頁005 鋼鉄魔法の脅威

 鈍い音を立てて、看守長ドヴェルの生首が階層の底へと落ちていく。最下層は、アヌリウムたちが奴隷として囚われていた牢獄だ。

 それらを監視する者達の長が対象と同じ場所へと散っていくのだから、中々の笑い話である。


 もっとも、まだまだ未知なる感情がたくさんあるアヌリウムとっては、皮肉や嘲笑といったものとは縁遠いのだが。

 赤い雷光を瞬かせて宙に浮遊しているアヌリウムは、回し蹴りの横の壁を盛大に粉砕し、一度今の状態を解く。


 身体能力が、恐らく大幅に強化されていた。だがその反面、一度のアクションにかかる負荷も尋常ではない。これは、切り札のようなもの。もっと、使うタイミングを考えなければならなくなるだろう。

 そう、思った時、


「――――」

 

 背後に、おぞましい程の殺意を感じた。勢いよく振り返ってみると、そこには、蹴り飛ばされた首の切断面から、風車のように四つの巨大な刃を生成しているドヴェルの上半身があった。


 そして、鋭利な刃が甲高い音を立てて旋回する。

 直後、灰一色になった上半身が急に伸びて死の風車が迫って来た。


「『竜の怒り』ッ!」

 

 強化術式の再発動。途端にかかる高負荷に顔をしかめつつ、アヌリウムは向かいにある壁を、両腕を交差させて突進し、貫く。同時に、旋回する刃がアヌリウムの居た地点を大きく削り取っていた。


 それを肌感で察知し、突進を止め、軸足に力を込めて地を破砕。その際に宙を舞った瓦礫の群れを、振り向きざまに蹴り飛ばす。

 弾丸となった瓦礫たちは鋼鉄の風車に激突し、


『……さて、それは豆鉄砲かい? お嬢ちゃん』

 

 死んだ筈のドヴェルの声と共に、旋回した刃は弾丸をスライスしてしまった。あの老人の声が聞こえたということは、奴はまだ生きているということになる。首を落としても死なないどころか、肉体を鋼鉄の壁と一体化させて扇風機のような兵器になった。


『鋼鉄魔法……これは中々便利でね。ホント、人間の身体なんていうヤワなものじゃ決して味わうことの出来ない快感を堪能できるんだよ。例えば、そう……』

 

 噴煙から再び鉄刃の風車が姿を現し、壁と一体化した上半身はそのまま、首だけ勢いよく伸びて刃の旋回が迫る。


『こんな風に、サイケデリックな鬼ごっこをエンジョイできるだろう⁉』


 自分が空けた穴を伝って迫り来るドヴェルに対し、アヌリウムは刹那の閃きを実行する。


「『竜のうたた寝』!」


 掌を鋼鉄の風車に向けて、碧色の光を放つ。淡く輝くそれは、瞬く間にドヴェルを飲み込み、彼の迫る速度を大幅に遅くする。

 緩やかに回る刃はもはや脅威でも何でもない。このまま、維持していた『竜の怒り』を駆使して粉微塵にしてしまえばチェックメイトだ。


『――とでも思っているような顔つき、非常にグッドだッ!』


「――っ!」


 眼下より、巨大な鋼鉄の掌が生えていた。


『君が向けてくれた掌に、私も私のハンズを私なりに返していくぅっ!』


 歌うようなセリフと共に、掌はアヌリウムをその場で握り潰さんと大きく開く。咄嗟に、少女は身体を旋回させて回し蹴りの要領で五指を打ち砕く。しかし、すぐさま再生して原型に戻ろうとする。


 ひとまず破壊は諦めて、アヌリウムは強化された身体をフルに使ってその場から離脱する。再び両腕を交差させての突進。それに応じて鋼鉄の壁は木々の如く次々と粉砕されていき、やがて。


「……ここも、広い大穴……?」


『正確には、中級奴隷たち専用のお部屋が詰まったホテルといったところかな』


 無駄にダンディな声が聞こえたと思えば、開通した穴の上――つまりアヌリウムの頭上から、看守長ドヴェルの灰一色の顔が生えていた。少女の中に、また苛立ちの感情が芽生える。そんな彼女を気にすることなく、ドヴェルは続ける。


『君たち低級奴隷が最深部にて暮らしているなか、中級奴隷の皆もまた、この大きな吹き抜けを中心とした解放的な地下ビルディングで寮生活を送っていたのさ』


「…………」


 ドヴェルの説明の通り、巨大な縦穴を中心に鉄柵を構えた階層が、下にも上にも広がっていた。網目状の窓と重厚そうな扉が付いているのが、恐らくは寮と例えられた部屋だろう。それが詰められた会合が幾重にも渡って用意されている。


 これでもまだ、中級の部類であり奴隷として分類されているのだ。今までの人生を家畜同同然に牢獄の中で過ごしてきたアヌリウムにとっては、『部屋』という場所が与えられているだけでも幸福と思えてしまう。


 だが、そうであっても奴隷であるという事実に変わりない。そして、その事実を破壊するために討ち取るべく首は、もう目と鼻の先に居る。


 ――やはり、ドヴェルを殺す。


 決意は一瞬。アヌリウムは跳躍してその場から離れ、向かい側にあった鉄柵の上に立ち、ドヴェルと決意する。


『いやはや……その目、実に良きかな』


 壁から生えた鋼鉄の首からまた上半身を生やし、手で顎をなぞりながら言う。


『君のようなタイプは実に初めてだ。私は長らくの間、ここで看守をし、やがてその長として上り詰めた。人々は警務魔導師になりそこなった落ちこぼれと私達のことを揶揄するけどね……私は自らここに志願したのだよ。だって、「地上(うえ)」では最低限の武力行使しか許されないけど、「地下(ここ)」でならそれは大いに許されるんだ』


「…………」


 アヌリウムは敵の唐突な自分語りを聞きながら、己の身体に意識を集中させて少しでも術式をふんだんに使えるように余力をチャージしていた。

 そのことを分かっているのかは分からないが、ドヴェルの自分語りは続けられる。


『……サンドバッグも、コレクションも、多いに越したことは無いんだ。この鼻腔を刺すような饐えた匂い、血しぶきが舞う様、呻き、悲鳴、看守が奴隷を嬲る鈍い音――全部、大好物だ』


 空気が変わるのを、アヌリウムは肌感で捉えていた。

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