頁003 脱獄開始
「貴様、今……何をした?」
ざわつき、困惑する看守の男の一人が、アヌリウムに問いかける。焦燥に満ち、『こんなことはありえない』と言いたげな表情。
それでもそれを口に出さないのは、奴隷ごときに遅れをとっていると自覚したくないのだろう。
「何をしたと聞いているんだ、ゴミクズが――」
男の顔が、吹き飛んでいた。上部を失くした首の切断面から、噴水のように血が溢れ出していく。彼に向けられていたアヌリウムの右手には、光と煙が残滓していた。
看守の男達は、意を決した表情で一斉に黒く短い棒を取り出し、アヌリウムに向ける。
「前代未聞だ、奴隷の叛逆など……」
「ロベリ様に何と報告していいものか……」
「いや、そんなのは後でいい。今は二九六番の始末が先だ」
黒い棒に、緑色の光が灯る。
――風魔法のマナを感知、術式は瞬間型斬撃波、〇・九秒後の発動を予測。
淡い光を帯びたアヌリウムの双眸が、男達が放たんとしている魔法の詳細を見切った。一方で、看守たちは詠唱をし、魔法を放つ。
「風――」
その一言目が途切れた時には既に、アヌリウムの両手が二人の看守の首を斬り落としていた。音すら置き去りにした一瞬の攻撃。残された男はじわじわと恐怖を顔に刻む。泣きそうな顔でカタカタと魔術棒を震わせている彼の顔に掌をかざし、アヌリウムは無表情で唱えた。
「砲撃術式、『竜の息吹』」
直後、凄まじい白光が放たれ、男の首から上が消失する。司令塔を失った胴体は倒れ伏せ、この場にアヌリウムを阻害する敵はひとまず居なくなった。
(なんか、流れてくる。何をどうすれば何が出来るのか……その全てが、だんだんとわかってくる)
少女は、自分の身に『何か』が宿っていることを遅れて自覚していた。みなぎる力と、その実感を確かめるように手のひらを開閉。
だが、その途端。
耳障りなサイレンが鼓膜を叩いた。
鉄格子の中に居る奴隷たちはその音を聞いて、鉄格子から続々と姿を見せる。
――目の前に広がっている惨状を見て悲鳴を上げないのは、心が壊れている証拠だろう。
そもそも、目の前で自分と同じ立場の人間が死んでいく光景など、見慣れている。それに、命令に従って物事に取り組むことしか行ってこなかったアヌリウムたち奴隷は、善悪についても判別が出来ない。
死体が転がっていたとしても、それは文字通り、死体としか思わないのだ。
「もっと多くのひとが、来るかも」
アヌリウムは鈴のような音色で、ポツリと呟く。
サイレンは、奴隷たちに活動の開始を知らせる合図だ。アヌリウム含め、さきほど処分を宣告された奴隷たち以外はいつも通りに看守の命令を待つ。しかし、当の看守たちは屍だ。
状況の齟齬に、奴隷たちがざわつき始める。
と、そこへ、
「――っ!?」
アヌリウムの頭上より、無数の槍が降り注いだ。矢尻に業火が付けられたそれもまた、魔法が成された武器だろう。不可避の槍の雨を、しかしアヌリウムは避けるどころか両手のてのひらを頭上に向け、
「……『竜の息吹』」
閃光で死の雨を掻き消した。空間を見下ろしている吹き抜けを突き抜けたそれは、恐らく上で槍を放った術師たちもろとも消し飛ばしただろう。
同時に、それは戦のゴングともなった。
『――おはよう! 奴隷たち諸君!』
拡張型の魔法機器を通して、老人の声が聞こえる。死に際で会った龍とは比べ物にならないほど、悪意に満ち満ちた声。
『たった今、諸君らを直接飼い慣らしていたご主人様たちが全員死んでしまってね! その証拠に、彼らが放っていたマナの反応が途絶え、その際に発動する仕組みとなっていたトラップも稼働したのだが、それもまるで意味が無いみたいだ。非常に有り得ないことだと思うが、万が一もある。……もしも諸君たちの中に叛逆者が居るのなら、私の所まで来ておいで。その心意気と弄した策、全てにおいて敬意を表し、君をこの地下帝国から解放しようじゃないか! さあ、おいで。強烈なマナを放つ君よ』
最後の最後まで耳障りな声を残し、老人の音声は消えた。アヌリウムにとって、今の放送が何を意味するのかはよく分からない。しかし、老人は『来い』と言った。ならば、それを受けたアヌリウムもまた出向くのが正しい。
少女は反射的にそう思って、立ち尽くす奴隷たちを一瞥した後、無感情のまま吹き抜けを見上げ――、
「飛翔術式、『龍の羽ばたき』」
両脚を盛大に曲げ、勢いよく跳躍した。
その拍子に、アヌリウムの背中から真っ赤な光の翼が生える。彼女はそれを本能的にはためかせ、つい先ほど槍の雨が降り注いだ空
間を伝う。
やがて、凄まじい速度の中、ふと『眼』で捉えた壁の前で停止し、
「ここか」
――壁を、蹴り飛ばした。
轟音が響き、瓦礫と煙が溢れ出す。そして、アヌリウムは壊した壁の中にある部屋に入る。
「は、はははっ! 君か! 君だったのか、二九六番っ!」
一面が銀色の綺麗な鉱石で彩られた部屋で、筋肉質でスキンヘッドな褐色肌の老人は、全裸で仁王立ちしていた。
その男の背後には、老若男女問わず、無数の奴隷たちの亡骸や生首がはびこる海があった。
外見や匂いからも、腐廃は感じられない。丁寧に、手入れが施されているのだろう。
「私はこの地下帝国第七区画の看守長でね! と、自己紹介はこの辺にして――」
無駄に白い歯を見せた男は、屍の山に向かって駆けだし、
「ダアァァァァァァァァァァァァイブッッ!」
叫んだ通り、飛び込んだのだった。鈍い音が響き、程なくして男は勢いよくこちらに振り向き、
「死体って、最高だよな!」
再びサムズアップ。
それに対し、アヌリウムは、
「――『龍の息吹』」
自分が『イラついた』ことに気付かないまま、閃光を放ったのだった。
本格的な激戦の火蓋が、切って落とされる。
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