないわ。


「さてさて、だいぶ近くまで来たけど……」


 マップを縮小し、今いる一角に集中させる。ここは都市外延部にほど近い区域。だから町中を通っていくより、いっそ外回りの方が楽かもと思い海まで出たのに。結局思いのほか同乗者が喜んだため、ぐるっと大回りしてしまったわけで。時間は当然余計にかかった。

 本当はもっと小さい円を描いて、外周に沿って飛べばよかったんだけどね。まあ急いでとは言われなかったし、いいかな。私は知らない。急ぐ理由もないし、友達とドライブを少しばかり楽しんだところで問題ないでしょ。夢華も紫も楽しんでたし、私も楽しかったし。


 離れた所から見る私たちの町は外から見ると意外とすっきり整って見えた。不思議だ。中は結構ごちゃついた街なのに。


 平面マップから三次元の立体マップに切り替える。簡単な場所の把握には平面でいいけど、近くに来ると立体にしないと高低差のあるこの町はわかりにくい。今も平面状では一つの点だったポイントが、立体にするとある建物の屋上を示しているのがわかる。三次元マップにしてもなお見難い個所もあるけど、今回は場所がよかった。配達ロボットすら時々目的地発見に手間取ることもあるんだからこの町は本当にさあ。


 もう少しわかりやすく住みやすくしなよとは思うけど、逆に年々わかりにくく複雑化していっている。最初は美しく整い、綺麗に区画分けされた町だったらしいけどもはや面影はあまりない。居住者が増えて住居と施設が増えて、そのせいでさらに人が増えて人が増えたから施設が、の繰り返しだ。この町はよく浮いていられるなと時々思う。私も技術面から都市の開発には協力しているのでまだまだ浮力に余裕があることは知っているけど、それでもちょっと疑ってしまうほど人口増加に増築が続いている。


 最初期にできた海上都市だけに、歳月を重ねた分かつての姿ではいられないのはわかるんだけどね。そろそろ全部壊して新たに美しい景観と住みやすさを両立させた新都市に改築したい。かと言って本当にそうすることになったら反対してしまう気もする。更地にして作り直すには、この町に思い出が多すぎる。私はここで生まれて育ってきたんだから。


 そんな都市開発の話はともかく、ポイントがあるということはそこが目的地、つまり職場なわけだけど。上層の中でも高い建物の、その屋上にポイントかあ。なんか悪いところに近づけまい、離したくないという意思を感じる。

 父親にとっては娘はいつまでもお姫様だっていう話だし、ましてその娘が今でも自分によく懐き甘えてくるならなおさらだろう。親馬鹿するのもわかる気がする。わかる気はするけど、実質ほぼ最上層じゃないここって。過保護だなあ。


「はい到着、と」


 高度を調整して突入し、屋上の駐車スペースに降下する。この駐車用の台は一定まで近づくと自動機能で向きや位置の調整が行われるから楽。この駐車台じゃなくても車は止められるけど、これがあると本当に楽でいい。広い所での運転は楽しいけれど、狭い都市通路の運転とか駐車はただ辛いもの。

 いや自動駐車にすればいいんだけど、運転を自分でしたら停めるまでは手動でというこだわりがある。運転が好きな人には通じるこのこだわりだけど、面倒な時は私も自動にしちゃったりもする。こんなことだから、自動運転の車ばかりになったんだよね、きっと。


 ふんわりと着地。厳密にはこの駐車台はホバー機能付きの為、一台の設定範囲に収まる大きさの車なら地面から浮いて停車する。これがあると再度乗るときに浮くのが楽だし、車が地面に設置しないため車体などへの負担などが減る。ついてない駐車スペースもあるけど、あれは基本地上専用車のためのものだ。重力がある意味人体にも物体にも一番ダメージ与えてくるからね。継続して引っ張られ、地面に押し付けられていると考えると当然だけど。影響を軽減できるなら軽減した方が機械にはいい。人の場合はその影響下で生きるようにできているので、軽減するとそれはそれで問題が起きるから一概には言えないが。


 ここに設置されている駐車台は、当然だけど夢華の家で作っているやつだね。私も少しだけ口を挟ませてもらえた型のだ。普段は車の方を弄ってるから止める方を弄る機会はあんまりないんだよ。うちの会社は建物設備の整備もするけど、夢華のとこがわざわざ外注する意味がないからね。製品改善とかマーケティング用資料とかのために、本社のデータ取りと整備専門チームが整備してしまう。外注が出ない以上やる機会は巡ってこない。設置してあるのを勝手にスキャンして分析したりは当然してるけど、やはり一度直にバラしたい。


 そう思ってた頃に駐車台の新開発するという話を小耳に挟んだのだ。滅多にないチャンスと思い、新型のホバー車を設計してそれを理由に開発に参加させてもらえたのだった。ただ実際に設計図を見たり直接解体してみると、事前分析などによる仮定を大きく外れてはいなかった。結果としてそれほど発見はなかったが、大変すっきりした。仕事上がりのお風呂くらいさっぱりした。


