第64話 B級と依頼数と山籠もり
規則的な足音の後、扉が開かれてごついギルド長が姿を現す。
こちらを見る目は妙に鋭く、大きな体躯はそれだけで威圧感がある。
こんな男性と1つの部屋で2人きりとなると、それだけで12歳では涙目案件ではないだろうか。気の弱い子だと泣き出してしまうかもしれない。
シエルは涙目どころか興味なさそうな目を向けているけれど。
情報には興味があっても、ギルド長には興味がないだろうから仕方ない。
わたしも大して変わらないし。
「待たせたか?」
「待った」
「それは悪かったな」
シエルの敬意もへったくれもない事実のみを込めた言葉をギルド長が軽く流す。
仮にここで数日時間がとられたところで、すぐにリスペルギア家に見つかるわけでもないだろうし――そもそも探しているかも怪しいが――、B級になれるわけでもないだろう。
誤差の範囲。むしろわたし達の雑談が終わるまでに分かったことは、早かったと言える。
それはそれとして待ったものは待ったので、シエルは素直に答えただけ。
ギルド長はこれくらいの軽口では怒らないタイプなのか、シエルに気を使っているのか。
おそらく後者だろう。本来ギルド長はハンターに舐められてはいけないから。
彼は空いている椅子に座ると、とても話しにくそうに切り出す。
「結論から言えば、シエルメール嬢がB級昇格に必要なのは年齢だけだ。
15歳になるまでに月一程度の頻度で依頼をこなしていれば、自動的に昇格する」
「年齢制限。聞いたことないけど」
「12歳でC級って言うのが前例がなくてな。上が判断し兼ねている状況だ。
本来B級ってのは25歳とか30歳でなるもので、歴代最速でも20歳と言われている。20代でB級になる奴は10歳からギルドに加入していることがほとんどだから、B級昇格までに10年は経っているんだ」
「わたしの情報が少ない?」
一足飛びで尋ねたシエルにギルド長が頷いた。
10年かけてその人物がB級たり得るか判断するところを、シエルは3年とかけていない。
しかも一か所に居続けたわけでもないので、より判断は難しいだろう。
言いたいことは分かる。
「もう1つ。B級ハンターにもなれば、下手な貴族に軽々しく扱われないだけの力が手に入る。
権力そのものが手に入るわけではないが、使い方次第ではどうにでも出来るからな」
「大人になっていないから難しい?」
「ああ。子供……とは言えんだろうが、普通に考えて12歳で扱えるようなものじゃないわな。
とは言え、シエルメール嬢をC級で遊ばせておくのも勿体ない」
「だから、15歳まで様子を見る」
『エインはどう思うかしら?』
『妥当と言えば、妥当かもしれませんね。前例がないことをしようとすると、絶対に反対してくる人はいますから。
妥協点として15歳まで様子見は、ありえるでしょう』
『だとしたら、あと2年以上はこの国に居ないといけないのね』
『そう……なりますね』
ギルド長の話は早くB級になりたいわたし達にしてみると、だいぶ好ましくない。
しかし12歳でB級に昇格が難しいのもわからなくはない。上級ハンターになれば、ハンター組合がある程度守ってくれる。B級にもなれば、それこそ貴族からも守ってくれることがあるだろう。
しかしそれは、B級以上のハンターの行動がハンター組合側の責任になる可能性も示唆している。
シエルは情報だけで見れば「大人にもなっていない少女」だ。
責任ある地位におけるかと言われたら、答えはNOだろう。
とは言え、非常に残念ではある。上手くいけば15歳になる前にと思っていたので、ガックリ来てしまう。
『それなら、あと2年は山にでも籠っちゃいましょう?
