頁006 屍愛好家の昂り

 ドヴェルの鼻息が荒くなり、怒声の如く熱弁が始まる。


『私はここが好きだ! 大好きだ! 楽園! 天国! あ、極楽極楽ぅぅ! そして、可愛い奴隷たちを時に限界までいたぶっては殺し! 時に餌をあげまくって従順にしては、ペットにして、上質な肉の便器や枕やら壁やらにして使い潰しては殺し! 地上の街で幸せに駆けまわっている女子供を、口八丁手八丁に騙してここに叩き込んでは絶望の限りを味合わせて殺し! 美しい容貌であれば、男女問わずその端正なフェイスが苦悶に歪みまくって張り裂けるまで嬲っては殺し! 焼いて引き裂いてすり潰して……その後がまた楽しいんだっ! 死後の腐臭も堪らないけど、それだとすぐダメになっちゃうからきちんと手入れをして上質な屍コレクションとして丁寧に保管してやるんだぁ……肉の皮は食べるなりカーペットにするなり毛布にするなりしてお楽しみタイム。だから、私は今日もそうやって、オモチャで遊んでいたというのに……』


 鋼鉄造りの上半身。その灰一色の口の端から唾液を垂らし、爛々と光らせた目でアヌリウムを射抜き、叫ぶ。


『――アアァァァァァァァァァァヌリィィィウムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!! 君が! 君という存在が! 君という青天の霹靂を具現したような存在が来てしまったぁぁぁぁッ! 見識外の魔法! 意地でも地上に出るという気概! 死と絶望の淵から今まさに這い上がろうとしている、さなっがら、シンデレラストーリーィィィィィィィィィッッッ! これはもう、私、行くしかないッ! 君を止めに、麗しき極上の君を得に、勇者たる君の前に立ちふさがる魔王として! 私、行くぞッ! アヌッ、ヌッ、ヌリリリ、アヌリウムッ! アアァァァァァァァァァァヌリィィィウムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」


 嬌声。

 豪雨の如く降りかかるそれは、アヌリウムを不機嫌にさせるには十分だった。

 恐らく、ドヴェルが唾を盛大に飛ばしながら叫ぶそれを、少女はあまり理解出来ていない。


 ただ、これだけは分かる。より一層、面倒な戦いになるということだけは。そして、その予感は、嬉しくないことに当たってしまう。

 ドヴェルの鉄漬けの肉体が、急に肥大化し始めたのだ。アヌリウムは、冷静にその行く先を観察する。


『ハッ! ハハハッ! 破――――ッッッ!!』


 臓腑を震わせる怒声が響いた瞬間。

 無数の巨大な拳が、眼前に迫っていた。


「――ッ!」


 咄嗟に息を飲んでその場から飛び立つが、鋼鉄の拳は次々と迫り来る。アヌリウムは大きく息を吸い、『竜の怒り』を最大限に駆使して拳の群れを破砕していく。殴打と蹴りを目にもとまらぬ速さで振るい、あっという間に瓦礫の雨を作り出す。


 だが、どこか一線を画したドヴェルの攻撃が、こんな単純なもので終わる筈が無く。


『私は、謂わば、この大地下都市の神だ』


 瓦礫と噴煙で霞んだ情景の先に、灰一色の強靭な肉体を晒して宙に浮かぶ巨漢が映った。スキンヘッドは鎖のような長髪で覆われ、下半身が纏っている最低限の衣服すら、鉄のような材質で光沢を放っている。