「お疲れさま」


 紫たちの労わりを聞きながら、車のメインを停止させ降車する。んん、と三人揃って大きく伸びをし、体をほぐす。別に凝るほど乗ってたわけでなくても、なんとなく降りるとしてしまう気がする。


「予定時刻を大幅に過ぎちゃったわ……」


「ご、ごめんなさいですの……」


 二人揃って肩を落とす。いつもいっしょだからか、仕草や動作が年々同化している気がするな。どちらがどちらに似たのかは、もう互いにもわからないだろう。私にもわからん。


 二人が落ち込んでるけど、私は言われた通り運転しただけだから無罪。


 駐車場をぐるりと見まわす。広くて殺風景な場所だ。もっとも、どこにも繋がっていないただの屋上ならこんなものかな。駐車用のスペースには私の車の他にも何台か停まっている。それ以外の何物にも見えない、主張強すぎの社員用の共有車だ。会社の広報も兼ねた機体には、会社の名前などが大きく示されている。特にロゴの主張がすごい。誰の目にも記憶にも残るから、なんかあったらすぐ特定されそう。色も大変鮮やかで、複数の明るい原色が補色対比を起こし南国の鳥のようだ。いっそ痛いくらい色が目に飛び込んでくる。


「誰か待ってるわけでもないんでしょ? だったらまあいいじゃない」


「他人事みたいに……うーん、まあいいか。確かに今日は別段仕事らしい仕事もないだろうし」


「ないの?」


「ないわねえ」


 ないなら何故今日から出勤なんだ。


 そんな疑問はあるけれど、ここまで来て言っても仕方ない。紫にはなんか考えがあるんでしょう。すたすたと歩きだした紫に従う。でも広い平面の屋上の一体どこに向かうんだろう。駐車スペースや社用車があるのだから実質ここも出入り口みたいだけど、肝心の出入り口そのものがないんですが。


「ここですわよ」


 とんとん。


 途中小走りになって紫を追い抜いた夢華が、足で屋上の端の床を叩く。そんなどや顔して床を叩かれても、ぱっと見何もないけど。でも何かあるっていうことなら、ぱっと見じゃなければわかるかな。


「あっ! ダメですわ!」


 ダメじゃないです。風を直接感じたくて運転の時は外していたサイバーグラスを装着。探査モードに切り替える。様々なスキャンが瞬時に行われ、周辺探査情報が画面に表示される。私相手にそんな隠し事は無意味なんだよなあ。なんでバレたか、次までに考えて改善しておいてね。私ももっと解析度あげるからさ。


「インチキ! インチキですわ!」


 今でもこの程度の材質なら透過くらい簡単簡単。さすがに軍用とか宇宙用の、極めて強固な特殊加工コンテナとかは透視できないこともあるけどね。悔しい。いずれ必ず覗いてやる。とりあえず今は夢華の足元に大きな機械がよく見える。配電盤にコンデンサ、各種配線なんかまで丸見えだよ夢華。



 ふーん。これは……昇降機だね。なるほど。


 屋上から昇降機を使って侵入する職場ってなかなかないぞ。すごいね。しかし大きいなこれ。巻き上げなどの機構はともかく、人が乗るであろう場所がだいぶ広い。一体何人同時に乗せて移動する気なんだ。やけに太くて頑丈そうだし、耐久力もかなりありそうだ。工場で使うタイプに近いかな。



「この子に隠し事なんて無意味だってわかってたでしょ」


「むむむ」


 むくれちゃった。でも多分この昇降機なら床上に立って歩くか、さっきみたいに叩けばスキャンしなくてもわかったよ。音や叩いた感触、振動の違いで。まあ言わないでおいてあげるか。私ならわかるってだけで、普通の人ならわからないのは確かだしね。


「リフト使って出入りとか、かっこいいじゃん。考えたの夢華でしょ? すごいじゃない」


「ふふん、そうですわよ! 私渾身の秘密基地式ですわ!」


「私は普通にドア付けて、階段で上り下りにしようって言ったんだけどね」


「でもこれ機械の搬入口とかも兼ねてるんじゃない? それなら確かに階段よりこっちのがいいかも」


 乗り場の広さや部品の大きさ、材質なんかがもうまるきり工場の機材用の昇降機だよ。そう考えると、これはこれでありかな。階段では大きかったり重かったりするものは運びづらいからね。搬入用の強化外骨格で荷重の問題は解決できても、体積とバランスはどうにもならない。ぶつけないように慎重に慎重に、何度も持ち方や角度を変えて運び込むのは本当に面倒くさい。ばらして運べば楽なのに、なんか変にこだわってそのまま運ばせるし。ばらして個別に運んだ方が絶対早かったよ。時々いるのよそういう面倒な人。あー思い出すと腹立ってくる。