たまに町に行って依頼を受けたらいいのよね?』
『それも良いかもしれませんね。あの男と遭遇することもないでしょうし、ハンター活動に当てていた時間を使って出来ることも増えますしね。
ですがその前に、今の話が確実だという証明をしてもらわないといけません』
『どうしてかしら?』
『急に依頼を受ける数減らしたら、やる気がないと判断されて難癖付けられるかもしれないからです。言葉だけだと「今の話を聞いた」と言っても、白を切られる可能性もあります』
『そうなのね。わかったわ。お金は使っていいのよね?』
『シエルのものですから、基本的には使い方は問いませんよ』
「今の話が事実なら、魔法契約して」
「つまりそう言う事か……」
「どういう事かは知らない。でも、事実なら出来るはず。お金は払う」
シエルが魔法袋から、金貨を30枚取り出してテーブルの上に置く。
魔法契約はシエルが10歳の時に、リスペルギア公爵と豚男が交わしていたもの。特別な紙に、魔石から作られたインクを使ったペンを使うことでその効力を発揮する。
簡単に言えば強制力のある契約で、破るとペナルティがある。
契約次第ではペナルティはなくせるけれど、普通はしない。
効果は永続ではなくて、使ったものによって期間が違う。
1年、3年、5年、10年とあり、後になるほどお金がかかる。
どれも料金が高く、金貨30枚というのは3年の魔法契約に相当する。
15歳まで証明してもらえばいいので、金貨30枚をポンと出したわけだ。
いつかE級で金貨3枚貯めるのに苦労していたパーティもあるくらいなので、30枚ってかなり大金なのだけれど、C級依頼を何度もこなした上に、魔法ばかり使ってきたわたし達はそれこそ使いきれないくらいのお金があるので痛くはない。
こちらからお金を払うのであれば、相手も拒否はしにくいと思う。
ギルド長はペチンと頭を叩くと、苦々しい顔をした。
「そんなに信頼できないか?」
「出来ると思う?」
「そうだろうなぁ……契約する代わりに今まで通りに活動するっていうのは……」
「無理」
ハンター組合はハンターに依頼を斡旋することはできても、強制することはできない。
どうしても必要な時には、指名依頼を行い強制力を持たせることができるが、一定の基準が存在するらしい。
少なくとも塩漬け依頼を押し付けるために使えるものではないので、シエルが指名されることはまずないといえる。
ギルド長の言葉から、シエルに求められているのは今までの延長、つまり塩漬け依頼の消化だと判断できるから。
にらみ合っていたシエルとギルド長だけれど、すぐにギルド長のほうが折れて部屋の片隅の棚から紙とペン、インク壺を持ってきた。
ペンに使われているインクからは魔力を感じるので、魔法契約に必要なものに違いない。
「内容はそちらに任せる」
一式を渡されたので、シエルと一緒にどう書くかを協議する。
裏とか考えるのはとても面倒くさいので、少年に絡まれてからの経緯を含めてさっき話してくれたことまでをざっと書いて「上記が真実であるとノルヴェルのギルドマスターとして認める」で締める。
本当はハンター組合を対象にしたいのだけれど、基本的には個人対個人でしか使えないので、仕方がない。
だからリスペルギア公爵が行った契約も、あくまで公爵と豚男のもの。
どのような契約をしたのかは解らないけれど、少なくともシエルを奴隷に落とすということはできない。そもそも奴隷の場合には、魔法契約とは別の契約を行うらしい。
つまりシエルの身分は逃亡奴隷ではないし、だからと言ってリスペルギア公爵家かと言われると契約次第では異なる。
かなり宙ぶらりんな状態だ。もしもここが前世なら、戸籍とか何もない状態で放り出されたのと変わらないだろう。
閑話休題。
事実だけを書き連ねた紙をギルド長に見せると、彼はじっと文章を読んだ後で再びシエルに渡した。
「場合によってはB級昇格が早まるって一文も加えてくれ。
早まる分には文句もないだろう?」
「分かった」
言われたとおりに書き加えて渡し、サインを書いてもらってから、シエルもサインを書く。
