頁004 看守長ドヴェル
「――破ッ!!」
放った閃光の中から、日焼けしたスキンヘッドが姿を現した。頭部が無駄に眩い光を放った、その瞬間。
「『ヘヴィネス』ッ!」
「――っ」
パワフルな老獪の両拳がアヌリウムに突きつけられ、刹那の交錯の末に弾き飛ばされる。そのまま、アヌリウムの小柄な肢体は吹き抜けの穴の向こうにある壁を貫いて豪速で飛んでいく。
「ぐっ、がっ、がっ、あああッ!!」
幾重にも渡る重厚な壁を次々と己の身体で貫き、しかし少女は小さく悲鳴を上げるだけで身体も羽織る龍の羽衣で守られていた。
淡く白光りするそれの裾が靡くのを見て、アヌリウムはついさきほど契約を交わした『聖天竜』の言葉を思い出していた。
『お主は、お主の願いを見つければよい』
『望まずして死ぬというのなら、せめてお主が望むかたちで死んでほしい。……それが、儂の願いじゃ』
――わたしは、生きる。
未だ止まらぬ身体が、何枚目かの壁を貫いた時。アヌリウムは胸に手を当て、心臓の鼓動を確かめて言う。
「わたしは、地上に出る」
かざした手のひらに、光が灯る。
そこへ、
「それは、私のコレクションとしての願望かねぇぇぇぇぇぇ!?」
遠く、豆粒サイズに見える看守長が両手の掌を合わせてこちらに向かって叫んだ。
アヌリウムは無視して、唱える。
「減速術式、『竜のうたた寝』……!」
途端、弾かれた勢いがみるみるうちに弱まっていき、次に背後にあった壁は貫かずに済んだ。その壁にピタリと着地したアヌリウムは、直後にまた術式を発動させるべく独りごちる。
「これは、確か……そうだ、感知術式『竜の慧眼』」
黄金色の瞳の片方が光を帯び、視界がモノクロに染まる。その中で、やたらと目立つ存在が赤い光を発し、こちらに急接近してくる。光の形状は段々と鋭くなっていき、しかしもう片方の術式を適応していない目では監獄長の姿は見えない。
ついさっき、アヌリウムを吹き飛ばす際に発動させていた『拳を鉱石のようなものに変える魔法』でも放ってきたのだろう。
「『竜の息吹』」
両手の掌を二重に構え、白光の波動を放射。その寸前、アヌリウムは一瞬、ある異変を見ていた。肉眼の方の片目で、突如何も無い空間で、石造りの拳のようなものが顕現しているのを。
そして、それは幻なんかではなく、
「――たあぁぁんと味わってくれッ! 私の熱いグーパンチをッッ!!」
放った光を押し退けるようにして、巨大な石の拳が飛んできた。
アヌリウムは咄嗟に両手を合わせ、交錯する。
「……っ!」
全身を殴りつける衝撃。吹き飛ばされたことによる影響は大幅に軽減できたが、同じ魔法相手となるとどうやら一筋縄ではいかないらしい。
それを理解した少女は、反射的に両脚に力を入れ、その場で跳躍した。
「ぬおっ!?」
看守長の困惑の声が聞こえた。拳を、いなされたのだ。アヌリウムは当然、空いた手のひらで『竜の息吹』を放ち、退避スペースを作ることも忘れない。
重厚な鉱石を纏った巨大な拳はそのまま勢いが殺されることなく前へ進んでいく。その結果を見届けて、アヌリウムはさらに上を閃光で掘削していく。
敵は前。
直接突撃しても面倒なことになりかねない。
だから、まずは相手の魔法の性質を確かめる。たとえば、『巨大な拳に顕現する赤い光』は、障害物がある場所では顕現で出来るのか出来ないのか。
もっとも、それを確かめるのはこの奇襲が失敗に終わった後だ。ある程度飛翔し終わったところで、アヌリウムは『竜の慧眼』で看守長の位置を確認し、今一度、『竜の息吹』を射出してその方向へと閃光を放つ。
――だが、
「……っ!?」
今までアヌリウムが掘削していた重厚な金属の天井や壁が、無数の棘を備えて四方から迫ってきていた。そして、伸びた石の触手のようなもので四肢が固定されてしまう。
「己の魔法を極限まで試してみたいというのもまた、私が掲げるテーマの一つでね」
頭上より、全身を灰色にしてヌルヌルと壁から姿を現す看守長が語る。
「ドヴェルという名は、地上の街では結構有名なのだよ。――鋼鉄魔法の名士としてねっ」
上半身を褐色肌に戻した看守長は、サムズアップしてアヌリウムが串刺しになるのを見送るつもりだろう。
「『竜のうたた寝』ッ!」
減速術式で、針の群れの接近の速度を遅くしていく。しかし、拘束を解くことは叶わない。
ならば、と。
アヌリウムは己に宿る『竜魔法』の中から最適な術式を探していく。しかし、この状況を打破するに相応しいカードが出てこない。
「――っ」
焦燥。
アヌリウムは今、また新たな感情と出会った。
――そして、その感情が少女の思考を加速させる。
(魔法には、力もいる。力……そうか、それをやればいい)
直前にドヴェルが寄越してきた鉄拳。あれは、見るからに鍛え上げられている彼の強靭な肉体だからこそ、最大の持ち味を発揮できたのではないだろうか。
それと同じことを、こちらもやればいい。だが、奴隷上がりの小柄な少女にいきなり強靭の肉体や武術を身に着けろと言われても無理な話で。
それならば、魔法を使えばいい。魔法という超常を、魔法であるがままに。
眠っていたカードが、産声を上げる。
「強化術式……」
全身から、血の色をした雷光が発せられる。
「――『竜の怒り』」
稲妻が、迸った。途端、呪縛と迫る死から解き放たれたアヌリウムは、紅い雷を瞬かせて看守長の頭上に飛翔しており――、
「なかなか……ミラクルな……エヴォリューショぉおおおッ!?」
彼の首を、踵落としの要領で蹴り飛ばしたのだった。
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