「ほ、ほら! 四季も言ってますわ!」


「そうね。つまり四季の言った通りなのね?」


「はっ!?」


 そんな顔でこっちを見られても。次はどうしてこんなに大きいのか聞く気だったのかな。質問する前に私が答えを言ってしまったと。なんかぐぬぬって顔してるし、申し訳ないから何か言われるまで黙っておこう。またクイズをつぶしたら悪いや。


「まあ搬入口とか見慣れてる子だから。それよりほら、まだあるんでしょ?」


「そ、そうですわね」


 気を取り直そうとしてるのか、軽く二、三回頷くと夢華たちは少しその場から離れた。


「で、ではですね……」


 軽く咳をしてタメを作った後、夢華の小さい指がリフトのある辺りを指さした。


「そこにあるリフトをよくぞ見破りましたわ! ですがもう一つ大事なことがありますの」


「ふむ」


 起動方法とかかな。見つけても使えないと入れないわけだからね。ぱっと見の外見ではただの床としか見えない。起動装置が外部に見当たらない以上、何か別の方法があるはずだけど。


「さあどうやって中に入るか当ててごらんなさい!」


 やっぱりね。とはいえそれくらいもわからないと思われたなら心外だな。スキャンモードでリフト周辺を観察する。配線や機械の構造、使われている機械部品の型などの情報を丸裸にしていく。


「ほーん」


「えっ嘘でしょう!? は、はったりですわ! 天才としての強がりですわ!」


 もうわかっちゃった。ごめんね。でもほら、私って天才だから。私の作ったこのサイバーグラスも傑作だから。紫も知ってたって顔してるし。容赦なく答え合わせに行ってしまうよ。


「あああああ……そんな早く、あなた……」


 絶句してる夢華を尻目に淡々と操作を行うと、想定通りリフトを隠していた床がスライドして黒い台が現れる。人が少なくとも十人以上は乗れそうな、結構な面積がある広い足場だ。

 やったね。


 台が完全に姿を現すと、今度はその周りから同じく黒い柵が現れた。なるほどね。機械搬入もするなら、柵があった方が安定するか。ああ、操作もここでするのか。操作盤がついてる。


「やっぱりわかっちゃうかー」


 入口なのか、柵が一部横にスライドして空いたので乗り込むと紫もやれやれという感じで乗る。


「ふふん。どう? 当てが外れてがっかりしちゃった?」


「あの子はね。私はぶっちゃけこうなると思ってた」


「本当? ちょっとくらいがっかりしたんじゃない?」


「いや全然。それくらいの頭なら、どんなに私も楽か」


 はぁやれやれって感じにため息をつかれる。


 いつもご苦労様です。でもなんだかんだ言って、頼ると大体何とかしてくれるからね。私もつい甘えちゃってるのよ。今度埋め合わせに何か面白いもの作ってあげるから許してね。


「いつもいつも、ありがとう。今度何かするよ」


「なんか嫌な予感がする……何もしないで」


「遠慮しなくていいから」


「してないです」


 絶対何かいいものあげよう。何がいいかな。私的には今の紫が好きなんだけど、本人が気にしてるから巨乳にしてあげようかな。対して効果もないサプリとか飲むより、私の調合した薬を飲んだり塗ったり揉みこんだりした方がいいよ。私が紫の為だけに作ったなら、絶対効果出るし。でも紫には今のままでいてほしいからなあ。


「はぁ……もういいですわ。ほら、行きますわよ」


「あなたが来るんでしょ」


 私ら二人とももうリフト乗ってるんだけど。





 なおリフト出現の仕組み自体はよくできていたと思う。床内部に遠隔認証の機械があり、そこで立ち止まって一度認証を受ける。すると内部の別の場所に設置された手を置いて認証するシステムが起動し、認証が可能になるので今度はそちらで認証をするという二段階認証だった。

 よくできてるけど床に手をつかないといけないのはちょっと嫌だな。雨の日とかどうするんだろう。ピカピカに掃除してくれるならありかな。


 ただこの二つとも、知らないと外観だけから発見するのはかなり難しいと思う。私は配線や電気の流れ、認証用のレーザーなどを見られるから簡単に発見できただけだ。秘密基地の入り口としてはだいぶ秘密力が高い仕上がりだと思う。夢華が自慢気にしているのもわかるし、実際自慢していいレベルだ。面白いし。


 しかも認証システムを何とか見つけても、登録されていなければ当然アクセスは弾かれる。突破するために不正にアクセスしようにも、認証用の機械群は床下に埋まっているので直結が難しい。これはそれだけでクラッキングを防止する一手だ。遠隔アクセスはできるだろうけど、そこは後で教えて床部分の素材や認証装置を覆うカバーでもつけたりして妨害すればいいだろう。完全には防げなくても、通信が不安定になればそれだけでも防御になる。


 総合すると、そんな捨てたものでもないよって感じかな。



「やっぱり納得いきませんわ……」


「自分でもういいって言ったのに」


「ちょっと間を空けてぶり返してきたわね」


「いえいえ。私は一切口にしておりませんわ、そのようなこと」


「記憶にございませんがでたよ。ちょっと秘書ー」


「えぇー……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る