最後にそれぞれの血を紙に垂らしたら契約完了となる。
最後の一文は「まだ昇格が早まる可能性があるから、今まで通り活動しろよ」と言う事だろうか。
「場合によっては」なんて付けた時点で信頼に値しないので、山に引きこもる予定は変わらない。
「そう言えば、カード返してなかったな」
「頼んでおいた依頼はどうなったの?」
ギルド長にカードを返してもらいながら、シエルが尋ねる。
ギルド長はにやりと笑うと「ちゃんと受け付け終わってるよ」と答えた。
なかなか強かと言うか、何と言うか。海に行って戻ってくる間に片付きそうな依頼なので、特別時間を取られるわけではないから構わないけれど。
最後の最後にやり切った顔をしたギルド長に見送られて、今日は宿に戻ることにした。
◇
「もうB級になるための依頼は終えていたのね。意外だわ」
『考えてみると、移動以外は依頼をこなしてばかりでしたから、不思議ではないんですよね。
わたし達が今までいくつ依頼をこなしてきたのか、シエルは分かりますか?』
「移動もあったけれど、いくつも同時に依頼を受けていたこともあるものね。
簡単なものまで含めると、300に行かないくらいかしら?」
『わたしもそれくらいだと思います。では一般的なC級ハンターが1か月にいくつ依頼を受けるかは分かりますか?』
「4つも受ければ十分生活できるって言うわよね。なるほど、わかったわ」
無事シエルも納得してくれたらしい。
下級ハンター、特にE級ハンターくらいまでだと、パーティ単位で考えて毎日依頼をこなさないと生活が苦しい。
パーティで考えるのは、もちろん安全面を考えて。わたし達のように――と言うと変だけれど――ソロで活動しているハンターのほうが本来少数派なのだ。
これがD級、C級とランクが上がれば、依頼をこなす回数を減らしても余るほどにお金がもらえる。
ただし、ランクが上がれば依頼の難易度は高くなり、怪我をする、命を落とす可能性が高くなる。
そのため、普通の上級ハンターは月に数回依頼を受けうるに留まる。
1度依頼をこなした後は、数日しっかり休む。そしてまた依頼に出かけるを繰り返しているらしい。
これができなければ、上級ハンターにはなれずにどこかで死んでしまうと言われる。
対してシエルはそんな事お構いなしに、依頼をこなす。
なぜならC級程度では危険なことなどまず起こりえないから。B級の依頼でも、命の危機にさらされることはないと思う。
あの屋敷にいたころに比べると、魔物あふれる森の中のほうが精神的にも楽。常に命のやり取りをして、精神的に参ってしまうこともない。
だから既にB級昇格に十分な依頼数――貢献ポイント?――をこなしたと言われても、不思議でもないわけだ。
そういう事とは関係なしに、単独での魔物氾濫解決が評価されていた可能性もあるけれど。
「B級昇格には十分だって話を今まで聞かなかったのって、私達に塩漬け依頼を押し付けたかったからよね?」
『そうでしょうね。放っておけば勝手に塩漬け依頼を減らしてくれるわけですから、ギルド側としては便利なハンターだったと思いますよ』
「エインはそれに思うことはないのかしら?」
『使えるものは使う、って言うのは大事なことですからね。
わたし達の場合、B級になったら国を出ていくって公言していますから、国に居る間にできるだけ片付けさせようと考えるのはおかしくありません。
まったく何も思わないわけではありませんが、仕方がないかな、の範疇です』
「そうなのね。それならいいのかしら」
『わたしが怒るとしたら、既にB級に昇格できていたはずなのに意図的にその情報が隠されていた時でしょうか』
シエルは納得したようにうなずくと「海を見た後、どこに引きこもろうかしら」と話題を変えた。
どうやらシエルもやりたいことがあるらしく、時間がたくさん取れるのは嬉しいとのこと。
シエルがやりたいことがあるならば、とわたしも真面目に山籠もりについて考えることにした。
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