 紫に光る瞳は不気味さを醸し出すには十分で、一瞬でもそこに気を取られていると、敵は既に真横に立っていて。


『私はいずれ、あのロベリとか言ういけ好かない小僧をも屠って、ここの頂点に君臨する』


 腹に、ドヴェルの右こぶしが押し付けられていた。


『目下、それが我が標』


 直後だった。

 無数の鉄拳やドヴェルが、斜め上へと一気に遠ざかっていく。一拍遅れて全身が割れるように悲鳴を上げ、


「――あ、が……ッ!?」


 斜め下の鉄壁へと、豪速でアヌリウムの身体が叩きつけられていた。派手に生じた亀裂と凹みの中心、少女の身体はめり込んでいた。


 しかし、思いのほかダメージは少ない。これもまた、『竜の怒り』で身体強化を施していたお蔭だろう。身体の周りで真っ赤な雷光が瞬き、心中で唱えた『竜の羽ばたき』で纏う雷光と同色の光翼が生える。


「げほっ、ごほっ! ぺっ」


 翼をはためかせて飛翔したアヌリウムは、咳き込んだ後に口内に滲んでいた血を吐き出す。まだ僅かに口の端から滴るそれを手甲で乱暴に拭い、同時にドヴェルを睨みつける。


『君はどうして地上へ上がろうとする? 好奇心か? それともこの楽園に対する嫌悪感か?』


 メタルチックな巨漢の問いかけに、アヌリウムは迷わず答える。


「願いを、叶えるため」


『……ふむ、願い?』


「そう。ドラゴンに言われて、わたしもいいなと思った願い」


『ドラゴン……はてさて、君に一体何が起きたのかは分からないが、常軌を逸した現象が作用したということは明らかだ。――無魔法種だった君が魔法を使えているということが、それを証明しているね』


 音も無く、ドヴェルの身体が消えた。アヌリウムは、次の瞬間に訪れる展開を『竜の慧眼』で予知していた。


「っ!」


『破ッ!!』


 白磁の拳と、鋼鉄の拳が激突する。衝撃波が空気を震わせ、二人の囲む牢部屋の棟は鉄柵もろとも砕け散っていく。


 ドヴェルが獰猛に笑んだと同時、アヌリウムの瞳に赤いマナの光が映り込む。経験則から、それは彼が鋼鉄の物質を形成して寄越してくる時の合図だ。


 真上に大きく跳躍。直後、真下を巨大な鋼の剣が通過して円状の壁に突き刺さっていた。


『ほうっ! もう既に私の鋼鉄魔法の一端を把握したかっ!』


 大声で愉快そうに言ったドヴェルは直立の姿勢で上方向に加速し、アヌリウムを追従する。少女は眼下より迫る敵に向けて両掌を光らせ、『竜の息吹』を放つ。だが、引き裂けんばかりに口角を釣り上げたドヴェルは鋼鉄の肉体から巨大な盾を発現させ、閃光を跳ね返す。


「ち……っ!」 


 舌打ちをしたアヌリウムは反射された砲撃を、後方へ旋回することで回避。世界が縦に回転するのを見届けながら、視界でその異形を主張するドヴェルを捉え、『竜のうたた寝』を発動。

 しかし、


『破ッ! 破ッッ! 破ッッッ!!」


 いくら減速術式といえども、それを齎すマナの光が当たらなければ意味が無い。もっとも、的中という面に関しては彼が構える巨大な盾に関しては成功したが、肝心のドヴェル本人の突進は止められていないので意味は無い。


 ロケットのように迫る鋼鉄人。

 歯噛みしたアヌリウムは、赤光りする翼を大きく羽ばたかせ、背後へと加速する。対象を失ったドヴェルの急上昇はそのまま上へと止まることなく飛んでいくが、彼が無策でその展開を甘んじるとは思えなかった。


 アヌリウムの脳裏を、一つの不安が過る。 

 ――そもそも、自分はこの場所に誘導されたのではないのか。


 その反射的に浮かんだ予感の答えは。


『さて、本物の鉄槌というのをプレゼントしてあげよう』


 広大な吹き抜けの階層が激しく揺れると共に。


『――「ヘヴィネス」』


 ――吹き抜けを埋め尽くさん程に巨大な鉄槌の急降下が示していた。

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破壊令嬢アヌリウム~伝説の竜と契約した奴隷少女は、己を追放した世界に復讐する~ アオピーナ @aopina

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